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北朝鮮で禁じられた2つの歌♪♪  ②「われらの願いは統一(ウリエ ソウォヌン トンイル)」

2016-10-14 12:29:12 | 韓国の音楽
 3つ前の記事→<韓国ではだれでも知っている、北朝鮮で禁じられた2つの歌♪♪ ①「朝露(アチミスル)」>の続きです。

 先の記事の「朝露」と比べて、今回の「われらの願いは統一(우리의 소원은 통일.ウリエ ソウォヌン トンイル)」が日本でどれくらい知られているのか、私ヌルボはよくわかりません。ただ、民族学校に通っていた人たちは学校で教わったはずなので皆知っていると思います。また、韓国では初等学校の音楽の授業で長く教えられてきた歌なので、見出しの通り「誰もが知っている」と言ってよいでしょう。
 つまり、この歌は北朝鮮でも韓国でも歌われてきた歌です。※韓国では「われらの願い(우리의 소원.ウリエソウォン)」と短い曲名になっています。

 とりあえず、どんな歌か聴いてみてください。YouTubeにいろいろありますが、とりあえず音楽教材らしいものを貼っておきます。


 これ以外にも、朴槿恵大統領が合唱団の中に入って歌っている動画(→コチラ)等があります。

 一方、この歌は北朝鮮でも歌われてきました。1990年10月10日(朝鮮労働党創建記念日)に催されたマスゲームの動画を見てみましょう。


 この歌を私ヌルボが知ったのは1991年。先の「朝露」の記事で少し書いたように、初めて北朝鮮に行った時のこと。現地に着く前に旅行団中にけっこういた朝鮮総聯関係の人から教わったのか、着いてから案内員氏に教わったのかは思い出せません。とにかく、その時に朝鮮語で教わって覚えたのがこの「われらの願いは統一」です。

 歌詞とその日本語訳は次の通りです。
   
 우리의 소원은 통일
 꿈에도 소원은 통일
 이 정성 다해서 통일
 (※北朝鮮では 이 목숨 다 바쳐 통일)
 통일을 이루자

 이 겨레 살리는 통일
 이 나라 살리는 통일
 통일이여 어서 오라
 통일이여 오라
 われらの願いは統一
 夢にも願いは統一
 このまごころを込めて統一
 (※北朝鮮では「この命をすべて捧げて統一」)
 統一を成しとげよう

 このはらからを救う統一
 この国を救う統一
 統一よ早く来い
 統一よ来い

 この歌の作詞者は安碩柱(アン・ソクチュ.1901~50)。号は夕影(ソギョン)で、日本の統治期に挿絵画家等として活躍した人物です。(→コチラの過去記事で少し書きました。)
 そして作曲者が彼の息子の安丙元(アン・ビョンウォン.1926~2015)。1947年当時ソウル大の学生だった彼が3月1日の三一節特集ラジオドラマの主題歌として父親の詞に曲をつけ発表したのがこの歌でした。その時の歌詞は「우리의 소원은 독립 /꿈에도 소원 독립이목숨 바쳐도 독립독립이여 오라 /이겨레 살리는 독립 /이나라 찾는데 독립독립이여 어서오라 /독립이여 오라」というもので、「統一」ではなく「独立(독립)」 を希求する内容になっていて、歌詞も少し違っていました。(当時の南北朝鮮は、それぞれ米ソの軍政下に置かれていた。)
 しかし翌1948年に大韓民国政府が樹立されて南北の分断が既成事実化され、韓国の教科書にこの歌が掲載される時、歌詞が現在のように変わって「私たちの願いは統一と歌われるようになりました。

 以後もっぱら韓国で歌われてきたこの歌が北朝鮮で歌われることになったのは、1989年。全大協(全国大学生代表者協議会)の代表として世界青年学生祝典に参加するため国禁を侵して平壌入りした20歳の女子学生林秀卿(イム・スギョン)(→右画像)が現地で歌ったのが契機になりました。
 ※林秀卿は現在共に民主党の国会議員。彼女についての過去記事は→コチラ

 その後2000年の南北首脳会談の際、金大中金正日が6.15南北共同宣言に署名した後に手をつないでこの歌を歌い、その前月の平壌オリニ(子供)芸術団のソウル公演でも最後に歌われたのはこの歌でした。
 ※2009年8月23日金大中元大統領の国葬でも弔歌の1つとして演奏された。
 ※利川市の青江(チョンガン)文化産業大学大学校に安丙元が直接書いた楽譜と歌詞を刻んだ歌碑が建立されている。

 今年8月初め、このような歴史をもつ歌が北朝鮮で禁止されたというニュースが韓国で大きく報じられました。発信源はアメリカ政府系のRFA(自由アジア放送)。北朝鮮咸鏡北道のある消息通が「人々の疑問が増幅している」という反応とともに伝えた情報(→コチラ参照.韓国語)です。
 
 TVニュースでも、たとえばYTNは上述のようなこの歌の来歴も含めて詳しく報じています。(下の動画)


 放送の中で、禁止の理由として「金正恩の願いは(統一よりも)軍事強国になること」としていますが、これは上のRFA(自由アジア放送)の記事中の「禁止曲選定とともに伝達された金正恩の指示内容にそのように規定されている」とあるのをふまえたものです。そして7月から禁止曲の統制が強化され、これに反した者には厳罰を科すよう指示が下されたということです。
 上の動画の最後、アナウンサーの背後の大きな字「멀어진 소원 ‘통일’」は「遠くなった願い‘統一’」で、アナウンサーも「われらの願いは遠くなったようです」という言葉で締めくくっています。

 ところで、この「われらの願いは統一」は「統一」の部分を別の言葉に変えて歌われることがあります。→コチラの動画は北朝鮮の公式アカウントuriminzokkiriによってアップされたものですが、1番の「統一」に続けて2番は「自主」、3番は「民主」と歌われています。
 →コチラは、この歌についてとても手際よくまとめられた記事ですが、そこでは「統一」を「自由」に置き換えた歌詞が載っています。(うーむ、これはどこかで歌った記憶があるゾ。) もしかして80年代民主化闘争の中で歌われたのかな? その記事に7つ動画が貼ってありますが、その一番下に2012年3月の中国による脱北者強制送還に対する(韓国内の脱北者による)抗議行動の動画があります。そこで彼らが歌っているのは「われらの願いは自由」。(YouTubeは→コチラ。)
 はたして、今北朝鮮内で「われらの願いは自由」と歌われたりしているかどうかはわかりません。しかし、10月12日の毎日新聞の記事「韓国 脱北者、国内在住は3万人突破へ」(→コチラ)によると、脱北者に脱北の理由を訊くと「2001年以前は7割弱が「空腹や経済難」と答えていたが、14〜16年では同じ回答が1割強へと減少。01年以前は1割に満たなかった「自由への憧れ」は3割強に増加した」とのこと。もしかしたら「朝露」を禁止したのと同様に、金正恩や住民の統制担当部署はこの歌自体に<何か危険な要素>を感じたのかもしれません。

 先日、ある脱北者の方に「「ウリエ ソウォヌン トンイル」が北韓で禁止されましたよ」と言ったら、即座に「金正恩は統一を望んでないんですよ。独裁者でいられなくなるから」という声が返ってきました。正鵠を射ている・・・って、もしかして周知の事実かも。昨年あたりからの朴槿恵をはじめとする連中の統一論議は金正恩にとってはやっかいなところでしょうね。

【作曲者の故・安丙元(アン・ビョンウォン)さんの所蔵品】
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