学問空間

『承久記』『五代帝王物語』『とはずがたり』『増鏡』『太平記』『梅松論』等を素材として中世史と中世文学を研究しています。

起請文はいつ死んだのか?(その4)

2022-11-18 | 唯善と後深草院二条

私が突如として起請文を論じ始めたきっかけは10月30日に放映された大河ドラマ「鎌倉殿の13人」第41回でした。

起請文破りなど何とも思わない人たち(その1)
https://blog.goo.ne.jp/daikanjin/e/f499d617f18376f321811a045398e40c

呉座勇一氏は『一揆の原理』(洋泉社、2012)において、

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【前略】参籠起請とは、被疑者の主張の真偽を明らかにするための神判(有罪・無罪の判断を神に仰ぐ裁判)の一種で、まず自らが偽りを述べていないことを神に誓った上で神社の社殿などに籠もり、参籠中に身体の不調(鼻血や発病など)が現われなければ、潔白の証明となった。
【中略】
 私が思うに、起請文を身体の内部に取り込むという行為と、身体に不調が生じるか否かという現象は対応している。嘘をついているのに起請文という誓約書を飲んだら身体に異変が起こる。つまり起請文の灰が体内で悪さをするのだろう。古代インドには毒物を飲んで有罪無罪を決める毒神判というものがあるそうで、危険なものを身中に入れても無事であることが潔白の証明につながるという発想は、日本以外の文明においても見られる普遍的なものと推定される。
 とすると、一揆の誓いに違反した場合に発生するとされる神罰の具体的内容も、起請文の灰を体内に取り込んだ結果として体内に異変が起きる、というものではないだろうか。
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と書かれていて(p114)、これはかなり合理的かつ独創的な見解ですね。
起請文破りをしたい場合は飲んでしまった起請文を吐き出せばよいだろう、という大河ドラマの展開は、脚本家の三谷幸喜氏が『一揆の原理』から得た着想ではなかろうかと思われます。
ただ、呉座氏は「失」という表現を使っていませんが、「失」には身体の不調だけでなく家族・親戚の死なども含まれており、これらは毒物のアナロジーでは説明し難いので、私は呉座説には賛成できません。

佐藤雄基氏「日本中世前期における起請文の機能論的研究─神仏と理非─」(その1)
https://blog.goo.ne.jp/daikanjin/e/4098ae9be11cbdecadb8c3b406031d3d

ま、それはともかく、「起請返し」の具体的方法が史料に出て来るのは相当遅いみたいですね。
千々和論文に戻って、続きです。(p37以下)

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起請返し
 斎木一馬氏は吉田の神主兼見の日記「兼見卿記」の中にしばしば見出される起請返し(また、誓紙返しともいう)に注目し、「"起請破り"と"起請返し"」という短いが興味深い論文を書いている。氏が紹介したいくつかの起請返しの実例を見ながら、しばらく天正年間のこの日記に多くみられる起請返しとは何かを考えてみよう。
 まず一五八三年(天正十一)四月廿日の記事である。

  南都に住む者で、伯父と甥とが口論をして今後絶交するという誓言をかわした。その後今にいたっ
  たが、親類の仲立ちで仲を直そうと思うのだが、誓言のうえでの絶交だからといって伯父が容易に
  応じない。そこで、起請返しの裁許をして欲しいというのである。早速、兼見は祓を行って裁許状
  を遣わしたというのである。

 また、翌八四年(天正十二)十二月六日の記事によれば、

  越前の青山氏から、妻の離別に際し、誓紙を書いたのだが、子供や親類が仲立ちをして、よりを戻
  すことになった。しかし、誓紙を書いた以上、その罰があろうから、誓紙返しの祈念をお願いした
  い、というのである。

 また、このほかにも、事情はよくわからないが、誓紙返しを依頼され、祈禱のうえで「調え遣わす」という記事が散在するから、誓言・誓紙を破るについて、吉田神主に依頼して祈禱してもらい、その裁許状と霊符・守りなどをもらうということが当時一般によく行われていたことが理解される。
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うーむ。
要するに「お祓い」をすればオッケー、ということのようですが、吉田家は吉田兼倶以降、相当に独創的というか胡散臭いというか、神社界でもかなり変わった家なので、果たして吉田流の「起請返し」をどこまで一般化できるのか。
そして何より、吉田流の「起請返し」が生まれるまでは、起請破りをしたい人たちはどのような方法を取ったのか。

『兼好法師』の衝撃から三ヵ月
https://blog.goo.ne.jp/daikanjin/e/9f8a40b01d861705b1c8291f30001971
吉田兼倶(1435-1511)
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%90%89%E7%94%B0%E5%85%BC%E5%80%B6

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