学問空間

【お知らせ】teacup掲示板の閉鎖に伴い、リンク切れが大量に生じていますが、順次修正中です。

『ニコライの見た幕末日本』(その1)

2019-12-22 | 渡辺京二『逝きし世の面影』と宣教師ニコライ
投稿者:鈴木小太郎 投稿日:2019年12月22日(日)12時44分8秒

ここで少し寄り道して、ニコライが来日後八年間をかけて日本文化を研究した成果である『ニコライの見た幕末日本』(講談社学術文庫、1979)、原題「キリスト教宣教団の観点から見た日本」の内容を少しだけ見ておきます。
この論文は1869年9月にロシアの雑誌『ロシア報知』に掲載されたもので、『ロシア報知』はドストエフスキーの『罪と罰』が連載された雑誌でもあるそうです。(p4)

-------
ニコライ堂で知られるロシア正教の宣教師ニコライは、幕末・維新時代の激動の渦中に日本に渡り、函館を本拠地に布教活動を行った。本書は、そのニコライがつぶさに見た日本の事情を、祖国の雑誌に発表したものである。日本の歴史・宗教・風習を、鋭い分析と深い洞察を駆使して探求し、日本人の精神のありよう、特質を見事に浮き彫りにしている。「日本人とは何か」を考える上に、多くの示唆を与える刮目すべき書である。本邦初訳。

http://bookclub.kodansha.co.jp/product?item=0000150007

「本文中の小見出しは訳者の付したもの」(凡例)とのことですが、全体の構成を見るのに便利なので、小見出しを列挙してみます。

-------
東洋的でない日本
あらゆる階層にゆきわたっている教育
外国に対する優越感と恐れ
すさまじい西欧追随
日本人の無神論は西欧のそれと異なる
神道とはどのようなものか
仏教渡来後の神道
仏教=汎神論的宗教
日本人にとっての仏教
禅宗
門徒宗
法華宗
荒唐の根拠としての仏典
孔子教とは何か
中国における孔子
日本の孔子教
キリスト教の伝来
キリスト教禁止の理由
島原の乱
開国と幕末のキリスト教
明治政府の廃仏毀釈
明治政府とキリスト教
維新の実態
-------

それでは、ニコライの文体紹介を兼ねて、まずは冒頭です。(p9以下)

-------
東洋的でない日本

 領事館付主任司祭として日本へ向かったときから、その任地にあった八年の間〔一八六一~一八六九〕、私は日本の歴史、宗教、日本人の気風を研究すべく力めてきた。それは、福音の宣伝によってこの国を啓蒙せんとする期待がどの程度満たされ得るか、それを知らんがためであった。そして、この国を知ることの深まるにつれ、私は、福音書の言葉がこの国に高らかに響き渡り、この帝国の津々浦々にまで速かに行き渡る日の極めて間近であることをますます強く確信するようになった。
 極東のこの三千五百万の人々の住む帝国にあっては、あらゆることがどことなく玄妙不可思議であり、あらゆることがわが国におけると異なっている。しかし、同時に、あらゆることが東洋的ではないのだ。「東洋」をわれわれはいかなるものと理解しているか? 上からは絶対専制、下はひたすらの盲従、無知、愚鈍、そして同時に泰然たる自己満足と傲り、その結果たる鈍重停滞、─これが、東洋の諸国家についてのわれわれの理解に必ずついてまわる概念である。
 そうであってみれば、これらの性質は当然、日本にも当てはまるはずだ、と思われるであろう。日本はきわめて古い国であり、その成立いらいずっと、ほとんど中国とのみ─その後進性と停滞が諺にまでなっている中国とのみ─交渉を持ってきた国なのであるから。だが、日本において実際にわれわれが目にするものは何か? 確かに日本の天皇朝〔イムペラートルスカヤ・ヂナスチヤ〕は、東洋のほとんどの国においてそうであるように、その祖は神に発するものであると見なされている。しかし日本の天皇は、われわれが常に専制君主〔デスポート〕という言葉にこめるような意味での専制君主であったことはかつてない。
【中略】
 天皇朝がその使命を果していわば疲弊し、無活動、無気力の状態に陥ると、日本は、長く逡巡することなく、自己の新しい統治様式を創り出した。そこに生じたのはあるきわめて独創的なことだった。天皇は、どうやら、依然として天皇であるのだった。さまざまな位階も称号も、言葉の上、文書の上では、そのまま天皇のものなのであった。だが、支配権は、より活力に満ちて強力な活動家たちに、すなわち将軍〔ショーグン〕たちの手に移ったのである。(将軍とは文字通り訳せば「ゲネラール」のこと。)
 この新しい支配者たちの時代になると、日本はいままでのようにいわば静かに行儀よくばかりしていられなくなった。将軍朝は七百年足らずの間に(一一八六年から)六朝もの交替があり、安定した堅固な位置を保持できたのは諸々の国民的要請を満たした将軍のみであった。〔ニコライは将軍家の支配についても「ヂナスチヤ」と書いて天皇支配の場合と並列させているので、敢て将軍「朝」と訳した。〕
-------

「東洋的でない日本」の途中ですが、いったんここで切ります。
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする