投稿者:鈴木小太郎 投稿日:2018年 1月 6日(土)11時31分49秒
12月28日から『増鏡』を序文、「巻一 おどろのした」、「巻二 新島守」、「巻三 藤衣」と読んできましたが、ここで当初設定しておいた二つの留意点に基づき、中間的な整理をしておきます。
まず第一に、二条家その他の摂関家関係者が『増鏡』においてどのように描かれているか、についてです。
「巻一 おどろのした」には月輪関白・九条兼実(1149-1207)が登場しますが、後鳥羽院天皇の女御入内の場面で父親として名前が出てくるだけで、源頼朝との信頼関係に基づいて平家滅亡・鎌倉幕府草創という困難な時期に朝廷をリードした側面など全く描かれていないですね。
「巻一 おどろのした」(その1)─九条兼実
https://blog.goo.ne.jp/daikanjin/e/25f4a89f6c5e5554fa9364d4c9012a47
土御門天皇の摂政だった普賢寺関白・近衛基通(1160-1233)も名前が出てくるだけです。
「巻一 おどろのした」(その2)─源通親
https://blog.goo.ne.jp/daikanjin/e/54d8b02b75e0d0d8da9868b828e0d95d
九条兼実の息子、後京極摂政・良経(1169-1206)は後鳥羽院の歌人としての活動を補佐する人物として描かれていますね。
「巻一 おどろのした」(その3)─宮内卿
https://blog.goo.ne.jp/daikanjin/e/e5e22ff00545e0a62e0ca070ce679837
九条兼実の弟、天台座主の吉水僧正・慈円(1155-1225)は巻一の終わりの方で藤原定家と長歌のやりとりをしていて、分量的にはそれなりに多いのですが、あくまで歌人としての活動を描いているだけです。
「巻二 新島守」に入ると、実朝が公暁に暗殺された後、九条道家(1193-1252)の息子・三寅(頼経、1218-56)が摂家将軍として東下しますが、この場面でも主役は道家ではなく西園寺公経ですね。
また、摂関家を荘厳する「二神約諾神話」っぽい話も一応は出てきますが、分量は少なく、『平家物語』を読んだ人なら誰でも書けそうな内容です。
「巻二 新島守」(その4)─西園寺公経
https://blog.goo.ne.jp/daikanjin/e/17a180bcfe7ca48f321ac3dc15711280
承久の乱に際しては摂関家関係者はそれほど後鳥羽院に加担してはいませんが、良経の娘(東一条院)を母とし、乱の直前に践祚したばかりの懐成親王(仲恭天皇)は廃され、道家も摂政の地位を喪います。
「巻二 新島守」(その7)─九条廃帝(仲恭天皇)
https://blog.goo.ne.jp/daikanjin/e/8111effe1a7eac3ee2ee79a29d92cb46
「巻三 藤衣」に入ると、九条廃帝とその母東一条院の悲哀を描いた後、後堀河天皇の後宮の場面となりますが、ここに登場する三人の女性のうち、三条有子(安喜門院、1207-86)は割と良い描かれ方をされているのに、猪隈関白・近衛家実(1179-1243)の娘、長子(鷹司院、1218-75)の扱いは冷ややかです。
「巻三 藤衣」(その2)─安喜門院・鷹司院・藻璧門院
https://blog.goo.ne.jp/daikanjin/e/d8d999f1434a5680309b35430d0b0619
九条道家の娘、竴子(藻璧門院、1209-33)が入内した後、道家の息子たちの栄達の場面となりますが、道家一門の繁栄も結局は背後に岳父・西園寺公経が控えているから、というような描かれ方です。
「巻三 藤衣」(その3)─九条道家と法助
https://blog.goo.ne.jp/daikanjin/e/25c08962d0e5dac1d2bd4798396f7acf
そして藻璧門院を悩ます物の怪の話の後、その薨去という暗い展開になります。
「巻三 藤衣」(その5)─藻璧門院薨去
https://blog.goo.ne.jp/daikanjin/e/63e92d4d280c1d33812576229765f57e
ということで、巻一から巻三までの間、摂関家の描かれ方はどうにもパッとしない感じですね。
ただ、そうかといって、源通親とその子孫が特別に良く描かれている訳でもありません。
また、西園寺家は公経が九条道家の背後に控えていることが何度か描かれるものの、分量的にはそれほどでもないですね。
結局、巻一から巻三までは圧倒的に「後鳥羽院の物語」であって、作者の情熱は後鳥羽院の誕生と活発な文化活動、承久の乱の勃発と戦後処理、そして隠岐での寂しい生活を描くことに注がれており、摂関家・西園寺家・村上源氏はあくまで脇役に止まっています。
さて、当初設定した着眼点の第二は「愛欲エピソード」、即ち歴史的重要性がないにもかかわらず相当の頻度で登場する、当時の公家社会の倫理水準に照らしても問題があると思われる男女間・同性間の挿話の出現時期・内容ですが、これは皆無ですね。
「後鳥羽院の物語」は終始一貫、格調が高い話だけが続きます。