学問空間

『承久記』『五代帝王物語』『とはずがたり』『増鏡』『太平記』『梅松論』等を素材として中世史と中世文学を研究しています。

吉河光貞についてのメモ(その2)

2015-06-30 | 石川健治「7月クーデター説」の論理
投稿者:鈴木小太郎 投稿日:2015年 6月30日(火)08時49分32秒

戦前の治安維持法制研究の第一人者、荻野富士夫氏(小樽商科大学教授)の『思想検事』(岩波新書、2000)を見たら、吉河光貞の名前は3箇所に出てきましたが、いずれも最後の章「Ⅴ 公安検察への道」の「思想検察はなぜ断罪されなかったか」「公安検察への継承」という文脈の中での簡単な扱いですね。
吉河の経歴に出てくる「(法務庁)特別審査局」が後に公安調査庁に発展する訳ですが、1949年5月18日、衆議院法務委員会において、特別審査局の局長である吉河光貞の経歴について、共産党の梨木作次郎議員が質問しています。
リンク先の長大な議事録全体を5つに分けると、五番目の最初のあたりですね。

http://kokkai.ndl.go.jp/SENTAKU/syugiin/005/0488/00505180488022c.html

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○梨木委員 私の調査によれば、今法務総裁のおつしやつたように、吉河氏は学生時代に、その後一時共産党の幹部になつたことのおる田中清玄氏と、帝大の新人会において並び称せられて、学生運動をやつた経驗のある人だということは聞いております。同人の経歴は大正十三年一高に入学して、一高の社会科学研究会の最高指導者であつた、その後帝大――当時の帝大に入りまして、新人会において田中清玄氏と並び称せられて、非常に活発な学生運動をやつておつたということ、それから卒業後評議会関東木材の書記をやつておつたということで、共産党員として活動しておつたこともあるということであります。昭和五年ごろに運動から脱落したということであります。かつてそういう経歴を持つておつたからといつて、左翼運動に同情があるということは言えないのでありまして、かつてそういう経歴を持つておつた人は、その経驗を生かして、非常な辣腕と陰險な方法で左翼運動を彈圧するのであります。
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吉河の経歴と照らし合わせると、1907年生まれの吉河は1924年、17歳で一高に入学して「一高の社会科学研究会の最高指導者」となり、帝大法学部に入学後も「非常に活発な学生運動」をしていたものの、1930年、23歳で卒業した後、間もなく「運動から脱落」するので、旧制高校・大学の6年間が共産主義者としての活動期間ということになりますね。
この後、吉河が思想検事として関わった事件が詳細に列挙され、さすがに共産党の調べ方はぬるくないなと思わせますが、そこに少し微妙な表現があります。

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第三番目には、昭和十六年いわゆるゾルゲ事件において、ゾルゲ、それから尾崎秀実事件の主任として活躍しております。最初主任としてこれに参加したのでありますが、その後同人は、いわゆる学生時代に社会科学研究会へ出入りしておつたということが暴露したために、退陣を余儀なくされたということなのでありますが、この事件の檢挙において抜群の功があつたということで、表彰されておるということをわれわれは聞いております。
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この言い方だと吉河は1931年11月に高等文官試験司法科合格後、思想活動歴を隠して任官し、1941年、ゾルゲ事件を担当して暫く経ってからそれがバレた、ということになりますが、そんなことが有り得るのか、ちょっと不思議な感じがします。
ま、共産党議員からの指摘はあったものの、「國務大臣(法務総裁)殖田俊吉君」は、

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○殖田國務大臣 いろいろ御注意を承りましてありがとうございますが、吉河君はさような経歴が多少あるかもしれませんが、すでに資格審査の嚴重な審査を経ております。ことに法務廳の官吏につきましては、関係方面におきまして特に注意が届いておるのでありまして、他の官廳の官吏のごとく、しかく容易には資格審査が通過しないのであります。從いまして私は吉河君の場合は十分な審査を経て、これにパスした者であろうと考えておるのであります。人の一身上に関することで、実ははなはだお氣の毒なのでありますが、吉河君に関しましては、ただいま梨木さんのお話と逆な、左翼的な色彩が非常に強いというようなことをしきりに言つて参る方面もあるのでありまして、私はそれこれ考え合せまして十分研究いたしまして、私はまだあの人を自分の部下として使つて約六箇月足らずでありますが、今のところまことに公正で誠実であつて、思想的に彈圧を加えるとか、あるいは旧來の思想檢事のような態度は少しも認められないのでありまして、私はごくリベラルな、まじめな官吏であると実は考えておるのであります。
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ということで吉河は特別審査局長の地位を維持し、その後も順調に出世して行く訳ですね。
コメント
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