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「アンパニウスかく語りき」(by 渡辺慧)

2015-06-02 | 歴史学研究会と歴史科学協議会
投稿者:鈴木小太郎 投稿日:2015年 6月 2日(火)10時21分31秒

>筆綾丸さん
>御茶ノ水駅近くにあったある立派な邸宅
これは多分『移りゆくものの影 一インテリの歩み』(文藝春秋新社、1960)に出ていたはずなので、去年、図書館でコピーしたものを見てみましたが、当該部分はコピーの対象外でした。
また、後で確認してみます。
林氏のエッセイはとぼけた味わいがあって、なかなか面白いですね。
清水幾太郎が主宰していた「二十世紀研究所」に関する箇所を少し抜書きしてみます。(p196以下)

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 向坂氏との出会いは、私が共産党的なものからはっきり訣別する重要な契機になったものであるが、これと同じ位重要な事件は私が「二十世紀研究所」に加入したことであろう。向坂氏から訪問を受けたのとどちらが先だったかはっきり記憶しないが、丸山真男氏が同じく同窓会館の住居に私を訪ねてきた。何の前ぶれもなく庭から入って来て、縁側で立話をして帰って行ったが、彼も兵隊靴をはいていたからきっと軍隊に行っていたのだろう。これも会って口をきくのは最初だったが、存在は互いに認識していたし顔も知っていた。だから清水幾太郎氏がつくった「二十世紀研究所」に入らないかという勧誘は何の躊躇もなく引受けた。向坂氏の訪問を受けた時のようなショックはなかったのである。
(中略)
 「歴史科学研究所」は、研究所そのものはなくなってもその後に結束の固い集団を残したが、「二十世紀研究所」はその後単に消滅したばかりでなくそのメンバーは全く思い思いの途を辿り、文字通り空中分解の有様である。後年日本の思想界に稀有の波紋をまき起こした福田恒存氏の「平和論への疑問」が、別に清水氏を目標としたものではなかったにもかかわらず、結果的には清水氏に対する一大痛棒になったことがこれを最もよく示している。清水幾太郎氏と福田恒存という現代日本思想界の対極にいる二人が当時は共に同じ「研究所」にいたのだ。この二人ばかりではない。さきに名前をあげた人々は、今日何と別々のところで働いていることであろう。
 今日最も離れたところにいるのは─これは下手なしゃれみたいなことになるが─今アメリカで大学教授になっている物理学者の渡辺慧氏である。この人は旧貴族議員子爵渡辺千冬の御曹司で、フランス留学中ドイツ婦人と結婚していたから夙にコスモポリタン的性格を持っていた。戦争中は理研にいた仁科芳雄博士の弟子で、武谷三男氏などの仲間であったらしい。自然科学者らしい合理主義者で、また英独仏何でもペラペラというすばらしい語学の天才であるが、同時にしんの強いクリスチャンでもあった。こういう氏にとって、徳田球一の号令一下鉄の規律で行動する共産党は嘗ての特攻隊と少しも変わらぬものと見えたであろうし、唯物弁証法などという古くさい形而上学は唐人の寝言としか考えられなかったろう。「唯物論などと言うけれど、宇宙の本質は物質だなどということがどうして証明出来るか。一体唯物論者は物質そのものの研究を本当にやったことがあるのか」と言って原子物理学の話などをしたが、私にはわからぬながらもっともと思われた。その頃いつかラジオで一緒に座談会をした時、氏はフランスの学者アンパニウスが最近発表した説だと言って、第四階級(プロレタリアート)の次には第五階級(技術者)の時代が来る。だから今は第五階級の解放を叫ぶべき時だという話をした。これは私も納得しかねたが、後になってアンパニウスとは氏が高等学校時代の自分の綽名「餡パン」から思いついた架空の人物だと聞いてこれには唖然とした。この放送を聴いた人の中から、アンパニウス氏の本を読みたいから名前を教えてくれという投書が大分来たそうであるが、ラジオで堂々とこういう出鱈目話をする心臓は驚歎すべきものである。しかし丸山真男氏などは不真面目だと言って憤慨していた。また氏は岩波の雑誌「思想」から頼まれた原稿に「キューイチ天皇代々木に鎮座まします」などと書いて掲載を拒絶されたこともある。
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少しといいながら随分長めに引用してしまいましたが、一番面白いのが「しかし丸山真男氏などは不真面目だと言って憤慨していた」なので、最初の丸山真男との出会いも紹介しない訳にはいかないですね。
アンパニウスを知らなかった丸山真男は、自他共に認める超一流知識人としての意地と面目にかけて必死にアンパニウス情報を探したのでしょうね。

渡辺慧(1910-93)

>闇サイトのようなアブナイ雰囲気
黒はアナーキストの色ですから、共産党周辺の人が使ってはまずいですよねー。

>すでに二度にわたってヨーロッパ大陸を決定的な危機に晒した国
ルターの宗教改革を入れると三度かもしれないですね。
『「ドイツ帝国」が世界を破滅させる』、早速読んでみます。

※筆綾丸さんの下記二つの投稿へのレスです。

『ラプラスの魔女』の暗い影 2015/05/31(日) 12:31:03
小太郎さん
http://nikolaido.jp/
林健太郎『昭和史と私』にある「御茶ノ水駅近くにあったある立派な邸宅の庭園」とは何処なのか、気になりますね。ニコライ堂の周辺でしょうか。

「民科」の初代会長は数学者の小倉金之助とのことですが、どうでもいいことながら、むかし、『日本の数学』(岩波新書)というのを読んだことがあります。

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%85%8C
松尾尊兌の「兌」は兌換紙幣の「兌」かと思いましたが、八卦の一つで、由緒正しい語なんですね。

「京都民科歴史部会」サイトは、闇サイトのようなアブナイ雰囲気がありますね。

http://www.kadokawa.co.jp/higashinokeigo/laplace/
東野圭吾『ラプラスの魔女』に、甘粕という非道な人間が出てきますが、小説の内容はさておき、この姓を選んだ作家の心理に大杉事件の甘粕正彦があったのか、妙に気になりました。上杉氏の家臣である甘粕を意識したとは思われない。

第四帝国( Das Vierte Reich )? 2015/05/31(日) 16:18:13
https://www.kinokuniya.co.jp/f/dsg-01-9784166610242
『「ドイツ帝国」が世界を破滅させる』とはなんとも挑発的な題名で、トッドの言説は相変わらず過激です。ただ、トッドが言いたいのは、ドイツ(第四)帝国がヨーロッパを破滅させるかもしれない、ということであって、世界とまでは言っていないですね。この人の germaphobie は筋金入りのようです。導入当初からユーロに反対で、近い内にユーロは崩壊すると言っています。トッド(Todd)のドイツ嫌いは、名字にドイツ語の Tod(死、死神)が含まれているせいかな、と錯覚させるものがありますね。
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・・・ドイツはまさに問題なのだ。フランスの政治家たちは、自国の民衆や中小企業に対してあんなに苛酷なくせに、仏独友好については今でもまだクマのぬいぐるみを抱いて遊んでいるような段階に止まっている。
 しかしドイツは、すでに二度にわたってヨーロッパ大陸を決定的な危機に晒した国であり、人間の非合理性の集積地の一つだ。ドイツの「例外的」に素晴らしい経済的パフォーマンスは、あの国がつねに「例外的」であることの証拠ではないか。
 ドイツというのは、計り知れないほどに巨大な文化だが、人間存在の複雑さを視野から失いがちで、アンバランスであるがゆえに恐ろしい文化でもある。
 ドイツが頑固に緊縮経済を押し付け、その結果ヨーロッパが世界経済の中で見通しのつかぬ黒い穴のようになったのを見るにつけ、問わないわけにはいかない。ヨーロッパは、二〇世紀の初め以来、ドイツのリーダーシップの下で定期的に自殺する大陸なのではないか、と。(142頁~)
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http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A2%E3%83%A9%E3%83%B3%E3%83%BB%E3%82%B8%E3%83%A5%E3%83%9A
翻訳者はフランス文学・思想が専門とのことで、Alain Juppé をアラン・ジュッペとしてますが(151頁、190頁、205頁)、Juppé はジュペであって、ジュッペとはフランス人は決して発音しませんね。Todd(トッド)に引きずられたのかな。 
コメント
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