学問空間

『承久記』『五代帝王物語』『とはずがたり』『増鏡』『太平記』『梅松論』等を素材として中世史と中世文学を研究しています。

♪冷蔵庫のなかで凍りかけた憲法を

2015-06-27 | 石川健治「7月クーデター説」の論理
投稿者:鈴木小太郎 投稿日:2015年 6月27日(土)10時56分41秒

暖めなおしたいのに♪

竹内まりや「家に帰ろう」

呉座勇一氏のアカウント、貴重な情報源として時々覗いているのですが、昨日は玉井克哉氏(東大先端研教授)のツイートをRTされていましたね。

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全6単位のうち4単位が割り当てられた憲法第一部の講義で、約9割が天皇制と9条で、そのほとんどがアジ演説。人権は1割で社会権以下は最後の補講1コマ。その最後、残り20分となったところで、旧軍隊で腕立て伏せを強制された体験を滔々と開陳。
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これを見ただけで小林直樹教授のことだろうなと思いましたが、念のため玉井氏の一連のツイートを確認してみると、やっぱりそうでした。
私はたまたま玉井氏と同学年なのですが、小林教授にここまで悪いイメージは持っていません。
というのは、私は小林教授の講義に2・3回出ただけで、つまらないので止めてしまったからです。
記憶がないので悪感情も持ちようがありません。
わはは。

当時、教養学部文科一類(法学部進学コース)は一学年630人くらいいて、その全員が入れる巨大教室で必修の憲法の講義を受けたのですが、私は講義より登山の方が大事だったので、小林教授など真っ先にパスしました。
しかし、研究者として大学に残ろうとか、大蔵省・自治省などの良い官庁に入ろうと志している人たちは「優」を集める必要があるので、つまらないなと思いながら、きちんと出席していたのでしょうね。
まあ、一種の「奴隷的拘束」(憲法18条)ですね。

小林教授の特殊事情はさておき、憲法学者が世間で軽んじられる理由としては、憲法9条をめぐる欺瞞に加え、憲法業界全体が巨大な「お受験」産業であることも挙げてよいのでしょうね。
木村草太氏によれば、職業として憲法を教えている人は日本全国で六百人ほどいるそうです。
『「学問」はこんなにおもしろい!憲法・経済・商い・ウナギ』(星海社、2014)には、

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公法学会っていう憲法と行政法の先生が参加する学会があって、現役で活動されている会員が確か一〇〇〇人くらいです。6:4ぐらいで憲法のほうが多いので、大学のポストに就いて、憲法を教えている方は六〇〇人ぐらいなのかなと思いますけど。
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とあります。(p26)
行政法学者と比べても実社会に特に役立っているとも思われない憲法学者が六百人もいるのは、ひとえに司法試験や中央・地方の公務員試験のおかげであって、憲法学者がそれなりに権威を誇示できるのも受験生相手だけですね。
そして大抵の人が受験の時期を過ぎると憲法とは縁遠くなってしまいます。
礒崎陽輔議員はその典型で、いったん公務員試験に受かってさえしまえば、自治省→総務省のような法律まみれの役所にいても、別に憲法の最新学説など全く知る必要もなく仕事は進められる訳ですね。
各界の法学部出身者は皆、それぞれの学生時代・受験時代の憲法学を冷凍保存したまま実務に追われる生活を続けるので、何かの都合で解凍を迫られると、ちょっとアタフタしてしまいますね。

「長谷部先生は、世の中の上澄みの部分を見ておられる」(by 南野森)

>筆綾丸さん
変てこな「立憲主義」もけっこう多いですね。
6月24日の投稿で触れた菅原光氏(専修大学法学部教授)の「マジックワードとしての『立憲主義』―脱魔術化と再生の試み」(松田宏一郎、五百旗頭薫編『自由主義の政治家と政治思想』、中央公論新社、2014)を読めば戦前の「立憲主義」事情が分かるのかもしれませんが、近くの図書館にはなくて内容確認は少し先になりそうです。

菅原光

※筆綾丸さんの下記投稿へのレスです。

平和時代の諸子百家 2015/06/26(金) 14:35:14
小太郎さん
立憲主義の百花繚乱・百家争鳴という感じですね。
樋口氏の「中世立憲主義」という術語には少し驚きましたが、『西本願寺寺法と「立憲主義」』というのもあるのですね。この伝でゆけば、東本願寺、延暦寺、金剛峰寺・・・等々の寺法と立憲主義の関係も論ずることができるのでしょうね。

https://kotobank.jp/word/%E4%BA%94%E6%A8%A9%E6%86%B2%E6%B3%95-64505
五権は行政,立法,司法,考試,監察のようですが、うち、考試は職員の衡平な選抜、監察は会計検査院の如きもの、と云ったところでしょうか。

https://kotobank.jp/word/%E4%B8%80%E4%B9%97-31305
大乗立憲主義、小乗立憲主義、冪乗立憲主義・・・などというのもありそうですが、一乗立憲主義は国法の根本としての立憲主義くらいの意味でしょうか。インド哲学と西洋哲学を融合させ、三権をアンジッヒ、フュールジッヒ、アウフヘーベンの関係と看做す思想・・・ではないでしょうね。
コメント
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