大福 りす の 隠れ家

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孤火の森 第7回

2024年07月15日 20時54分20秒 | 小説
孤火の森(こびのもり)  第7回




男が両手に抱えていた赤子をお頭に差し出した。

『我が森の御子だ』

『森の御子?』

『女王になるべき御子、そして女王を支えるべく為に生まれた御子』

『森の御子って・・・どっちかが森の女王になる御子ってことか?』

生まれたての子だ、顔だけではどちらが女なのかは分からない。

『そうだ』

『双子・・・ってことか』

男がお頭の手の中に双子を置いた。

『おい、いったいなんだっていうんだ』

受け取る気など無かったが、手の中に収められればつい抱えてしまう。

『女王に息がなくなった』

『え・・・』

『森は眠りに入った』

『眠り・・・』

『仮死状態のようなものだ』

『そんな・・・いったい、どうして』

『女王の御子を育ててくれ』

あの時、この男は女王の口添えがあったと言っていた。 だがその前にこの男は少年お頭をここで死なせるには戸惑いがあると言っていた。 もしかしてこの男は道に迷っただけの少年お頭を逃がすよう、女王に進言してくれていたのかもしれない。

『他の・・・他の森の民はどうしたんだ』

『あの森で生き残ったのはわたしと御子だけ』

『生き残った?』

どういうことだ。 そう思った時、気付いたことがあった。 州兵がウロウロしていたことを。
森が、森の民が州兵に襲われたということか? だがそうだとしても森の民に何かあっただなんてそんなことなど有り得ない、森の民が一人を残して殺されたなんて。 森の民の呪力は身をもって知っている。

『どうして・・・。 誰がそんなことを』

『お前たちの呼び方で、女州王』

『女州王? それじゃあ、州兵ってことか? どういうこった? あんたたちの力があれば州兵なんて相手にもならないだろう』

『州兵だけだったらな』

『意味が・・・分かんねぇ』

『とにかく、お前は女王に生かされた。 御子を頼む。 王女が女王としての準備に入るまで』

『女王としての準備?』

『準備をしなければならない兆(きざ)しが始まればわたしを呼んでくれ。 それまでは身を隠している』

身を隠しているって、口の中でそう言ったお頭を無視して男が説明を始めた。

まず、今の状態で双子には呪(じゅ)がかかっている。 呪者ももちろんのこと、女州王もその呪に阻まれ双子を探し出せないということだった。 だから安心するようにと。
その呪は王女が女王の準備に入れば解くということだった、いや、解かなければならないということだった。
誰にもこの事は話すなと念を押された。 そして森の民に姿を見せないように、とも。
女王としての準備に入ったときに万が一にも襲われてしまっては、王女は無防備なまま殺されてしまう。 その王女を守るために双子の片割れの存在があるとも聞かされた。

女王としての準備というものがどんなものかは聞かされなかったが、その前段階、準備を始めなくてはならない兆し、時がくると徴(しるし)があるということだった。
その徴が初潮であるということだった。
森で安泰に暮らしていれば、徴がくればその夜すぐにでも女王の準備に入るということだった。
その準備は森の中でしか出来ないと言っていた。 それもあの制圧された森で。

男は最後に双子の名の最初の一言だけを言い、その言葉を先頭に付けその後は出来るだけ短くした名をつけるようにと言うと、立ち上がりその場から消えた。
あの時のお頭が小さかっただけではなかったようだった。 やはり男は随分と背が高かった。

お頭とて、今まで何もしなかったわけではない。 その準備とやらに間に合うよう森に向かって地道に穴を掘っていた。 だがそれは気の遠くなるような長さを掘らなくてはならなく、ヤマネコからそろそろだと聞いてからは、群れの中が闇に静まりかえると岩屋を抜け焦りを感じながら掘り続けていた。
それが為にこんな腰になってしまった。

双子を渡された時にはあまりのことに何も考えられなかったが、冷静になって考えてみると女王にもあの男にも借りがある。
いや、女王はどうだろうか。 もしかして女王はこの事態を予見していたのかもしれない。 それは考え過ぎか、そうであるのならばもっと選ぶべき違う道があったはず。
だがこの事態の予見とまではいかなくとも、いずれお頭が必要になってくるということが分かっていたのかもしれない。 森の女王ならそんな力もあっただろう。 だからあの時、自分を逃がしたのかもしれない。
あの男が進言したかどうかの確証があるわけではない、進言しなくとも女王は自分を逃がしていたかもしれない。

いずれにしても今の自分があるのは女王とあの男のお蔭だ。 仲間たちと暮らせているのも女王とあの男のお蔭。
群れなど作る気はなかった。 一匹狼で生きていくつもりだった。 だが自分のことを慕ってついてきてくれる者たちがいた。 それは一匹狼でいようと思っていた凝り固まった自分の心を溶かしてくれた。
だからどうしても恩義は返さなくてはと思っている。

とにかく今すぐにやらなければいけない事はあの男に連絡を付けることだ。 その場所はあれからのち、またしても夜にやって来た時に聞かされていた。
今日ブブに初潮があった。 いくら腰が痛くともあの男に知らせなければならない。

「何を言ってんだかね、アタシが居なくてもお頭が簡単に死ぬもんかい」

「ああ、お頭は川の水だけを飲んでも生きてるに違いないし、出ない自分の乳を吸わしてでも双子を生かしてたぜ」

布を持ち上げて若頭が戻って来た。 両手には練られた薬草が入った器を持っている。

「おれを何だと思ってやがる。 それにたとえあの双子でも出ない乳で育つわけねーだろが」

お頭が薬草を塗り直せと顎をしゃくると、若頭がこれ見よがしな溜息をついてお頭の横に座り、既に塗っていた薬草を拭うと、痛み取りの薬草を塗り始める。

「お頭、いったい何をしようとしてんだい?」

お頭の代理は若頭が十分に出来るはずだ。 それなのに腰の痛みをおしてまでいったい何をしようとしているのか。

「オメーには・・・あの二人が世話になった。 それは充分に分かってる。 だがな。 分かってくれや」

「なんだい、世話になっただなんて言い方。 まるで今生の別れみたいな言い方をしないどくれ、縁起でもない」

「ああ、そうだな悪かった。 悪いついでにブブを見ててやってくれ。 それとポポだが・・・どうしてる?」

「アナグマが見てんじゃないのかね、アンタら助兵衛と違って訳が分かってないみたいだったからね」

助兵衛・・・。 分かってくれや、とだけ言ったお頭に少々意趣返しをしたようである。

「それにしても動揺が酷そうだったね」

あの男から双子の王女のことはそれなりに聞いたが、片割れのことは王女を守るためと聞かされただけで特に何も聞かなかった。
ブブとポポ、双子というところもあるだろうが、森の民の御子として自分たちの知らない何かがあるのだろうか。 それとも単なる純なのだろうか。

「そうかい・・・」

少し考えた様子を見せたお頭だったがすぐに煙管を手に取った。 するとその手をヤマネコに弾かれた。

「寝ころんで吸うんじゃないよ」

へいへい、と、煙管を置くと若頭に支えられてゆっくりと上体を起こし座った。 薬草を塗り終え、予定を変更してあとは晒を巻くだけである。

「悪りいが、アナグマと手分けしてブブとポポから目を離さないでいてくれ」

あの男は準備が始まれば呪を解くと言っていた。 まだ徴の段階だ。 何があるわけではないだろうが目を離したくない。

「それと今日はこれで終わりだ。 飯を食ったあとは暗くなるまで誰か州兵の見張に立たせておいてくれ。 それ以外は誰も穴から出すな。 おれとコイツはちょっと出かける」

「・・・分かったよ」

出掛けると言っても立てるのかい? と訊きたかったがこのお頭のことだ、あとのことなど考えず根性で立つのだろう、歩くのだろう。
そこまでしていったいどこに行くというのか。
アナグマは知っているのだろうか。 いや・・・アナグマが知っていれば、アナグマの肩を借りただろう。 若頭よりアナグマの方が体格があるのだから。 肩を貸すどころか長い距離でも担いで歩けるだろう。

ヤマネコが出て行くのを見送ると、淡々と晒を巻いていた若頭が最後に晒が解けてこないように晒の端を巻いた晒の中に入れ込んだ。

「歩けるんですかい?」

「歩けなきゃ、這ってでも行くまでよ」

若頭には何もかも話している。
自分に万が一のことがあったらと思うと誰かに頼むしかなかった。
それは借りを返すどうのという話ではなくなるが、あの双子を元に戻してやらねばならないのだから。

若頭に後を頼むしかなかった。 お頭としてせねばならないことを差し置いて穴を掘りに行っていたのだから、若頭の協力なくしては成り立たなかった。
ただ、万が一にも自分に何かあった時、その時には自分の顔ではない若頭が動いたとて、あの男が信用するかどうかは分からなかったが。

「ま、オメーの肩は借りてーがな」

お頭が若頭の肩に手を回した。



大隊長がセイナカルの後ろに控えている。 その後ろには視線と頭こそ下げているが、一番に森の中の地図を持ってきた兵隊長が両の口の端を上げて立っている。
セイナカルの手には大隊長から渡された地図がのっている。 その地図をじっと見ていた口が動いた

「この森だけか」

「はい。 ですが順次上がってきましょう」

「小さい森だの」

兵隊長の上がっていた口の端が僅かにひくつき大隊長が顔を下げた。

「それだけに簡単に森の中を探れなかったようです」

セイナカルが目でジャジャムを呼ぶと、離れた斜め後ろに控えていたジャジャムが大隊長の横に付く。

「呪師は」

「控えさせております」

「髪に呪は」

「今もかけて御座います」

女王が御子を産んだ時に同じ場所に居た者を覚えているかと髪に問うと、覚えているような反応があった。
更に、子を託した相手を覚えているかと問うと大きな反応があった。

十年以上も経っているというのに、託した相手などをよく覚えているものだという思いで歎息を吐いたが、そうでなければ困るのだから歎息の次には嘲弄(ちょうろう)が口の端に上がった。

「順を違えるではないぞ」

あれだけ探して取りこぼしを見つけられなかったのだ、森の中に居るに違いない。
セイナカルは森には向かわない。 手順だけを言い渡していた。

「はい」

安易に森の民に手をかけるなと言われている。 いや、正しく言うと気をなくさすなと言われている。 取りこぼした者の気がなくなってしまえば髪の反応が見られなくなるかもしれないからだ。

まずは森の民を押さえる。 次に押さえた者の中から髪に取りこぼした者を探させる。 そして森の女王の御子の年頃の子を、その者の前に連れて出て傷を付けていく。
森の民を、女王の亡骸を置いて逃げたような者だ、同じ森の民の子といえど御子以外の子を傷つけても、せいぜいそれなりの反応で終るだろう。 だがそれが女王の子であったのなら・・・御子であったのなら。

『狂いよるだろう』

たとえ爪一枚でも剥がせば。 いや、頬の傷一つでも。 それとも刃を向けただけでも。
セイナカルがくつくつと嗤(わら)い、それが女王の子、御子ということだ、そう言った。

ではその森に取りこぼしの者が居なければどうするのか。

『好きにせえ』

森の民を逃がそうが、手にかけようがどうでもいいということ。 そしてその後も、ということ。
兵にそんなことを言ってしまえば、手にかける方を選ぶだろう。 長い間かけて調べた苦労を報わせるために。

そして森の民のいる森には、街の民から見ると金銀財宝があると昔から言われていた。
森の民の森に入って生きて戻って来た者など居ないのに、何を根拠にと思っていたが、それは制圧した森に入った時に証明された。
絹の生地、輝く宝石、緻密な作りの金細工。 民が簡単に目にすることなど出来ない物が溢れるほどにあった。
あの時には全てをこの城に運んだが、今回は兵で分けてもいいということであった。

「明日の朝」

それだけ言い残してセイナカルがバルコニーに向かった。

明日の朝に城を出発するのではない。 森に入るということである。 今はもう月が出てきている。 すぐにでも城を出なくてはいけない。


一塊になっている天幕に向かって馬が走ってやってきた。 兵が馬から跳び下りると一番立派な天幕に足を向けた。

「なんだと!」

他の森を探っていた隊が地図を描き終え城に報告に行ったということだった。
その報はここだけではなく、あちこちの隊にもたらされていた。
遅れを取るわけにはいかない。 どこの兵隊長の顔にも焦りが浮かんだ。



月明かりの下を一塊になった二人の男が歩いていた。

「お頭、本当にここで合ってるんですかい?」

いくつもの山の民の群れの領域を越えて来た。 山の民同士である、見咎められることなどはなかったが、見つかればそれなりの視線を向けてこられていた。 途中、川の民の領域にも入ったが、胡乱な視線を向けられただけで誰何も何もなかったとは言っても、いつ足を止められるか分からなかった。

途中、薬草がよく効いてきてお頭一人で歩けはしたが、そこで無理をしたのがいけなかったのだろう。 近道を取ろうと崖を登った。 落ちることこそなかったものの、何度も足を踏み外し、その時に足首を捻ってしまっていた。

崖を登り終えた後は若頭の肩を借りて足を引きずっての歩行であった。 挙句に薬草の効き目が薄らいできているし、崖を登ってきた時の傷があちこちに見える。
まさに満身創痍である。

「ああ、合ってるはずだ」

「はず?」

ここまで来て “はず” とは。

若頭が月明かりに目を凝らす。 山の民は遠目も夜目もよく利く。
辺りには森もなければ林もない。 林があれば林の民が居るかもしれないからややこしいだけではあるが。
目の前のここは木が全くないとは言わないが、森の民が住むにはあまりにも木が少なすぎる。 どちらかといえば岩の方が圧倒的に多い。

「目印がある筈なんだがなぁ」

「目印? どんな?」

「・・・知らねぇ」

「・・・」

「見りゃ分かるって言ってたんだがよ、オメー、分かるか?」

「・・・」

森の民が言う目印など分かるはずがない。 それに小さな目印ならたとえ夜目が利くといっても捉えにくいだろう。 にくいどころか見落とすこと間違いなしである。
とにかくお頭がここだというのならそうなのだろう。

「お頭、一旦腰を下ろしましょうや」

歩き続けてきた。 もう薬草の効き目も何もないはず。 このまま緊張を続けていれば痛みも少しは忘れられるかもしれないが、体に無理を強いたくはない。

「ああ、そうだな。 オメーも疲れただろう、悪かったな」

お頭の声を聞きながらどこか腰の落ち着けるところはないかと探している。 岩があるといっても歪である、とうてい安定して腰など下ろせやしなく、枯葉が落ちていればそれを敷物代わりに座れるがそれすらもない。

「悪かったなんて、まだ終わってやしませんぜ」

そう言った途端、お、っと言って指をさした。

「あの岩にもたれて座りましょうや」

岩は背もたれにするにあまり凸凹がないし、腰を下ろす下には土がある。 軽い休憩ならまだしも、座り込んでしまうと身体を甘えさせ、あとが余計と辛くなるかもしれないが、硬い岩の上に座るよりいくらか腰にいいだろう。
足を進めて若頭が指さしたところにお頭を下ろすと、口を歪めながら岩に軽くもたれかかった。

声こそ出さないがかなり腰が痛いのだろう。

若頭の腰に括り付けてあった二つの内の一つの竹筒をお頭に渡すと、崖を登った時につけた傷だらけの掌で受け取った。 その手で水を飲むのを確認するともう一つに若頭が口を付けた。

「帰りはちょっと道を変えて、あの川の民に見つからないように水を汲まなきゃな」

もうこれで水はなくなった。

お頭に頷いてみせるともう一度あたりを見回す。 今度は少し遠くに目を這わせる。

「ん?」

「なんでぃ、目印か?」

「いえ、ここで待ってて下せぃ」

言い残すとすぐに走り始めた。

「けっ、まだまだ若いってか。 見せつけてくれるねぇ」

お頭に肩を貸しずっと歩いて来たというのに、ましてや足を挫いてからはこの身を預ける重さが増しただろうにまだ走れる余裕があるとは。
こちとら腰も痛けりゃ、もう元気な方の足も動かない。

まだ痛みはあるが腰が少しは落ち着いたようだ。 軽くもたれていただけだ、深くもたれようと肩も岩にもたれかせ、続いて後頭部も岩にあてる。 なめらかな岩だ、当たって痛いところなどない。
途端、お頭の口から声が出た。

「うわぁー!」

こんな所で大声など張り上げる気はなかったが、ついうっかり声が出てしまった。 それでも大声を出さないように抑えていたからか、夜陰の鳥の声も響いていない夜空に、走って行った若頭の耳に聞こえることは無かった。

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