大福 りす の 隠れ家

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孤火の森 第23回

2024年09月09日 20時14分24秒 | 小説
『孤火の森 目次


『孤火の森』 第1回から第20回までの目次は以下の 『孤火の森』リンクページ からお願いいたします。


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孤火の森(こびのもり)  第23回




何をどう言っても傲慢に言ってきた。

『お前たちがどう呼ばれているか知っているか? 愚兵だ』

『なにを! お前らにそんなことを言われる筋合いなどない! 兵隊長からこっちが指揮を取れと指示が出たんだよ!』

『愚兵の言うことなんか聞いて失敗に終わったらどうする気だ?』

『この森を一番知ってるんだ、失敗になど終わるはずがないだろう!』

『こんな枯れた森をグルグル回っているだけだろう。 頭も何もかもこの森と一緒で枯れてるんじゃないのか?』

『てめー!!』

『ああ、それに愚兵に指揮をとらせようと考えるとはお前たちの兵隊長も・・・だな』

殴りかかったが、向こうの方が圧倒的に人数が多かった。 反対に殴られ蹴られ・・・矜持がズタズタに破られた。

(それだけじゃない、あの時のことを後悔させてやる)

あの時、この男たちがこの森に居る理由がそれである。 まだ幼い頃のポポとブブがこの森にやって来た、それを捕まえることが出来なかった。 子供二人すら捕らえることが出来なかったとはと、さんざん愚兵と呼ばれこの森に残されることになった。

「こっちだ」

男達が歩き去るのを見送ったサイネムが小屋に向かった。


「呪師さん、アンタは行かなくていいのか?」

小屋の中に居たくなくて外に出ていた。 そこへ後ろから声をかけられ振り向くと昨日の男が居た。

「あ・・・昨日は有難うございました」

下を向いたままそっと腕輪を触る。 もうこれしか残っていない呪具、そして父の形見となるであろう呪具。
新人と言われていた男が呪師の腕を指さす。

「一つ取られたんだってな」

この男が来る前のことだった。 あの男に取られた。 呪具を市で換金し賭けをしていた。 そしてその金が昨日尽きた。
呪師が頷くと男が大きな溜息を吐いた。

「呪師さん、アンタそんなじゃ呪師に向いてないぜ? 駄目元でももっと堂々としてないと」

「・・・分かっています」

「分かってんならさ―――」

「無理矢理連れてこられたんです! こんな所に来たくなかった、言われることなんて出来ない!」

顔は下げたままだが、声が段々と大きくなっていった。 もう我慢が出来なくなってきているのだろう。

「言われることが出来ないってのは分かるよ? アンタじゃ無理だろう、素人の俺にだってわかる。 けどこんな所って?」

素人に無理とはっきり言われてしまった。 普通の呪師なら屈辱に怒りを投げつけるだろう。 だが自分の力量は知っている。 素人よりマシな程度で、ましてや呪具に頼らなければいけない程度、怒りをぶつける気概などない。

「知らないんですか? ここは呪われた森」

ようやく顔を上げたが、おかしなことを言う。

「呪われた森?」

「ここは・・・ここにはその昔、森の女王がいました。 兵がこの森に押し入って女王が殺された、その女王の呪いがこの森にはかかっている。 州はひた隠しにしてるけど、山の民が見てた、だからっ、誰もが知ってること!」

市は物の売り買いという場ではあるが、ある意味情報交換の場所でもある。 市でこの森の話が流れていた。

「ふーん」

「ふーんって・・・」

「あ、俺は兵じゃないし、この州出身でもない。 流れてきた。 仕事がないかなって市をぶらついてたら、兵隊長っていうやつに声をかけられた。 ここに居るのを兵は嫌がってるんだってな、アンタの言ったことが理由なの?」

呪師が首を振る。

「そういう意味では兵は嫌がっていない、と思います」

「じゃ、どういう意味?」

「他の兵隊長に付いたら、宝物(ほうもつ)が手に入るかもしれないから」

「へぇー宝物、ね」

「あなたこそ行かなくていいんですか?」

「俺? 俺に案内なんてまだ出来ないからな、下手したら迷子になっちまう。 ああ、そう言やぁ、あの森の中を見たら呪われた森って言われても納得がいくか。 あれじゃ森じゃないな」

木も草も枯れ、泉の水は淀んで水を欲する生き物も居ない。

「アンタさ、それだけ声が張れて大声出せるんならもっと堂々としてれば? そしたらナメられることもないだろうに」

「・・・」

「じゃな・・・って、忘れてた」

ほい、と言って手から何かを投げてよこした。 咄嗟に両手で受け取ると大きく目を開けた。

「それ、アンタのだろ? そこにあるのとよく似た作りだ」

男が指さす “そこ” は呪師の腕。

「あ・・・あの」

「市で見つけた。 やるよ」

やるよ・・・いくらで買ったというのだろうか。 仕事を探していたと言っていたのに。
男が小屋に向かって歩き去って行く。

「・・・父さん」

父の作ってくれた呪具。 もう手にすることが出来ないと思っていた父の形見。

<呪われた森、か・・・>

サイネムでさえ最初に見た時、森が死んでいると感じたほどであった。 そう言われても仕方が無いだろう。 いや、どう言われようがどう思われようが構わない。 人の言うことにいちいち耳を傾けていれば、今まで心豊かに暮らせてこられはしなかった。
知ろうとしない者はそれだけのこと。 貧素な想像の中を歩き、そこに居ればいいだけのこと。
小屋の中に目を移す。

<何人かいるな>

ここに来るまでにもう一つの塊の兵と出会ったが、ほとんど無言で森の中を歩いていた。 何の情報を耳にすることも出来なかった。
小屋の中にはさっきの男を入れて三人が残っている。 その誰もが兵の服を着ていない。 ずっとここに居た連中だろう。

「何してたんだよ」

「別に。 それより俺、首を切られるのか? 来たばっかりなのによ」

「さぁーな、お前は兵じゃないからな」

「兵隊長が勝手に連れてきただけだ、兵隊長に訊きな」

「その兵隊長様は居ねーしな・・・。 アンタらは? どうすんの?」

「それこそ、さぁーな、だ」

「まっ、お前みたいに首を切られることは無いけどな、どっかに移動だろう」

「でも夕べの話じゃ、森を燃やさせないようにするとかって言ってたじゃないか。 それってどうなんだ? 失敗したってことになって、アンタたちにも責任がかかってくるんじゃないのか?」

「そりゃないな、そこんとこは上手くアイツらが案内してるさ」

「今晩から五日かけてこの森全焼、それをさせないようにな」

「一部でも残ってりゃ、アイツらのせいだ。 俺たちはちゃんと案内をしたって言やぁ、それですむことよ」

「一部って・・・それくらい残っててもいいだろうよ」

「へへへ、お前はこの森のことを知らないからな」

「残す場所によっちゃあ、燃やしてないのと同じってことだ」

「残す場所って?」

「女州王が一番忌み嫌ってるところさ」

「ふーん、それでアンタたちは移動ですむってことか」

「そっ、産屋の建っていた場所を残しておけ―――」

ビュッ、と風を切るような音がした。

呪師が顔を上げて小屋を見た。 「なに?」 そう言って眉根を寄せると小屋に向かって走り出す。

「なんの音だ?」

「なんだろ?」

窓から外を見ると呪師がこちらに向かって走って来ているだけである。
だが音は小屋の中でした。 男三人が小屋の中を見て回るが何もない。
戸が開き呪師が入ってきた。

「何かありましたか?」

「え?」

三人の男が目を合わす。

「あ、変な音がして。 勢いよく風が吹いたような音って感じっつーか」

呪師が小屋の中に目を這わす。

「・・・何かが居たようです」

「え? 何かって?」

「それは分かりませんが、呪われた森ですから・・・」

男二人が目を剥いた。 そう言えば音がした時、森を焼く話から女州王が忌み嫌っている場所という話をしていた。
ここは森の女王の呪いがかかっていると言われていたのだった。 森の女王を殺した女州王の話をし、女州王が忌み嫌っている場所、産屋、そう言った途端、音が鳴ったのだ。

「や、やめてくれよ・・・」

<今晩から森を燃やすだと!?>

それも五日間かけてじわじわと。 ましてや産屋を人目にさらすというのか。
あまりの怒りに風を切ってしまった。 物に当たらなかったのは幸いした。 当たっていれば気を乱したサイネムの足跡を取られたかもしれない。

<あの呪師、腕輪をしてから能力が上がった>

それでもサイネムからすれば六感が上がった程度。 だが言い換えれば、そのような者に足跡を取られるほどサイネムの気が乱れたということ。
今はもうこれ以上は聞けまい。 それにどこから燃やすなどと聞く気もない。 この森を燃やさせるつもりはない。

穏やかに滞りなくブブの儀式を迎えられるようにするつもりだったが、そうはいかなくなったようである。


胡坐を組んでいたサイネムの瞼の中で瞳が動いた。 大きく肺に空気を送り込みゆっくりと吐く。 それを何度か繰り返すと瞼を上げた。

「ピアンサ・・・」

森の女王だった双子の片割れの名を口の中で呼ぶ。
一度下を向き、再び顔を上げるとゆっくりと立ち上がる。

お頭、と呼んでヤマネコが顎をしゃくった。 お頭が顔を振るとサイネムが立ち上がったところであった。
こちらに向かって歩いて来る。

「なにか様子が違うかね?」

「いっつもあんなだろ」

二人に何を言われているか知らないサイネムがヤマネコの横に膝を着く。

「ゼライアの様子は?」

「一度目を開けたんだけど水も飲まないですぐに寝て・・・ああ、何かの香りがするって言ってたよ」

「香り?」

すぐには思い当たらなかったようだが、何かに気付いたのか、立ち上がると奥に走って行った。

「あの旦那が走るとはな」

「お頭より随分と早いかね」

「ほっとけ!」

お頭も立ち上がりサイネムの後を追う。
ポポたちの前を通ろうとすると三人で何やら内職をしている。

「何やってんでぃ」

男達をすり抜け、掘っている最前までサイネムがやって来た。 手の空いている男たちが穴の幅を大きくしたようで、先ほどまでと比べるとすれ違いやすくなっている。

孤火たちのあけた穴は途中から上方向に向いていた。 それに従って男達が穴を大きくしている最中だった。
そこはサイネムの思う場所の真下に来たということ。

お頭は斜めになっている崖の途中から真っ直ぐ森の下に向かって横穴を掘りだしていた。 森のある高さまではサイネムの背で二人半分ほど。
男達の人数でこまめに交代が出来たことと、孤火の穴が先導していたことも大きかったのだろう、お頭と若頭が掘っていた時よりも随分と進みが早い。

「旦那、どうした?」

穴を掘っていた男がサイネムを見て手を止めた。

(やはり)

あの香りがしている。

「いや、邪魔をした」

場所は間違っていない。 穴さえ通してもらえれば何とかなる。
踵を返すとポポの元に向かう。 丁度ポポたちの手元を見ていたお頭が腰を上げたところだった。

「ザリアン」

「ん?」

ポポもサビネコもチャトラも内職の手を止め顔を上げ、お頭もサイネムを見た。

「話がある、こっちに来い」

「いや、だってこれを完成させなくっちゃ」

「いいよ、ポポ、行ってきな。 チャトラと二人でやっとくから」

「頭も来てもらえるか」

「え? あ、ああ」

サイネムが入口の方に歩き出し、ブブを覗き込むと頬を撫で「ゼライア、あと少しだからな」 と言い残し、少し離れたところに腰を下ろした。 あまり入り口に近づくと穴から声が漏れるかもしれないからである。

お頭がサイネムに続き、チャトラにお尻を叩かれたポポも立ち上がり続いた。 サイネムの正面に二人が座る。

「時が惜しい、今から言うことをしっかりと頭に入れろ」

「え?」

「訊き返すなと言った。 同じことを何度も言わすな」

冴え冴えとした目で言うと、次にお頭に顔を向ける。

「本来ならローダルとして伝えられる話であって、他の者に聞かせる話ではないが、ザリアンが聞き洩らすことなく覚えていられるかが分からない。 悪いが頭も一緒に聞いてもらえるか」

ローダル、その名がどうしてつけられたのかは覚えている。 ポポに名前の説明をした時 “ローダルは御子の男の系列に付けられる” サイネムはそう言っていた。
その名を持つ者が伝えていく話を聞けというのか。

「そんな大事な話をおれに聞かせていいのかよ」

「ザリアンが道を誤まろうとした時には正してやって欲しい」

「・・・えらく信用されちまったな」

どういう意味だろうか。 ポポとブブはこれから森で暮らすのだろうに、そうなればサイネムがゆっくりと教えていけばいいだろうに。

「頭はわたしとピアンサの母である森の女王が選んだのだから間違いない」

それは少年お頭を森の中から出した女王。

(そういや、そうなるのか。 って、じゃあやっぱりあの時の女王はこうなることが分かってたってことか?)

なんだか釈然としない。

「分ったよ」

「サイネム、それってどういう意味?」

以前サイネムは言っていた “ザリアンには伝えなければいけないことがある、ローダルとしてな” と。 きっとその話なのだろうが、どうして今ここで? それにそんなことがあれば、サイネムが正せばいいことだろう。 正される気はないが。

「ザリアン、今から言うことをしっかりと頭に入れろ」

「ポポ、諦めな。 それより耳の穴かっぽじって聞けよ」

ポポが口を歪めるがサイネムはさっき時が惜しいと言っていた。 苦情は後でしっかりと言ってやろう。

どこを見ることも無く始まったサイネムの話は昔話からだった。 ずっとずっと昔、何代も前の女王の頃の話から。

その頃は森の中にも山の民や川の民、どこの民も森を訪ねて来ていた。 森の民はどこの民という区別もなく森に迎え入れていた。 旅の途中だと聞くと寝食を提供し、群れを離れてきたと言うと辛い話を聞いてやり、川が枯れたや濁ったと聞くと泉の澄んだ水を提供していた。

ある日、街の民がやって来た。 十人足らずの街の民は州を跨いでやって来たと言う。 その内の一人が足に怪我をしていた。

『蛇に噛まれて・・・』

足を痛そうに引きずっている。 足首の少し上の方が腫れ、青黒くなっている。 様子を訊くと痺れも感じているらしい。
間違いなく蛇の毒が回ってきている。

『ここに来れば治してもらえると聞いた、治してはもらえないか?』

『はい、すぐに』

森の民が支えてその場に座らせると薬を塗り服薬をさせた。

『暫く留まられる方がいいでしょう。 他の方もお疲れでしょう、どうぞ休んでいってください』

森の民たちは街の民たちのために食を並べ床を用意した。
肉こそなかったものの、歓待を受けた街の民は数日森に留まった。 その内、森の民たちの日常を目にし、何人もが出入りする小屋を指さした。

『あの小屋は?』

『あそこには森からの恩恵が置かれているのですよ』

『森からの恩恵?』

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