大福 りす の 隠れ家

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孤火の森 第24回

2024年09月13日 20時53分51秒 | 小説
『孤火の森 目次


『孤火の森』 第1回から第20回までの目次は以下の 『孤火の森』リンクページ からお願いいたします。


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孤火の森(こびのもり)  第24回




数日前、仲間の足の怪我が治り、そろそろこの森を出ようと思っていた時、何気なく森の民たちの日常を頭に描いた。
森の民は朝どこかへ出かけると籠の中に何かを入れて戻って来ていた。 そしてあの小屋に入り、空になった籠を持って出てきていた。

籠の中には木の実か茸か何かが入っていると思っていた。 だから最初はあの小屋は食物小屋だと思っていた。
だがよく思い返してみると、食を作る時にあの小屋には出入りをしていなかった。 それに決まった数人が、朝から夕刻までずっと入りっぱなしの時もあった。
だから明日森を出ようと思っていたこの日、何を考えることも無く訊いた。
この森の民は “恩恵” と言った。 木の実や茸、それは間違いなく森の恩恵だろう。 だがそれだけなのだろうか。

夜になり松明を手にした街の民たちが小屋に向けて歩き出した。 小屋の戸には鍵などかかっていなかった。 そっと戸を開け松明で中を照らすと、そこには金銀財宝が所狭しと置かれていた。

『これは・・・』

思わず息を飲んだ。 こんなに多くの財宝など見たこともない。 まだ磨かれていない宝石や金銀もあれば、既に形を整えた物もある。
椅子と台が置かれていた。 それは朝から夕刻までこの小屋に入りっぱなしの者たちが加工をする為なのだろう。
松明の下で男達の目が三日月のようになった。

『女たちに布を用意させな』

この街の民たちは色んな州に入っては盗みを重ねていた。 だがこんな所でお宝を目にするとは思ってもみなかった。
街の民たちは小屋の中の物すべてを布にくるみ、小屋を出て森をあとにしようとした。

『ちょっと待ってよ』

『なんだよ』

早くこの場をあとにしたいのに、イライラしたように止めた女を睨む。 女はまだ十五歳ほどの少女だった。

『小屋にこれほどあるんだから、女王のところに行けばもっとあるかも』

男が口の端を上げた。

『ちがいない』

小屋の中の物だけでも相当なものだというのに、欲というものは留まることを知らない。

『先に行って準備をしておく。 おい、コイツと行ってきな』

二人の男に顎をしゃくった。
準備、その意味は言われずとも分かる。

女王の小屋には入ったことはなかった。 いや、女王だけではない、供された床のある小屋以外には入ったことはなかったが、どこが女王の小屋かは分かっている。
そっと小屋の戸に手をかけるとこちらも鍵がかかっていなかった。 街の民からすれば考えられない事だったが、この森では当たり前のことなのだろう。

戸を開け松明で照らすと質素な部屋だった。 女王だからといって何を飾っているわけでもなく、まず小屋からして他の小屋とそう変わりなかった。

『なんにもねーじゃないか』

少女が口を尖らす。 こんなはずではなかった。

『奥にあるかもしれない』

奥に続くところにもう一枚戸があった。 だがここに女王が寝ていないということは、奥に寝ているのではないか、奥は単なる寝所なのではないか。

『不必要に見つかるだけだ。 諦めな』

少女が言われたがそれでも諦めきれない。 それに誰も女王の小屋のことを言わなかったし、この男にしてももう諦めよとしている。 もう一人にしてはもう小屋から出て行ってしまっている。 上手くいけばここで手にした物は全て自分のものになるかもしれない。

少女が松明を持ったまま奥の戸に手をかけた。 そっと押すと何の引っかかりもなく開いた。

松明の明かりの下、少女より小さな子が二人並んで寝ていた。 そしてその奥にある床に女王が横になっている。
部屋の中をぐるりと見るとここも何も置かれていなかった。
ちっ、舌打ちを打ちかけた時だ、松明の明かりに反射する物が目に入った。 それは二人の子供の枕元に置かれていた。

一つはサファイア、あと一つはルビー、それぞれが特大といってもいいほどの大きさで二つの鞘にそれぞれはめ込まれている。 それより小ぶりなものがサファイアの鞘にはルビー、ルビーの鞘にはサファイアが柄にもはめ込まれていた。 どちらも短剣である。
少女の目が光った。
足を忍ばせ、二人の子供が寝ている枕元まで近づくと手を伸ばしかけたが、奥に寝ている子の胸元に金が光っているのが目に入った。

『首飾りだ・・・』

少女にとって宝剣よりも首飾りの方がずっと魅力的だった。 少女がそっと奥に寝ている子供の胸元に手を伸ばした。
首飾りを手に取った時、その手がとられた。
一瞬にして少女の顔が強張る。

『何をしている』

手前に寝ていた子供だった。 鋭い目をしている。 少女より小さい筈なのに震え上がるほどに鋭い目。

―――見つかった。

あまりの恐さに首飾りを持ったまま少女が勢い良く手を引いた。 首飾りの鎖が引きちぎれ、寝ていた子供が驚いて起き上がった。

少女が松明を離し、枕元にあった宝剣を手にすると鞘を抜き振りかぶる。 狙いは起き上がっている首飾りをしていた子供。 手前に寝ていた子はまだ起き上がっていない。
だが手前に寝ていた子供が少女の手を押さえ、そのまま二人で床に転がった。 床(とこ)は高さがある、勢いで二人まとまったまま二転三転としてドンと壁に当たってようやく止まった。

戸口に居た男が異音に気付きすぐに中に入ってきた。 その時には女王も目を覚まし床から立ち上がっていた。

『ジュライム!』

女王が床に転がった少年に駆け寄る。 首飾りを取られた子供が床から跳び下りると男と女王の間に入った。
ジュライムと呼ばれた少年はぐったりとしていた。 二転三転した時に宝剣が胸を突いていた。 もう虫の息だった。
宝剣はまだ少女の手にある。

『アリョーシャ、おどきなさい!』

アリョーシャと呼ばれた少女は男に向き合い、幾つか指を組み合わせていくが、それより早く男が手にしていた松明を少女の顔に向けた。

『きゃあ!』

アリョーシャが顔を押さえ床を転げまわる。 その隙を逃さなかった少女が女王を刺した。
何もかもが一瞬の出来事だった。

『馬鹿野郎が、とっとと来な!』

男が部屋から出て行くと、少女がもう一つの宝剣も手に取る。

『呪われしこと、同じことは許しません』

背中にかかった女王の言葉が何を意味するのか分からなかったが、宝剣を手に取ると一度だけ振り向いてそのまま走って逃げた。
待っていた仲間のところまで来た時、準備が終わっていた。

『遅かったな』

『こいつがしくじりやがって』

『顔を見られたか。 ま、もう見られてるがな』

そして集めてあった枯草に松明の火を点けた。 それを合図にあちこちで火が上がる。 いつものやり方であった。
火はすぐに次々と小屋を燃やしていくだろう。 ここは森だ、小屋だけでは済まないだろう。 だがそんなことはこの街の民には関係のないことであった。

『走るぞ』

でなければ火に飲まれてしまう。 これから大火に遭遇するだろう森の民のように。
少女が顔の左半分を押さえ仲間に遅れないように走った。


「・・・なんてこった」

お頭が額に手をあて何度も首を振る。 そんなことがあったなんて知らなかった。
以前、サイネムが『わたしたちのことをお前たちは何も知らない。 お前たちが勝手にわたしたちのことを想像の中で作り上げているだけだろう』 そう言っていた。 それがこういう事なのか。

「女王は身体を引きずり小屋の外に出たがすでに火はまわっていた。 異変に気付いた女王のローダルがすぐに女王に駆け寄ってきたが、民を逃がすように、それだけを命じると女王一人で火を消した」

「刺されてたのに?」

「ああ」

「森の民は火を消そうとしなかったのか?」

「森を守るのは女王の役目だ、火はまわり過ぎていた。 森の民が何と言おうと民を危険にさらすこともなければ、女王が引くことも無い」

ポポが顔を下げる。

「その子供って・・・女王の双子?」

「そうだ」

「どう、なったんだ?」

「ローダルは火を消し終えた時には息を引き取っていた。 女王もな。 残された王女は・・・王女は両目が見えなくなってしまったが、徴を迎えると女王になりその後の森を守った」

ローダル、それは御子の男の系列に付けられる。 そしてそれは刺されたジュライムという真名を持つ少年のこと。
サイネムが王女のことを言い淀んだのは、きっと目が見えなくなったほかに、顔に大きな火傷の痕(あと)を負ったのだろう。

「街の民に仕返しはしなかったのか?」

「それが道を誤るということだ」

「・・・」

「いいか、ローダルは王女を、女王を守る。 女王の想いを遂げる。 女王がどんな状況に見舞われたとしても、仕返しをする為にローダルは居るんじゃない。 それを忘れるな」

「・・・分かった」

「ここまでは森の民皆が知っていることだ」

ポポが頷く。
ここからがローダルとしての話ということになる。

「女王は逃げて行った者に呪をかけた」

「え・・・」

―――呪われしこと、同じことは許しません。

「すぐに呪をかけたその時は、森が燃やされたなどと女王は知らなかった。 だからローダルを刺した者が振り返った時、その者だけに呪をかけた。 小屋を出て森が燃えているのを目にしたあとは他の者に呪をかける間もなく森を守った」

「そいつだけに呪をかけた?」

「そうだ。 森を守った後に女王は倒れた」

「そいつにかけた呪って? そいつ、どうなったの?」

「その者の子々孫々、その時の者と同じように自分の利のために人を傷つければ徴(しるし)があらわれる。 その者と同じように」

「シルシ?」

「左のこめかみに呪の徴があらわれる。 そしてそれは同じことを繰り返すたび、強く大きくなっていく。 その者の子孫に徴が強くあらわれた時点で、その者の血を引く存在を断つようにした」

「えっと・・・意味が分からない」

「早えー話し、女王を刺した奴は徴だけで終わって子供を産むことが出来る。 だがその子供や孫、そのずっと先にも同じようなことをする奴には、徴があらわれて子供を産むことが出来なくなるってこった。 もうそんな奴を残さないってこったな」

「じゃ・・・そのシルシって、女だけにあらわれるってことか?」

「そうだ。 その者に掛けた呪の中に子供は一人、女しか産めないようにしている」

「そうか・・・男でも産んじまえば種が広がるってことか」

サイネムは少女が振り返った時に女王が呪をかけたと言っていたが、そんな一瞬に複雑な呪をかけたというのか。

「タネ?」

「おっと、そこはいい。 ちゃんと話を聞きな」

「うん。 あ・・・。 でも女王は同じことを許さないって言ったんだろ? じゃあどうしてそいつに子供を産めないようにしなかったんだ? シルシなんて付けないで殺さなかったんだ? それに二人目が現れるのをどうして許したんだ? そのシルシが付いたからって子供を産めないようにするんじゃなくて、そんな奴だったらシルシがあらわれたら消滅させればよかったんじゃないのか?」

「その者はたとえローダルを刺したと言えどまだ少女だった。 徴を見る度に過ちを振り返れば同じことをしないだろう、そしてそれを我が子に伝え、それが子々孫々に言い伝えられるだろう。 女王は同じことを繰り返させたくないと願った。 だが万が一、同じことを繰り返そうとした者には、その者には深く過ちを知ってほしいと願った。 その者と同じように人を傷つけた二人目に徴があらわれると、言い伝え以上にその徴の意味を深く知る、その様に呪はかけてあった」

だが少女はそう考えなかった。 自分が子供を産んでその子がどうなろうと知ったことではない。 自分だけがこの痛みから、恐怖から解放されればそれでいいと思っただけであった。

「二度と許さないって言ったのにか?」

「言葉をよく聞け。 “許さない” などと女王は言っていない」

「そんなことない、さっき言ったじゃないか」

「ポポ、思い込みで聞くんじゃねー。 女王は “許しません” って言ったんだ」

「え?」

「“許さない” と “許しません” 同じだが違う。 女王はな、諭す意味で言ったんだろうよ。 同じことはするなってな」

「分らない・・・」

「ザリアン、人は誤ったことをする。 それは仕方のないことだ。 だが故意に人を傷つけたり殺めることは仕方がないでは済まない。 女王はその者に考える機会を与えた」

「女王の・・・女王の子供を殺されたのにか? それに! 女王のローダルは何してたんだよ! 森の民を逃がすだけで女王を守らなかったのかよ!」

ポポの大声に驚いて男達が振り返る。 もちろんサビネコとチャトラも。 自然と耳に入ってきていたヤマネコはずっと俯いてブブを見ているだけだった。
サイネムが首を振る。

「女王は双子が殺されても誰が殺されても同じ思いだ。 それにピアンサの時にも話しただろう」

『女王を守り、女王の想いを遂げるのがローダルの名を持つ者のすべきこと。 そして女王は命に代えてでも森を守ることをす』

「ローダルは女王の想いを遂げることをした。 命(めい)を出され民を逃がし守った。 わたしがお前たちを森から出したようにな。 そして女王が女王として為すべきことを見守った。 手など出してしまえば女王を愚弄するに近いことになる。 女王にその力がないと言っているようなものなのだからな」

「・・・」

「ローダルとしてザリアンに最も伝えなければならないことがある」

お頭が下を向いてしまったポポの頭に手を乗せ、クシャクシャと手荒になでる。 双子を見ていてサイネムが言うようなことをポポには出来るはずがない、納得が出来るはずもない。 ポポがこれ以上口にせずともポポの心中を察している。

「二人目が現れている」

思わずお頭の手が止まりポポの顔が上がった。 その目が見開かれている。

「お前たちの母であり森を守った女王・・・その女王が居なくなった原因を作った者」

「それって・・・女、州王?」

「そうだ」

「うそだろ・・・おい・・・」

思わずお頭の口から洩れた。

「女王にはまだ解かれていない歴代の女王がかけた呪を感じること、知ることが出来る。 二人目が現われたことを知ったピアンサは警戒をしていた。 だが女州王とまでは気付かなかった」

ピアンサは二人目がこの森に近づかないかを、毎日徴の移動を見ていた。 徴は殆ど大きく動くことはなかった。
それはそうであった、女州王は襲撃するその日まで城の中に居ただけなのだから。 だが兵は動いていた。 じわじわと森に近づき、森の中を森の民の目をかいくぐって歩いていた。

「徴のある者、女州王が動いたのはピアンサが出産に苦しむ中だった。 そんな時に女州王の動きなど知ることもなかった。 そして一人目と二人目の違いまでは知らなかった」

「違い?」

「わたしもあの時になって初めて知った。 女州王に呪力があるなどとな。 頭にお前たちを預けてすぐに調べた。 女州王の祖父は力の有る呪師だった」

「呪師・・・」

「そうだ、女州王はその力を強く継いでいる」

「・・・呪、師。 女州王は・・・呪を、使うのか?」

サイネムが頷く。

「あの者は女王に呪をかけられ左目の横に痛みを覚えたはず。 呪である徴が広がる痛みをな。 そしてその意味を知る。 それは女洲王も同じ」

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