大福 りす の 隠れ家

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孤火の森 第20回

2024年08月30日 20時22分07秒 | 小説
『孤火の森 目次


『孤火の森』 第1回から第10回までの目次は以下の 『孤火の森』リンクページ からお願いいたします。


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孤火の森(こびのもり)  第20回




「あの森、兵がのさばってるあの森に森の女王がいた。 兵が森に入った時に女王の御子であるポポとブブが生まれた。 お頭はこの旦那に頼まれてポポとブブを育てていたってわけさ」

「それじゃあ、ブブが・・・女王になるってのか? 森の・・・」

「そうだよ。 信じられないだろうけどね」

「でも・・・森の民の御子なら、森の民が育てればそれで良かったんじゃないのか? あ、いや、ポポとブブのことはおいといてだ」

どんな器用な置き方だ。 だが言いたいことは分かる。

「ああ、それに森の民ってのは銀の髪だってきいてる。 ポポもブブも俺らと同じ黒髪だ」

それにアンタも、そういう目をしてサイネムを見た。
それがすぐに分かったのだろう、サイネムが自分の髪の毛にかけていた呪を解く。 するとサイネムの髪の毛が白銀に光った。 そして瞳も。 それは見たこともない綺麗なブルートパーズ色。

「あ・・・」

吸い寄せられるような美しい白銀の髪。 そして瞳。

群れの仲間たちの呆気に取られた顔を見たお頭、自分も初めて見た時はあんな顔をしていたのだろうかと思うと少々情けないが、その気持ちが分からなくもない。 そのお頭が諦めたように口を開く。

「ポポとブブにはこの旦那が誰にも見つからないように呪をかけてる。 兵がポポとブブを追ってるらしいからな。 それなのに森の民になんて預けりゃ、それこそすぐに見つかっちまうだろ。 兵に見つかると殺されちまうかもしんねー。 だから旦那は森の民に預けず、ポポとブブから離れておれに任せた。 たとえポポとブブに呪をかけたって、旦那が一緒に居て見つかればポポとブブも見つかるからな。 だがよ、ブブに兆(きざ)しが見えたんだ」

ポポとブブが殺されると聞いて、サイネムの髪の毛と瞳に吸い寄せられるようになっていたが、全員がお頭の話に耳を傾けていた。
ブブが殺されるかもしれないのだ、森の民に対するあれこれなど今は心の外に撥ね飛ばされている。

「兆しって?」

サイネムからは徴と聞いているが、同じ言葉は使わない方がいいかと言い方を変えた。

「ブブが女王になる兆しだ。 だから旦那が迎えに来た」

「それは・・・その兆しってのは、今のブブの状態と関係があるのか?」

「それは森の民だけが知ることでぃ。 おれたちの知るこっちゃねー。 だが今の状態は、旦那の話じゃ森に居るとこんなことにはならねーようだな」

「兆しが見えたからブブがこんな風になったのか? 今までこんなことは無かったのに、急に?」

「そういうこったろうな。 もういいだろう、黙ってて悪かったな。 誰かポポを起こしてきてくれ。 それと穴掘手も持ってきてくれ」

「ふーん、で? お頭が道案内するのかい? この領域を出たら隠れ道もわからないのにさ」

男達が後ろを振り向くと、腰に手をあて顎を上げたチャトラが立っていた。 いつの間にか他の女たちも後ろに居た男達に混じって部屋の入口の外に立っている。

「森の民が何だってんだ、あんたたちビビってんじゃないだろうね」

男達を端からひと睨みすると、お頭の部屋の中に足を入れた。 そのままブブを抱えているサイネムの前に立つ。

「やっぱりアンタだ。 十五年前は世話になったね」

サイネムが薄く微笑んだ。

「あの時の娘か」

「覚えててくれたのかい? 嬉しいね。 アンタが穴の中に入って行くのがチラッと見えたんだけど、黒い髪だったからさ、気のせいかと思ったんだけど違ったようだね」

女たちと川の水を取りに行って戻って来た時だった。 サイネムの姿を見たが、髪の色が違っていたし、あれは子供の時だった、記憶が薄くなっていた。

「アンタの居た森に行くんだろ? あの領域に居たんだ、隠れ道ならアタシに任せといて」

「お、おい、チャトラ、何言ってんだよ」

「森の民って聞いてビビった腹の据わってない男は黙ってな」

さすがにお頭曰くの口達者である。

「なんだいチャトラ、オメーが道案内かい」

「お頭よりあの辺りを知ってるからね、それにあの領域に行くまでの隠れ道もよく知ってるさ」

「オメー、あの領域に居たのか?」

「昔の話なんてどうでもいいよ」

「おいチャトラ、誰が腹が据わってないって?」

「そうだ、それにチャトラ、出まかせ言ってんじゃなよ、お前より狩りに出てるオレらの方がよーくよーく隠れ道を知ってる」

「オメーら・・・」

チャトラが振り返り言いたいことを言っている男たちを睨んでいる。

「ブブを助けんだろ? いざとなったら囮になってでも逃げてやるさ」

「ああ、さっきも言っただろ、この群れは逃げ足だけは早いんだからな」

「それがお頭の教えだ」

「勝手なこと言ってんじゃねーよ。 誰がそんなことを言った。 それにオメーら、相手は兵だ、遊びじゃねー」

群れの者達が思い思いのことを言っている。 だがそれはブブを想ってのこと。 静かに聞いていたサイネムが口を開く。

「申し出は有難い。 今まで大切な王女とザリアンを育ててもらった。 これからはわたしが守る。 育ててもらったことを無にしない」

「それはアタシだけには言わないおくれよ? アタシはアンタに助けられた借りがあるんだからね、借りはここで返すよ。 ついてきな」

「・・・」

「旦那、行こうぜ、この領域を出た後の道案内は助かる。 おい、だれかポポを呼んできなって言ってんだろが!」

いつ取りに行ったのか、穴掘手は女たちの手にあった。

「ポポなら居なかった」

歩を出そうとしていたお頭の足が止まる。

「なんだって?」

「居ない? アナグマがポポを起こしに行ったはずなんだが。 じゃ、アナグマはポポを探して外に出たのか?」

若頭もいないがアナグマの姿もない。

「こんなときに何やってんだ!」

「探してくらぁ」

「やめろ! 今は出て行くな!」

「何言ってんだよお頭、アナグマなら何とかなる、けどポポだ。 ポポ一人を兵の居る外に置いとけやしねー」

「やめとけ! いま群れがバラバラになるわけにはいかねーんだよ」

そしてサイネムに振り返る。

「旦那、悪りーが、ちーっとばっかし待っててくれ。 その間ブブのことを頼む。 ポポを連れて戻ってくる」

「頭が行くというのか?」

「こんな時の頭だからな」

「少し待て」

そう言って目を閉じた。 目はさほど待つことなく開かれた。

「戻って来ている」

「え?」

「三人だ、アナグマという男と若頭と呼ばれている男」

チャトラが口角を上げる。

「さすがは森の民だね。 待ってることは無いってことさ、行くよ」

一歩出したチャトラの前に男達が走って出た。

「オメーたち!」

「頑固なのもお頭の教えだ」

振り返ってお頭に言うと先に走って出た男を追う。

「ちっ、勝手なことを言いやがって」

「今までポポとブブのことを黙ってて何言ってんだ!」

「ちったー、オレたちを信じろってんだ」

「森の民にビビる獣の群れじゃないってんだよ」

「その手本がお頭だろうが」

「獣の群れって・・・オメーら」

そんな変な誤解が生まれないように、小動物の名をつけていたというのに。 ましてや女達にはヤマネコを除いて猫の毛色の名を付けていただけだというのに。
お頭に振り返り好き勝手なことを言い放って走っていく男達。 その手には女たちから手渡された穴掘手が握られている。

女たちもお頭一人で行かす気は端(はな)からなかったようである。 最後の穴掘手を男に渡したシマネコが呆れたようにお頭に言う。

「お頭、諦めなよ」

「そうだよ、言って聞くような奴らじゃないよ、お頭に似てんだからさ」

「飯を作って待ってるからさ、体張ってブブを守ってきなよ、で馬鹿ほど腹を空かして帰ってきな」

「その口に馬鹿ほど詰め込んでやるからさ」

女たちも好き勝手なことを言ってくれる。

「口にぶち込まれるのはお断りだけど、あたしのも頼むよ。 森とやらに着くまではブブの身体はあたしが見るからね」

おい、と言いかけたお頭より先に「アタシも行くからね」 お頭に詰め寄った女たちが言う後ろでサビネコが言うとヤマネコに続いて男達を追って行った。 ヤマネコは口だけならこの場に止められると思って走って行ったのだろう。 まずは実力行使。 有言実行派のヤマネコらしい。

「っとに、勝手な奴らでぇ」

「諦めなって。 お頭もアンタ・・・旦那もね。 ほら行くよ」

お頭が旦那と呼んでいるのだ。 いつまでもアンタじゃいけないだろう。
穴から出ると男達が身を低くして四方に散らばっていた。 行く先の道に兵がいないかどうかを見ているのだろう。

「うん?」

遠くで男たちが何かをポイポイと投げている。 簡単に片手で投げられるものではない。 そこそこの大きさ、それをバケツリレーのように次から次に岩に隠れながらこちらの方向に投げ渡している。

「あいつら何やってんでぃ」

しばらく狩りに出ていない内に新しいパターンでも出来たのだろうかと、お頭が目を細めて先を見ようとした時だった。

「ザリアンだな」

お頭の後ろを歩いていたサイネムが言う。
え? と思ってよくよく見ると、ポポが手足をばたつかせて仲間たちの手から手に飛んできているではないか。

「わりと・・・手荒だな」

最後にポイっと投げられ、お頭の前に尻もちを着いた。

「ッテ―!!」

「なに・・・やってんでぃ」

「アナグマめ・・・無茶苦茶しやがる」

一投目はアナグマだったようだ。
痛ってー、と言いながら何故か頭を濡らしているポポが尻を撫でながら立ち上がった。

「戻って来る途中であいつらと会ってさ、そしたら離れた岩だったけど、その向こうに兵が見えて・・・投げられた」

お頭が瞳だけで空を仰いだ。
アナグマの親馬鹿はえらい形として出るようだ。
相変わらずどんよりとした空。 灰色の雲が薄く長く陽にかかっている。 今から先のことを暗示されているような気持ちになってしまう。
目を瞑り長く細い息を吐くと瞼を開け瞳を戻す。

「寝てたんだろが、それなのにアナグマと何してた」

「アナグマに起こされて、なんか・・・頭がはっきりしなくてさ、それなら瓶の水じゃなくて川に頭をぶち込めって言われて担ぎ上げられて川に行ったんだ。 で、頭をぶち込まれた時に川の向こうから若頭がやってきて兵を見たって言うから、一緒に戻ってきたんだけど、その帰りにこんなことになった」

それで頭が濡れているのか。

「やはり・・・手荒だな」

もう一度サイネムが言う。

「ポポにはこれくらい必要なんでぃ」

ブブを守るためにもポポ自身を守るためにも。

「・・・尤もか」

「尤もって、どういうことだよ!」

「群れの仲間に感謝をしておけ」

「ポポ、声を抑えな。 今日のことがある。 ポポがボォーッとしてるのをアナグマが嫌ったんだろ。 どうでぃ、頭ははっきりしたか?」

「うん、まぁ、な」

そんなポポの頭をペチではなく、水を含んだ髪の毛である、ビチャッという音をたててチャトラが叩いた。

「しっかりとブブを守りなよ」 と言うと、お頭を見て「先に行ってる」 と言い残し走って行こうとしたのを、お頭が止めた。

「案内してほしい場所がある」

「え? 森じゃないのかい?」

お頭とチャトラを置いて「行くぞ」 とポポに言うとサイネムが歩きだした。
お頭は掘った穴の場所をチャトラに話しているのだろう。

お頭の掘った穴は森の裏側に近い側面だった。 それはポポとブブが兵に追われた草原とほぼ反対側になる。 言ってみればぐるりと回らなければならない。 大きな森だ、簡単にぐるりと回れるわけではない。 挙句にお頭が掘り始めたのは斜めになっているとは言え、低くはあるが崖の途中からで、ましてや岩が多い。

草原の下を掘る方が距離はあると言ってもいくらか掘りやすかったのに、どうしてそんな掘り難い場所を選んだのか。 それは兵の目を少しでも逃れる為だった。
後半は若頭も手伝ってくれたが当初はお頭一人で始めたこと。 穴を掘り始めた時に兵に背中を見つかる心配があるということもあり、兵はどちらかというと草原側を気にしていた。 崖のある森の裏側方向など、ましてや岩だらけのところなど誰も来ないと踏んでいたのだろうと、お頭はそう考えていた。

穴を掘りだした時、風向きで風下になった時には鼻を押さえたくなる臭いを感じてはいたが、そんなことで場所を変えるわけにはいかなかった。

「なんで穴掘手なんだ?」

先を行く男たちが手にしているのを見て、ポポが言う。

「頭が持とうとしていたからだろう」

「持とうと? 今からどっかに穴を掘りに行くのか? 兵もいるってのに?」

それにサイネムの腕にどうしてブブが纏っていた掛布があるのか。

「ゼライアの状態が進行してきた。 森に入る。 群れが先導してくれている」

え? ではサイネムの腕の中にあるのは単なる掛布では無く・・・。

「ブブ?」

サイネムの腕に手をかけ、背伸びをして覗き込むと、掛布に埋まっているブブの顔が見えた。

「ブブ!」

「言われただろう、声を抑えろ」

「ブブ・・・ブブどうなっちまうんだ?」

「森に入れば落ち着く」

「森・・・」

森に入れば落ち着く。 嫌でもブブが森の民だと思い知らされる。 いや・・・王女なのだ、ブブは。 そして儀式を行って女王になる。 それを必要としている人たちがいる、待ってる人たちがいる。

(あの森の民が心安らかになれるのは、ブブが儀式を終えた時、なのかもしれない・・・)

夕べサイネムに呪を教わった。 サイネムの呪の助けで今まで経験したことの無いことを体験した、目にした。 それは素晴らしい夜景でもあった。 だがサイネムに手を繋がれ森の奥に入った時。 そこには・・・白骨が沢山あった。 獣の白骨なら何度も目にしている。 獣とて人間に狩られて死ぬだけではない。 他の獣に狩られることもある、獣同士の戦いもある、獣だって歳をとっていく。 山にはそんな獣の骨がある。
だがそれは・・・人のものだった。


『森の民の骨だ』

『え・・・』

『女王を守ろうとして戦った森の民の骨』

一度目、一人でこの場所を目にした時には嗚咽を漏らした。 あまりにも非道だ。 どうして葬ることすらしていないのか、どうして投げ捨てるなどということが出来るのか。
あの日、サイネムが森を後にした時、この場所にこれほどの息の無い民はいなかった。 それにあの戦いの中これほど奥にまで民は引かなかった。

ポポが辺りを見回す。
森にはミイラのような木がありどこにも草が見えなく、苔すら生えていない。 その中で骨だけが白く浮いている。 この森には獣は住んでいなさそうだ。 それなのに、どうして腕の骨が一本だけ転がっているのか、どうしてこの胴体には足の骨が付いていないのか、どうして折り重なるようにして・・・。
ポポが首を振った。
戦いの後、獣に食われたわけじゃない。 戦いの中か後で腕を切られ足を切られたんだ。 折り重なっているのは肉体を放り投げられたんだ。

『森に戻り手厚く葬りたい』

『・・・うん』

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