大福 りす の 隠れ家

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孤火の森 第21回

2024年09月02日 20時35分47秒 | 小説
『孤火の森 目次


『孤火の森』 第1回から第20回までの目次は以下の 『孤火の森』リンクページ からお願いいたします。


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孤火の森(こびのもり)  第21回




「暫くは安全なようだ」

いつの間に居たのだろう、若頭がポポの横を歩いていた。 思わずポポが若頭を見たが返事をしたのはサイネムである。

「言い換えると、兵がこの辺りを出たということか」

「まぁ、そうだな。 新たに後ろから来るかもしれないがな」

「いったい何を目的に・・・」

「さぁ、それは分からんが、俺が見たのは行列じゃない。 五、六人が歩いてた。 それを幾つか見た」

「行列ではない・・・」

「街の方から来たわけでもない。 考えられるのは、あちこちの森に散らばっていた兵が数人づつあの森に向かってる、ってとこか」

「そんなっ、それじゃあ、ブブの儀式は?」

「情けない声を出してんじゃないよ」

追い抜きざまにチャトラが言うと走って行った。 お頭に場所を聞き終えたのだろう。

「兵が居ない間に急ごう。 足元は悪いがこっちだ」

隠れ道はポポもブブも知らない。 教えでもしたらこの双子は何をしでかすか分からなかったのだから。

「ポポ、木の中に入ったら迷子になるなよ」

隠れ道を知らないのはポポとブブだけではない。 他の領域の山の民もそして兵も知らない。

兵が見当たらないと言ってもどこから見られているか分からない。 岩穴を出て暫く岩に隠れて歩いていたが、木々の中に入るとあちこちの木の枝や草が音をたてて揺れている。 まるで獣が木々や草の間を歩いているように。 だがそれはきっと仲間が先に歩いているのだろう。 獣を蹴散らすために、様子を見るために。

緑に囲まれた川のせせらぎに出た。 そこにヤマネコとサビネコが待っていた。

「ここからは当分水がとれないらしい」

差し出された手元を見ると竹筒を持っていた。 その中には水が入っている。

「ブブには冷た過ぎるかもしれないけどね」

それを聞いてサイネムがしゃがむと、片手で掛布からしっかりとブブの顔を出してやる。

「ゼライア?」

水を飲んでいた男たちが一様に頭を上げた。

少し体を揺すられたからか、ブブが薄っすらと目を開けた。
陽の光が葉の間から射しているのが何となく見える。

「そ、と・・・?」

「そうだ。 しばらく水が飲めなくなるかもしれない。 冷たいが口を湿らせるだけでもいい」

ヤマネコから竹筒を受け取るとブブの口にあてる。 外の空気に触れ喉が渇いたのか、コクリ、コクリと飲む。

「もう少しどうだ?」

ブブが緩く首を振る。

男達が目を合わせると眉尻を下げ竹筒に水を入れる。
男達は竹筒を常にいくつか腰に下げている。 その一つを借りたのだが、ヤマネコが返そうとすると「ブブと一緒に使いな」 と押し返されたのだった。

「旦那も水を飲んでおくほうがいい、ブブは俺が抱いておく。 ほら、ポポも今のうちに飲んでおけ、飲んだ後、竹筒に水を入れるのを忘れるな」

「では頼む」

ブブを若頭に渡すと手で水をすくってせせらぎの水を飲む。 水の中に緑の香りがする。 懐かしい森の中の緑の香りが。

少しの休憩を入れてすぐに歩きだした。
山を越える頃には灰色の雲の向こうで陽が真上に上がろうとしていた。



「来ねーな」

「ああ、あれっきりだ」

山の上から道筋を見ていた男達の声にセキエイが振り返った。

「台車に乗った大砲を持って帰っていったきりか・・・」

早朝、街の兵が数人馬に乗り道筋を辿ってやって来た。 やがて馬に台車を引かせて戻ってきたが、それっきり街の兵がくる様子が見受けられなかった。
大砲を使ったのか使わなかったのか、それを知る術はなかったが、それにしてもあんな小さな森に大砲を打ち込めば森はひとたまりもなかっただろう。

「なぁ、長(おさ) 見に行ってもいいか? この様子じゃあ、もう兵は来ないだろう」

まだ日が暮れたわけではない。 兵が様子を見に来て、追々、横たわっている兵を回収に来る可能性はまだ残っている。

「ずっと先にも兵の姿は見えないしよ」

確かにここから見える道筋に兵がいなければ、ここから森近くに行って戻ってくることは出来る。 あの森の辺りはこの群れの領域だ、放っておくわけにはいかない。 だからと言って危険を冒してまでその必要があるだろうか。

「少なくとも明日まで待て」

「って言ってもよ、兵が来なけりゃどうすんだ?」

横たわっている兵をそのままにしておくのか? 自分たちの領域内で。
セキエイが口を歪める。 そんなことをしてしまえば獣が集まって来るだろう。 喰い散らしたあとには鳥もやって来る。 獣や鳥がこの領域には餌が豊富にあるという勘違いをするだろう。 そうなればこの群れに危険が及ぶかもしれない。

「森の民がどんなことをしたか分からねーしよ、それを見に行くためにも、な?」

たとえ森の民といえど、人間の身体を霧散させてはいないだろうが、兵と森の民の間に何が行われたのか気になるのだろう。 まだ若い連中だ、大砲が使われたのかどうかも見たいのだろう。 それにセキエイとてこの領域内のことだ、気にならないわけではない。

「さっさと戻って来いよ」

「よっしゃー」

若い男たちが声を掛け合って走って行く。

「長、いいのかよ、あんな若いのばっかで」

「気になるならタンパクもついて行けばいい」

「オレは遠慮しとく。 また分けのわからないジジィに会いたくないからな」

お頭のことである。

「ちゃんと謝れよ」

「分かってるよ」

若い者たちが面白半分で喜び勇んで森の近くまで走って来た。
兵たちの亡骸は森の外に・・・いや、何故だ、森に全然到達していない。 そこに沢山横たわっている。 中には逃げ惑ったのだろうか、かなり離れているここにも倒れている。 そしてその目が抉(えぐ)られている。

「抉るって。 いくら何でも、酷いことをしやがる」

ポツリと一人が言う。
その声を片耳に聞き、歩を進め兵たちが横たわる間を進んでいく。 一人として息はないようだ。 だがその姿にどこか納得がいかない。

「おい、おかしいと思わないか?」

「なにが?」

「森の民は呪を使うんだろ?」

「ああ、そう聞いてるけど」

「じゃあ、何故、兵は切られて死んでるんだ?」

それに所々に転がっている銀粒は何だろうか。

「呪で惑わせたんだろ」

「ああ、それで切り合いをさせたんだろ」

「森の中に入ってないのにか?」

森の中に入ると呪で惑わされる。 だが森の外に居る限りそんなことは無い。 現に今ここに居る自分達もそうだ。 この辺りに来たからと言って惑わされることは無い。

「あんな大砲を持ってきてたんだ、森に入っていなくても呪を使うだろうよ」

森は今も変わらず在る。 大砲は使われなかったということになる。

「そうかな・・・」

考えようとした時「森の中で何か動いた」 という声がした。 慌てて全員で場を離れ木陰に身を隠す。

少しすると森の中から灰色のローブを着た者達が出てきた。 ローブについている頭巾をすっぽりと被り、手には穴掘手を持っている者と板を持っている者が居る。
その者達が横一列に並ぶと、声を合わせ兵の亡骸に向かって何かを言っているようだ。 だがほとんど口の中で言っているのだろう、その言葉を聞くことは出来ない。
言い終えたのだろうか、ほんの数十人、それが二手に分かれた。 一手は離れた所に穴掘手で穴を掘りだし、もう一手は亡骸を板に載せ運ぼうとしている。 亡骸を運んでいる一手は、時々何かを拾う仕草も見せている。

「何を拾ってんだ?」

兵が身につけていた金目の物だろうかとも思うが、兵の身からは取っていないように見えるし、金目の物が落ちているのも目にしなかった。 地に転がっているものを拾っているようである。

「・・・銀だ」

「え?」

「銀粒が落ちてただろ」

「あ? ああ、そういやぁ」

「銀粒を拾ってなに・・・え? あ、あれって・・・埋めようとしてるのか?」

板に乗せた亡骸を穴を掘っている近くに横たわらせ、そしてまた二人一組で板を持って亡骸の元に歩いて行く。 それを数組が繰り返している。
誰もが黙った。

頭巾をすっぽりと被っている為はっきりとは分からないが、森の中から出てきたのだ。 髪の色を見ずともそれがどこの民か簡単に想像が出来る。
自分達を攻めてきた兵の為なのか、それとも腐臭を嫌ってなのかは分からないが、その亡骸を埋めようとしているのか。 いや、単に腐臭を嫌ってならば最初に列を作りはしなかっただろうし、亡骸をもっとぞんざいに扱うはず。
最初に何か言っていたのは悼みの言葉だったのかもしれない。
山の民とて掟にのっとって亡骸を葬る時には悼みの言葉を口にする。

「目を抉られていたのは・・・鳥だな」

嘴(くちばし)につつかれた跡が手や顔にもあった。 餌にしたような跡ではなかった。 それがどうしてなのかは分からないが。

「戻ろう」

銀粒のことを言った男が踵を返すと全員があとに続いた。



チャトラの先導で兵に見つかることなく、森の裏側近くに回り込むことが出来た。 お頭の知っている道、ずっと使っていた道であったのならば、先に歩く兵に足止めを何度も食らっていただろう。

軽く見上げるとそう高くはなく、手足を使えば簡単に上ることの出来る斜めになった崖がある。 その上に森があるのだが、崖の数メートル手前で森の木々が途切れ、歩けなくはない程度で岩がゴロゴロとしている。

「こんな道があったのかよ」

ここまでの道のりで何度目かに言う言葉であった。
それはお頭が長年歩いて来た道よりもずっと近道だった。

「こそこそしてるからだよ」

ポポとブブのことを黙ってないでとっとと言っていれば、遠回りなどしなくてすんだ話だと迂遠にチャトラが言う。
男達は誰も囮になることなく、全員がチャトラについてきていた。 もちろんヤマネコもサビネコも居る。

「で? 穴ってのはどこ?」

「こっちだ」

お頭ではなく若頭が歩き出し、少し歩くと蓆(むしろ)をひっぺ返した。 穴が見つからないように筵で隠していたらしい。 その筵の下には筵が穴に落ちないように、木の枝を縦横に組んで置いてあった。

「よくこんな穴を掘ったねぇー」

斜めになった崖の途中、チャトラの胸の高さから掘られていた。 木の枝を取ると横長の穴が掘られていた。 真っ直ぐに掘っていくと森の下に出る。

「お頭が何年もかけたからな」

穴は岩の間にある土の部分を選んで掘ってあるようだ。 だが土の中にも岩がある。 かなり岩に邪魔をされたに違いない。

「掘りきれちゃいねーがな」

ゆっくりと歩いて来たお頭が穴に入ろうとしかけたのをサイネムが止めた。

「なんでぃ」

「頭も群れの者もここまでで充分だ。 あとはわたしがする。 世話になった」

もう森に呪はかけられていない。 このまま森に入ってもいいが、どこで兵とばったり会うかもしれない。 それどころか森に入る前に急に兵が出てくるかもしれない。 ブブを抱いていれば自由が利かなく、その上ポポもいる。 やはりお頭の開けた穴を利用するのが得策だろう。 だがこれから先は一人で行く。

「おれが邪魔ってか?」

「そうではない。 ここまでも危険が伴ったが、ここからは伴うどころではない、見つかればそれで終わりだ。 ここも危ない、すぐに引いてくれ」

「この穴はまだ森の中に入れない状態でぇ、何のために穴掘手を持ってきてると思ってんだよ」

「旦那、ブブを森の中に入れるまでお頭も俺たちも引かない、ここまで来りゃ、それくらい分かるだろう」

諭すように若頭が言うがサイネムが首を振る。

「ゼライアとザリアンをここまで大きくしてもらった、それだけで十分だ」

「言ってな」

そう言い残すとお頭が穴に手をかけ跳び入った。 続いてチャトラもお頭の後に続く。

「へぇー、お頭もまだまだってか?」

ブブを抱きながら立ち尽くしているサイネムの横を男達が過ぎていく。

「待ってくれ」

サイネムが言うが男達がちらりと振り向いて「お頭だけにいい所を持って行かれたくないしよ」 などと言って次々と穴の中に入ってしまった。
サイネムの肩をポンとアナグマが叩く。

「うちの群れはお頭譲りでしつこいからな、諦めた方がいい」

そのアナグマも穴の中に入って行った。

「取り敢えず旦那も入ろう。 ここに居て兵に見つからないってことは無いだろう、穴の中の方がまだ安全だ」

サイネムが大きく息を吐きだした。

「ヤマネコもサビネコもポポも先に入んな、最後に俺が筵を被せる」

諦めたサイネムがブブを一旦若頭に預け、穴の中に身を入れると方向を変えブブを受け取る。

穴の高さと幅は、ある程度のことを考えてのことだったのだろう、入口は大きくはなかったものの、そのまま膝を着いて四つん這いになるようなものでは無かった。 特に背が高くなければ男が立てる高さ、幅も両手を動かすに不便を感じない巾である。 時々岩が飛び出てはいるが、そうでなければ男二人が壁面にへばりつきながらすれ違いが出来る。 またそうでなければ掘り進めることが出来なかっただろう。

サイネムがブブをヤマネコとサビネコに託すと穴を進んで行った。 どこまで森に近づけているのかを確かめるためである。

「おっかしーなぁー」

お頭の声である。

薄明りの中、男達をすり抜けてサイネムがやって来た。 ここまで外の明かりは届いていないというのに、先がほんのり明るい。
ふと見ると、いつ点けたのか、お頭の足元に火が灯されていた。 火種を取ろうと男がお頭の足元に一人いる。

「こんな穴、あけてなかったはずなのによぉ」

こんな穴、それは子供が通れる程度の穴だった。 それが先に延びている。 大きな穴と繋がって、まるで漏斗(じょうご)のようになっている。

「アタシなら手を着いて入れそうかな?」

「オメーだけが入れてどうすんだよ」

「まっ、それもそうだけどね」

お頭とチャトラが話しているところにサイネムが入ってきた。 すれ違いに火種を取った男が引き返していく。 山の中で暮らしているのだ、男達の腰には竹筒以外にも色々と吊るされている。

「わたしが孤火に頼んだ」

「は?」

孤火に頼んだ?

「頭から穴のことを聞いて、すぐに続きを掘ってくれと孤火に頼んだ、が、これでは通れないな」

キツネサイズより大きくはしてくれているが、人間サイズでは到底ない。

お頭が記憶を遡らせる。 と思い当たる時があった。 サイネムが急に黙ったあの時か、だが孤火に頼むとは・・・。 やはり森の民は分からない。

「いや、これで掘りやすくなる」

この穴を大きくしていけばいいのだから、気の遠くなる壁面を一から掘るより随分と捗(はかど)りが良い。

「この穴を追っていくと、わたしの出たい所に出られるはずだ」

「まかせときな、旦那はブブを頼む」

お頭が穴掘手を振りかぶり小さく空いた穴を広げていく。 出てきた石を男達が取り除いていく。 ポポも混じって何かをしたそうだが、そうなると生憎と狭い。

「ポポはブブについててやりな。 っと、これでも食ってろ」

ポイっと投げられたのは握り飯であった。 それはヤマネコが盆を投げた時に盆に乗っていた攫った握り飯である。

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