大福 りす の 隠れ家

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ハラカルラ 第57回

2024年04月26日 20時45分49秒 | 小説
『ハラカルラ 目次


『ハラカルラ』 第1回から第50回までの目次は以下の 『ハラカルラ』リンクページ からお願いいたします。


     『ハラカルラ』 リンクページ




                                  



ハラカルラ    第57回




「なに? 雄哉おススメ?」

「ああ、それな。 水無ちゃんご所望からすんごく外れてるけど、そこだったら出社しないでいいからいいんじゃないかと思ってな」

「リモートってことか?」

「リモートまでいかない。 たまにはあるみたいだけどな」

内容を読んでいくと中小企業や個人などの経理チェックや相談受付、コンサルティングなどその他諸々といったことだった。 水無瀬が公認会計士の資格を持っているのを知っている雄哉だからこそのおススメピックアップである。

データのやり取りだけで済むということは、時間的な拘束がないということ。 ハラカルラから戻ってきて仕事を始めればいいことである。 とは言っても朝から夕方までハラカルラに居て、その後仕事となると寝る時間がなくなってしまう。 だが読み進めていくと、単純な言い方をすれば出来高制のようなものをチョイスしてもいいらしく、担当する企業を作らなくてもよいらしい。 企業側からすれば信用のある担当者を選びたいところだろうが、担当を決めてしまうと俗にいう指名料のようなものが取られるらしく、それを避けたい企業や個人がそこそこあるようである。
ホームページがあり、そこに客から口コミのような書き込みができるらしく、信用ならないや、ミスがあるということが三回書き込まれるとすぐにクビとなるらしい。

「うーん・・・」

「気に入らないか?」

「いや、そうじゃなくて。 こうしてパンフなんか見てたらやっぱり大企業で働きたいなって思ったりして」

スーツを着てネクタイを締め、ボディバッグではなくビジネスバッグなんかを持って通勤をする姿を頭に描いていたのだから。

「このパンフが全部そうってわけじゃないけど、職種によっちゃ経済学部って営業からやらされることが少なくはないみたい。 高崎さんの話聞いてたらキツそうみたいだぞ。 それに水無ちゃんに営業は無理だし。 そうなってくると絞られてくるぞ」

営業に向いていないことは水無瀬自身も分かっている。 だから最初は現場から知れ、という企業を求めてはいない。

「そう言えば前のライン。 どうして高崎さんは矢島さんが大事にしている物を机の引き出しにしまってるなんて話になったんだ? 何か言ってなかった?」

「ああ・・・あれなぁ」

なんだろう、雄哉のこの思わせぶりな言い方は。

「その前に見つかったのか? 大事なものっての」

「見つかった。 一苦労したけどな、矢島さんから俺宛への手紙だった。 他は文具だけだったから、大事なものってのは手紙のことだったと思う」

「へぇー、手紙だったんだ、そういうことだったのか。 ま、良かったじゃん。 で、何でそんな話になったかというと、高崎さんも頭抱えててな」

高崎が言うには、青門でいざこざが起きているということだった。 そのいざこざというのが、いつまで黒門に対して下手(したて)に出なければいけないのかと言う者が増えてきたということであるらしい。

高崎自身、高校を卒業しそのまま村に残るつもりだったらしいが、不平不満を聞く毎日となり村を出たらしいが、あくまでも守り人であるのだから守り人として村に通っているということであった。 通うと言っても実家で一泊ないし二泊していたということで、それをチラリと矢島に話したとき『実家か、大切なものを預けられる家があることは羨ましいことだ』と言い『僕は穴の机にしか信用が置けないから、大事なものは机の引き出しに入れるしかないんだ』と言っていたということだった。

「そういうことか、そうか、どうしてそんな話になったのかは分かった。 でも青門のそれ、黒門は守り人のことを抜いたらハラカルラの中を歩いていないはずなんだ、それなのにどうしてそんな話になるんだ?」

「ああ、俺もよく分からないけど、時々歩いてるらしい。 それで運悪くバッタリになったら横柄な態度に出るらしい。 バッタリを期待して憂さ晴らしで歩いてるのかもしれないってさ。 とくにこの・・・あの時で半月前くらいだって言ってたから、水無ちゃんが白門に攫われてからになると思うけど特にひどくなってるって言ってたな」

不本意ではあるが水無瀬がご迷惑をかけているらしい。 その前は矢島に逃げられたからと考えられるし、高崎が高校時代ということは、水無瀬も矢島も絡んでいなくとも憂さ晴らしをしていたのかもしれない。
千住の言葉が思い出される。 『みんなでオテテを繋いでか? 反吐が出る』 それに高崎自身も黒門を避けていた。 やはりその村出身か否かで違ってくるということなのか。 そこから考えるに、憂さ晴らしに歩いているのは黒門出身者。
その黒門はカオナシの面を着けているが青門は面を着けていないはず。

「青門は顔を見られてよく村の位置がバレないもんだな」

「だからそこ、下手ってのがそこ。 すぐに後ろを向いて早歩きをして距離を取ってるらしい。 それを余裕綽々で追って来たりって。 あくまでも入り口は見つからないように気を付けてるってことで、入り口には向かわないらしい」

青門の村は黒門の村の裾野にある。 バッタリということがあっても可笑しくはない。 ただ村が近いところにあると言っても、門の入り口がかなり違っている。 青門の入り口がどこにあるか水無瀬は知らないが、黒門の入り口は黒の穴があるそそり立った高い岩で、その岩が青門の入り口と黒門の入り口とを隔てているのだろう。 そうなれば互いに簡単には出入りしている所を見ることは出来ない。

「そういうことか」

「あ、それから―――」

雄哉が言ったのは、水無瀬にとって聞き捨てならないことであった。

「このことは黒烏は知ってるらしいってよ。 矢島さんに何かあったら跡にそのことを伝えてほしいって黒烏に言ってたらしい」

「え!?」

そんな話を黒烏からは聞いていない。 もし初めて黒の穴に行った時、黒烏からそれを聞いていれば矢島が残した手紙通り、少なくとも白門からは水無瀬の姿は見えなくなっていたはずだ。 いや、どうだろうか。 白門が黒門の動きから水無瀬を探し出した。 結局、黒門にはハラカルラで捕まったが、手紙を読んでいればハラカルラには来なかったとしても、あのままバイトを続けていれば、あのアパートに住んでいればこっちの世界で捕まっていただろう。 結局は同じことになっていたかもしれない。

(いや・・・)

朱門が守り抜いてくれていたかもしれない。 そうであれば結果は大きく違ってくる、水見の血が途絶えたのだ、白門は研究を諦めていたかもしれない。

(ああ、そんなことは無いかな)

藻を採取していたのだから。 魚を獲ることを諦める程度にしかなっていないだろう。
それにしても結果がどうであったとしても。

「黒烏のヤロー!」


「うん?」

「なんだ?」

「いま寒気が・・・ん? おっ、おーおー、そうじゃったそうじゃった、思い出した!」

「なんじゃ? オマエ、ボケるより先にイカれてきたか?」

「うるさいわい」

「それより出来たのか?」

「うむ、まぁまぁの出来だろうて」

黒烏が伸ばしていた羽元にあったものを白烏の前に移動させる。

「ほぉー、まぁまぁか」

「もっと褒めんか」


朝食を済ませ、雄哉と共に朱の穴を抜けた。

「おお、雄哉、来たか」

「白烏さん、お早うございます。 黒烏さんも」

「わしはオマケか」

白烏がクイクイと羽で雄哉を呼ぶと、雄哉が白烏の前に座り水鏡を覗き込む。

「今日こそは見るぞ」

水のざわつきを見る意気込みは十分なようである。

「おい鳴海、オマエはこっち」

言われなくとも分かっている二枚貝のチェックだろ、だがその前に言いたいことがあると思っている水無瀬に、黒烏が違う方向を示しながら黒烏自身もそちらに移動している。 歩み寄った水無瀬が伸ばされた黒烏の羽元を見ると見慣れないものがそこにあるではないか。

「ん? これは?」

「鳴海のために作っておいてやった。 いくらでも感謝すると良いからの」

しゃがんで感謝しなければならないらしいそれを手に取る。

「これって・・・」

それは終貝を粉にし固めた獅子を模(かたど)ったミニチュア獅子であった。 黒烏がコソコソと何かしていたのはこれを作っていたというわけである。

「アヤツから聞いた。 ハラカルラのことで自由が利かんようだの、自由にする必要もなかろうがのぉ。 ハラカルラに毎日来ておればいいだけの話じゃがな、そこでこれじゃ」

このミニチュア獅子を身に着けていると、水無瀬にとって不都合があるとそれを払い除けるというものであった。

「払い除けるって、それって他から見てて不自然に見えませんか?」

突風が吹いた時のように飛ばされるのか、足元を引っ掛けて転ばせるのかどうなのかは分からないが、風もなければ足元に石や引っかかるものもなければそれは不自然に見えるだろう。 それに一瞬で終わられては逃げる間もないし、逃げてばかりの毎日はもうこりごりである。
だが黒烏曰く、ミニチュア獅子がその不都合を起こしてくる人間を蹴散らすということであった。

暴力に走るのか。

「蹴散らすって、相手が怪我をしたらさすがの俺も責任を感じますよ」

二羽の烏がチラリと水無瀬を見る。 迷惑をかけられているというのに、その相手を気遣うとは。 こういうところも魚たちが認めたというところなのだろうか。

「その蹴散らすではない」

またもや黒烏曰く、人知れず不都合を起こしてくる人間を水無瀬から離してくれるということらしい。

黒烏、時々言葉選びが下手である。

だが水無瀬にとっての不都合な人間というのは水無瀬にしか分からないということで、水無瀬の印(いん)をこのミニチュア獅子に入れなければならないということであった。

「印?」

印と言われて思い出すことは、水無瀬には矢島の印があるということだけである。 長から矢島の印を聞き水無瀬に矢島の印が付いたが為、魚に黒の穴まで案内をされたのだから。

「あの、俺の印って、じゃなくて、俺には矢島さんの印があるんですよね?」

そんなことも分からんのかという風に大きな溜息をついた黒烏が言うには、矢島の印はあくまでも矢島の印であり、決して水無瀬の印ではない。 本人のものではない印を一度誰かが認めると消失するということであった。 言ってみれば最初に水無瀬を黒の穴まで案内したであろう稀魚が矢島の印を認めたということになり、そこで消失しているということであった。

「あの、烏さん? 印のことは分かりました。 でも一つだけ言っておきますが、俺は矢島さんから何も聞いていないんです。 その呆れた感じの溜息やめてもらえません? 結構傷つくんですけど」

それに先代が居ない守り人にイロハを教えるのは烏の仕事ではないのか。 最初の黒の兄妹の話を聞かせるのと同じように。
水無瀬自身の口で言った矢島の名で思い出した。

「そうだ、烏さん、俺に言わなきゃなんないことがあったはずですよね」

「うん?」

「矢島さんから何か聞いてましたよねっ」

「おお、あのことか。 聞いておったおった。 黒の穴の机の引き出しの中の上を見ろとな」

「俺に初めて会った時にそれを伝えてくれるように矢島さんは言ってましたよね!」

「んー、そんな気がするのぉ」

「それを最初に言ってくれていれば、こんなことになんなかったんですけどっ!」

ならなかったか、なったかは分からない。 だが言いたいことは言う。 俗にいう八つ当たりと言われようが何であろうが言ってやる。

「ん? 引き出しの中の上を見たのか?」

「隠されていましたから今まで気づきませんでしたけど、高崎さんが教えてくれました」

「ほぉー、高崎もいい仕事をするの」

何を他人事のように。

白烏が水無瀬の周りを見る。 水に変化は起きていない。 水無瀬はそこそこ怒っているように言ってはいるが、本心から怒っていないということ。 それはハラカルラのことを考えて怒りを治めているのか、それとも魚が認めたそういう性格なのか。 いずれにしても黒烏のボケは確かなようだ。

「まさかわざと教えなかったわけじゃないでしょうね」

「何を言うかっ―――」

黒烏が言いかけると、白烏が会話に入ってきた。

「鳴海、安心せい、わざとではない」

白烏の言ったことに黒烏が、ふふん、といった顔を見せたが、白烏の言葉には続きがあった。

「ソヤツはボケとるだけだ」

「オマエ! わしはまだボケてなどおらんわー!」

ゆっくりと羽をバサバサしながら決して大きくはない声で叫んでいる黒烏を尻目に、白烏が水無瀬にひたと目を合わせて言う。

「とにかく過ぎたことは変えられん。 感謝せずとも、その獅子で許してやれ」

「何じゃ―! その言い方は!」と叫ぶ黒烏を完全に無視して「そうします」と水無瀬が言う。 白烏の言ったように終わったことは元に戻せない。 それにライの家で考えていたこともある。 矢島からの手紙を読んでいても黒門に攫われていれば結果は同じことになっていたかもしれないのだから。

「んじゃ、これもらいます」といった水無瀬の声に羽をバサバサとしていた黒烏の動きが止まる。

「うん? さっき言ったであろう、鳴海の印を入れなければならないと。 ふふん、鳴海もボケとるようだの」

“鳴海も” “も” と言った時点で黒烏は自分がボケていることを認めているのに気づいているのだろうか。

ミニチュア獅子に印を入れるには水無瀬自身がしなくてはならないということで、結局この日はハラカルラの言葉の発声の練習から始まった。 そして水無瀬の印である鳴海というハラカルラの言葉を習得し、ミニチュア獅子に鳴海という印を入れた。 水無瀬が長から聞いただけの矢島の印とは違いちょっとした儀式のようなものがあり、これで水無瀬が対人に関して感じたことに、ミニチュア獅子が感応するということであった。


「水無ちゃん、やっぱりすごいな」

穴からの帰り道である。
水無瀬と黒烏の会話を聞いていて雄哉もミニチュア獅子が欲しいと言ったのだが、雄哉にはまだまだとのことであった。 まだまだどころか不可能だろうとまで言われていた。 それは力がないということである。
『えー、水無ちゃんとの差がどんどん開いていく』 と言っていたが、守り人の平均的な力というのは高崎辺りのところで、雄哉くらいの人間が一番多くいる。 水無瀬の方が稀だと白烏に言われてしまっていた。

「自覚はないけどな」

雄哉と自分と何が違うというのだろうか。
一人の人間として考えてみれば、雄哉は自分の身を顧みず水無瀬を助けるために動いた。 だが反対の立場だったらどうだっただろうか、水無瀬は雄哉と同じように動けただろうか。

「何でだろうな、俺は雄哉みたいに友達を助けるために危険の中に身を投じるなんてことは出来ないのにな」

それに雄哉が高崎と連絡を取れるようにしていたのは、水無瀬にとって有利な情報が得られるかもしれないと思ってのことだったのだろう。 そしてそれが見事に当たった。
眉をくいっと上げた雄哉が一度水無瀬を見て前に向き直る。

「まぁ、高崎さんのことは当たらずも遠からじ。 高崎さんが変なヤツだったらさすがの俺も連絡交換はしない。 それに俺は無鉄砲なだけ、水無ちゃんなら頭を動かすだろ。 その証拠が今だしな」

水無瀬にとってはあり得ないことをいとも簡単にしてのけた雄哉が軽く言う。 そういう奴だ。

「そうかな」

雄哉の言う通り計画は思ったより早く遂行できそうである。
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