大福 りす の 隠れ家

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ハラカルラ 第62回

2024年05月13日 20時39分13秒 | 小説
『ハラカルラ 目次


『ハラカルラ』 第1回から第60回までの目次は以下の 『ハラカルラ』リンクページ からお願いいたします。


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ハラカルラ    第62回




何かが聞こえた
何の音だろう
顔を巡らせる
キラキラと光るモノが見える
あの音は何処から聞こえてきたのだろうか
キラキラからだろうか
それともずっと続く広いどこかからだろうか
悲しい声が聞こえる



『悲しい声』 一歳の子供には言葉としての理解は出来ず、悲しい声としかわからなかった。
それでも感情が伝わってきていた。


―――悲しい

―――痛い

と。



六日が経った。 今日からは朱門が見張りに着く。

穴にいる間、烏たちとは出来るだけハラカルラの言葉で話すようにしていた。 烏が日本語で何かを言ってくればハラカルラの言葉で返し、言いたいことや質問があればハラカルラの言葉を使った。 水無瀬のそんな様子に烏も気付いたのだろう、それからは烏もハラカルラの言葉で話すようになった。

「英語もこれくらい習得できていれば成績も変わったのになぁ」

語学は不得意である。 決してそれだけが理由と言うわけではないが、それも理由の一つとして数字が好きになったのかもしれない。 好きになった理由など考えたことは無い。

「はー、今日も一日よく働いた」

自分が言った言葉の最後に汗マークを付けたいくらいである。 それに働いたと言っても一銭にもなっていないが。

「うん?」

ふと思い出した、黒門のおじさんが言っていた台詞。 『衣食住に困ることは無い』 そう言っていた。 黒門に居た時のことを思い出すと、守り人としてハラカルラに足を運んでいれば金銭的な心配はいらないということなのだろうか。

「ライの言うシステムってのが黒門と同じことなのか?」

だが水無瀬は決して朱門の守り人になるとは公言していない。 そのシステムがあったとしても甘えてばかりではいけない。

「就活なぁ・・・。 あ、そうだ、その前に卒論」

大学に行った時にゼミの教授と話したが、経済学部はさほど卒論に厳しいわけではなく、文字数も決められていないと言っていた。 だからと言ってA4一枚では眉間に皺を寄せられるだろうとも言い、大体一万から二万文字くらいが良いところだろうということだった。 そして提出さえすれば卒業は出来る、だが逆に言えば提出しなければ卒業は見送りとなる、ということで『優秀賞が欲しければ内容はしっかりとさせ、二万文字だな』 とも言われた。

優秀賞などほしくはない。 だが書かなければ、そして提出しなければ卒業が見送りとなってしまう。 テーマは既に考えているし、アパートから村に来る時に資料とパソコンを持ってきている。 卒業した先輩から譲り受けたパソコンで『動きが重くなってきたから買い替える』 と言っていたが、少々重いくらいで十分に使える。
パソコンに向かって一時間ほどが経過したとき、夕飯だとライに呼ばれた。 その後に風呂に入り再びパソコンに向かおうとした時、着信音が鳴った。

「ん?」

潤璃からのラインであった。 開けてみるとかなりの長文である。 目がイッてしまうかもしれない。 こんな時はパソコン画面のメールの方がどれだけ見やすいか、と思ってしまう。

読み進めていくと、ネットワークを結んでいる全員が潤璃の話に首を縦に振ったということで、繊細な話と言っていただけにそこのところが詳しく書かれていた。
全員が首を縦に振ったところで潤璃の兄に連絡を取り、村の様子を聞くと潤璃が居た時よりもかなり偏って固執し、蛮行にも走っていると聞かされたと言う。

『蛮行というのは水無瀬君のことだろうな』 と書かれていたが、どうだろうか。 黒門とやり合った時のことではなかろうか。 ナギに聞いた限りでは戦斧として斧を振り回していたというのだから。
だがこの潤璃の書きようでは、潤璃の兄であり誠の父である一ノ瀬兄も村こそ出てはいないが、白門の在り方に疑問を持っているのではないだろうか。 誠もそれらしいことを言っていたし、潤璃が今も連絡を取り合っているということは、兄だから、兄弟だからということだけではなく、同じ考えをしているからなのだろう。

村の中にこちら側の人間が居るということはかなりのメリットがあるが、そこまで協力してくれるだろうか。 潤璃と全く同じ考えを持っていればその可能性は高いだろうが、疑問を持っているだけで協力を得られるだろうか。

「訊くしかないか」

すぐに返信を送った。 『今お時間大丈夫でしょうか。 出来れば直接お訊きしたいことがあります。』
最近の若者はライン等で句読点を入れないというが、相手は若者ではなく、ましてや部長職である。 しっかりと句点を入れる。
着信音が鳴った。 それはラインの着信音ではなく電話の着信音で、画面には潤璃の名前が示されている。 すぐに電話に出る。

「水無瀬です」

両手にアイスココアを二つ持ったライが階段を上がってきた。 夕飯の席で水無瀬が卒論を書いていくと言っていたからである。 体の疲れに甘いものはいいのだから、頭の疲れにも甘いものがいいだろうと持ってきたのだが、水無瀬の居る和室から話し声がする。

「へぇー、珍し」

水無瀬が電話で誰かと話しているところはあまり聞いたことがない。 車中でライが潤璃に連絡をするようにと言った時くらいである。

「二杯くらいアッという間」

器用に足を上げドアレバーを下ろしドアを開ける。 一人でアイスココアを二杯飲むようである。

「そうですか」

最初はラインの話に触れ礼を言うと本題に入った。
潤璃の話では一ノ瀬兄は跡取りということで村を出るに出られないということであり、決して進んで村に残っているわけではないということらしい。

「お兄さんにお伺いしたいことがあるんですが、僕が連絡をしても宜しいでしょうか」

『私の仲介では不足のようだね』

「いいえ! 決してそんなことではありません」

『冗談だよ』

焦らせないでほしい。 それに部長職が冗談を言っていいのだろうか。 ましてや渋い声で言われると到底冗談には聞こえない。
潤璃から携帯番号を教えられ、一ノ瀬兄にも水無瀬の携帯番号を言っておくと言ってもらえた。

『名前は出さないけど、この番号からかかってきたら必ず出るようにと言っておくよ』

そして電話を入れるならと、時間まで教えてくれた。 村の者と話している時や家の者が居る時に下手な会話が出来ないからということらしい。 きっと潤璃もその時間を狙っていつもかけているのだろう。

「有難うございます。 明日かけてみます」

まだその時間はきていないが、今日は潤璃がその時間に水無瀬のことで電話をするはずである。 そしてその時に明日水無瀬が話しやすくなるように布石を打ってくれるだろう。

頭を切り替えて卒論に向かい合っていると「水無瀬、いいか」と、ライの声がした。 夜の間に三杯目となるライのアイスココアと水無瀬の分のアイスココアを持っていた。


「お早うございますぅー」

あいさつの後に欠伸が出た。

「相変わらず腑抜けだの」

「昨夜は学校のことに追われて殆ど寝てないんですっ」

「ん? 学校とな? 鳴海にそんなものは必要なかろう」

きっと心の中でハラカルラに居ればいいのだからと思っているのだろう。 ハラカルラに学歴は関係ないし、穴で水を宥めていればいいだけとも思っているのだろう。 ちなみにこういう時の会話は日本語である。 ハラカルラには人を責めたりバカにしたりする言葉はない。 勿論学校という概念もないのだからそんな単語もない。

心鏡に指先を置いた。 水無瀬の水の宥め方は白烏にはまだ追いつけないが、かなり早くなってきていた。

「ほぉー、なかなかだの」

「かなり吾に近くなってきておるな」

「歴代最速じゃな」

「そうなんですか?」

白烏に頭をはたかれた。 どうしてだ。

「吾に近くなったと言っただろうが、そんな者がそこらに転がっているはずなかろうが」

「すみません・・・」

白烏のプライドを傷つけたということだろうか。

黒烏が紡水を見ている。 ある程度心鏡の水を宥めると二枚貝に移る。 質の悪いものは入っていないようである。 もう一つの二枚貝に目を移す。

「あ、終貝です」

勿論こういう時にはハラカルラの言葉で話している。

「吾は行かんぞ。 オマエが行ってこい」

「オマエは烏使いが荒いのぉ」

場所を特定するのに黒烏が二枚貝を覗き込んできた。 水無瀬が場所を譲り黒烏に代わって紡水を見る。

「・・・遠いのぉ」

かなり行きたくないようである。

毎日が同じことの繰り返し。 だが飽きるということが無いのが不思議である。


「よっ、お疲れ」

「あれ? パトロール?」

今朝そんなことを言っていただろうか。 どちらかと言えば農作業の話をしていたと思うが。

「違う違う。 今朝の話を覚えてないってことだな」

「寝不足でうつらってなってたかも」

「それだから迎えに来るって言っただろ」

「あ・・・」

そう言えば、水の中に居るのだから寝不足も解消するだろうが、山の中は足元が危ないから迎えに来ると言っていたか。

「思い出した。 さんきゅ」

アパートのベランダから放り投げられたことは忘れていないが、ライは時に過保護である。 そういえば夕べもココアを持って来てくれたのだった。

「久しぶりだな、こうして歩くの」

何年も何か月も空いたわけではないが、ライの言うようにそんな気がする。 二人で村までの道をくだらない話をしながら歩き、久しぶりに獅子の居る場所で足を止めた。 やはり水無瀬が獅子の鼻をグリグリとする。

「朱門のみんな白門の見張りのことなんか言ってる?」

「んー、俺とナギは明日がお初だけど、特に何も聞いてないな」

「問題は起きてなさそうか?」

「今のところ聞いてない。 黒門もそうだろ」

何かあったとすれば、朱門が見張りに立つときに黒門の誰かが白門の門近くに来るはずである。 朱門も黒門も互いの連絡先は知らせていない。

「黒門そろそろ飽きてきてないかなぁ。 朱門も?」

最後に付けた『朱門も?』 という疑問符付きは小さな声で言った。

「そんなことないだろ。 少なくとも朱門はな」

昨日の電話の会話はきっと白門に関することのはず。 水無瀬が頑張ってくれているのだ、飽きていても飽きているとは言えないし、朱門の誰もが白門を止めたいと思っている。 だが思っているだけで自分たちに出来ることは見張るということだけで、水無瀬のように自ら動けていない。

「こっちのことは水無瀬が気にすることは無い。 卒論、ちょっとは進んだか?」

「亀の歩みほど」

「それはご愁傷様」

獅子の鼻から手を下ろし、その場を後にしているとカンという音が聞こえてきた。

「ナギか」

「ここんとこサボり気味だったって再開」

「真面目だな」

「・・・俺が早気なんて起こさなけりゃ、練習する必要もなかったのにな」

水無瀬が眉をクイっと上げる。 どういう意味だろうか。

「嫁に行くのに弓なんて必要ないだろ」

嫁・・・そうか、そうだった。 ナギも嫁に行くのだった。 だがこの村の誰かに嫁げば今のままでいいのではないのだろうか。 ライはナギをこの村から出したい、若しくは出してもいいと思っているのだろうか。

ライから早気のことは今まで一度も聞いたことは無かった。 水無瀬がライの早気のことを知っているのはナギから聞いたからだった。 ライ自らが何の関係もない水無瀬に早気のことを口にしたということは、踏ん切りがついてきた、乗り切れてきたということなのだろうか。 それともそんな迷いなど、はなからなく、単に今までが言うような流れになっていなかっただけなのだろうか。

「どうだろ。 一射絶命だろ? それを練習してるだけじゃないのか?」

「よく覚えてんな」

「ナギらしいと思ってさ」


夕飯と風呂以外はパソコンの前に座っていた。 スマホにはアラームをかけている。 そのアラームが鳴った。 一ノ瀬兄に電話をかける時間である。 潤璃から聞いた電話番号は既にスマホの連絡先に登録している。 一ノ瀬玻璃(いちのせはり)と登録されている名をタップし、受話器のマークもタップする。
三コールで呼び出し音が止まった。

『もしもし』

さすが兄弟である、潤璃と同じく渋い声だ。 いや、潤璃とはまた違った渋さだけに圧を感じる。

「突然のお電話で失礼します。 弟さんから聞かれているとは思いますが、名乗れないことを御容赦ください」

玻璃は水無瀬の声を知らないはずである。

『承知している。 大体のことは昨夜潤璃から聞いた』

やはり潤璃は単に電話番号を言うだけではなく、布石を打ってくれていたようだ。

「お時間が限られていると思いますので失礼とは思いますが、用件だけを申し上げます」

水無瀬が言ったのは、白門の村の中に玻璃や潤璃と同じ考えの者が居るのかどうかということであった。 少し間をおいてから返ってきた答えは “いる” ということである。 そこでおおよそでいいのでどれくらいの人数なのかと訊くと、そこまでは分からないということであった。 だが玻璃の言葉は続いていた。

『潤璃の話からすると、それを確認したいのか?』

「はい、出来れば。 決して無理のない範疇で、ですが」

今の動きを白門にどっぷりと浸かっている者には知られたくない。 その村の中で探りを入れるということは簡単なことではなく、ましてや漏れる可能性が大である。 漏れてしまっては水無瀬の計画は丸つぶれになってしまい、玻璃は跡取りということで居たくもない村に居るのだ。 今まで我慢してきたであろうことを流させたくはない。

「先ほど居る、と仰って下さった方と一ノ瀬さんだけでも十分なのですが、多いに越したことは無いという程度と考えてくださって結構です」

『分かった、俺も立場を悪くしたくないからな』

「重々承知しています」

『何か分かったらこちらから連絡する』

「はい、期待せずに待っていますので、くれぐれも無理のないようお願いいたします」

玻璃が言った『いる』は、誠の話からすると誠の母親であり玻璃の奥さんのことかもしれない。 出来れば別家庭に居てほしいものだが、そう簡単にいく話ではないことは分かっている。
通話を切ると、どっと疲れが出てきた。

「あの渋い声は重みがありすぎだろ」

長く話したわけではないのに、あの声の重圧は凄すぎる。 頭の中を卒論の方に軌道修正出来ない。

「今日は諦めるか」

こういうことの繰り返しで卒論ギリギリ提出とか、間に合わなかったという結果を招いてしまうのである。


翌日夜、またもや潤璃からラインが入ってきた。
ネットワークの一員である数人が、実家や兄弟姉妹に連絡を入れたということであった。 一瞬、下手を打ったのでは、と血の気が引きかけたが、連絡を入れた相手だれもが以前から今の白門の在り方に小さな声ではあるが異論を唱えている相手だったらしく、その異論は村を出た者にしか言っていないということであり、また聞いた者はネットワークの中でも互いにそれを黙っていたという。

漏れるような心配はなかったようで、潤璃からはこれから繋がりを作っていくと書かれていた。
村の中と外との繋がり、村の中での繋がりを作るということだろう。 それならば玻璃との話も繋げられる。 すぐに返信を書き込み、昨日の玻璃との会話の内容を送った。

七日が経った。 もう六月に入っている。 田植えの終わった山の裾野の田んぼではカエルの合唱が毎日聞こえていることだろう。
パソコンの前に座っているとラインの着信音が鳴った。 スマホを見てみるとGO2からである。

「後藤君?」

ラインの画面を開くと、木更彩音が何年かぶりに白門の村にやって来たと書かれていた。 そして何か話すことがあれば伝えるが、ということである。
木更彩音のことは潤璃に任せているが、潤璃のことは伏せたくて後藤智一には伝えていない。 ただ情報をもらったのに放置するわけにもいかず、後藤智一には信用出来るある人に一任したと知らせていた。

「気になるんだろうな」

きっと後藤智一も一ノ瀬誠も互いが水無瀬に情報を流した相手の名は言っていないはず。 潤璃のネットワークの話からも、漏らすということは白門の村ではアンチ扱いになっているはず。
だがどうして木更彩音は動いたのだろうか。 潤璃からの連絡はない、木更彩音が独断で動いたということだろうか。

「それとも・・・」

―――裏切り

そうであったのならばとんでもないことである。

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