大福 りす の 隠れ家

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辰刻の雫 ~蒼い月~  第92回

2022年08月26日 21時00分46秒 | 小説
『辰刻の雫 (ときのしずく) ~蒼い月~』 目次


『辰刻の雫 ~蒼い月~』 第1回から第90回までの目次は以下の 『辰刻の雫 ~蒼い月~』リンクページ からお願いいたします。


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辰刻の雫 (ときのしずく) ~蒼い月~  第92回



「厩でよく働いたんですってね」

盆を卓に置くといつも通りに紫揺に湯呑を渡す。

「紫さまに厩の掃除をさせるなんてね」

此之葉は見ていないが、葉月はどこかで見ていた民に聞いたのだろうか、放っておけない事である。
五色である紫に厩の掃除などさせていたなどと、民が怒ってしまうかもしれないという懸念をいだく。

「誰から聞いたの?」

「ああ。 民じゃないから。 塔弥から聞いたから安心して」

塔弥と聞いて此之葉がホッと息をつく。

「此之葉ちゃんって、心配性なんだから」

此之葉に向かって言うと、何のことかという顔をしている紫揺に声を掛ける。

「いくらでもどこでもお揉み致しますよ。 一番はどこですか?」

「あ、取り敢えず・・・腰かな」

「はい。 では湯呑のものを全部飲んでうつ伏せて下さい」


塔弥が独唱と唱和の元に行ったが “何か大きなものを感じる” やはりそれは漠然としていて掴みきれないという。
ただ、ここのところ僅かにだが、日に日にその大きさが増しているようになっているという。 そして未だに悪しきものか良きものかが分からないと。
独唱と唱和が言ったことを葉月に伝えることは出来ない。 葉月が今よりもっと不安に思うだろうから。 だが領主には報告しなくてはならない。 重い足を領主の家に向けた。

「それは・・・まさか、紫さまの憂いに繋がるのではないのか?」

紫揺の憂いは何なのか塔弥と葉月は聞いている。 だが領主にも此之葉にも言っていない。 それは塔弥の判断だった。

「・・・え」

「紫さまはまだ憂いのことは話されていないのか?」

「・・・はい」

答えにくそうにした塔弥の様子を、まだ訊けていないことへの責不十分と理解したのかもしれないと、領主が慌てて手を振る。

「いや、塔弥を責めているわけではない」

領主に言われて初めて気付いた。 独唱と唱和の言うところの “大きなものを感じる” それは紫揺とマツリの関係なのだろうか。

五色の力を持つ紫揺。 大きく花を咲かせ民を驚かせた。 力の使いようが少しづつ分かる中で雨が続いた辺境に行くと、地盤が緩んできていると地から水を上げ川に戻すこともあった。
塔弥らには計り知れない力がある紫揺。 それにマツリの力も全く分からない。 知っているのは魔釣の力があるということだけだ。 そしてそれがどういうもので、どれだけ大きいのかを知らない。

その二人が、紫揺から聞いた話からどうにかなってしまっていれば・・・敵対してしまっていれば、それとも葉月の言うように紫揺がマツリに心を寄せていれば、大きな力が働くのかもしれない。 それとも紫揺が己にマツリのことを話したことで、何かが変わったのだろうか。

「・・・申し訳ありません」

色々考えた。 だがここにきても紫揺とマツリのことは言えない。 
紫揺の戸惑いを思うと言いたくない。 お付きとして失格だということは分かっている。 お付きどころかこの領土の民としても。

「いったい何が起きているのやら・・・」


数日後、お付きたちが次々に戻ってきた。 その疲れは顔を見ただけで分かる為、紫揺には見せることは無かった。

「どうだった」

領主が最後に戻ってきた阿秀に訊く。

「どこにも異変はなさそうでした」

阿秀が一番遠くに行っていた。 まずは領主の元に行く前に他のお付きたちからの報告を聞いた。 領主にしても戻ってきた順にお付きたち一人一人から聞いている。

「領土に異変がない。 だが “古の力を持つ者” 皆が何かを感じている・・・」

「・・・紫さまでしょうか」

疲れた顔を領主に向けると続ける。

「紫さまに異変は?」

「特には無いと見える。 塔弥からも秋我からもそう聞いておるし、遠目で見ている私の目からもそう見える」

「その後 “古の力を持つ者” は何か仰られましたでしょうか」

「・・・大きくなっていると」



「マツリ様、お顔のお色が優れないようですが?」

「そのようなことはない。 それより父上にこき使われているようだな」

四方に括られているマツリと杠が回廊を歩いている。

「勉学になります」

「六都はどうだ?」

「諍いが多すぎるかと。 税もまともではないようです」

「税? 父上からそんなことは聞かなかったが?」

「四方様は他のところに目をお移しになられているかと。 下九都(したここと)は色々と苦しいようですが」

「下九都?」

以前、四方から聞かされていた。 辺境からの横やりがあったと。 まだ落ち着いていないということか。

「六都は官吏が怪しいということか?」

「まだ時が浅いので、そこのところは何とも」

杠自身は時が浅いと言うが、この短期間で気付いたというのは大きいのではないだろうか。 杠の才もあるだろうが、六都の納税がまともでないのが目立っているほどなのだろうか。

「杠は算術・・・書類に長けているようだな」

その杠は四方にとって良い片腕になるだろうが、四方の片腕に据える気はない。

「いいえ、己の思い違いかもしれません」

「そうか。 杠、いつまでも父上の元に置いているつもりはない」

「はい」

「もう少し待ってくれ。 今は片手にも足らんが杠の配下の者を集めている」

「配下?」

「杠に下を付けるということだ」

杠が顔を強張らせる。

「己は、己がマツリ様の手足となりたいと申し上げました」

「ああ、分かっている。 十分に手足となってもらう。 その頭領にな」

「・・・頭領?」

「その為の官吏の資格、杠の隠れ蓑だ。 それにその資格があると動きやすいだろう。 単純に門の出入りにしても、いちいち誰何され、俺の許可の確認などというようなことをしなくて済む」

宮の大門ではなく、官吏の門から出入りさえすれば、誰何されることもマツリの許可を取らなくても済む。
それに杠はマツリ付の官吏である。 武官としての試験は受けたが文官の二次試験は受けてはいない。 だがマツリ付であれば、本格的に文官に就くというわけでなければそんなところも簡単に融通できる。

「他にも利点が山ほどある。 これからは前より動いてもらいたい。 だがそれは杠の手足となる者を動かすということだ。 杠には基本宮に居てもらう。 だが・・・」

そう言うとマツリが口角を上げて続ける。

「杠が宮に居ては肩が凝ると思えば宮を出てもらって構わない」

「・・・え?」

「走り回ってもいい。 俺の心配をかけない程度に」

「マツリ様・・・」

「さっきも言ったが、悪いがもう少し待ってくれ。 杠の下に置く者を徐々に集めている」

杠が息を吐いた。

「マツリ様、今晩はゆるりとされますでしょうか?」

地下の者たちや官吏、見張番たちの咎を下した。 それからは杠と体術の稽古が出来るはずだったが、四方の溜まった仕事の手伝いをマツリと杠が分担してままならなくなってしまった。 本領と各領土を回りながらのマツリのしたことは雑用だったが。 その雑用が下の者を見る目を養わせ、杠は四方の目の前から淡々と書類を減らしていっていた。

「おお、稽古か? そうだな、そろそろ父上に開放してもらいたいな。 それに明日には晴れよう。 
父上に申し出よう、明日からは就業の太鼓がなれば解放してくれと。 そうだな、それでは今日はどこで・・・」

今日は雨だ。 外での稽古は出来ない。
マツリが頭の中を巡らせていると杠の声がした。

「稽古もお願いしたいのですが少々の時でかまいません、お話を。 それに稽古はもう少しお顔のお色が優れてからに」

顔色と二度も言われて少々口を歪めたが何の話だろう。

「話?」

「我が妹を迎えに上がられないかどうかのことで」

マツリが暗い空を見上げた。
ここのところ雨が続いていた。 今も雨雲が空に鎮座している。

「そう焦るな。 ・・・アレは東の領土で良い伴侶になろう者を見たとして、それを領主には簡単には言わんだろう」

「何故にで御座いますか?」

「俺がアレの首筋に口を合わせたことは言ったな」

マツリが杠を見る。

「はい」

「その時言ったことも言ったな」

「はい」

杠にどんな動揺も見られない。

「きっとアレは俺が言ったことは約束事だと思っているはずだ」

日本で言うところのプロポーズではなく、強制結納らしきものだと。

杠が眉を上げた。 約束事?
杠は紫揺が日本に居たことなど知らない。 そしてこの領土にそんな約束事があるわけないことを知っている。

「どういう事でしょうか」

「焦ることは無いと言っておる。 今はアレには時が必要だろう。 俺も少々・・・というか、無鉄砲だったからな」

「だからと言ってその間に何かがあり、紫揺が心奪われてしまうような事があっては」

あの可愛い妹はどうしてだか片意地を張っている・・・いや、単に頑張っている、頑張り過ぎている。 知らない事には疑問を呈し、知っていることに、特に戦う肉体に関しては異常に詳しくその判別をしている。

紫揺の知らないことに何でも答え、紫揺の是とする肉体を持っている者が万が一にも、紫揺の危機を救ったりすれば、紫揺の心がどう動くか分からない。 五色としてだろう、頑張っているだけに疲れた心の隙間があるはずだ。
だからと言って紫揺を信用していないわけではない。

だが事情が変わった。

杠の憂う気持ちがマツリにもあったことはあった。 だがマツリは早急にとは思っていない。 マツリ自身が言うようにまだ時が必要と思っている。

「それほどに紫に会いたいか?」

杠が頭を下げる。

「会いたいかと問われ、否、とは申しません。 我が妹、肉親に会いたいのは当然の事。 ですが我が妹には責が御座います。 己が会うことが出来ないのは、マツリ様に願い出ることが出来ないのは、妹が責を遵守しているのが分かっているからのこと」

「分かっておるではないか」

「ですがそれは己のこと。 マツリ様はそれで宜しいのですか?」

「・・・」

そんなことを言われるとは思ってもいなかった。

「地下の者の咎が終わり、その後のことも多少ですが道筋を得ました。 己から妹を呼ぶことは出来ません。 仮に呼ぶとして、マツリ様にお願いすることしか出来ません」

己は紫揺に会いたい、それは隠しきれない想いだ。 だがそれは紫揺の責に横やりを入れること。 紫揺は東の領土の五色。 二度と会えなくて当前。

だがマツリはそうでは無い。 マツリにも何らかの考えがあるのだろうが、誰かがマツリの背を押さなければマツリは簡単に動かないだろう。 その誰かはこの本領に己しかない。

マツリが勾欄に手をつくと、もう一度暗い空を見上げた。

「杠・・・今晩吞もう。 いや、早々に吞もう。 そうだな、我の房で夕餉を食べながら始めよう」

杠が深く頭を下げた。


マツリと話す前、官吏たちの食事室で昼餉を食べていると司令塔からの使いが来た。

『杠殿』

『これは、波葉様』

互いの呼び方はマツリと酒を呑んでいる時に確かめ合った。
ただ波葉に関してはあくまでも波葉は官吏である。 波葉殿と呼ばなければいけないが、マツリ付となった今では杠から見れば、官吏以前にマツリの姉のシキの夫君である。 マツリが義兄上と呼ぶのだから波葉殿とは言えない。

杠の袴の帯には、今までに見たこともない色と形の帯門標が付けられている。 マツリ専属の官吏として新たな帯門標が作られた。
バックの色は落ち着いた色合いの黄色、形は丸く、中には鳥の顔が描かれている。 ザックリとキョウゲンの顔を模されているのである。

立ち上がろうとする杠に手を上げて構わないと示すと、杠の隣の椅子に座った。 キョロキョロと辺りを警戒しながら小声で杠に言う。

『シキ様がマツリ様はまだ動かれないのかと言っておられてな』

何のことかは訊き返さずとも分かる。

『まだのご様子ですが、尤もかと』

『それでは困る』

どういうことかという目を波葉に送る。

『今シキ様を苛立たせたくなくてな。 と言うか、シキ様が苛立たれると昌耶に私が睨まれるのだよ』

それは邸に居ると針の筵のようだと言う。

『私もまだ時が必要と申したのだが、そんな間に何かがあり、紫さまが誰かに心奪われてしまうような事があっては、と今度は憔悴されるしでな・・・』

シキが憔悴しても昌耶に睨まれると言う。

さっき杠がマツリに「だからと言って、その間に何かがあり、紫揺が心奪われてしまうような事があっては」 と言ったのは、この時の会話をそのまま引用させてもらっていた。

『ですが慌ててしまっては良い芽が悪く出てしまうかもしれません』

『いや、そこを何とか上手い具合に。 頼む、杠殿っ』

苛立ちも憔悴もどちらにせよ、とうとうハッキリとシキから言われたという。 マツリを動かすようにと。

『実はな・・・』

波葉が事情を話し出した。

『え・・・』

『誰にも口外せぬようにな』

そんな会話があった。
だから事情が変わったのだ。



―――ふるふるふるふる

寝ていた此之葉がとび起きた。 当たりを見回す。 何もない。
だが・・・感じる力は増々大きくなっている。
キュッと胸元を握りしめた。


「え? じゃあ、お転婆に乗っていいの?」

初日の厩の掃除から五日後、まだアチコチが痛い体をおいて目を輝かせて紫揺が塔弥を見た。

「襲歩は厳禁です。 あくまでも息抜きの常歩(なみあし)です。 それを守って下さる―――」

「守る守る!」

塔弥の言葉に被せて言う。

「お転婆は不服だろうけど」

ちびーっと、自分の不服を乗せて言ったが事実お転婆は不服であろう。 そんな言葉は耳朶にも触れないという顔をした塔弥。

「ではお着替えが済まれましたら厩の方にお願い致します」

他のお付きたちはまだ起き上がれないだろう。 阿秀においては見るからに疲労困憊というところだ。 少なくとも今日一日はゆっくりさせてやりたい。 その為にも紫揺の声が聞こえないように心配の根源を遠ざけるのが一番だろうし、紫揺もそろそろ限界が近くなってきているだろう。 このままズルズルと誤魔化していっては何をするか分かったものではない。

塔弥の乗る馬と並んでお転婆が歩いている。 今日ガザンは不参加のようだ。
外に出ていた民たちから「紫さま」と声が聞こえる。 その声に気付いていなかった他の者も子供たちも紫揺に振り返る。 紫揺が手を振ってそれに応えている。

「ね、この辺りは歩いて回ってたところだから早く抜けない? 歩いて回ってた先に行こうよ。 ほら、遠くの人にはまだお祝いのお祭のお礼も言えてないし。 軽速歩くらいなら構わないでしょ?」

塔弥が横目で紫揺を見る。

「なに、その目・・・」

「最初っからそのつもりで額の煌輪をしてきたんでしょ」

民に額の煌輪を見せるために。

紫揺が瞳を上に上げる。 どれだけ上げても見えない額にある紫水晶。
そろっと瞳を下ろすと塔弥を見る。

「えへ」

「えへじゃありません」

これ見よがしに大きなため息をついた。
紫揺が厩に来た時に額の煌輪をつけていた。 その時から薄々・・・いや、完全に分かっていたことである。

紫揺にしてみればこの領土の職人の手を見てもらいたいのと、これを見てもらうことで民への祝いの祭のお礼と思っているのは分かっていることだ。

あれほど石を削るのを嫌がっていたのに、とどこかで思うところはあるが、飾り石職人にしてみれば嬉しいことだろう。

「いいですか、軽速歩が限界です。 駈歩などしないように。 約束して下さるのでしたら―――」

「するする! 約束する!」

塔弥に最後まで言わせず、言ったかと思うとすぐにお転婆の足が軽速歩になった。 それに合わせて紫揺が鐙(あぶみ)を使って体を上下させる。 お転婆への負担を軽くするための軽速歩である。

「はー・・・。 いくつになったら落ち着かれるのか・・・」

塔弥が足に力を入れた。

今日は馬で出る為、秋我はついて来ていない。 いくら目立つことなくついてきたとしても完全にバレるのは目に見えている。 今日一日だけを塔弥一人で乗りきるつもりだ。 明日からは他のお付きを狩り出すつもりなのだから。

久しぶりのお転婆に満足しているのか、紫揺は落ち着いてお転婆の背に乗っている。 徒歩で来ていたところを過ぎると常歩に変え、民が近づいてくると下馬し、額の煌輪の紫水晶を揺らせながら祝いの祭の礼を言っている。
民も紫揺と話せたこと、そして額の煌輪を見られたことに目を輝かせていた。

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