五感で観る

「生き甲斐の心理学」教育普及活動中。五感を通して観えてくるものを書き綴っています。

表も裏も

2017年06月11日 | 第2章 五感と体感


裏も表も 2017年6月11日

裏も表も、外も中も、ぜんぶお天道さまがお見通し。
されど、お天道さまが、手を伸ばして助けてくれるわけでもなく、
ただ、自分が選んで歩んでいる道を共に歩んでくださっていて、
「お天道さまがお見通し」だと、思っていると、自分の内から軌道修正する力や選択する情動が湧き上がってきて、結果、「悔いなし悔いなし」と、胸に刻むことが、人生を歩いているうちに、段々と安易に感じられるようになってきたようにも思います。

自分が一番。
自分の言いなりに。
自分の思うとおりに。
自分の決めたとおりに。

それらは、自分が生きてゆくために、とても大事な心持ちでありましょう。
でも、
自分のやっていること、思っている事、目指していることは、すべてお天道さまがお見通し、だと思うと、自我の中に二人の自分が現れて、自問自答できる時空が表れます。

表と裏の淀みのない人は、体の浸透圧に澱んだものが感ぜられません。
そんなことを体感として感じます。
淀みの違和感を感ずると、なんとはなしに、防衛機制が見えてくるからあら不思議。。。

防衛機制ともいえる自分のフィルターに自分自身が気づいていると、フィルターに引っかかっている異物を感じるのは、きっと異物が自分の表と裏のバランスを堰き止めている何かなのかもしれません。

自問自答する時間を持ち、堰き止めている異物がポロンと落ちたような体感が、ちょっと今までとは違う感覚です。

人間は、人間の外側の身体、つまり覆われている皮膚と中身は、まさに表と裏の浸透圧で活かし合っていると思うのであります。

梅雨空でもお天道さまはお見通し、、、。
人生の曼陀羅は、宇宙の曼陀羅に一直線であることをしみじみ思う日曜日の朝です。



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梅雨入り

2017年06月08日 | 第2章 五感と体感

シテ島のカモメ

梅雨入り 2017年6月8日

梅雨に入りました。これからの一か月と少しは、湿度との付き合いを上手にしたいものです。
昔は、空調設備が整っていなかったので、室内での不快感は最たるものでした。
混んでいる電車や、学校の講堂など、人の多く集まる場所に入ると、のぼせたり、蕁麻疹になったり、皮膚が腫れたり、鼻が詰まったり、、、
私自身、アレルギー気味でしたので、20代ぐらいまでは、寒暖の差や季節の変わり目の空気の変化に大変敏感でした。苦労した割には、病院にもいかず、大人になってからアレルギーだったことに気づき、今では考えられないことです。呑気なものです。
一度だけ、耳鼻科に行き、鼻中隔湾曲症だから手術しないと治らない、と診断され、通うのは止めました。時代によって、診断される病名には流行り?があるらしく、その当時、鼻の手術をする人が多かったように思います。
いくつかの病院に行って診断してもらうこと(セカンドオピニオン)の風潮が無かった時代の話です(笑)
そんな経験から、空気や気圧の変化によって、自分の体調を測ることが常識となり、今に至っているわけです。

ここ数年は、衣服の工夫が成され、息をしているような生地が開発され、とても助かっています。
湿度100パーセントに近くなる梅雨の時期。
服装や、部屋の湿度管理に気を配りつつ、自分の体調管理を上手にしたいものです。

雨だれを愉しむためには、自分なりの一工夫が梅雨を過ごすコツであるかもしれません。


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平安感

2017年06月07日 | 第2章 五感と体感


平安感 2017年6月7日

やるべきことは多かれど、ここ数か月は、心身の平安感を維持しながら過ごしています。
多少の疲れや、問題解決のための思案は当然日常茶飯事の事ですが、基本的には、平安感の状態で感情や体感が身体から出たり入ったりしていることを感じています。

きっと、通常の暮らしを乱す何かが起これば、自分の状態は変化するのでしょうが、自分の平安な暮らしを乱す何かに、今から不安感を持つのは勿体ないことなので、平安な時は体感している平安を存分に体感しながら過ごしています。

理想と現実のギャップによって、あらゆる種類の不安感を感じます。
たとえば、自分が決めて、実行したことについての結果が、不安を呼び起こすとしたら、
自分が決めた時の時点に戻り、なぜその選択をしたかを冷静に思い返してみると、その選択がベストであると思ったからこその選択だったことに気づいたりします。

ああすればよかった。。。
選択した結果の現状が気に喰わない。。。
選択したことを後悔する。。。
「~たら、~れば、でも~、」という思いばかりに囚われていると、現実を打破する思いが芽生えてきません。
腹を括って、現状を良き方向にすることは、問題に立ち向かう本人の問題なのです。

あの時の、この選択は、あの時の自分にとって、ベストな選択だった。。。
という、自己肯定ができると、
いつまでも他者のせい、社会のせい、会社のせいにしていることがバカバカしく思えてくるのです。

平素の自分の平安感を貯金しつつ、心を乱す何かが起こったときに、悔いのない選択を、選択する時点で意識化しておくことは、後々のストレスを軽減して、不満に取り込まれにくくなるコツでもあり、知恵であるようです。

ベストな選択とは、関わる他者のためだけではなく、自分の生活条件を乱さないための自己防衛も大切な選択であることを心に留めておきたいものです。

条件の中で、自分がどれだけ自由に軽やかに過ごすには、後悔先に立たずを意識しつつ、選択する時点の感情をその場で整えておくことが秘訣であるかもしれません。
「受容」というテーマは奥が深いものです。
だからこそ、自己の平安感を大切にしたいものです。



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梅雨前の晴天

2017年06月05日 | 第2章 五感と体感


梅雨前の晴天 2017年6月5日

梅雨前にやるべきことは、私の場合、大きな洗濯物をしておくことです。クッションカバーや厚手のシーツ、布団カバーなど、思いつくものは5月中にせっせと洗って、しまうものはしまい、梅雨に備えます。そうすると、精神衛生が良くなり、いつ梅雨入りしても良いと思う心構えが整います。

表装の作業は、お天気によって左右されるので、夏に向けての作品展の作業工程をイメージしながら、梅雨明けまでの期間、晴れて家に居ることのできる日は、ほとんど表装の仕上げの作業にかかり切りになりそうです。

私の中では、冬支度と梅雨支度、そして復活祭前と真夏の大掃除が、大きな家事イベントとして定着しています。

梅雨前の晴天は、湿度も低く、お気に入りの夏服を着ても汗だくにならないので、気兼ねなく着ることができます。真夏になると、いくらでも洗える服ばかりを着てしまうため、ちょっぴりおしゃれな夏服は、この時期に着るようにもしています。

いよいよ、今秋あたりから梅雨の入りの予感です。
田んぼや畑、草木にとっては嬉しい水ですし、私たちにとっても生活するための大事な水なので、嫌がってばかりはいられません。
家に居る時の雨は、雨音が世間の喧騒を消すので、落ち着いた時を過ごせます。
ほどほどの水の恵みを期待し、雨の季節をお迎えしたいものです。



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覚悟の決め方

2017年06月04日 | 第2章 五感と体感


覚悟の決め方 2017年6月4日

最悪のシミュレーションを意識化して、言葉に出しておくと、あらあら不思議、、、腹が括れたりするのです。
オバマ前大統領の就任演説は、フォーカシングの技法と流れが組み込まれた素晴らしい演説でした。演説を聞き、晴天の清々しさを感じた私自身の体感は忘れません。
問題の現実をありのままに受け入れながら、最悪のシミュレーションと良き方向のシミュレーションを同時に意識化しておくだけで、acceptance(折り合いつける)の自己の傾向が見えてきて、そこから腹が括れてくるようです。

最悪のシミュレーションと良き方のシミュレーションを想定することは、自分の行いと思考と感情の整理に繋がります。

自分の現実を受け容れ難く、決断ができないと、いつまでも同じ問題を引きずります。
そのうち、憂鬱になって、決断できない自分が段々と社会や他者のせいとなり、自暴自棄になったりするのです。

年を重ね、理想の行動や思考力が衰えてきたときに、個人の覚悟の決め方が、あからさまに関わりのある他者に、如実に見えてしまいます。
爽やかな引き方と断捨離の覚悟ができている人に出会うと、爽やかな風が私の身体を駆け抜けるのです。

源氏物語の光源氏の「雲隠れの章」か、はたまた紫の上の「御法(みのり)の章」が、自分の生き方かは、その時になってみないとわかりませんが、自分の店じまいを公言した後は、誰にも知られずひっそりと雲隠れすることが、大和心の本音かもしれません。

どちらにせよ
人の面白さはここにあるやもしれませぬ


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祖父に倣う

2017年06月03日 | 第2章 五感と体感


祖父に倣う 2017年6月3日

戦後70年を超えたころから、何か違う方向にいっているような世間です。
過去の記憶が薄れたころに、自由でなかった時代に祖父が行っていた行為が、何か勇気を与えるような気がして、私の意識に浮上しているのです。

戦前に、北海道の根室~函館を拠点に商社をしていた祖先の財のおかげで、祖父は絵描きをしていました。絵が描きたくて家族を率いて大森に移り住んだのです。もともと東京に出て川端画学校に通い画力を養っていた祖父は、多くの絵を大森に置いていたようです。戦争中は、伊東の別荘に疎開し、大森は東京大空襲で丸焼け。絵も丸焼け。
そのようなわけで伊東が生活の拠点となり、昭和33年まで伊東に住んでいました。父が大学を卒業するころに東京に移り、自宅の敷地にアトリエを建てました。

家族の中でよく言われている「祖父は身体が弱かった、」というのは、ある意味では何かの口実なんだろうな。。。とも思っています。
戦時中伊東には、俳優や芸術家が疎開し、その中には歌舞伎役者も居り、
歌舞伎が大好きだった祖父は、特に前進座の中村勘右衛門のパトロンもしつつ、自己主張を貫き通していたようです。伊東の山の家で風景画を描く姿は、上半身裸だったそうで、戦闘機が飛び交う下で、きっと何かに挑む心持ちだったのだと私は解釈しています。
伊東の家の近所には三井の大番頭益田翁の子孫も住んでおり、近所の好(よしみ)で、子供たちに絵を教えたりして、台糖の砂糖を頂いたりして凌いでいたと聞いています。後に、益田さんと関わることとなり、祖父の話をすると、「弟が絵を習っていたよ」と、よくよく覚えてくださっていました。

戦争という現実が、多くのものを失わせ、財閥解体、銀行封鎖となり、すべての人が、ほんとうにマイナスからの出直しになっていた時期に、世間から「国賊」と陰口を叩かれていた祖父は、また淡々と絵を描き進めるのです。

高度成長期時代にスケール大きく働いてきた父とは、対照的な祖父の意思と暮らしぶりは、今、このご時世に生きている私に、肯定的な尊敬を持たせるようになりました。
食べていくためには働かなくてはなりませんが、こういう意思を貫き通しても生活できる人の存在も大事だったのだ、とも思うのです。
私自身にも祖父の血が入っているわけで、自分の選択肢の中に、そんな方向も備わっていると思うと、ちょっぴり面白い、と、つらつら思い巡らしています。

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幸福の条件と幸福感

2017年06月02日 | 第2章 五感と体感


幸福の条件と幸福感 2017年6月2日

「自分の幸福の条件と幸福感を言語化する。」
このお題が勉強会でのテーマになることが時々あります。

私自身も、幾度もこのテーマで、自分の幸福の条件と自分の幸福感を意識に上げることをしてきましたし、未だに、自問自答しています。
何か、事が起きた時、双方を意識化して、自分の感情を意識化したうえで、自分の幸福のための条件を整えていくよう心の整理をつけることが、昔よりは整理しやすくなってきたように思います。

幸福の条件ばかりを追い求めていると、いつしか自分の感情ばかりか、身近な人の感情までも支配しかねません。
特に親子関係であれば、子も親も逃げ場がありません。
幸福の条件ばかりに気を向けることで、段々とほんとうに湧いている感情が、見えなくなることもありそうです。

一方、自分の幸福感ばかりを追い求めると、いつまでも自分の感情ばかりに支配され、他者を見据える力や社会の中で生き抜く術が育ちにくくなることもあるようです。

最終的には、自分の中にある幸福感を大切にしたいものですが、そのためには、幸福の条件というしがらみと対峙しながら自分自身が自問自答するしかないようにも思います。

「常に幸福感ばかり優先する。」
「常に幸福の条件ばかり優先する。」
一方に固執するよりも、自分の幸福の条件と幸福感を心に上げられる柔軟さがあったほうが生きやすくなるかもしれません。
人生の時期によっても、優先順位が違うでしょうが、自分の感情にある幸福感がどんなものであるかを意識化し、幸福の条件に振り回され固執することから解放されると、いかに楽になるかを知っておくことも、知恵の一つのようです。

親が子育てする中、幸福の条件に固執することで、子供自身が幼いころから感情を抑圧していくと、それが思わぬところで身体症状に表れたりします。
子供は、どんなに幼くても親から好かれるために自らバランスを取っているのです。
人を育てることは、自分自身を育ててこそ、成されていくものかもしれません。


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所作に意識を向けて過ごす

2017年06月01日 | 第2章 五感と体感


所作に意識むけて過ごす 2017年6月1日

5月末の三日間、二日間は表装作業ができ、三日目は自宅で友人と話をし、心身の調整ができました。

今日から水無月。
一雨ごとに伸びてくる雑草を眺めつつ、足柄のみかん山の雑草の繁り具合を想像するなどということは、昨年の今は考えも及ばなかったことです。
ここ数年は、せねばならぬシガラミ的役割が仕事と重なっていたことで、かなりタイトな生活をしていたことを改めて自覚しているところです。

最近、執拗なほど手仕事をする他者の手に目が行きます。
着物を着つけるときの人の手や、テレビで見る諸々の職人の手の動き、絵を描く指使い、掛け軸を巻く表具師の手の動き等々。。。

手をかざし大きく振舞っているわけではなく、適度に手を動かし、指先を使い、着々と出来上がっていく様子に、じわじわと感動の思いが湧き上がってくるのです。

はてさて、自分の手はどうなんだろう。
意識したところで、作業に集中しているときに自分の手の動きを俯瞰することは、案外難しいものです。
でも、今の自分の作業を瞬間毎に丁寧にすることを意識すると、今までとは少々違う落ち着きが作業中にも体感できるような?そんな気がしています。
丁寧な作業は、丁寧な所作でもあり、それがなされていると平安な空間に身を置いている自分を感じます。

そろそろ本格的に稽古に入りつつある仕舞の型付けも、この心構えで少しは違うんじゃないかと妄想的期待を込めているのですが、進んでいくしかありません。
ちょいと落ち着いた時期に、所作に気遣う方向に意識を向けていたいものだと、水無月の始まりに思うのでありました。

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