Mr.コンティのRising JAPAN

マスコミの書かない&書きそうもない!スポーツ界の雑学・裏話を、サッカーを中心にコメントを掲載していきます。

6月17日 ケルンにて燃えるガーナ真っ赤なチェコ

2006-06-20 | FIFA World Cup
ようやく着席をしたがカテゴリー1なのに2階席の上の方だ。確かに全体が見やすいが現場観戦の迫力には少し欠ける。しかしNさんは“全体が見易くていい席ですよ。ありがとうございます。”と喜んでくれた。スタジアム内ではやはりチェコのユニフォーム赤色が目立つ。ガーナサポーター達も数こそ少ないが国旗をうちふり、アフリカ独特のリズミカルな調べを奏でて雰囲気を盛り上げる。 やがて両国の選手達が入場口前で整列している所がスクリーンに映し出されスタジアムが一気に盛り上がる。そして選手が入場する。ワールドカップフランス大会から使われているあの音楽に乗って。両国の国歌が演奏される。昨日テレビでみたアルゼンチン対セルビア=モンテネグロ戦では国歌演奏の時に口笛が吹き鳴らされたが、ここはその様な非紳士的な行為は無く、相手国の国歌を respect するべくそれぞれの国歌終了時には拍手が沸く。 
そしていよいよキックオフ。チェコは長身のヤン=コラーが怪我の為にロクベンツがワットプに、いつもは2列目の左サイドに位置するネドベドが真中に。2列目は…とポジションの確認をする間に何とガーナが先制ゴールを挙げてしまった。左からのクロスにアサモア=ギャンが反応しそのままゴールネットを揺らした。ガーナゴール裏に陣取るガーナサポーター達は文字通り踊りあがって大喜び。開始わずか1分12秒だ。これは今大会最速のゴールとスクリーンに紹介される。この展開はチェコサポーターのみならずガーナサポーターも予想だにしなかっただろう。しかし“でもこれで試合は面白くなりますよ”とNさんが言う通り、チェコが追う展開の方が見ごたえがありそうだ。だがその後も主導権を握るのはガーナであった。MF のアッピー、ムンターリの2人がボールを持つとチェコの選手はボールが奪えない。そしてブンデスリーガのマインツに所属するオットー=アッドもボールキープが良い。またワンボランチのチェルシー所属のマイケル=エッシェンも縦の動きが良く攻守に渡り貢献する。29分にはアッピアーが決定機を外すがゴールに迫るのはガーナばかりだ。チェコは34分に、ようやく波状攻撃を見せるがゴールを割れない。この日は2列目に左からプラシール、ネドベド、ロシツキー、ポボルスキの4人を並べ、プラシール、ポドルスキーが攻撃時には両サイドを上りチャンスを伺う。しかしガーナはパス回しも良く37分には自陣ゴール前から見事なパスワークでシュードで持ち込む。その直後、今度はロシツキーがドリブルで持ち込んでシュートを放つが、チェコのチャンスはロシツキー、ネドベドのドリブル以外はチャンスが掴めない。“ガーナDFの戻りが早いのでチェコはパスが出せないんですよ”とNさんがコメントする。その後ガーナはアッピアーが素晴らしいシュートを放つが僅かにポストの外側だ。
こうして前半はガーナの見せ場が多いうちに終わった。 良く考えれば今大会のガーナ代表は4人の選手を除いて全てが欧州でプレーをする。GKアジェイを初め3選手がイスラエルで、MFドラミニがセルビアのレッドスターでプレーをし、他にもドイツ、フランス、イタリア、トルコ、イングランドでプレーする選手ばかりなので、個人能力は高い。そしてセルビア人デュイコビッチ監督が戦術を浸透させたのだろう。一方チェコのブリュックナー監督。目の前で見せるガーナの戦術こそ、かつてチェコが誇ったものと述壊しているのではないか? 後半はトップのロクベンツのボールが入らないのでバロシュを入れて2トップにするのかと思ったが、ボランチのガラセックをポラックに替えただけ。ガーナはオットー=アッドに替わってボアテンが入った。後半開始30秒、ネドベドのヘッドがゴールネットを揺らす。周囲のチェコサポーターが一斉に立ち上がるがオフサイド。しかし、チェコサポーターが湧いたのはこのシーンと56分、初めて見せた見事なパスワークから最後はプラシールが放ったショットをガーナGKアジェイにファインセーブされた時だけ。後半はハーフタイム中にどんな指示を受けたのかガーナの見事な戦術とパスワーク、ポジショニングが目立つ45分だった。65分にはアモアがウィファルジに引き倒されてガーナがPKを得る。しかし、先制ゴールのギャンが蹴ったPKはポストを直撃して追加点はならない。チェコサポーターは大喜びと言うよりも安堵の歓声を上げる。しかし、ガーナがその後も支配を続ける。チェコのロングパスにも先に追い付いたり、高さで優ったりと身体能力の高さを見せる。56分にはポボルスキーに替えてスタイナーを、68分にはシオンコがプラシールに替わって投入されるが、展開は変わらない。バロシュは怪我でもしているのかな?そしてワンタッチでパスを華麗に回す。72分、74分とペナルティーエリア内で3本のパスが通され、チェコも後手、後手にまわる。80分にFWのアモアに替わりPSVアイントホーフェン所属のエリック=アッドが投入され、中盤を厚くした直後の81分、左からのギャンからのセンタリングをステファン=アッピアーがチェコゴールに蹴りこんで、決定的な2点目を。もうゴール裏に陣取るガーナサポーターはお祭り騒ぎだ。ブリュックナー監督もなす術なしと両手を広げるポーズがスクリーンに映し出される。さらに勢いに乗ってガーナ選手がチェコゴールに何度もせまる。チェルシー所属のGKチェホのセーブが無ければ何点獲られていただろう?85分にはこの日の Man of the Match のギャンが大歓声に送られてピッチを後にする。スタンドにはガーナサポーター達のリズムが更に大きく流れてくる。そしてタイムアップ。ガーナは歴史的なワールドカップ初勝利を納め、チェコのアフリカ代表との初対戦は黒星となった。良く考えれば両国の選手自身はみなワールドカップは初登場。ガーナ選手がチェコを圧倒するのも不思議ではなかった。
スタジアムの周囲はガーナ人のフィエスタが続く。“チェコが負ければ帰りのトラムが心配だ”とNさんと言っていたのだが、チェコのサポーター達も非常に紳士的。しゅくしゅくと今日の試合を振り合えっていた人達が多かった。
ここでNさんは友人達と合流しデュッセルドルフに向かいます、と明日の日本戦でも再会と我が代表の健闘を祈り別れを告げた。私はYさんとTさんとで中央駅の近くのイタリアレストランでビールとパスタを突きながら、アメリカ対イタリアをテレビ観戦することにした。 中央駅付近にはレストランはあるが、テレビのあるレストランは少なく、ようやく見つけたこのレストランもテレビは大型ではなかった。おそらく21型ではないかな? 試合は既にイタリアがジラルディーニョのゴールでリードしていた。しかし入店直後、アメリカ、デンプシーのクロスがザッカルドに当りオウンゴールでイタリアは同点にされた。 そのキックオフ直後にアメリカ選手が流血しているのが映し出される。客は何事かと画面を。デ・ロッシが競り合いで肘をマックブリッジの顔にいれたのだ。これでデ・ロッシは1発退場。 するとリッピ監督は早くも35分にトッティを下げてガッツゥーゾを投入する。すると今度はアメリカDFマストレニがピルロへのスライディングが足を派手に払ったと、1発退場。この判定にはアリーナ、アメリカ監督が怒りを隠さない。そして後半開始早々アメリカ選手が足早にピッチを後にするシーンが映し出され、続いて再びアリーナ監督が何やらわめいているシーンが。DFポープが2枚目のイエローをもらい退場となった。ポープはシドニー五輪の準々決勝での日米決戦にも出場した選手だ。 “10対9かぁ。どんな試合になるんやろ?”とYさんが。“これだけスペースがあれば何でも出来るんとちゃいますか?”と答えるとTさんもなるほどと。リッピ監督は54分にはデル・ピエーロをザッカルドに替えて61分にはルカ=トニを下げてイヤンキタを入れる。この試合もインザーギの登場はなかった。52分2月の日本戦で活躍した コンラッドがコンベイに替わって投入される。登録はDFだがその攻撃力は日本戦で証明済だ。62分にはPSVアイントホーフェン所属のビーズリーがデンプシーに替わって入る。まだまだ守りに入る時間じゃないというシグナルだ。1990年イタリア大会でアメリカはイタリアに 1-0 で敗れている。しかし今回は堂々と渡り合っている。特にフィジカルの強さを前面に出し、キックアンドラッシュを使ったと思えば、トップ下のドノバンがネスタ、カンナバーロらと渡り合う。またGKケイシー=カーシーもしっかりとゴールを守る。初戦のチェコ戦を 0-3 と落として後が無いアメリカのこの戦いに感動を覚える。そしてそのままタイムアップ。オフサイドの数がイタリア11に対してアメリカはわずかに1。これでGroup E 全てに未だ決勝トーナメント進出の可能性が残った。明日の日本もこの様に戦って欲しいと願う。我々も他の客同様にレストランを出てそれぞれの帰途についた。明日18日はボンから約4時間半かけてニュルンベルグへの長旅だ。ホテルに戻り電車の時間を調べ床に就いた……

6月17日 クロアチア戦チケット入手 !!

2006-06-20 | FIFA World Cup
6月17日。目覚めは午前5時半。未だ時差が残っている証拠だ。ここ数日の間に入ってきた仕事上のメールを片付けて、6時半頃、早朝ジョギングに出る事に。代表がドイツ入りして連日紹介される地元のスポーツ設備 SPORT PARK までひとっ走りした。欧州はジョギングコース選択に困らない。 SPORTS PARK までは約20分程度。ここは文字通りプール等の設備の完備された、陸上競技の投擲種目のフィールドまで併設されている総合運動公園。 ドイツ代表のメインスポンサーである Deutshce Telecom の本社がボンにあるので最近はドイツ代表もここで練習をするらしい。競技場には陸上用のトラックがある。陸上競技出身者の私はまずここに目が行く。そしてバックスタンドには SAMURAI BLUE の横断幕も。スタンドの上の方にはレストランがあり食事をしながら、フィールド上も見ることが出来る。 そして“日本テレビ関係以外の方達のレストランでの撮影を禁じます”と日本語、英語、ドイツ語で書かれているラベルが数箇所に貼られていた。 午前中に仕事関係のメール等を片付け、 Köln に出かける。昨日出会ったNさんが“午後3時からのイラン対ポルトガルを Köln のパブリックビューイングで見ませんか?”と誘ってくれた。Nさんは17日は デュッセルドルフの知人宅に宿泊する関係で先に Köln 入りをしていた。とはいってもボンから Köln までは普通の電車で30分程度だ。ボン中央駅に行くとスウェーデンサポーターの一群と数名のイングランドサポーター達がいた。20日のスウェーデン対イングランドは Köln で行われる。この組を1位で抜け出さないと決勝トーナメント1回戦で地元ドイツとあたる可能性が高いので、その辺の駆け引きもある。イングランドのサポーターに“監督からスウェーデンにお願いしておけば良いと思う、 mother tough で”といったら受けた。イングランドは親善試合を含めて未だスウェーデンに勝った事が無い。前大会、両者はさいたまスタジアムで対戦したが 1-1 の引分であった。  Köln はさすがにボンと異なり大都市だ。中央駅を出るとガーナ国旗とチェコ国旗を打ち振る人々が沢山いる。チェコのサポーター達が圧倒的に多く、あるオープンカフェはチェコのユニフォームである赤一色であった。共産時代は限られた人しか西欧に出られず、それらの人々も共産党のお偉方が中心だった。ガーナの人も少なくない。訊けばドイツか近隣の欧州諸国に在住していて母国代表の応援に来ているとの事。やがて携帯が鳴り、Nさんと会う。Nさんに連れがいた。1人日本からやって来られた女性のTさんとそのTさんのお連れの大阪から来られた2人組SさんとYさんだ。訊けばお互い当地で知り合われた方達同士との事。今日、 Köln で行われるチェコ対ガーナの試合のチケットが無いのはこの後すぐフランクフルトに向うSさん以外はTさんのみ。しかも彼女も、あの旅行会社事件に巻き込まれた方であった。我々は何とか彼女がチケットを手に出来るようにご協力しましょうと団結した。 3時に中央駅のすぐそばにある Köln DOM のすぐ裏手にパブリックビューイングに入りポルトガル対イラン戦を観戦する事に。  Köln はイラン人が多く、彼ら独特の太い大きな歓声がと期待をしていたのだが、どうもイラン国旗が目につかない。この日は土曜日、飲食関係を経営するイラン人が多いのでまだ仕事中なのかもしれない。ここしばらくの核開発問題があって、あまり目立ちたくないのかな? Köln のパブリックビューイングは広いが客席が少ない。ボンとは正反対だ。したがって多くの人が、地面に座って観戦するが、人が増えるに連れて立ち見の人が増えてきてとても座っていられない。結局立って見る事にした。このあたりが日本との公共性の違いか? 
試合は予想通りポルトガルが押す展開。フィーゴをパウレタ、ヴァレンテ、コスティニャの“黄金世代”の生き残りにEUR0 2000 でブレークしたヌーニョ=ゴメス(ただしあまり出番は無いが)そしてバルセロナのデコ。フェレイラ、マニシェのチェルシー組。名前だけでイランを威圧できるか?一方のイランはアリ=ダエイがスタメンを外れて1トップにメキシコ戦を怪我で休んだハシュミアンが入り、その後ろをバイエルンのカリミが。2列目は左がピルズィのマダンチ右にはHSVのマハダビキアが配された。9分にはパウレタが持ち込み、12分にはデコが強烈なショットを放つがGKミルザプールがストップ、14分にはマハダビキアがロブを上げてポルトガルDFの裏に落とすがマダンチはコントロールできず。イランはカリミの様にボールキープが出来る選手もいるが、ここは8年前のフランス大会も経験しているマハダビキアのドリブル突破しか攻撃の糸口がつかめない。いつもはもう少し後方に位置し、守備でも貢献するのだが、ポルトガル相手に勝点を稼がねばならないのでは前方配置も仕方ないだろう。28分にマンシェがCKから決定的なヘッドを外すと今度は30分、マハダビキアのスルーで抜け出した左のボランチのティムリアンがフリーになり放ったシュートはポストを直撃する。しかしこれはその前にオフサイドフラッグが上がった。しかしここからポルトガル攻撃陣のエンジンがトップに入る。33分にはマンチェスターUのクリスチャン=ロナウドのシュートがGKを破るがイランDFカエビがクリア。続いて放ったミドルはサイドネットを直撃する。これまでのボール支配率はポルトガル69、イラン31と圧倒的にポルトガルが支配。イランはマハダビキアのドリブルが冴えているうちに得点を何とか挙げたいがこの日はザンディがスタメンに入っておらず、攻守に渡ってマハダビキアに大きく負担がかかる。35分にはハイクロスをクリアーしようとしたカエビの足がフィーゴの顔に入り、フィーゴは一時ピッチを離れる。結局数分間の離脱後フィーゴはピッチに戻るがその直後の40分には始めてカリミからハシュミアンにいいボールが入りチャンスを迎えたがゴールには至らなかった。そして前半が終了する。後半のイランの健闘を祈りながら私達一行はTさんのチケットの事もあるので試合のある Weltmeister Stadion に向かう事にした。フランクフルトに向かうSさんとはニュルンベルグでの再会を誓う。中央駅からUバーンに乗り継ぎ、 Neumarkt でSバーンに乗り換える。地元クラブチーム、元日本代表の奥寺康彦が所属した 1FC Köln の試合がある時と異なり、2本の線路を使ってトラムを発着させている。これもワールドカップのためだろう。トラムの中ではチェコのサポーターが多い中3人ほどのガーナサポーターが乗り込んできた。チェコ人たちは殆どチェコから、このガーナ人達はケルン周辺に在住しているらしい。ガーナといえばアテネ五輪では大久保のゴールで日本が 1-0 で勝った相手だ。今大会のガーナも五輪選手達が多くいるがその礎は2001年のU-20準優勝メンバーだ。アテネ五輪の日本戦はここのガーナ人も覚えており、我々日本人一団からそのネタに気勢があがると、周りのチェコ人も同調する。その中の英語を話す若い男性と車中歓談する事に。昔、東欧ビジネスをするにはドイツ語も学べと言われた。それだけチェコではドイツ語はよく使われる言葉だった。しかし、時代は替わり今は英語が第一外国語で、彼は英国で働きながら英語を勉強したらしい。チェコではまだいい先生がいないとの事。1992年のビロード革命後、チェコ代表としてワールドカップに出場するのは初めてだ。16年前、スクフラビー、ステイスカルを擁してベスト8に進出した話をしたら“何故スクフラビーを知っているんだい?ジャーナリストか?”と驚いて尋ねられた。スクフラビーは長身を生かしたプレーが特徴で、イタリアのジェノアに在籍し、その時にKAZUもジェノアにいたのでスクフラビーを知る日本人は少なくないと説明した。 KAZUはまだ現役でプレーを続けているがスクフラビーはその後身を崩して何をしているかわからないとの事だった。トラムが終点である球技場のひとつ前の駅につくと乗客はみなおり始めたので我々もそれに続く。ここでもチェコのサポーターが多い。競技場に向う人が多くなかなか前に進まない。” NEED A TICKET” “ We need Tickets “ と書いた紙を掲げる人がちらほら。すると2人組が私に話しかけてきた。明日18日の日本対クロアチア戦のチケットを400ユーロでペアで買ってくれないかとのオファーだ。私は1人だかというとあっさり150ユーロでと提示してきた。カテゴリー1なので定価は100ユーロだ。この際即決で買うことにした。恐らく入場は可能であろう。最も入手したかった試合のチケットがしかもこの価格で入手出来た幸運に感謝した。Nさんと知り合いになってNさんが知り合ったTさん達とケルンで待ち合わせて一緒に競技場に来なかったらこういう幸運は訪れなかったかもしれない。さて今度はTさんの番だ。すると我々に声を掛けていた三人組みがいた。4枚あるカテゴリー1のチケットを売るとの事。ただし、4枚セットじゃなければ売らないとの事。そこでさっきすれ違った2人組みの日本人と1人の日本人を連れてきて4人を集めた。しかし価格が1枚350ユーロで相手は強気に譲らない。これには4人とも諦めて他をあたることに。なかなか1枚だけというのは売る側も買う側も需要、供給が少ない。それでも入り口に近づくとチケットを売りに来る人が増えてくる。そして3人組の英国人グループが“友人が1人来れなくなったのでカテゴリー1を200ユーロで買ってくれと”寄って来た。これまでの提示額が350~300ユーロだったのでTさんは即決で購入する事に。チケットのダフ屋行為を生業にしている人じゃなかったので別に額面で売ってくれても良さそうなのだがまぁここは需要過多な上にTさんも購入意思が決定していたので何もいわなかった。その代わりに試合中は彼女をしっかりとアテンドしてくれ。 That is yours tusk!! というと、非常に受けた。 これで皆揃って試合観戦が可能になった。まずはめでたしだ。 競技場に入る前にまずボディチェックと携帯品チェックがある。ペットボトルの清涼飲料やミネラルウォーターでさえ、競技場内には持ち込めない。 これにまず時間がかかる。 それを抜けて3~4分程歩いて入場ゲートにたどり着く。途中では土産物のテントや色々なイベントが催されている。4年前の日韓大会で私が訪れたところでは今大会の様に競技場敷地内ではこういうイベントは少なかった。入場ゲートでは最後の関門、NさんもTさんもIDカードチェック無しに入場を出来た。これでようやく万事めでたしとなった。