Mr.コンティのRising JAPAN

マスコミの書かない&書きそうもない!スポーツ界の雑学・裏話を、サッカーを中心にコメントを掲載していきます。

五輪最終予選….シリアの選手達は。

2012-03-25 | 五輪 U-20, U-17
For Syrians, Olympic bid has troubles backdrop

3月14日。 日本はバーレーンを破り5大会連続の五輪出場を決めた日。シリアはマレーシアを 3-0 で降し2位の座を確保し25日からハノイで開催される Play Off 進出を決めた。 この試合も日本が敗れた試合同様隣国ヨルダンの King Abdullah International Stadium で行われた。 前節マナマで行われたバーレーンとのアウェー戦では終了直前 Mohamed Alalawi のゴールで 1-2で敗れそのおかげで日本が単独首位に立ちロンドンに行きに大きく一方前進した。



最終節の“ホーム”でのマレーシア戦には日本戦で決勝ゴールを決めてバーレーン戦を累積警告で出場停止だったCB  Ahmad Al Salih そして怪我の為かバーレーン戦ではベンチ入りしなかったFW Mardek Mardkian らが出場をするもエース Omar Al Suma がベンチスタートだった。 しかし Al Suma は後半から出場し80分にはゴールを決めている。



この五輪予選、日本はバーレーンに苦しめられた。もし彼らがホームゲームをシリア国内で戦えていたら、日本はロンドン五輪に行けただろうか… Haitham Jattal シリア U-23 監督は
“ 勿論自分の国で自国民の前で戦う方が国外で試合をするよりずっと良い。 しかし我々はそれを克服して来た。その先の御褒美としてロンドン五輪がある。選手達は解っている。自国では多くの国民が試合を見ている。そして国民は我々の勝利を願っている。”  と語った。 シリアは“ホームゲームは”日本戦を含めて3連勝だった。 

この最終予選6試合のGKは初戦のマレーシア戦は Mahmoud Yousef で以降は Ibrahim Alma であったが、本当の正GKはAbdul Baset Saroot だったらしい。 彼は歌うGK として知られており革命的なそして反政府的な歌を歌いそれが YOU TUBE にアップされ、それ以降政府側の弾圧を恐れて姿をくらませているらしい。
国連の発表によるとシリアでは内戦勃発後政府軍によって 8,000 人以上の犠牲者が出ているらしい。
試合後の記者会見等で海外のメディアからはそれに就いて選手達も訊ねられる。
Jattal 監督や Ahnad Al Salih 主将達はマレーシア戦の前にもこの内戦に就いて訊ねられたらしいがノーコメントを貫いている。
チームのスポークスマンは “ 我々はその事に就いては答えられない。 ノーコメントだ。私はチームの事に就いてメディアに対応している。だからその事に就いては答えられない。” と語っていた。

U-23チームにはシリアの人気チーム Al Karama や Al Wathba 所属の選手が多いが両チームとも内戦で大変な被害を受けている Homes と言う街をホームにしている。 GK Saroot は今や“内戦のシンボル”となっている。 
その Saroot のメッセージが3週間前に YOU TUBE にアップされたらしいがチームメイトは今彼がどこで何をしているかは解らない。 MF Thaer Krouma は “ 彼は戻ってくると思っている。 彼は素晴らしいGKだ。そしてその前に我々の友人だ。” こう語っている。



http://www.youtube.com/watch?v=3KT9PZszLDg


Jattal 監督はグループ2位に入りプレーオフに回った事を肯定的に考えている。 
“幸福だ。 しかしもしプレーオフ無しでロンドン行きが決まっていたらもっと幸福だった。”
King Abdullah International Stadium では試合後 Asaad 大統領を支持するチャントが歌われた。 国立競技場でも反政府と政府側のシリア人同士で争いが有ったみたいだった。 

海外の報道では連日シリア情勢が伝えられる。 3月20日の報道では前日に30名近くの犠牲者が出たらしい。
反政府側の戦闘は“原始的なゲリラ戦”に移行してきており、反政府側は政府側と通じている人間を探し出す為に拷問も横行しているらしい。犠牲者の数にはそういう人も含まれているのだろうか…..
また“資金不足”の反政府側にはシリアのビジネスマンからの支援も少なくないとか…



Asma al-Assad praises Syria's mothers in TV appearance

3月21日水曜日、シリアの国営放送は Asma al-Assad のスピーチを放映した。
Asma al-Assad は Assad 大統領夫人。所謂ファーストレディだ。 彼女は今の状況を “ difficult conditions “ と表現し、惨状を“ victims of terrorism “ と表している。 
この日は Mother’s Day でそのイベントの一部としてのテレビ出演だったらしい。
彼女は大統領の事には何も触れなかったが、反政府勢力の恩赦に就いてはある事をほのめかした。
“母親は子供達を愛する。そして子供たちを分け隔てしない。 そして子供達が失敗をしても母親は子供を許す。”
と話した。 
そして "May god protect Syria and all its people. ( シリアに神の御加護を。) "とのコメントも残した。

反勢力側では彼女のテレビ出演に就いて“政府側は彼女に強く、情熱的にそして感情的に振舞って欲しかった。 それは古典的な宣伝工作だ。” と述べているらしい。



それにしてもさすがファーストレディ。美人だなぁ…..

25日 Play off の初戦、シリア対オマーン戦はどうなったのだろう….

今年から始まる AFC U-22 に向けて… アジア新時代..に入るかな??

2012-03-23 | 五輪 U-20, U-17
夢潰えた UAE 戦…   UAE 1-0 Australia 20th February 2012

日本がマレーシアを 4-0 で撃破した数時間後、 AFC の Web Site にアクセスした。

UAE 1-0 Australia

Al Ain 所属の MF Omar Abdulrahman が前半立ち上がりに決めた先制ゴールが決勝点となり UAE がオーストラリラを 1-0 で降した。 そしてウズベキスタンがイラクに 1-2 で敗れた為に1試合を残して2位ウズベキスタンに3勝点差を付けてUAEが単独首位となり次節アウェーで行われるウズベキスタン戦で引分ければロンドン五輪出場が決まる。
その一方オーストラリア次節3月14日に行われるイラク戦で今予選の初勝利を目指すこととなった。



Olyroos miss London Games with 1-0 loss

アブダビで行われた UAE 戦で猛攻を仕掛けたにも関わらず 1-0 で敗れたオーストラリアは1984年以来五輪に男子サッカーチームが出場出来ない事となった。

この試合では勝利が必要だった、最低でも2位に入りプレーオフへの出場権を得る為にも。
またもやオーストラリアは牙を抜かれた様な攻撃でゴールを挙げられず5試合連続無得点試合となってしまった。

この敗戦でオーストラリアはグループ最下位となり3月14日に Gosford で行われるイラクとの最終戦を残して2位ウズベキスタンと5勝点差をつけられてしまった。

次戦での勝利は最下位から脱出しウズベキスタンを 2-1 で破ったイラクを上回る3位に上がる事が出来る。
Olyroos は最終的に決勝点となる先制点を奪われる前には何度かチャンスを掴んでいた。
Dugandzic のシュートはクロスバーに阻まれ、 Aaron Mooy と Oliver Bozanic のシュートはGKのセーブに阻まれた。
この試合唯一のゴールは前半の中盤にショートコーナーからOmar Abdulrahman のネアーサイドを狙ったショットがGK Matthew Ryan を破りオーストラリアゴールに突き刺さったもの。
この得点の前には Ryan は2つのFKを連続してファインセーブで防いでいた。

ホームの UAE は最後の15分は守備を固め時折カウンター攻撃に転じる方策に出た。
オーストラリアは素晴らしいボール占有率を見せたがセットプレーからでもそしてオープン攻撃からでもゴール前の詰めに甘く決定機は創れなかった。 終了10分前にはMooy のシュートが高くそして横に外れ Olyroo の得点力不足はまたも続けられた。

UAE は前節イラク戦に続いて連勝を飾り一気に五輪に近づいた。この要因は2月8日に発表されたイラクへの制裁。 11月27日にホームでイラク相手に0-2 で敗れた試合がイラクが累積警告で出場出来ない選手を起用した為に UAE が 3-0 で勝利とされた。 これで一気に勝点が加算されそれまでウズベキスタンとイラクが首位争いをしていたところに UAE が割って入った。そして更に連勝を重ねロンドン五輪を一気に手繰り寄せた。

両チームともに3人ずつ選手を替えて迎えた試合、Olyroos は話題のFW Kerem Bulut はこの試合も
ベンチスタートだった。そして23分 Omar Abdulrahman が先制ゴールを挙げた。
その後はオーストラリアが主導権を握り何度も UAE ゴールに迫るがゴールネットが遠い、66分に Kantarovski に替って Kerem Bulut, 74分には Peter Dimitrios そして88分には Mohammad Mustafa と言ったFW選手が次々と投入されたが得点を決められず5試合連続で無得点に終わり、この敗戦によりグル-プ3位以下が決まり史上初めてオーストラリア男子サッカーが“五輪予選落ち”となった。




FFA defend Olyroos coach

オーストラリア協会は今般の五輪予選の結果に就いて調査をするが技術ディレクターの Han Berger はすぐにAurelio Vidmar Olyroos 監督を擁護した。

この結果を受けて“ very very disappointing “ とコメントしながらも、UAEに敗れて男子サッカーが五輪に再エントリーをして以来28年振りに地区予選を突破出来ず、5試合連続で無得点でありながらも ,Olyroos は常によくやっていると主張している。

“得点出来なければ多くは期待できないと言う事は明らかである。 私の記憶ではここ暫く5試合連続無得点という結果は記憶にない。 しかし我々はウズベキスタン戦ではパーフェクトな2ゴールを取り消されUAE 戦では二つの試合のベストチャンスを決められなかった。” この様に語った。

そしてこの五輪最終予選は欧州選手を召集出来ず、選手召集を巡ってA-League クラブ首脳陣との対立もあった。

“選ばれた選手達の中でリスペクトしなかった選手は1人もいない。彼らは全力を尽くしてくれた。しかしもし欧州ベースの FW Oar, Leckie そしてMcGrath を考えると彼らは攻撃シーンにおいてまさに欠如していた選手達だった。
私は常に世界ランクが我々の期待通りに行くとは理解している訳ではない。人々は常の Joeys ( U-17 ) そして Young Socceroos ( U-20 ) を成功しているとは言わないが世界ランクで言えば U-17 は 15位で U-20 は19位である。

Neill: Olyroos need to wake up

“率直に言ってしまえばこの五輪予選の結果に就いては大変失望している。何人かの Olyroos のメンバーはこの結果に責任をすこし感じるべきだろう。 Football に関わるものとして我々全てが積んんを感じなければならないが選手としては…. 代表のユニフォームに袖を通すと言う事はそういう機会があると言う事だ。
そう云う機会はたった1度かもしれないし Mark Schwarzer の様に90回以上もあるかも知れない。
選手達は幾つもの人物像を背負う事となる。ある時は自分を犠牲にせねばならないそして Socceroos の為にオーストラリアの為にそしてチームの為に喜んで全ての事をせねばならない。
私は我々は今敗北からスタートしていると思う。 選手達が自国の為に何を行うかを理解する事は自分のキャリアーの中で最も重要なことである。 それを重きに置く事だ。 人として代表選手としての機会を理解せねばならないと言う事は自分の誇りと栄光を踏襲する事に等しい。“

また Neil は全ての五輪チームの選手達がユニフォームに対して尊厳の念を抱いていないとは信じていなかったが何人かの選手達は自分自身に厳しい問いかけが必要であると強く思っている。

“もしオーストラリアチームが5試合も得点を挙げられないのなら攻撃の選手は恥じてそして攻撃的なチームになりたいと望むべきだ。そこには多くの期待外れの選手がいただろう。 五輪にはオーバーエイジの選手が3人起用される。出来れば私はそこに入りたかった。五輪でプレーするなってそうそう機会はないものだ。
それを望んだ選手達は五輪が開催される7月にはその機会を失った事を後悔するだろう。そして私も傷つくだろう。

オーストラリア協会はこの予選の総括を考えている。 予選の間クラブと代表間の問題がまた浮き彫りにされる中 Neill はその反省は良い事だと捉えねばならないと語った。

“我々が分析した事は肯定的と捉えることで、今や我々が分析した事は自己満足に遭った事で我々の犯したミステークを改善しなければならない。 我々はそれらを前向きに捉え、世界は常に進化しており我々はそれに充分達したレベルにあるとは考えられないと言う事を肝に銘じなければならない。 
オーストラリアは常にハードルを挙げ進歩する必要がある。私はそれをしていないとは言わないが我々は過去の栄光に甘んじられないと言う事を考えるべきだ。“

ワールドカップ予選のサウジアラビア戦の前に Neil は元代表選手の Mark Robertson と共に彼は Mr. Soccerとしてジュニア達の為のサッカークリニックイベントに参加した。



さすがベテラン。云う事ははっきりしている。しかし“自身も五輪に over age 選手として出られる機会を失い….とは公共の場で言わなくてもなぁ… Socceroos でも彼の後継者はまだ見つかっていないと思う…

日本の専門家諸氏の間ではあまり知られていないがユース、ジュニアユースレベルではオーストラリアは結構実績を残していた。バルセロナ五輪でも準決勝まで進出している。
あのワールドカップドイツ大会で日本を破る前にそう言った実績はあった。ワールドカップ予選でも大陸間予選を戦わねばならず Scotland, Argentina そして Uruguay と死闘を繰り広げていたのだった。


Vidmar: we’re playing to win

Qantas Australian U23s のAurelio Vidmar 監督は五輪予選の最終戦となるイラク戦には選手を大幅に入れ替えて臨む事を明らかにしたが新たに選出された選手達には前線でのプレーを意識して欲しい必要があると語った。

3月12日に Gosfors の Bluetongue Stadium で行われる試合は共に五輪出場の可能性の無い
チーム同士の試合となる。そしてその一方で Vidmar 監督は準備期間の短さからこのチームは
“非常に素晴らしい”か“ミスマッチ”の両極端に終わるかもしれない。
最終戦は何人かの新しい選手達にとってまだアピールの場となるだろう。

“我々には準備期間が全くなくて少し難しい最終戦になるだろう。おそらく即席のチームとなるだろうが選手達は本能的に自然にプレーするだろう。 
我々は彼らに期待する事を行うだろう。しかしこう言う試合ではよく起こり得る失敗もするだろう。しかし選ばれた選手達は国を代表して全力を尽くすだろう。例え誰もが最終戦を消化試合と言うだろうが私はそうは思わない。我々が勝利を収めたい国際試合である。“

これまで5試合に就いては以下の通りに述べた。

“ Adelaide で行われた最終予選の最初の試合は攻撃機会が少なかった。しかし続くカタールでのイラク戦そしてそれ以降の試合は攻撃の機会が少なかったとは言えないがゴール前でのフィニッシュの質に欠けていた。 イラク戦ではハーフタイム迄に多くのチャンスを創れたがただボールをゴールネットに入れる技術が欠けていた。それがこの予選のアキレス腱となった。
このチームは新しいグループで選手達がもっとも能力を発揮できるポジションに選手を投入する。少しの練習をしただけでそれ以上の練習は出来なかった。 こんな状態でゲームに臨むのは好きではないが我々はやらねばならない。そしてこのチームには前線にゴールを決められる選手を揃えた。そして我々はモノに出来なかったチャンスを決める事が必要だ。

イラク戦へのチームには Central Coast Marinerrs の MF Mustafa Amini がMelbourne Victory の James Jeggo に替って召集されそしてBen Kantarovski がキャプテンマークを腕に巻く事となる。今回のイラク戦へのメンバーは下記の通りだった。

Gold Coast United ; Zac ANDERSON , Chris HAROLD

Central Coast Mariners ; Mustafa AMINI, Sam GALLAGHER , Bernie IBINI , Tom ROGIC

Adelaide United ; Mark BIRIGHITTI ( GK )

Brisbane Roar ; Kofi DANNING , Nicholas FITZGERALD

Melbourne Heart ; Craig GOODWIN, Brendan HAMILL

Sydney FC ; Rhyan GRANT , Mitchell MALLIA, Dimitrios PETRATOS

Newcastle Jets ; Ben KANTAROVSKI, Jacob PEPPER

Perth Glory : Joshua RISDON

Melbourne Victory ; Lawrence THOMAS ( GK )


Vidmar: qualifier no dead rubber

“ 我々は五輪予選はただ選ばれた選手を闘わせるだけの試合では無く、我々にとっては勝に行く試合である事を理解している。 それは単純ではない。我々はまだ真剣に試合に勝とうと考えている。“ Vidmar 監督は語った。 
AFC U-22 大会が6月から開幕する。 この世代の選手達はあまり国際レベルでの試合を経験出来ていない。もし彼らが国際レベルの将来を見せたいのであればその機会さえあれば見せる事が出来る。 それは自国を代表してプレーする時に非常に重要である。

“私の中ではそれは決して消化試合では無い、勝ちたい試合である。 例えこの予選を戦った選手達にとってこの1年が少し苦いものではあったが我々は A-League のクラブにこの週末にプレーする選手達を拘束する為に妥協してもらう必要があった。”

“もし我々が最強のチームを組む事が出来れば恐らく攻撃面ではもっと良いオプションがあっただろう。 Leckie, Oar, McGarath, Holland 彼らは海外に12カ月から24カ月いる。しかし彼らはもう少し高いレベルでプレーを続けている。 しかし我々は最初から A-League の選手達を頼りにせねばならない事は解っていた。

私は大変正直だ。選手達は全身全霊を以ってプレーをした。我々は結果を得る為に全てを尽くした。選手達はコーチを楽しませたそして我々は様々な試合で結果を得る為の事は行った。しかしそれらは過ぎた話だ。 もしボールをゴールにさえ入れられれば。 我々は勝つ為に多くのチャンスを創った。しかしそれらは少しの差であった。

イラク戦に向けて選出された選手の多くはニューフェースだった。そして Vidmar は語った。これはそう言った選手達にとってアピールの機会を伺っていた選手達に為のものだ。

多くの選手達のパファーマンスは非常に良かった。 Tommy Rogic は今月は非常に良くやっている。今シーズンはなかなか機会が与えられずまさにシーズン終盤になって見出された選手だ。 Mariners でも非常に良くやっている。 ここ数年フル代表でも召集されたBen Kantarovski はシーズンを通しての活躍を見せた。 Jacob Pepper も良くやっている選手の一人だ。そして Craig Goodwin ( Melbourne Heart ), Rhyan Grant ( Sydney )もそうだ。
“ Mark Biringhitti は長い間 Adelaide United そして代表でポジションを待っていた選手だ。
そしてこれは何と良いGKだと思わせる良い機会だ。良い選手達が集まった。 しかしこれは本当のテストの場だ。 なぜなら準備期間の短く僅かな時間でしか選手達が集まる時間がなかった。
そしてイラクと言う好敵手が相手だ。良いテストになるだろう。短期間でこう言う大きな試合に臨むと言う柔軟性を見るのも良い事だろう。 それはフットボール選手のプロフェッショナリズムの一部である。



Iraq hold Under 23s to scoreless draw

“注目の最終戦”もスコアレスドローに終わった。
両チームは中盤から素晴らしい構築を見せたがラストパスの精度に欠け、シュートに持ち込めなかった。とりわけ GK, Mark Birighitti とJalal Hassan Hachim の2人はあまりゲームに関わる機会が無かった。

最初のチャンスはイラクに訪れた。 オーストラリアの DFのクリアーミスに乗じてチャンスを掴んだがゴールには至らず、その直後 MF Mustafa Amini からスルーパスを Chris Harold に送るがすこし強すぎた。

Brendan Hamill とZac Anderson の2人は常にイラクを守勢に回らせた。そしてイラクはやや遠いレンジからのシュートを強いられたが17分の Ahmed Yaseen のショットは Birightti は見送るだけであったが大きくバーを越えた。
36分には Kantarovski からパスを受けた Chris Harold が倒されてFKを得たが Dimitrios Petratos のFKは イラク GK Hassan Hachim を脅かす事は出来なかった。

前半終了直前には Ammar Abdulhussein Ahmed が強烈なショットを放つが GK Birighitti が
ファインセーブでストップ。

後半に入っても試合展開は前半と変わらず交替出場のTomas Rogic とHarold らが可能性の低い位置からシュートを撃つが 攻撃を構築しようとするが Hassan Hachim にファインセーブを導き出す事は出来なかった。 
そして67分には Abdulhussein Ahmed が低い弾道のショットを撃つが僅かにポストを外れた。

この日競技場に集まった 2,071人の観衆は不運にも得点シーンは見る事が出来ずロスタイム4分を終えて日本の西村主審が試合終了のホイッスルを鳴らした…..



五輪最終予選が始まる前、日本は中国がその前のラウンドで落ちた為にシード国に繰り上がり、オーストラリア、韓国と別の組みに入った幸運を喜んだ。
しかし欧州組が召集出来なかったオーストラリア相手では….もし中国が勝残っていたとしても韓国と同組でさえなければ首位で五輪出場を決められただろうなぁ….
“A-League 選抜”チームをこの目で見てみたい気もした。 だけどグループ最下位に終わるとは本当に意外だった。
Mark Milligan , Kristian Sarkies, Mark Bridgs, Billy Celeski Ruben Zadkovich, Nikolai Topor-Stanley Zadkovich, Adrian Leijer, Celek。4 年前の Olyroos だ。彼らと比較すると今回は….と思ってしまう。

オーストラリアの友人から text が来た。 

Couldn’t get overseas strikers because non FIFA natch days….

きっとこれが全てだったのかもしれない…


だけど AFC U-22 は私も楽しみで仕方がない。





Olyroos 史上初の五輪地区予選落ち…..

2012-03-18 | 五輪 U-20, U-17
日本列島が5大会連続の男子サッカー五輪出場を決めた3月14日。 オーストラリア Gosford の Central Coast Stadium で行われたアジア地区最終予選B組の最終節、オーストラリア対イラク戦はスコアレスドローに終わりオーストラリア五輪チームこと Olyroos は最終予選を4分2敗。無得点で全日程を終了した。オーストラリアの男子サッカーが地区予選を突破出来なかったのは史上初めて。

“この日はGK, 4人のDF人そして中盤の真ん中の選手達らの力強いパフォーマンスが見られた。この厳しい環境の中で Chris Harold はよくやってくれた。決して楽な試合では無かった。 この最終戦に向けては一緒に練習する時間が限られた中で我々は高貴な仕事をこなしたと思う。”

全日程を終えた Olyroos のAurel Vidmar 監督はこの様に語った…..
他にUAEとウズベキスタンが入ったB 組は同日タシュケントで行われたウズベキスタン対UAE戦でアウェーの UAE が終了直前に Haboush=Salbookh の決勝ゴールで勝利を収め同組1位となり1990年ワールドカップイタリア大会以来の“メジャー大会”出場を決めた。2位になったウズベキスタンは3月25日からベトナムのハノイで開催される“アジア地区プレーオフ出場決定戦”に回る事となった。

2006年ワールドカップドイツ大会で Socceroos がベスト16に進出しオーストラリア大陸でも football と言えば “ Soccer “ と認知され始めて来たがこの五輪予選敗退、そして近年見られる A-League のチーム消滅が今後のこの大陸での football の立ち位置に影響しないか….と勝手に1人で懸念している。

今回の五輪予選は FIFA  International Match Day に試合日程が組まれておらず欧州組みを召集出来なかった事が敗退の最大の原因とされている。それにシーズン中の A-League から各チームからの召集選手が3人迄と決められていた事も苦戦の原因となった….

彼らはどの様に闘って来たのだろう…..

遠のくロンドンの灯 Uzbekistan 2-0 Australia 5th February

日本U-22 がシリア U-22 に痛恨の敗戦を喫した数時間前、Olyroosことオーストラリア U-22 は極寒の Tashkent でウズベキスタン U-22 に敗れいよいよ1988年ソウル五輪から続いて来たオリンピックの連続出場が厳しくなってきた。

Olyroos' London shot all but on ice

2月5日日曜日の夜にタシュケントで Olyroos がウズベキスタン U-22 に敗れた事によりオーストラリアは28年振りに五輪にサッカーチームを送る事が出来ないと言う危機が持ち上がって来た。メルボルン五輪(この時は1回戦で日本を 2-0 で破っている。)以降ロス五輪までの24年間7大会に亘り五輪予選にすらチームを送らなかったオーストラリアは1988年ソウル五輪以降, 毎回地区予選を突破しサッカー競技にチームを送っていた。しかし今回は既に女子代表チーム Matildas はアジア地区予選で敗退している。

ウズベキスタン戦の敗戦によりウズベキスタンは勝点を8まで伸ばしグループの首位に立ち、オーストラリアは勝点3のままグループの最下位に沈み予選突破にはとてつもない危機に瀕する事となった。
先制ゴールを決めたのは27分、ウズベキスタン FW Kenja Turaev のロングシュート。更に終了5分前に MF Oleg Zoteev が強烈なボレーをオーストラリアゴールに叩きこみ試合を決めた。
この試合のキックオフはタシュケントを襲った寒波の為に気温が急激に下がった為に午後8時の予定時刻から午後3時に変更された。それでも気温は既にマイナス12度にまで下がっていた。
雪で覆われたピッチは凍結しパスやボールタッチを難しくした。そしてそれは決して自由なボールの流れやテクニカルなゲームでは無くなっていた。
Olyroos の立ち上がりは悪くなく Mate Dugandzic, Oliver Bozanic のシュートがウズベキスタンゴールを襲った。 
しかしウズベキスタンは27分に Oybek Kilichev からボールを受けた Kenja Turaev のロングシュートが Olyroos ゴールを襲うも GK Mat Ryan は止める事が出来なかった。
その直後 Jason Hoffman のシュートがウズベキスタンゴールネットを揺すったがこれはオフサイドポジションからのショットであった。
後半に入り両チームともチャンスは創ったがビルドアップやラストパスはピッチコンディションの影響で容易なものでは無くなっていた。
60分には Mitch Nichols のシュートがウズベキスタンゴールに決まり同点ゴール…と思われたがシュートの前のプレーが反則に取られ、またもゴールは取り消された。
86分に Oleg Zoteev のPA外から放たれたボレーシュートがクロスバーの内側に当たってオーストラリアゴールに突き刺さり試合を決めてしまった。
この時間の後に行われた試合で UAE がアウェー(と言っても第三国のカタールで行われた)でイラクを 1-0 で破った事で少しロンドン五輪に向けて希望が出て来た。




3試合連続無得点無失点の Olyroos はスタメンを3人替えてタシュケントでのウズベキスタン戦に臨んだ。
FWには Visconte Rocco Joseph が初めて起用されたが注目の FW Kerem Burutはベンチスタートだった。 
1点ビハインドの76分に Visconte Rocco に替って Burut が投入されたが同点ゴールは生まれずにその約10分後に Zoteev にボレーシュートを決められてしまった。



これで首位を行くウズベキスタンとは勝点差5となり、Olyroos は残り2試合を勝ってもウズベキスタンが残り2試合で1勝を挙げれば勝点で追い付けなくなってしまい、3月25日から29日までベトナムのハノイで開催される各組2位の3カ国で行われるプレーオフに回らねばならなくなる。(ただし2位で日程を終えられれば。)
現状、1位通過出来る可能性は限りなくゼロに近く。最低でも2位に入り込む事を考えねばならない。
しかし3月25日は A-League の最終週に入りその後には Final Series に入る。 所属チームの中心選手となっている五輪代表チーム Olyroos 達を所属クラブが離してくれるだろうか….
オーストラリア協会FFA は再び欧州組Aaron Mooy (St Mirren), Tommy Oar (FC Utrecht) and Mathew Leckie (Borussia Moenchengladbach) らを次の UAE 戦に召集する為に各所属先チームに打診をする事としたが試合はまたも FIFA Match day に行われるのでは無いので召集出来る保証はどこにも無かった。



そして更にオーストラリアに追い打ちを掛ける様なニュースが飛び込んで来た。

Iraq sanctioned for ineligible player イラク資格の無い選手を起用した為に制裁

2月8日。FIFA は11月27日ドバイの International Stadium で行われた試合を 3-0 で UAE の勝利とし UAE に勝点3を加えると発表した。この試合ではイラクが 2-0 でUAEを破っていたが、本来この試合は出場停止で起用出来ないはずのDF Jasim Faisal をスタメンで起用した為。 Jasim Faisal は前のオーストラリア戦では終了直前に警告を受けたが2次予選のイラン戦でも警告を受けており累積2枚の警告を既に受けていた。
そしてイラク協会は FIFA から制裁金 SFR7,000 ( 約 US$7,600 約57万円 ) が果たされる事となった。

そしてこの結果 UAE の勝点は8となり勝点でウズベキスタンと並んだ。そしてイラクの勝点は1になりグループ首位の可能性が無くなり、2位になる可能性も極めて低くなった。
また残りの日程を見ると次節でオーストラリアが UAEを降してもまだ2勝点及ばずオーストラリアが2位に入る可能性も非常に低くなってしまった。
この査定がこの組の最終結果を大きく左右事になった…..

Nichols and Ryall out of U23s squad
Qantas Australian U23s Head Coach Aurelio Vidmar は次節 UAE戦に向けてメンバーチェンジを行った。
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ウズベキスタン戦で警告を受け累積警告の為にUAE戦が出場停止となった FW Mitch Nichols そしてハムストリングを負傷した DF Sebastian Ryall がオーストラリアに帰国となり替りに Gold Coast United の Dylan McGowan が召集された。
UAE 戦に向けて当地で合宿を張る Olyroos は2月16日にフィリピン代表チームを招いて Al Nasr Stadium にて親善試合を行う。 
22日の UAE戦に向けての最終メンバーは下記の通りとなった。

GK
Mark Birighitti (GK : Adelaide United ) Mathew Ryan (GK: Central Coast Mariners )

DF
Oliver Bozanic ( Central Coast Mariners ), Aziz Behich ( Melbourne Heart ), Antony Golec ( Adelaide United ), Dylan McGowan ( Gold Coast United ), Daniel Mullen ( Adelaide United )

MF
Mate Dugandzic ( Melbourne Heart ), Ben Kantarovski ( Newcastle Jets ), Dimitrios Petratos ( Sydney FC ), Matthew Foschini ( Melbourne Victory ), Isaka Cernak ( Melbourne Victory )

FW
Mustafa Amini ( Central Coast Mariners ), Kerem Bulut ( FK Mlada Bolesav, Czech Republic )
Diogo Ferreira ( Melbourne Victory ), Jason Hoffman ( Melbourne Heart ), Matthew Jurman ( Brisbane Roar ), Adam Taggart ( Perth Glory ), Rocco Visconte ( Brisbane Roar )

19人のメンバーの中で FW 登録の選手が7人も含まれている。果たしてゴールは挙げられるのであろうか…

Qantas Australian Under 23s defeat Azkals Friday, 17 February

極寒のタシュケントからドバイに戻った Olyroos は2月16日、当地にフィリピン代表こと Azkals を呼んで勝たねばならない UAE 戦に向けて“練習試合”を行い 11分にJason Hoffman が挙げたゴールで先制。
その後も攻勢を続けた Olyroos だが Dimitri Petratos の決定的なショットを Fulham 所属のNeil Etheridgeがファインセーブでストップする等追加点は生まれすそのまま 1-0 で試合は終わった。

しかし UAE の地でわざわざ練習試合を行い相手に手の内を見せる様な事は必要だったのだろうか…..



Player limit is not the number that matters

日本がマレーシアとのアウェー戦に臨んだ2月20日、オーストラリア紙にあるコラムを見つけた。 当地ではにわかに Olyroo の苦戦の原因が一般で話題になっていたらしい。
その中心は欧州組を召集出来ない事と A-League から1チーム3人迄と言う制約が設けられている事。 それらの事は予選が始まる前から解りきっていいたことでそれがなぜオーストラリア協会 FFA は事前に対応策を練っていなかったのか….と言う事らしい。
Tommy Oar, Brent McGrath そしてMatthew Leckie, と言った欧州組のFW選手が召集出来ておればこの時点で4試合連続無得点と言う得点力不足は改善されていたと思うのは当然であろう。

また最終予選の第4戦タシュケント、第5戦ドバイのアウェーの連戦の17日の期間チームはUAE のドバイを本拠地にし連戦に備えたが何故 UAE なのであろうか….という論議もあるらしい。 ウズベキスタンは極寒の地。UAEは ”灼熱の砂漠” それが試合結果に影響しなかったか?と思われるのも自然であろう。
Vidmar 監督はタシュケントへのアクセスを考えて。との事であったらしいがそれならフランクフルトか旧ソ連邦のどこか(ビザの問題はあるが )でも良かったのではないかと思われれる。設備や生活環境そして練習時の気候を考えれば旧ソ連邦は疑問だがウズベキスタン戦前の合宿地はフランクフルトでも良くは無かったか….
ウズベキスタン戦後はドバイに戻りそこをホームにするUAE戦に備える事となったが丁寧に練習試合 ( フィリピン戦 ) まで行った事により UAE のスカウティングを楽にしなかったか…..

全ての批判はUAE戦の勝利に掛かっていた、と言うよりもまずゴールを決める事が必要であったか…..


Vidmar’s charges maintain optimism

Qantas Australian Under 23 のAurelio Vidmar 監督は予選突破に向けて厳しい任務を突きつけられていながらまだ悲壮感を漂わせていない。
“我々は目の前に何があるか解っている。 まだやらねばならない事はたくさんあるがこの試合で勝てなければ全てが終わりだ。ファイティングスピリットは我々の中にも対戦相手に対してもまだ多くある。


Vidmar 監督は16日のフィリピン戦には前後半でそれぞれ選手を入れ替えて臨み 1-0 の勝利を収め良い感触を得たと語っていた。
“我々はウズベキスタン戦では非常に不運であった”極寒のアウェーの地で2度のゴールがオフサイド、ファールで取り消された事を示唆した。
しかし最後まで望みを託した Mathew Leckie に就いては結局所属先のBorussia Mönchengladbach が召集を承諾しなかった。 ( 大津もそうだった。)

日本がマレーシアを破った数時間後、UAE 対 Olyroos の試合結果を調べるべくAFC の Web Siteにアクセスした…

 

                  続く

キタ---------------------ッツ Soccerooooooooos !!!!!

2012-03-12 | 夏季五輪
先週初めから商用でオーストラリア大陸を訪れている。
寒い日本を離れて最初に降り立った地が西の端の街パース。 連日40度近い気温に閉口しながら過ごし次の訪問先 Brisbane に到着しチェックインをするや否やこの日に AFC の本部がある Kuala Lumpur で行われたワールドカップ最終予選の組み分けをチェックした。
日本は前回同様オーストラリアと同組。そして私が最も避けたいと思っていたイランは別の組みに振り分けられた。
オーストラリアの地でオーストラリアと同組になる事を知る。 両者が最初に対戦する6月が非常に待ち遠しくなって来た。
日本ではその組み分けを歓迎する報道が流れているらしいが、北朝鮮、ウズベキスタンに連敗中の日本は現時点で2年後のワールドカップに就いては出場が決まったわけでは無い。




Socceroos to resume Japan rivalry in qualifying group for Brazil

Socceroos は日本と共に2014年ワールドカップブラジル大会のアジア地区最終予選で同じ組に組み分けられ新たに始まる競争に臨む事となった。
Socceroos は他にイラク( FIFA ランク 76位 )ヨルダン ( 83位 ) オマーン ( 92位 ) と同じ組となり FIFA ランク20位で AFC 加盟国の中では最高位のオーストラリアの予選突破は大変期待できるものとなっている。

もう一方のグループではアジア諸国の中では2番目にランクの高い韓国がオーストラリアと共にシードされイラン、ウズベキスタンそしてレバノンと同組となった。

Socceroos の Holger Osieck 監督は日本との対戦まで時間が短い事を気に掛けてはいるがこの組み合わせには大変喜んでいる。

“移動の観点から見ればこのグループでOKだ。イラクに就いてはカタールか UAE での試合になるだろうしヨルダンもオマーンもアクセスはOKだ。そして明らかに日本に就いてもである。 ビザの発給に就いても心配する必要はない。

我々は組み分け抽選のずっと前から我々は中東諸国と開幕戦を迎えるであろうと解っていた。だからデンマークとの親善試合を組んだ。そこから中東諸国へのフライトは6時間程度だ。それはオーストラリア人にとって何の問題も無い。 そしてヨルダンからブリスベンに戻らねばならない。おそらくそれが移動に就いては最も懸念されるところだろう。そこ以外は問題ないと思う。ただそれを(移動を)をこなせばいいだけだ。

もし我々が予選を突破したいならばいかなるチームでも倒さねばならない。今や我々は対戦相手が明らかになった。そして我々はそこから始まる。
疑うまでもなく Blue Samurai との2試合にはもっとも注意が注がれるであろう。そして Alberto Zaccheroni
サイドとしても Soccoeroos がリーグトップの地位を賭けて闘う相手であろう。
この両者は2006年のワールドカップでオーストラリアが忘れられない 3-1 での勝利を収めて以来、お互い侮り難い対戦相手で昨年の Asian Cupではオーストラリアを撃破しそれに応じた。
ワールドカップ2010年大会でも両者は同じ組となり日本の試合では 0-0 で引き分け、 MCG では 2-1 でオーストラリアが勝利を収めた。
しかし日本は昨年の Asian Cup 決勝戦の延長戦で 1-0 で勝利を収め最後に- これまで最も高らかに - 笑っている。
現在の FIFA ランクではオーストラリアは日本より13位上回っているが、実際に対戦する段になるとそれは参考には出来ないだろう。

日本、イラク、オマーンとはここ数年で少なくとも3度ずつ対戦している。ヨルダンだけは対戦実績が無い。ヨルダンは3次予選では中国とシンガポールを退けイラクに次いで2番手で最終予選に進出して来た。

“私でさえヨルダンや彼らの football のスタイルは解らない。Asian Cup で彼らを見たがその時は対戦相手の日本の方に関心が偏っていた事を認めねばならない。しかし彼らは大変良くプレーをしており、真剣に闘わねばならない相手だ。そして彼らに関する情報を収集せねばならない。”



Socceroos face arch-rivals Japan in World Cup qualifying group

トップシードのオーストラリアはアジア王者の日本、同様にイラク、ヨルダンそしてオマーンと2014年ワールドカップブラジル大会アジア地区最終予選で対戦せねばならない。
“それはタフなグループとなるだろう。特にアウェーの試合では。” Holger Osieck 監督は金曜夜のクアラルンプールでの抽選会の後で語った。
しかし Osieck 監督は1年間に亘る8つの予選試合をこなして上位2位内に入り3大会連続ワールドカップへの出場権を勝ち取る事に自信を覗かせている。
“遠征に就いては対戦相手の地へのアクセスは容易である。そしてビザ発給の問題は無い。
“我々は何をすべきかが今や明らかになり、何を齎すべきかを解っている。 我々はスタートから適所から始めねばならない。最初の1分から。”
Socceroos にとってその最初の1分は6月8日のオマーンで始まる。そこは最後の Melbourne での Saudi Arabia 戦で勝利を収め6試合中5勝を挙げ1位で通過した3次予選の戦いで我々を唯一打ち破った国のホームである。
Osieck 監督はいかなる突破の期待が非常に高い予選でも最初の試合が最もタフになる事を熟知している。
アウェーでオマーンに 1-0 で敗れた試合は今でも彼らの記憶に新鮮に残っている。
World Cup hat-trick hopes high
アジア最終予選の組み分けが発表されてそれが好まれるものとなりオーストラリアの3大会連続ワールドカップ出場の希望はかなり高くなって来た。

Socceroos が日本、イラク、ヨルダンそしてオマーンと同組になった事はHolger Osieck代表チーム監督に微笑みを齎した。
オーストラリアは最終予選の開幕戦を6月8日にオマーンとのアウェー戦で迎え6月12日にはブリスベンで日本を迎える。

“遠征に就いてはもっと大変になるかと按じたが、この組み合わせをみて良かったと思った。
日本戦に就いてはいつも良い。 彼らは我々をよく扱ってくれる。我々を非常に尊敬してくれて練習場も素晴らしいものを与えてくれる。 我々の様な客でも荷物等丁重に扱ってくれる。“

しかしながら彼はこの予選はピッチ上で多くのチャレンジが演じられる事も認めた。
“私はこの予選会の予想に就いて大変エキサイトしている。我々は何をすべきかが今や明らかになり、何を齎すべきかを解っている。それが今はわかっている。 多くの”しかし“や言い訳はもう出来ない。

“我々は準備を行い、(最初の試合に)集中せねばならない。 我々にはレベルの高い、充分な経験のある選手がいる。彼らはそれら全てを熟知している。なぜならずっと予選を戦っているからだ。
イラクと言う常にタフな相手がいるが Socceroos は Group B の2位内に入る事が予想れれている。
イラクに就いては

“イラクはイランと似た様なスタイルの football をする。彼らは強く、技術も高く戦術にも長けている。昨年の Asian Cup の決勝戦を振り返ってもあれはタフな試合であった。我々は延長戦で勝ったが90分以内で勝つべきであった。” 
日本に就いては
日本に就いては全てを知っている。そして彼らがいかに素晴らしいかも。彼らは大変技術が高く、質の高い選手が多い。“ 
ワールドカップでの戦績では日本は1998年に最初に出場を決めて以来2002年大会2010年大会で決勝トーナメント進出を決めているがオーストラリアは 2006年大会1度のみだ。
Oseick 監督は 2000年代の初めに J-League の浦和レッドダイヤモンズを指揮している。
Socceroos にとって重要な事は彼らは最後の2試合を、7月11日にヨルダンと18日にイラクとそれぞれホームで迎えると言う事だ。

Pim Verbeek 前監督時代のワールドカップ予選は2年間に亘り14試合を行いワールドカップ2010年大会の開催国である南アフリカに進出した。 Socceroos は8試合行われた最終予選で日本に5勝点差をつけて首位で全日程を終えた。そして2試合を残してワールドカップ出場を決めた。
しかし今回の予選はそう簡単には行かないと予想されている。

Socceroos にはMark Schwarzer, Lucas Neill, Tim Cahill, Harry Kewell そしてBrett Emerton ら今回のワールドカップ予選が最後になるであろう高齢者を含んでいる。



オーストラリアの日程は下記の通り。

June 3, 2012 - bye
June 8 - away v Oman
June 12 - home v Japan
Sept 11 - away v Jordan
Oct 16 - away v Iraq
Nov 14 - bye
March 26, 2013 - home v Oman
June 4 - away v Japan
June 11 - home v Jordan
June 18 - home v Iraq.

日本同様、オーストラリアもスタートダッシュに失敗はしたくないところだろう。
最も懸念されるのが最初の2試合。オマーンで試合を行い中三日でブリスベンに戻り日本と対戦せねばならない。
ホームとは言え同じ中3日でも時差のない日本からやってくる Samurai Blue を相手にするのは容易でないはず。
日本はそこにつけ込みたいところだ。
直接対決は共に6月。欧州組みの召集は問題ない時期であるが Socceroos は3月にホームでオマーン戦がある。
この試合にどれだけ欧州組みが“ベストの日程”で召集出来るだろうか….
ただ最後の2連戦がホームでおこなえる日程は羨ましい気がするけど….

Osieck 監督は来年6月どの様な心境でかつてここをホームとしたさいたまスタジアムに“凱旋”するのだろう?
もしかして Brosque, Carney と言った元 Sydney FC の選手達が再びこのピッチに立つのだろうか?
個人的には今度こそ Kewell が日本でプレーする姿を見たいなぁ…





Socceroos to face Scotland in Edinburgh

Socceroos はこの抽選会の前に Edinburgh で8月15日に Scotland と親善試合を行う事が決まっている。
両者の対戦はこれまで4回あるらしく、両チームともこの試合をそれぞれのワールドカップ予選への準備試合と位
“昨年の Wales 戦同様にこういう時期にこの様な試合が組まれる事は新しいシーズンを切るにあたり大変良い機会となる。我々はこの試合を9月から始まるワールドカップ予選の為に選手のクオリティーを上げる試合とするだろう。 Scotland は常にタフな相手である。特に彼らのホームで試合を行う時は。” この様に Osieck 監督は結んでいる。

Craig Levein スコットランド代表監督はも同様にこの試合を重要視しており下記の通りに語っている。
“オートラリアと試合を組むことを確認し、大変喜ばしい。 そしてこの試合を9月のワールドカップ予選への準備試合としたい。昨年オーストラリアはワールドカップ予選で我々と同組の Wales を Cardiff で破っている。そしてそれ以降ワールドカップ予選では好成績を収めている。従ってこの試合が我々にとってタフなテストになる事は疑いの余地は無い。“

両チームが最後に対戦したのは2000年11月15日の Glasgow の Hampden Park 。
その時のメンバーは下記の通りだった。

Scotland 0  Australia 2 (Brett Emerton 12’,David Zdrilic 66’)
Referee: Pascal Garibian (France) Crowd: 30,985

Scotland line-up: Jonathan Gould, David Weir (Matt Elliott 46’), Tom Boyd, Brian O'Neill (Colin Hendry 58’), Christian Dailly, Craig Burley (Paul Dickov 63’), Barry Ferguson, Colin Cameron (Neil McCann 46’), Dominic Matteo, Don Hutchison, Billy Dodds
Coach: Craig Brown (Scotland)

Australia line-up: Mark Schwarzer, Tony Popovic, Shaun Murphy, Kevin Muscat, Stan Lazaridis, Brett Emerton, Josip Skoko (Kasey Wehrman 75’), Paul Okon, Daniel Tiatto (Jacob Burns 67’), Paul Agostino (Mile Sterjovski 46’), David Zdrillic (Clayton Zane 89’)
Coach: Frank Farina (Australia)

オーストラリアは懐かしい顔が並ぶ。しかしこの時からもう Schwarzer, Emerton が代表入りしていた。
’86 ワールドカップメキシコ大会の大陸間予選でも両チームは対戦しておりこの時は Scotland が Australia を破っている。
それが今では….日本だって今では例えアウェーでも Scotland なら良い勝負すると思う。本当に隔世の思いだ。
日本はこの頃どういう対戦相手と試合を組むのだろう。

この頃はきっとかなり気温が上がって冷房の設定温度にも制約が掛けられ暑い夏になっているやろうなぁ~

兎に角楽しみなオーストラリア戦。 俗に言う“サッカージャーナリスト”諸氏達との“対戦”が一番楽しみ。

彼らがどれだけその無知ぶりを晒すだろうか。 とくとご覧あれ、と言いたいけど誰も見ないか ……




日本がアジアの壁に阻まれていた時代、マレーシアは

2012-03-10 | Football Asia
確か後半もう42分頃だったと思う。スコアーは 1-1だった。中盤右サイドでFKを得た韓国はマレーシアゴール前に放り込むがマレーシアDFがヘッドでクリアーそしてそのこぼれ球を拾った Hassan Sani が中央を素早いドリブルで一気に上がって行く。1人、2人と韓国選手が置き去りにされ遂に韓国PA内に侵入して来た。そしてそこに3人目の韓国選手がマークに入ると彼の左にはフォローに入っていたジェームス=ウォンがフリーで待っていた。 Sani はJ. ウォンにパスを送ると J. ウォンはそのままシュートを韓国ゴールに蹴り込み再びリードをマレーシアに齎した。

http://www.youtube.com/watch?v=S4aKMUYdWBY&feature=related

これでマレーシアのモスクワ五輪出場がほぼ決まった。
この予選、韓国が絶対本命視されていたのに勝ったのはマレーシアだった。
J. ウォンは予選リーグの日本戦でも後半に貴重な同点ゴールを決めていたストライカーだった。
何度でも言おう。 今から32年前、1980年3月にマレーシアのクアラルンプール、 Merdeka Stadium で開催されたモスクワ五輪アジア地区第3組予選は今でも忘れられない。 
当時はマレーシアで集中開催されたサッカーの五輪予選なんてテレビ中継してくれなかった。だから私は韓国のラジオ局が中継する試合の模様を必死で聴いていた。 韓国語はさっぱりわからないけどサッカー用語は同じだった。 スローイン、フリーキック、ペナルティーキック。そして得点が決まった時、アナウンサーはゴールイーン!!と叫びその後に選手の名前を言う。 
韓国戦( 1-3 で敗れた)の 0-3 からの木村のゴール。そしてマレーシア戦 ( 1-1 で引分け)の碓井の先制ゴールはそのアナウンスで解った。 韓国はマレーシア対日本戦までラジオ中継をしていたのだった。 
もちろんマレーシア対韓国の試合も中継され聴いていた。 予選リーグで韓国はPKを失敗する等 0-3 でマレーシアに完敗。
そして1位、2位が直接対決で予選突破チームを決める云わば決勝戦でもマレーシアが先制し韓国が追い付く展開だった。
韓国には李栄武、趙広来、許丁茂らを擁していた。そしてこの予選会は絶対の自信を持っていた。
しかし最後のジェームス=ウォンのゴールに沈んでしまった。 J.ウォンが決勝ゴールを決めてから試合終了までの数分間、韓国ラジオ局のアナウンサーはすっかり声を失い、地元大観衆の大歓声が良く聞こえた。

予選会終了後の韓国の関係者達の落胆ぶりは大変なものだったらしい。 絶対の自信があったから。
勝ったのは地元のマレーシアだった。8年前ソウルで開催されたミュンヘン五輪予選で韓国、日本を降したマレーシアが2大会ぶりに五輪出場を決めたのだった。
しかし…..マレーシアはモスクワ五輪に出場しなかった。
ソ連軍のアフガニスタン侵攻に抗議する為にアメリカ、西ドイツ、日本と言った西側陣営に同調し選手団を送り込まなかったからだ。 このボイコットはマレーシアサッカー界にとって大変なマイナスとなってしまった…..

まだまだ我々は追い付く為にはやらねばならない事がたくさんある

昨日(2月22日) National Stadium で行われたロンドン五輪予選で 日本に4-0 で敗れたマレーシアはアジアのベストチームに追い付くにはまだまだ長い道のりが残っていると言う厳しい現実を突きつけられた
この五輪予選9試合目で最も点差の付いた敗戦を喫し 最終予選Group C の戦いでも5連敗中のマレーシア U-23 チームはイマジネーションに欠け、1対1の球際も強さを見せられなかった。
Ong Kim Swee 監督は日本の様なチームと互角にやる為にはもっと多くの事をやらねばならないと言う事を認めた。
“私は誰もが私達は多くの事をやらねばならないと言う事を見る事が出来たと思う。我々は最初の日本戦(昨年の鳥栖での試合)よりも良いチームに敗れた。 多くの人は我々を 2-0 で破った時の日本と比較できると思う。
“この試合で我々は多くの攻撃オプションを試したがそれがいけなかった。我々は90分間コンスタントに闘う必要がある。我々には日本の様な能力が無かった。そして我々は罰を与えられた。
我々はこのレベルに到達する為には何が必要かを学ぶには良いレッスンだった。 それは我々と良くて、更に熟成されたチームとを隔てるものであった。“ 試合後 Kim Swee 監督はこう語った。
これで1999年以来マレーシアは日本五輪チームには7戦7連敗となった。
そしてこの試合のターニングポイントとして前半終了間際に決まったスコアーを 2-0とする大迫のゴールを上げた。
“あのゴールが我々を終わらせた。 2点差を追いつくのは至難だ。あれがターニングポイントだった。選手達は何とかしようとしたが我々は良いプレーをさせて貰えなかった事を認めねばならなかった。”



2007年4カ国共同開催で行われた Asian Cup 。開催国の中でマレーシアだけが勝点0に終わった。
そして4年後のAsian Cup には本大会に進めなかった。(それは他の3カ国も同じ) 
何故マレーシアはこんなに弱体してしまったのだろう。 

原因の一つにこの国にある“民族問題”があげられる。 1970 年代には人口の大多数を占めるマレー系のみでは無くインド系、華僑系、サバ系そしてサワラク系らが融合したチームだったらしい。それが今ではほぼマレー系のみとなっているらしく、この事は2007年 Asian Cup 終了後、代表選手選考を巡り地元のマスコミに報道されていた。
その他にも賭博に絡んだ八百長問題は後を絶たず最近は衛星放送やペイパーヴューの発達で England の Premiership が
多くの人が容易に楽しめる様になった為に誰も“マレーシアサッカー”に興味を持たなくなってしまったらしい…
それでも国内リーグには多くの観客がスタジアムに詰めかけ、優勝の掛かった試合はスタンドが満員になる。そういうシーンを何度も商用でマレーシアに訪れた時にテレビで見た。(テレビ中継もされる。)
J-League 発足前には日本協会の役員がマレーシアに視察団を送ったらしい。それほどマレーシアはアジアでも屈指の“国内サッカー熱狂国”でもあるらしい。
それにしても代表はいつになったら昔の栄光を取り戻すのだろう。

Mokhtar Dahari, R Arumugam , Soh Chin Aun....
1970年代には親善試合で Arsenal をMokhtar Dahari の2ゴールで 2-0 で破っているらしい。Shukor Salleh, Santokh Singh, Wong Choon Wah, Hassan Sani, Chow Chee Keong, Reduan Abadullah, Isa Bakar, Bakri Ibni, Lim Teong Kim, James Wong , そして Abdula Ari ….
彼らの様な選手が揃う事はも無いのだろうか…



AFC U-22 開幕

今年からアジアで新しい大会が始まる。それがAFC U-22 だ。2年毎に開催され、2015年大会はリオデジャネイロ五輪予選も兼ねるらしい。 
今年6月下旬から2013年決勝大会の予選が始まる。 この予選は東西アジアを2つのグループに分け西アジア23カ国を4つのグループに。日本、オーストラリアを含めた18カ国を3つのグループに分け上位2カ国と一番成績の良かった1カ国そして大会ホスト国の16カ国が決勝大会に進出する。
だけどホスト国はどうやって決めるのだろうか??
日本はオーストラリアと同じ Group E 。予選が6月下旬と言う J-League がシーズン中に行われるのでどういう人選で臨むのだろうか? マレーシアはこの前の日本戦から既にこの大会をにらんでの選手選考であったらしい…..

はやくこの大会の概要が完全に決まらないかな….Group E の予選が日本で行われる事を祈るけど…

原発問題がここでどう影響するか….なんだわなぁ…

Iceland 代表。遥かなる思い出。 Japan 3-1 Iceland 25th Feb.

2012-03-05 | EURO Football
ワールドカップ予選、ウズベキスタン戦の4日前。その“準備試合?”としてIceland を招いて親善試合が行われた。Iceland と言えばサッカーではなかなか馴染みが無いが Handball では欧州でも列強。そして日本と同じ捕鯨容認国として Norway と共に欧州では叩かれる事がしばしば。
ただし私は何故捕鯨問題がこれだけ世界で叩かれるかのは不思議でならない。 今年初め英国紙に“欧州での捕鯨高は日本のそれよりずっと高い。”と言う記事があった。イギリス人から言わせれば“それは Norway と Iceland のみの漁獲高で英国は関係ない。”と言う事らしいが…..
2008年10月。リーマンショックの最初の影響を受けたのが Iceland 。しかし2月17日の英国紙には
“ Iceland’s Viking Victory “ と言う見出しがあった。そして文頭には “ Congratulations to Iceland. “ と言う行で始まっていた。
一時は同国の GDP と同額の債務があり同国の国債の格付けも BBB+ であったのが BB- に格上げされたとの事。そして OECD の発表によると年間経済成長率は 2011年は 2.9% であったと発表され、 2012年は 2.4% となり2連連続のプラス成長となる見込みで2010年は 7% だった失業率は2011年は 2.9% となり 2012年は2.4% に下がると見られている。
そして対外債務は 2010年は GDP比 11.2% であったのが今年は 3.4% に下がり更に翌年は無くなる見こみとの事であった。
その要因は色々あるが EU に加盟していながら通貨は €を採用せず Icelandic Kroner を採用を続け Kroner 安になった事から輸出製品の国際競争力が付いた事となり輸出が伸びた事等が要因となっているらしい。ギリシア、スペインと異なり輸出アイテムがある国はやっぱり強いと言う事か…..


Iceland 代表と言えば70年代日本が“対戦する事が出来た”数少ない欧州の代表チームだった。
1971年7月に2カ月後にソウルで開催されるMünchen 五輪予選の強化合宿として日本協会は代表を欧州に遠征させ当時欧州でも列強だった Borssia Mönchengladbach や Southampton 等と7試合を行い Copenhagen ではデンマーク代表(メンバーは五輪代表であるがデンマーク協会では A マッチとして認定 ) との試合も組まれた。デンマーク代表戦では世界の釜本が2ゴール で健闘するも 2-3 で惜敗する。
そしてこの遠征は6戦6敗であったがデンマーク戦の好勝負がアイスランド協会に評価され予定されていた遠征が終わり帰国する前にアイスランドに招待されAマッチが組まれた。
そして日本は杉山隆一の2ゴールで Iceland 代表を降したのだった。
この様子は当時、専門誌で報道された記事を立ち読みして知ったのを思えている。もう40年以上昔の話だ。


この試合に就いて Iceland ではどの様に報道されたのだろう….

Experienced players of Japanese team ( 遠藤はスーパースター )

今日の試合で日本代表は国内リーグでプレーする選手達で臨むがそれでも大変経験に富んだ選手がいる。

世界をリードする男 Yasuhito Endo は同国でも屈指の選手だ。 ガンバ大阪でプレーする彼は代表試合出場数 112 を数える国際的な選手だが日本のクラブチームでしかプレーした事が無い。 遠藤はワールドカップ 2006年大会と2010 年大会にメンバー入りし2010年南アフリカ大会ではデンマーク戦で貴重なゴールを決め決勝トーナメント進出の立役者の一人となった。 
遠藤はこれまで歴代日本代表出場100試合以上を記録した4選手のうちの1人だ。

遠藤は Mainichi Daily News 紙に2月29日にワールドカップ3次予選の最終戦ウズベキスタン戦を控えているが
その試合はあまり気にかけていないと語った。

“2月29日の試合はあまり気にしていない。我々は Iceland 戦に集中し好結果を残す事に集中している。この試合には多くの新しい候補選手が選ばれている。彼らはまだ未経験だが経験を重ねる事は良い事だ。 彼らはコーチが彼らに期待する事を理解するのに時間が必要だ。” 31歳の遠藤は語った。



そしてビッセル神戸でプレーするストライカーの Yoshito Okubo は久々の代表選出となった。しかしかれは2010年ワールドカップ南アフリカ大会でプレーしている。  その後彼はドイツの Wolfsburg でもプレーをした。
29歳の大久保はこれまで日本代表で53試合出場を果たし, Wolfsburg では9試合に出場しその後スペインの Mallorca でもプレーをした。

“選手とされた事を知った時は驚いた。 これは私にとってはまさにラストチャンス。しかしそういう事は考えずにただ出来る事をアピールしたい。” 大久保は The Mainichi Daily News に語った。

イタリア人のAlberto Zacchereoni 日本代表監督は25人の選手の中で5人の初選出の選手を選んだ。 その中の1人が昨シーズン J-League で12ゴールを上げた10代の Hidetake Kanazono だった。

世界ランク30位の日本は既にワールドカップアジア最終予選に進出を29日に対戦するウズベキスタンと共に決めている。しかし次の試合はグループ1位を決める試合となる。
Iceland 戦に出場した選手の何人かはウズベキスタン戦にも起用されるだろうがその試合には欧州でプレーする14選手が合流すると考えられる。

この試合は日本代表との3回目の対戦となり40年以上前の夏に Reykjavík の Laugardalsvellinum 競技場で対戦した時は日本が 2-0 で勝利を収め、2004年 England の City of Manchester Stadium で対戦した時も日本が3-2 で勝利を収めたが当時ここでプレーする ( Manchester City 所属の ) Heidar Helguson が2ゴールを挙げた。

当時のメンバーは下記の通りだった。

In 1971: Thorstein Olafsson, John Atlason (captain), Olafur Sigurvinsson, Gudni Pham, thru Stephen's son, John Edvaldsson, Matthias Excellency, Eyleifur Hafsteinsson (Steinar Jóhannsson 85th), Hermann Gunnarsson, Asgeir Eliasson, Thomas Palsson.

In 2004: Arni Arason, Ivar Ingimarsson, Peter Marteinsson, Hermann Hreidarsson, Out: 'John Karl Gudjonsson, Brynjar Bjorn Gunnarsson, Arnar Gretarsson, Indriði Sigurdsson (Marel Baldvinsson 77th), Heidar Helguson, Eidur Gudjohnsen (captain).


Iceland のある中心選手が日本代表では遠藤を知っていると話していた事がテレビ中継で報じられたがそれは地元紙が遠藤を取り上げたからか? しかし改めて彼の偉大さが解る気もした。
更に 1970年代初めの釜本、杉山の偉大さも。
1971年対戦時の日本代表のメンバーはよく解らないらしいが2004年対戦時のメンバーは下記の通りだった。

GK 楢崎、 DF 坪井、宮本恒、中澤、加地、稲本 ( HT 福西 ) 小野 ( 60’ 遠藤 ) 三都主、中村俊輔 ( HT 本山 )
FW久保 ( HT 鈴木 ) 玉田 ( HT 柳沢 )
0-1 5’ Hreidarsson , 1-1 21’ 久保、2-1 36’ 久保、2-2 50‘ Hreidarsson , 3-2 58’ 三都主 
82’ Gunnarsson 退場

この試合の翌々日同じ競技場で欧州選手権前の England と対戦し日本は小野伸二のゴールで 1-1で引き分けた。England のゴールはオーウェンだった。

歴史を紐解くには対戦相手の報道を調べた方が良い事も再認識した。




Japan - Iceland 3-1
Iceland 代表チームは大阪で行われた日本代表との親善試合に 1-3 で敗れた。日本のゴールは全て Iceland のDF陣を破ったもので Iceland はArnor Smarason のPKで1ゴールを還したに留まった。この試合はLars Lagerbäck監督のデビュー戦でもあった。

Iceland イレブンは開始わずか94秒で悪夢を見た。 Ryoichi Maeda が Gudmundur Kristjánsson と競りながらヘッドを Iceland ゴールに捻じ込んでしまった。



Iceland イレブンは前半日本に脅威を与えられなかった。目立ったビルドアップが出来なかったが何度も危険地帯ではボールを奪ったがゴールは遠かった。

Icelandは前半を 1-0 で終えた。フィールドプレーでは対等にプレーしたが空中戦では主導権を握られた。
後半Iceland は良い立ち上がりを見せたが、いけないミステークを犯した。
中盤で Steinthor Frey がボールを奪われ右サイドにワイドに開いた Jungo Fujimoto にボールを送られた Arnor Sveinn Adalsteinsson は誰も藤本にマークに付けずシュートを許しスコアーを 2-0 とされた。
その直後から Iceland も攻撃に転じる場面が創られ何度も CK とスローインが見られたが得点には至らなかった。

79分に再び攻勢に出た日本は3点目を決めた。 FKがPAの右外にいた Tomoaki Makino に送られそのまま槙野が放ったショットが Iceland ゴールに突き刺さってしまった。
後半は調子よく試合を進めていた Iceland イレブン達にとってこのゴールは堪える失点であった。



試合終了間際に PK を得た Iceland はArnor Smarason が決めて 3-1 として試合が終わった。

Iceland の選手達はよくファイトし突破もここ大阪で見せた。Olaf Johannsesson の突破からよくチャンスを掴み掛けたがそれはよく見られる試みでこの試合は結果に結び付かなかった。
Lagerbäck 監督の目指すところはまだ浸透していない様であったがこの試合だけでは判断できないだろう。

両チームとも “B代表チーム”であった事は注視すべきで日本はほぼ全員が国内でプレーする選手で Iceland も
昨秋ポルトガル戦で 3-5 で敗れた試合に出場したHallgrímur Jonasson のみがこの日の代表レギュラー選手であった。
右サイドバック選手の発掘が急務であるがこの日開始94秒に失点の原因を創った Gudmundur Kristjánsson はDFの選手とは言い難く後半から投入された Skuli Jon の方がやや良いプレーを見せ今後のオプションとなると思われた。



結果は 3-1 で日本の勝利であったが、出来れば完封勝をして欲しかった。
しかし相手もわざわざ日本に遠征に来ているので“手ぶらで帰りたくない。”と言う気概はテレビを見ていても伝わって来た。それが最後のPKに結びついたか。
当初、Iceland も国内クラブチーム所属の選手で来日の予定であったが数人の北欧でプレーする選手も召集した。
欧州選手権予選でレギュラーだった FW Gudmunsson ( AZ Holland : 7試合 ) H. Helguson ( QPR England : 5試合 2ゴール ) R. Gislasson ( QB Denmark : 5試合 ) MF B. Bjarnason ( Standard Liege Belgium 6試合 ) A> Gunnarson ( Coventry City England 5試合 ) G. Sigrudsson ( Swansea Wales 5試合1ゴール )
DF : Saevarsson ( Braun Norway 7試合 ) Sigrudsson ( Honefoss Norway 7試合 ) E. Johsson ( Wolves England 5試合) I. Sigurdsson ( Viking Norway 5試合 ) らは来日しなかった。
もしアウェーでフル代表と試合をしたらどんな結果になっていただろう?

Arnor: Would show me and prove
“試合開始時は我々は前に出ようとはしなかった。ゴールに向かうには時間が掛かった。” MF Arnor Smarason は試合後に語った。

Gardar Johannsson がPA内で(槙野に)倒されて得たPKを決めた Smarason はこの試合、 Iceland の選手の中では最高のパフォーマンスを披露した。彼の得点は代表13試合出場で2得点目となった。

“前半の中盤迄もっと我々はやれると思ったが日本は素晴らしいチ-ムだった。後半は日本とは何とか対等にやれるシーンもあったが前半の2失点は大きかった。 この日は経験に乏しいメンバーが主体だったので勝負どころで上手く出来ない場面があった。” Smarason はこう語った。

新監督にこの試合でアピールする事は出来たか?の問いに就いては。
もちろんだ。 完璧に準備を行った。私は自分自身に証明したかった。 昨年は減退した年だった。しかし長期間に渡りコンディションを上げて良いフォームを固め完璧に復帰して来た。この試合の雰囲気は大変良く、こう言う機会を持てた事を充分に楽しめた。 こう言うムードを充分に楽しめた。“  新監督に就いてはの問いには
“新監督と共に良くやれたと。彼は良き仲間達を準備した。 彼は何をやりたいか解っている。そして選手には良いメッセージを発信し、私は将来良くやれるとだろう。” と語った。


Lagerbäck: true overall

試合後の記者会見で Lars Lagerbäck 監督は日本のメディアにチームと個々のパフォーマンスと何故若手中心のメンバーとしたのかと言う問いにこの様に回答した。

Lagerbäck 監督は守備的に試合に入ったばかりの開始2分の失点を悔やんだ。

“開始の20分~25分のプレーには満足していない。しかしその後は徐々に試合に順応して行けたと思う。そして最終的には選手達のパフォーマンスには満足している。 もちろん我々は敗れたくは無かった。 
しかし我々は殆どの選手達がこんな大観衆の前でプレーした事が無い事に注意せねばならなかった。 何人かの選手はパフォーマンスの高い日本チームを相手にした代表デビュー戦であった。“

Arnor player of the future

日本では後半から登場したFreyr Thorsteinsson とスタメンで MF だった Arnor Smárason の評価が高かった。

“いや、我々はハンドスプリングスローの練習は特にはしない。しかし彼が必要な時は試合中に半戸スプリングスローを行う。観衆の反応は楽しかった。そして試合には良いスパイスとなった。しかし我々はエンターテイナーでは無い。 試合中は可能な限りボールをキープしていたい。そしてもしこう言う事が必要であればハンドスプリングロールをやらせるだろう。それはコーナーキックの様によく飛ぶからだ。  Arnor はゲームでは新鮮感があった。彼は将来のある選手だ。いかなる攻撃のバリエーションも恐れずにトライしていた。

スウェーデン人のLagerbaeck 監督の代表監督デビュー戦は黒星となった。
これで Iceland 代表監督のデビュー戦は3連敗となったらしい。



Olafur Johannesson - 0-3 loss to Denmark (outside)
Young Lions - 0-2 loss to Trinidad (outside) Dwight Yorke の2ゴール !!
Asgeir and Blaze - 2-1 victory over the Faroe Islands (home)
Atli Edvaldsson - goalless draw with Norway (outside)
Gudjon Thordarson - 0-1 loss to Norway (home)
Logi Olafsson - 1-7 loss to Slovenia (outside)
Asgeir Eliasson - 2-0 victory over Spain (home)
Bo Johansson - 2-1 victory over Luxembourg (outside)
Sigfried Held - 1-2 loss to Bahrain (outside)
John Atlason - goalless draw with Kuwait (outdoor)
Gudni Pham - 0-4 loss to Wales (home)




この試合の4日後 Iceland は Montenegro と対戦し 1-2 で敗れた。日本戦が参考になったのかな?
また Montenegro 戦もこの試合の詳細を探す事としよう。


連敗で最終予選へ  Japan 0-1 Uzbekistan 29th Feb.

2012-03-03 | 夏季五輪
54分、攻撃に転じていた日本だが香川が浮かしてウズベキスタンゴール前に入れたボールは CB ⑤ Filiposyan がカットし MF ⑳ Magdeev に繋ぐ。 Magdeev は中央から爆発的なドリブルで一気にハーフウェーラインを越えると右サイドを上がった ⑯ Hasanov に送る。 そしてファーサードに入れたクロスに FW ⑪ Nasimov が飛び込みヘッドで合わせる。 GK 川島がそのヘッドをブロックするもリバウンドがFW ⑨ Shadrin の前のこぼれ、そのまま日本ゴールに押し込まれてしまった。 



北朝鮮戦に続いて先制ゴールを許してしまった。しかしこのウズベキスタンのカウンターは見事だたなぁ。まぁゴールが決まる時はいつもそうなんだけど。 ⑳ Magdeev が ⑯ Hasanov にパスを出す時ボランチ ⑱ Kapadze が右から中へ切れ込み遠藤のマークを上手く遅らせていた。 
この失点で日本イレブンの目が醒めると思った。( 北朝鮮戦でも醒めなかったけど ) そして日本がウズベキスタン陣内でボールを回し続ける。 
71分、日本が素晴らしいボール回しを披露する。長友がボランチ ⑦ Haydarov からボールを奪い、中の遠藤に繋ぐ。そして前線の香川に送ると香川がワンタッチで乾に送り更に右サイドの岡崎に戻す。 岡崎は CB ⑥ Filiposyan 左SB⑥ Rakhmatullyev に囲まれながら左の李忠成に送る。 李は中央やや右に走り込んだ乾に戻しゴール前に走り込んだ香川にスルーパスを送る。香川がシュート体勢に入るが右 SB ⑲ Inomov がスライディングでブロックをしゴールに至らない。
73分には遠藤から右サイドの内田に大きく展開されると内田は中の香川に送るとワンタッチで右サイドの岡崎に送るが何故かオフサイドフラッグが上がる。 この約2分間がこの試合最高に沸いたシーンだった。
80分を過ぎるとウズベキシタンイレブンの球際の強さが目立ち始める。スタンドも多くの視聴者も宮市の投入機会を今か今かと心待ちにするが長友が負傷を訴え駒野がアップを始める。そして83分遂に長友がベンチに下がってしまい宮市の出番は無くなってしまった。 




87分30秒、ウズベキスタンはカウンターから ⑥ Rakhmatullyev からボールを受けた ⑪ Nasimov がシュートを放つが僅かにクロスバーを越えてくれた。 今野、吉田がそれぞれマークに付いていたのだが….
88分17秒には ⑨ Shadrin が ⑪ Nasimov に送り撃たれたショットはゴールの右に外れる。 88分33秒、右サイドを上がった内田に岡崎からボールが入るがまたもオフサイドフラッグが上がる。 ロスタイムに入り吉田が前線に上がってくるが91分47秒には⑪ Nasimov から⑯ Hasanov にパスが通り GK と1対1になるがシュートは川島の正面を突き追加点は決まらない。
ウズベキスタンはロスタイムに入っても時間を稼がずにシュートを撃ってくれる。まだツキは残っているなぁ。これが“消化試合”でなければこうはいかなかっただろう。
92分36秒には乾から香川にスルーが入るがここもシュート体勢に入るが ② Ismailov が身を挺して阻止。 これが最後のチャンスだっただろうなぁ…と言う予想は当たった。 

  

94分24秒、前線でボールを持った乾が遠藤に下げ前線の香川にめがけて放り込まれたがその前に ⑤ Filiposyan がヘッドでクリアーしたところでロスタイム4分が過ぎカタール人のバリデー主審の試合終了のホイッスルが鳴り響いた。
ホームで、半分以上レギュラーのいないチームを相手に黒星。 ちょっと予想外の結果だった…..

日本のスタメンはほぼベストメンバー。本田圭祐の不在は香川がトップ下に入り今回は清水エスパルスの藤本が2列目右に入り、岡崎が左に起用され埋められた。 
ウズベキスタンは前節タジキスタン戦で 3-0 で勝利を収めたが7選手がイエローカードを受け、うちDF Shavkatjon, Tuhtahu, MF Tursunov, Galiulin, Djeparov FW Geynrikh ら6人が累積警告2枚となり日本戦は出場停止となっていた。
特に Djeparov, Geynrikh が出場出来ないとはそれだけで戦力は半減するはずだった。 9月の日本戦にスタメン出場した MF Victor Karpenko はこの試合はベンチにも入っていなかった。前節タジキスタン戦ではベンチ入りしたが出場はしなかった。
かつてのスーパースター Maksim Shatskikh はタジキスタン戦に続いてベンチ入りしなかった。 昨シーズンは所属先の Arsenal Kiev では今シーズンは17試合の出場に留まっている。 
1997年、あのワールドカップフランス大会予選でも 出場をしていた Shatskikh はこのワールドカップ最終予選も出場してくるのだろうか…
日本戦のスタメンで “レギュラー” だったのは GK Nesterov, DF Ismailov そして MF Haydorov そしてKapadze くらいで、FW Shadrin 以外の前のタジキスタン戦、その前の北朝鮮戦ではベンチ入りすらしなかった選手が6人もいた。
FW Shadrin はこの2試合ではベンチ入りをしたが出場機会は無かった。

あまり日本では報道されていなかったがウズベキスタンは試合の4日前、日本入りする前の2月25日、韓国代表とアウェーで“練習試合”を行っていた。しかも韓国はベストメンバー。韓国はこの時点ではまだ3次予選突破を決めておらず最終戦のクウェート戦で敗れたら予選敗退の危機もあったので結構真剣勝負であっただろう。
この試合は 4-2 で韓国が勝ったがこの試合のスタメン8人が日本戦のスタメンに名を連ねた。そして結局 Haydorov 以外の日本戦に出場した13選手が韓国戦に出場していた。
日本も25日にはアイスランド戦が組まれたがその試合に出場してウズベキスタン戦にも起用されたのは藤本、遠藤、今野、駒野の4選手だけだった。
その上ウズベキスタン代表は1月17日にクウェート戦, 29日にUAE 戦をアウェーで行っておりそれぞれ 0-1 で敗れているが、国内リーグも終わっている現状を踏まえてかその時期から始動を始めていた。
また日本戦に出場した選手達の中でも Ismailov ( 長春亜泰 ) Magdeev ( 青島中能 ) らが東アジアに馴染みがあり (出場機会が無かった K. Todjiev も中国 江蘇瞬天所属 ) Haydorov ( UAE Al Shabab ) , Hasanov ( Qatar SC ) らシーズン中の選手もいた。そしてこの日は出場停止だった中心選手の Geynlich は水原三星の所属だ。
こうして考えればウズベキスタンのコンディションは試合前日に来日する欧州勢が多かった日本とは比較にならないほど上回っていたと思われる。




それでも前半の日本は何度かチャンスを掴んだ。
16分、香川からのスルーパスが右サイドに流れたハーフナーに通りクロスを入れるとウズベキスタンDFに当たりあわやオウンゴールとなるところだった。中央に走り込んだ岡崎のマークに付いた⑭ Andreev が手で岡崎を押したがホイッスルは鳴らなかった。
22分には決定機を迎えた。 香川からのスルーパスがDF ② Ismailov の股間を抜けて岡崎に通る。そして⑲ Inomov をかわして放ったシュートはファーサイド、左上のクロスバーを叩き惜しくもゴールにならない。 25分には長友が長躯ドリブルで左サイドを上がり中に切れ込みながら右サイドにゴロでラストパスを送るが滑り込んだハーフナーには僅かに合わなかった。
前半ロスタイムに入るとCB吉田が上がってくる。そして ⑯ Hasanov と競りながら放ったヘッドはクロスバーを越えてしまった。

前半は香川のスルーパスが目立った。所属先の Dortmund でも HSV 戦の様に先制ゴールをアシストするなどナイスパスを連発し Die Kicker の ベスト11にも選ばれる等の活躍だったが後半に入ると、特に乾が投入された後はその乾が香川の役を担い香川が“ラストパス”を受ける側に立った。 
敗戦の中でも乾は収穫では無かったか?さすがに所属先の Bochum で結果を出している選手と思いその抜擢にもさすがと思った。

  

宮市が起用されなかったのはただ不運だった。 長友の怪我がなければチャンスはあっただろう。今週行われる Manchester City 戦でも出場機会があるだろうか…..

それからマスコミを筆頭にウズベキスタンを過小評価しすぎていなかったか?
昨年の Asian Cup では日本、オーストラリアに次ぐ3位に入った実績を持つ国だ。 今行われているロンドン五輪予選でも出場チャンスが充分にある。2010年 FIFA U-17 では準々決勝に迄勝進んだ。
同国サッカー界のスーパースターは2010年 FIFA World Cup の開幕戦南アフリカ対メキシコ戦で主審の笛を吹いたRavshan Irmatov 審判。同国の Rafael Ilyasov 審判も線審を務めた。
また首都タシュケントには Real Madrid Football School が開設される事が同意されたが、この“事業”にはIslam Karimov大統領の令嬢 Gulnara Karimova 氏が1枚噛んでいるがかつて彼女は在スペインウズベキスタン大使館で従事しておりその際は FC Barcelona の Joan Laporta 元社長とも交流があったらしい。
そこは元共産圏。官を上げての強化が容易になされる。 今年行われるオリンピック、そして次のワールドカップの出場権を勝ち取れば国から報奨金が出る事は必至だ。
ソ連邦時代、首都タシュケントはモスクワ、レニングラード(サンクトペテルブルグ)、キエフに続いて4番目の大都市だったが当時から存在するクラブ、パフタコールは全ソ連リーグでは中位に位置していたクラブだった。しかし“ソ連代表”には選手は選ばれていただろうか? 当時の中心選手は Dinamo Kiev の選手が多く他には Dinamo Moscow や CSKA, Supartak, Locomotiv 1982年大会にはシェンゲリア、チバーゼと言ったグルジアの選手もいたけど…

翌日主将の長谷部が最終予選前に“緊急合宿”を提言したらしい。
最終予選は6月に始まり3試合行われる。欧州組みは数週間前にシーズンが終わったばかりでコンディションが心配、と言う事だろう。 J-League との調整がどうなるかだ。
またこの敗戦で第1シード権を失ったという報道が広くなされている。これで韓国かオーストラリアと同じ組になる事となったが、この2カ国も日本とは同じ組になりたくはないだろう。 しかし前回のワールドカップの結果から日本と韓国がシードされるかもしれない。
第2シードとなったとしても恐らくイランも第2シードとなり同組になる事が避けられる。 そうなると第3シードのウズベキスタンかイラクのどちらが同じ組になるだろう……

消化不良に終わったウズベキスタン戦であったがその直後に中継されたなでしこの試合でそれが一掃された。
現地入りしたのは2日前。時差が残り気候も変わり調子が上がらない中欧州でも列強のノルウェーに先制される苦しい立ちあがり。しかし前半終了直前に鮫島からの縦パスを受けた宮間が左サイドを上がり入れたクロスに逆サイドの永里が身体で押し込み同点。後半は阪口からボールを受けた川澄が放ったミドルが相手DFに当たってノルウェーゴールに飛び込み逆転。以降は主導権を握り見事勝利を収めた。 立ち上がりはリズムが掴めずも終わってみたら勝利を手にしている。まさに強いチームの試合運びだった。
そして私は家内に云った。

日本女性はすばらしい。