前回の続きです。
聡子の、一連の行動に、言動に、態度に、疑念と戸惑いを抱く優作。そして、甥の文雄に対しての、冷酷な行動と態度に、かなり、恨み抱いていると思います。
そして、聡子も、泰治から聞かされた、草壁弘子と優作が2人で渡米しようとした事実。もし、彼女が殺されていなければ、優作と草壁弘子は愛の逃避行・・・、私は捨てられていたかも?との疑念。
2人はそれぞれに、心の内にいろいろな想いを抱きつつ、物語が展開していきます。
次は、映画館で二人が映画を観るシーン。
私の時代もそうでしたが、作品上映の前に必ず「ニュース映画」が流れるのです。これは、この作品を観ている人に、時代背景を説明するために挿入されたのでしょう。
昭和16年7月26日。ベトナムのサイゴンに進駐する日本軍の姿と、日の丸を振って出迎えるサイゴン市民のニュース映像が流れます。
次に、日活映画、山中貞雄監督作品「河内山宗俊」(15歳の原節子がヒロイン役)のタイトルが流れ、次のシーンへ。
映画見物の帰り、路面電車の車内シーン。
※電車の窓から町の風景がまったく見えないのは、それなりの演出と言うよりも、予算の関係?
『アメリカが、とうとう石油の対日輸出を禁止したそうだ。ABCD包囲網の完成だ。これで、正規の手段ではアメリカに行けなくなったな』
『優作さんは、あの女とアメリカに行くつもりだったんですか?』
聡子は、優作への不安を、疑念を口にします。
『まさか。単に保護者のふりをして、2人分の渡航申請をしただけだ。その方が怪しまれない。行くのは彼女一人だけだ。まあ、もし、文雄が行きたいと言い出せば、それもいいとは思っていたけれどね』
『本当ですね』疑いは消えていない表情。
『もちろん』
『では、やっぱり、優作さんとアメリカに行くのは、私ということになりますね』
”では、やっぱり”は、優作に、そして、自らをも納得させようとする言葉。
『ああ、だがどうやって?方法は一つしかない亡命だ』と耳元でささやきます。
ここで、このシーンは終わります。
次は、二人が自宅で亡命計画を相談するシーン。
テーブルに世界地図を広げて。
『ドラモンドへの支払いと上海からの偽旅券2人分、それと・・・もろもろの経費を合わせてできれば、1万円は持っていたいな。』
※当時の一万円は、現在の貨幣価値では、3~4千万円ぐらい。
『1万円。どうします』
『日本円では役に立たない。会社にある現金の余剰分を貴金属に変えよう』
『それと渡航のルートなんだが、多分、貨物の箱に隠れて、サンフランシスコまで二週間といったことになるだろう』
『二週間・・・』
『心配するな。船内には協力者を手配する。食事も、水も、用を足すのも何の不自由もないさ』
『分かりました。でも、上海にいるドラモンドさんから、どうやってフィルムを受け取るんですか?』
『うん。それで提案があるんだ。二手に分かれる』
『私とあなたが?』
『君にはフィルムを託して貨物船に乗ってもらう、僕はノートを持って上海に渡り、ドラモンドから残りを買い戻して、そこからアメリカに向かう。サンフランシスコで落ち合おう。あそこなら日本人街もある。そこで通訳を雇ってワシントンを目指す』
二手に分かれて、危険の分散ですか? それだけ?
『嫌です』
『おい』
『私も一緒に上海へ行きます』
『危険を分散したいんだ』
『貨物船なら一度港を出てしまえば安全だ』
『私一人では無理です。そんな・・・貨物の箱にいて誰が私を守ってくれますか?』
『十分に手配する。船長とも懇意にしている』
『そんなの信じられません』
『どこかで誰かを信じるしかない。この大仕事を二人だけでやり遂げようとしてるんだ』
泣き崩れる聡子。
『怖い』
『強くなってくれ、少し離れるだけじゃないか。こんな事は大望を遂げる為の犠牲ですらない。ただの我慢だ』
「”大望を遂げるための犠牲”ですらない」は、以前、文雄を憲兵隊に売った聡子の台詞です。
優作の心の内としては「お前は文雄に、あのような犠牲を強いた、それに比べれば、こんなことはただの我慢だ」、と言われれば、もうこれ以上拒否する道は閉ざされます。
『捕まることも、死ぬことも、怖くはありません。わたしが怖いのは、あなたと離れることです。私の望みは、ただあなたと居ることなんです』
拒否の理由が少し変わります。
男として、こういう言い方をされると、かなり疎ましく感じるものです。優作もそんな想いを抱いた?
そして、そして、優作は「この女は、国際社会に日本の非人道的行為を告発するなんて大義は、頭の片隅に無いと」判断したと推測します。
そして、この台詞、『戦争という時代のうねりに翻弄されながらも、自らの信念と愛を貫く女性の姿』(NHK番組ホームページより)とは、異なります。
愛は貫いていますが、信念は?彼女の信念は、常に夫の傍らにいて、夫に仕え、夫を愛する妻を演じ続ける事?
大きな望みよりも、小さな望み、あなたと居たいだけの女にしか見えません。
まあ、当時の女性としては、当然と言えば当然で、時代の制約と言えば、制約です。
『身体が離れることは、心まで離れることだろうか。たとえば、今、僕は、塀の中にいる文雄と、これまでにない繋がりを感じている。文雄の志が僕を動かしていると言ってもいい』
文雄のことが気になるのです。引っかかるのです。大望のための犠牲として、切り捨てた聡子に、納得できない優作。
『距離が離れることで、これまで以上に強く深く心が通い合うことがあるんだよ。僕たちだってそうなれる。
心配するな、離れても、また必ず一緒になれる。ならなきゃいけない。僕たちがアメリカで、再び出会う事によって、やっと全ての証拠がそろうんだ。志を果たす事と、僕たちの再会は、まったく同じ事だ、どちらもやり遂げよう』
『はい』
『よし。じゃあ早速、明日から動こう。先ずは貴金属の購入だ何がいい?』
『何と言われても・・・』
『派手な買い物をカモフラージュするために、何かの記念日でも装おうか』
二手に分かれる作戦は、聡子の強い反対にも関わらず、優作の執拗で、強引な説得で、聡子を納得させました。
夫婦が、一緒に家を出て、別々の目的地に向かう方が、怪しく、危険な行動では?
まあ、そう受け取ったのは、抱き合ったシーンでの、優作の視線に、何か怪しさを感じたのです。
ここで、このシーンは終わります。
本日は、ここまでとします。