歩く・見る・食べる・そして少し考える・・・

近所を歩く、遠くの町を歩く、見たこと食べたこと、感じたことを思いつくままに・・・。おじさんのひとりごと

柴又帝釈天と笠智衆

2006年10月08日 | 東京の風景



葛飾柴又と言えば、
『わたくし、生まれも育ちも葛飾柴又。帝釈天で産湯をつかり姓は車、名は寅次郎 ひと呼んで、フーテンの寅と発します』

    『♪オ~レ~が居た~ん~じゃオヨメ~にゃ行けぬ・・・・・・』

そうです。そうですよネ!!!
『男はつらいよ。フーテンの寅』ですよネ。

最近テレビで団子屋の話しをやっていました。
(この写真今年の6月に撮ったもので平日の10時半頃です誰も歩いていません。それから半月後位して、テレビで団子屋の話しを見たのです)

番組ガイドを見たときは家族と2~3人の店員の店かと思っていたら、何と店員が十何人、鉄筋コンクリー4階建てのビルでした。たかが団子屋と思っていたのですが、かなり手広くやっていたのです。
(テレビを観た後で6月に撮った写真を見直すと、少しだけ端っこにそのビルが映ってました)

それが、それがです。寅さんシリーズが終了してからは観光客が減り始め、売り上げは最盛期の半分で、厳しい経営状況にあるとのことでした。
「寅さんバブル」が弾けたのです。

私は観ていて「あま~い」と叫びましたね。団子の事ではないですよ。

たかが団子屋、タダの団子屋、江戸川土手のヨモギを入れた草団子ですからね。舞い上がっていたようですね。

しかし、団子屋さん現実を受け入れようとはせず、いつまでも、過ぎ去った夢を追いかけているのでした。

「旨い話し」「甘い話し(団子屋ですからね)」はいつまでも「続かない」、バブルの渦中にいる当事者達は「気付かない」。

「続かない、気付かない、どうしようもない」の三ないの土壺にはまっています。

これからは「寅さん」の「観光客」相手の「商売」から、昔に戻り「帝釈天」の「参拝者」を相手の、「地道」な「商い」に「モドリナサイ」と画面に向かって呟いたのです。

そう。帝釈天の御前様(笠智衆)も『寅なんかに頼っていては、なりませんぞ、商いは地道に、信仰心を持ち、煩悩を捨て、質素に暮らしなさい』と・・・・・言ってるよきっと。

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