昨日からの、続きみたいなものです。
新しいカメラが、もう、嬉しくて、嬉しくて、近所を走りまくって、撮りまくって、喜びまくっています。
草原?と云うか、休耕地?と云うか、単なる空き地?と云うか、兎に角、タンポポがいっぱいです。
何処にでも生息し、有り過ぎて、見過ぎて、飽きられたタンポポ。でも、それなりに綺麗な花です。以前のカメラより画素数が3倍の分、それなりに綺麗に撮れているような?でも、しかし、ズームの倍率が高い分、接写は得意ではありません。
これを見ると、どうしても、吹き飛ばして見たい衝動に駈られます。むかし耳に入ると“つんぼ”になると云われたものです。
住宅地の外れで、周囲は畑で、
カラオケで“ふれあい”です。造作が悪くて音が外に漏れても、まったく心配のいらない、カラオケには適したイイ環境です。
疎らな住宅地、車の往来も、人の往来も、とても疎ら、何の変哲ももない、こんな環境にも、いろいろな暮らしがあるのです。
何の工事をやっているのか、何だかよく分からない工事現場。何だか、とてもイイです。
“腕打ち”のそば、“手打ち”でありません。何か、そう云われると、そんな気がしてきます。店主のそれなりの拘りを表現したのでしょう。
蕎麦は手先で打つのではなく“腕の力で打つのだァ!”と、云うこと? そうするとです“うどん”の方は、最終の仕上げ段階で足で踏んづけて“こし”を出すので、あれは、“足打ちうどん”が正解?
でも、しかし、食べ物ですから“足打ち”では、食べる人がいろいろと想像を巡らし、結果として食欲を大きく減退させるので、やっぱり手打ちが正解だと思います。
世の中では、事実をありのままに表現して、イイ場合とワルイ場合があるようです。
それで、“腕打ち”ですが、何か、とても、食べる時に、客としては、力み過ぎたり、緊張し過ぎたりして、美味しさが半減しそうな気がするのです。
いつか、どこかで、“手作りソバ”の看板を見た記憶があります。こちらは、こちらで、ゆる過ぎで、ソバが何かのびてしまったようで、あまり良くないと思いました。
ソバは、やっぱり、腕打ちでもなく、手作りでもなく、手打ちが一番だと思います。
なかなかの松林。
樹皮が赤いので、これは赤松なのでしょうかね。細いの、太いの、曲がってるの、真っ直ぐなのと、いろいろ賑やかです。
なかなにかの新緑。でも、その新鮮さ、瑞々しさ、明るさ、眩しさ、いろいろあるのですが、残念ながら、“腕”の所為で、写真には写っていません。
やっぱり、その“環境”に身を置いて、陽ざしや、風を感じるなかでの風景なのです。
それで、ここは、“国立環境研究所”なのでした。昔は“国立公害研究所”と云う名前だったのです。公害を研究するのではなく、前向きに環境を研究する所に変わったのです。
さすが、環境を研究する機関です。とても、とても、素晴らしい環境なのです。
独立の行政法人で、国立と云う名前が付くものなの? “独立”とは、国から切り離されて、そして独立したものと思っていました、でもどうして、独立?しても、国立?なんですか?
まあ、独立でも、国立でも、私には、特に関係ありませんから、それは、それで、よいのです。
まだ、まだ、撮りまくります。
珍しく、3日連続の更新です。
それでは、また。
新しいカメラが、もう、嬉しくて、嬉しくて、近所を走りまくって、撮りまくって、喜びまくっています。
草原?と云うか、休耕地?と云うか、単なる空き地?と云うか、兎に角、タンポポがいっぱいです。
何処にでも生息し、有り過ぎて、見過ぎて、飽きられたタンポポ。でも、それなりに綺麗な花です。以前のカメラより画素数が3倍の分、それなりに綺麗に撮れているような?でも、しかし、ズームの倍率が高い分、接写は得意ではありません。
これを見ると、どうしても、吹き飛ばして見たい衝動に駈られます。むかし耳に入ると“つんぼ”になると云われたものです。
住宅地の外れで、周囲は畑で、
カラオケで“ふれあい”です。造作が悪くて音が外に漏れても、まったく心配のいらない、カラオケには適したイイ環境です。
疎らな住宅地、車の往来も、人の往来も、とても疎ら、何の変哲ももない、こんな環境にも、いろいろな暮らしがあるのです。
何の工事をやっているのか、何だかよく分からない工事現場。何だか、とてもイイです。
“腕打ち”のそば、“手打ち”でありません。何か、そう云われると、そんな気がしてきます。店主のそれなりの拘りを表現したのでしょう。
蕎麦は手先で打つのではなく“腕の力で打つのだァ!”と、云うこと? そうするとです“うどん”の方は、最終の仕上げ段階で足で踏んづけて“こし”を出すので、あれは、“足打ちうどん”が正解?
でも、しかし、食べ物ですから“足打ち”では、食べる人がいろいろと想像を巡らし、結果として食欲を大きく減退させるので、やっぱり手打ちが正解だと思います。
世の中では、事実をありのままに表現して、イイ場合とワルイ場合があるようです。
それで、“腕打ち”ですが、何か、とても、食べる時に、客としては、力み過ぎたり、緊張し過ぎたりして、美味しさが半減しそうな気がするのです。
いつか、どこかで、“手作りソバ”の看板を見た記憶があります。こちらは、こちらで、ゆる過ぎで、ソバが何かのびてしまったようで、あまり良くないと思いました。
ソバは、やっぱり、腕打ちでもなく、手作りでもなく、手打ちが一番だと思います。
なかなかの松林。
樹皮が赤いので、これは赤松なのでしょうかね。細いの、太いの、曲がってるの、真っ直ぐなのと、いろいろ賑やかです。
なかなにかの新緑。でも、その新鮮さ、瑞々しさ、明るさ、眩しさ、いろいろあるのですが、残念ながら、“腕”の所為で、写真には写っていません。
やっぱり、その“環境”に身を置いて、陽ざしや、風を感じるなかでの風景なのです。
それで、ここは、“国立環境研究所”なのでした。昔は“国立公害研究所”と云う名前だったのです。公害を研究するのではなく、前向きに環境を研究する所に変わったのです。
さすが、環境を研究する機関です。とても、とても、素晴らしい環境なのです。
独立の行政法人で、国立と云う名前が付くものなの? “独立”とは、国から切り離されて、そして独立したものと思っていました、でもどうして、独立?しても、国立?なんですか?
まあ、独立でも、国立でも、私には、特に関係ありませんから、それは、それで、よいのです。
まだ、まだ、撮りまくります。
珍しく、3日連続の更新です。
それでは、また。