歩く・見る・食べる・そして少し考える・・・

近所を歩く、遠くの町を歩く、見たこと食べたこと、感じたことを思いつくままに・・・。おじさんのひとりごと

小沢一郎に一度やらせたかったです

2010年09月15日 | 世間話し
菅直人でした。

「政治と金」で「長期間準刑事被告人扱い」の小沢一郎と、「市民運動家出身?」で、就任から3ヶ月の現職総理大臣の戦いでした。

マスコミの「クリーンな政治」と「コロコロ変え反対」キャンペーンに負けたのです。政策とか実行力とか、そういうことは、まったく無視されました。

小沢一郎の落選後の会見や挨拶等の表情を見ていると、本人は悔しさよりも、安堵の思いを抱いているように見えました。彼は、党首選を通して期待感の大きさに、驚き、戸惑っていたのかも知れません。

小沢一郎のイメージが、ホントに単なるイメージだけであり、その“剛腕”ぶりを“表舞台”で、官僚相手に、米国相手に、ホントに通用するのか、私は見たかったのです。

これで、小沢は表舞台には、二度と登場しない? 

そうなると、今後いろいろな局面で、もし首相が小沢だったら、別な局面になっていたかも? 何て、叶わぬ望みと不満を国民に抱かせつつ、いつしか忘れ去られてしまうのでしょうか。

一度、総理大臣をやらせて、ダメであっても、それなりに諦めがつくのです。それなりに納得が行くのです。

官僚主導から政治主導へは、これで、当分と云うか、暫くと云うか、10数年は、いゃ、ずっと、ずっと官僚主導が続くのでしょう。そうであれば、政治主導よりも、官僚主導に新たなる期待を抱いた方が現実的なのかも・・・・・・・。

ナンダ、カンダ云っても、現状の政治風土、選挙風土から勝ち上がってくる政治家よりも、国家公務員上級試験から勝ち上がってくる官僚の方が“まし”なのかも知れません。

でも、しかし、最近のマスコミによる、高級官僚への天下り批判、そして、効率的側面から官から民への流れに対して、公務員の志気はかなり低下していると、その筋では囁かれています。

政治家もダメ、官僚もダメ、これでは、夢も希望もなくなり、日本の未来は、閉じて、塞がれ、真っ暗になってしまいます。

戦後、アメリカに占領され、アメリカの保護と指導のもとで、繁栄を謳歌していたのですから、そのアメリカが衰退期に入ったようですから、子分も一緒に衰退期?

歴史を見ても、世界の主役は交代期はいっているようですから、日本も過去の栄光は、そろそろ忘れ、アジアの隅っこで、それなりに温和しく、静かに、清貧に暮らした方が・・・・・・。

そうです、その方が、病気も減り、自殺も減り、空気も綺麗になり、温暖化にも、良いこと尽くめかも・・・・・・。

当然、食料、エネルギーも国内で賄うのです。米と少々の野菜と魚で、腹六分目で、暗くなったら眠り、明るくなったら起きて、のんびり、ゆったり、唄って、踊って、笑って暮らすのです。

民主党の代表選挙の話から、かなり逸れてしまいました。

でも、まあ、そろそろ、時代はそんな方に、ゆっくり向かうのかもね・・・・・・。


それでは、また明日。

コメント
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