ギリシャ神話あれこれ:牧神パン

 
 子供の頃、パンとサテュロスとの区別がつかなくて困った。今でもあまりつかない。
 どちらも山羊の角と脚を持つ半人半獣の姿をしていて、粗野で陽気で享楽的。歌好き、踊り好き、女好きで、山野を駆けめぐってはニンフたちを追いかける。
 サテュロスというのは、そうした山野の精霊を指す総称で、パンの名が指すのはれっきとした一人の牧神。……らしい。

 下半身は毛むくじゃらの山羊、頭にも山羊の角(のような突起)、おまけに顎には長い山羊鬚を生やした、年寄り臭い容姿の異形の半獣神、牧神パン(ファウヌス、フォーン)。
 彼のこの奇怪な姿は生まれつきのもので、と言うのも、伝令神ヘルメスが山中で羊を飼っていた際、土地の王の娘を見初めて、山羊の姿で接近し交わったため。産まれ落ちた赤ん坊のあまりの姿に仰天した乳母は、悲鳴を上げて逃げ出してしまったという。
 が、父ヘルメスに似て陽気な子で、大喜びのヘルメスは、パンを獣毛皮にくるんでオリュンポスへと連れて行き、我が子の誕生を披露した。その変ちくりんな姿はすべての神々、特に酒神ディオニュソスを大いに喜ばせ、「すべての」を意味するパンという名がつけられたのだそう。

 パンはアルカディアの山中に棲まい、彼を拒んだシュリンクスが姿を変えた葦で作った笙笛を手挟み、同じく彼を拒んだピテュスが姿を変えた松で編んだ冠をかぶった格好で、山野を逍遥してはニンフたちにちょっかいを出す。しばしばディオニュソスにも付き従って、淫蕩な性豪ぶりを発揮し、あらゆるマイナス(狂乱したディオニュソス信女)たちと交わった。
 明るく朗らかで快活な反面、気性が荒く、気難し屋。特に寝起きが悪く、岩陰で昼寝をしているところをうっかり起こそうものなら、不機嫌になるどころではない。突如、不相応に激怒して、山々を轟かす雄叫びを上げ、これを聞く者、大抵は羊飼いたちや羊たちを恐慌に陥れた。この“パニック”という現象はパンの名に由来する。

 オリュンポスの饗宴の真っ只中、突然、火を噴く百頭と大蛇の尾を持つ怪物テュポンが乱入した際、今度は自分がパニックになったパンが、慌てふためいて、上半身は山羊だが下半身は魚に変身して、川へと飛び込んで逃げた、そのときの姿が、山羊座なのだという。

 画像は、シュトゥック「パン」。
  フランツ・フォン・シュトゥック(Franz von Stuck, 1863-1928, German)

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