風景のディーセンシー

 

 フランティシェク・カヴァーン(František Kaván)の絵は、詩情漂う写実を逸脱しない一方で、印象派らしい明るさ、大胆さが際立っていて、私の旅のノートには、チェコ画家のなかでは一番印象派らしい、なんて感想がメモしてある。

 19世紀後半から20世紀初頭にかけて活躍した、多作の印象派画家。また、風景しか描かなかった、生粋の風景画家。新鮮で静謐で、ディーセントで親しみやすい。定めし、重要な画家なのだろう、人気があるのだろう、有名なのだろう、云々、……なんて想像しはするが、この画家も例によって、ほとんどチェコ語の解説しか見当たらない。

 私がカヴァーンを、チェコで一番印象派らしいと感じたのは、きっと、彼の風景には多分に空が描かれているからだと思う。雲が流れ、風が大地を渡っている。陽が移ろい、この景色もやがて季節が流れゆくのだろうと感じさせる。
 静かな画面なのに、動的に思う。彼の絵は、特にどうということもない風景の持つ、アトモスフィアが主人公だ。

 北ボヘミア、イレムニツェ近郊の生まれ。この故郷の風景が生涯、彼の創作の源泉となった。
 詩も書いていたカヴァーンだが、絵を志し、プラハのアカデミーで風景画家ユリウス・マジャーク(Julius Mařák)のアトリエに学ぶ。カヴァーンは印象派のイメージが強いが、初期の、マジャーク譲りの叙情的な写実の風景画も、高く評価されているのだそう。
 世紀の変わる頃には象徴主義に惹かれ、そうした画風をうろうろと試みている。時代は世紀末だし、カヴァーンは詩人なんだしで、耽美にとろけても不思議はない。

 が、カヴァーンは再び写実的印象の風景画へと戻ってくる。そして、慎ましくパストラルな故郷の風景を描きに描くのだ。
 風景の、「何でもない風景」としての、ただそれだけの価値。そうした風景を描く画家の誠実さ、向き合う懸命さ。カヴァーンの絵にはそういう品位、ディーセンシーがある。
 
 実際のところ、カヴァーンは心優しく謙虚な人柄で、描いた絵のほとんどを人に贈ってしまったのだそう。
 会えてよかった画家の一人。

 画像は、カヴァーン「リブニの庭」。
  フランティシェク・カヴァーン(František Kaván, 1866-1941, Czech)
 他、左から、
  「故郷の空」
  「春」
  「スヴォボドネーの冬景色」
  「村の夜」
  「ヴィータノフの風景」

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