スロヴァーツコの心像

 

 ヨジャ・ウプルカ(Joža Uprka)は、それほど有名な画家ではないらしい。が、チェコの民族衣装を描いた風俗画のせいで、印象に残っている。

 ウプルカが描いたのは、生まれ故郷のスロヴァーツコ地方(モラヴィア・スロバキア)。ここはチェコ南東部、スロバキアおよびオーストリアと国境を接する地域で、風俗、民間伝承、音楽、ワイン、衣装など独特の伝統文化を持つという。
 今はもう過ぎ去ってしまった時代の、スロヴァーツコの民衆の生活の情景が、ウプルカの生涯にわたるテーマだった。

 それを彼は、19世紀後半に革新的だった印象派の手法で描き出した。底抜けに明るい色彩と大胆な筆捌きのせいで、彼の絵は陽気で軽快で、ざっくばらんで気取らない。
 故郷スロヴァーツコへの彼の執心と耽溺は、その文化の存在に対する健全な情熱と敬愛、文化の価値に対する譲れない信念に満ちている。紛いない愛情と知識を持つ者の瞥見だけが、逃さずに描きとめることができた、祝祭の行事のために着飾った村人たちの、生き生きとした一瞬。光と生と伝統への讃歌。

 これは私の印象なのだが、民族衣装を着込んだ人々は、群像になればなるほど、表情はおぼろで、必ずしも喜びを見て取れない。ウプルカの描きたかったものは、人々の衣装と、衣装が披露される祝祭と、祝祭に集う群衆の趣き、それ自体だったのだと思う。

 スロヴァーツコ地方中央の、クニェジュドゥプ村の生まれ。プラハのアカデミーで絵を学び、その後間もなく、プラハを去って永遠にスロヴァーツコへと移る。
 パリ滞在時に印象派に接し、光の色彩表現を追求するようになる一方、主題はスロヴァーツコの伝統風俗を離れることはなく、スロヴァーツコの印象と叙景を新鮮な表現で画面に描き出すことに傾倒。ウプルカのスロヴァーツコの情景は、彼の抱く心像なのだ。
 スロヴァーツコ地方じゅうを、絵を描き、展示し、販売しながら旅行する、という専心ぶりなのだから、半端ない。諸種のモラヴィア団体の活動にも協賛し、「モラヴィア芸術家協会」まで設立、初代会長を務めている。

 私、ブルノのほうには行かなかったんだよね。やっぱり一度、行ってみたい。

 画像は、ウプルカ「万霊祭」。
  ヨジャ・ウプルカ(Joža Uprka, 1861-1940, Czech)
 他、左から、
  「開基祭への道のり」
  「聖アントニーンカ祭の最後の一群」
  「ウーヴォドゥニツェ(祭儀用の肩掛け)の娘たち」
  「農民の結婚」
  「民族舞踏の娘の頭部」

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