ボヘミアの森景

 
 
 チェコ近代絵画を先駆けする時代、新しい世代の画家たちに影響を与えた先達として最も頻繁に名前を眼にする画家に、ユリウス・マジャーク(Julius Mařák)がいる。

 なんでこんなにマジャークの名を見かけるのかと言えば、彼がプラハのアカデミーで教鞭を取っていたかららしい。19世紀後半、民族主義の高揚する時代、プラハの国民劇場や美術館の装飾を手がけて文化復興運動に加担する一方、祖国にどっかりと根を下ろした風景画を黙々と描いていれば、そりゃあ、アカデミーの画学生たちにも影響力を持とうというもの。

 マジャークは、ただ風景画だけに生涯を捧げた。作風はロマン派、写実派、印象派のあいだを、マイナーチェンジしつつ行ったり来たりするが、大枠においては一貫している。ロマン主義的にドリーミーなムードを醸す、静寂のボヘミア森景こそが、マジャークの真骨頂だった。
 何気に画面が音楽的なのは、マジャーク自身音楽的だったからかも知れない。子沢山の下級官僚の家庭にも関わらず、マジャークは幼い頃から、絵と音楽とを学んで育った。一族にはオペラ歌手やらバイオリニストやらの音楽家が数多くいる。ちなみに生まれ故郷は、かのチェコ国民音楽の父スメタナと同じく、ボヘミアとモラビアが交差する街リトミシュル。

 マジャークの風景画の主要なテーマは、森の木々だった。ロシア移動派に、樹木ばかりを描いたシシキンという画家がいたが、マジャークもまた、シシキン顔負けに樹木ばかり描く。彼のような人は木の一本一本に、人間と同様の個性を見ていたに違いない。
 描写は地勢記録的な、痛ましいほどの写実なのだが、画家の好みなのか、幽玄な、物語めいた演出が必ず加わっている。その演出が、森の奥へと分け入って、木漏れ陽の射す池沼や小道、渓流などの人知れないスポットにひょっこり出くわした驚きと喜びの感情を呼び起こす。
 大地と樹木の茶と、樹葉の緑の、狭いパレットにも関わらず、あまり太くはない木々が繰り返す縦の線と、それらが作り出す光と影のせいで、画面にリズムが存在する。

 ……こういう何でもない、地味な風景を、描ききることのできる画家というのは、凄い。

 画像は、マジャーク「森へ通ずる小道」。
  ユリウス・マジャーク(Julius Mařák, 1832-1899, Czech)
 他、左から、
  「返事」
  「チロルの主題」
  「五月の森外れ」
  「森の小池」
  「森のなか」

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