ダッハウの老人(続々々々々々)

 
 せっかくなので便乗して、男性の横に立って、私も一枚、誰もいなくなった門をパチリと撮る。男性は振り返り、ムッとしたように眉をしかめる。
 男性がその場を立ち退くので、ようやく私たちも門へと向かう。

 この門というのは実際には、相棒が屈んで潜れるくらいの小さな鉄の扉。そこを潜る段になって扉に、今まで開きっぱなしだったので気づかなかった、しかも先の見物客群がこぞって無視して入っていったのでますます気づかなかった、かの有名な欺瞞のスローガン、「労働は自由をもたらす(Arbeit macht Frei)」の文字が記されているのを発見。
「これを撮らなきゃ意味ないよ!」と相棒。
 もちろんだとも! で、観光客よろしく、扉を閉めてパチリと撮る。

 振り返ると、さっきのカメラマンの男性が再びさっきのベストアングルの場所に立ち戻っている。しまった、そうだった! というような、己の過去の失着を罵り未来の挽回を焦る顔つきで、うなずきながら、訴えるように私たちを凝視している。閉めてくれ! 閉めて退いてくれ!
 で、扉をきちんと閉めて、さっさと退いて所内に入ってあげる。呟くような小さな、「ダンケ」という声が耳に届く。あんなに遠くの人があんなに小声で言う言葉なのに、収容所があまりに静かなものだから、ここまで聞こえるんだ。

 あれほど大勢の見学客たちの群れを吸い込んだ収容所なのに、入ってみると人はまばらにしかいないように見える。それほど強制収容所跡は、だだっ広い。

 このただ広いだけで何もない公園のような、広大な敷地は、記念館もバラックも、慰霊碑も、砂利の敷石も、みんな濃淡があるだけの灰色のモノトーンに見える。この日は曇り空だったので、余計に灰色一色に見える。
 そのなかで色彩のあるものは、木々だったり芝草だったり、霊前に供えられた花束だったり、あるいは行き交う人々のファッションだったりする。色味には生命が伴っている。

 To be continued...

 画像は、ダッハウ、強制収容所内、国際慰霊碑遠望。

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     Bear's Paw -ドイツ&オーストリア-
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