レベッカ(続)

 
 モンテ・カルロで、マキシムから借りた詩集の扉ページに見つけた、レベッカの署名。意外にもマキシムから求婚され、マンダレイに赴いてから耳にした、レベッカの謎めいた死。
 伏線と、徐々に自意識過剰となるヒロインの心理は、ま、上手に描けていると思う。特に、ボートが引き上げられてからのテンポは速く、レベッカの死の真相、ヒロインたちの危難を経て、皮肉な結末に到るまでの展開は、読み応えがある。
 また、ヒロインである「私」の名が、「すばらしい、だが変わった名前」とあるだけで、物語を通じて一度も明かされないのに対して、実際には登場しないレベッカの名が、始終口にされ、タイトルにすらなっているのも、レベッカの存在感を強調していて面白い。
 
 が、レベッカの魔性というものは、私には感じることができなかった。大体、誰をも惹きつける、という時点で、レベッカというのが、狡知に長けた、だが、相手によって自分を変えるという意味で純粋ではない、そういう女性だと察せられる。
 この手の魅力を、私は魔性とは呼ばない。

 私が興味深いキャラクターだと思ったのは、レベッカよりもむしろ、女中頭のデンヴァース夫人。彼女はレベッカを、死後なお崇拝し続け、ヒロインを暗に侮辱し、奸計に陥れる不気味な存在。
 悪意ある残酷さで、ヒロインを窓から飛び降りさせようとするシーンは圧巻。
「本当のデ・ウィンター夫人は、あなたではなくて奥さまなのです。あなたのほうこそ影なのです。死んでいなければならなかったのは、奥さまではなくてあなただったのです。なんでもないじゃありませんか。なぜ飛び降りないのですか?」
 デンヴァース夫人に耳許で囁かれ、ヒロインはふらふらと、寄りかかっていた窓枠から手を離し、白い霧の庭へ落ちていこうとする。怖。

 やっぱり、本当に怖いものって、幽霊なんかではなく、人間の邪悪な側面だと、切に思う。

 画像は、エッティ「裸婦習作」。
  ウィリアム・エッティ(William Etty, 1787-1849, British)

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