憂いの悪魔

 

 世紀末に特有の悪魔的な美、と言われて、私が真っ先に思い出す画家が、ギュスターヴ・モローと、ロシアの画家ミハイル・ヴルーベリ(Mikhail Vrubel)。いずれ劣らず、美を崇拝する画風と、暗く、それでいて宝石のようにきらびやかな、豊かな色調とを持っている。
 が、モローと違って、ヴルーベリなんて全然日本に来てくれない。

 ヴルーベリは、ロシア絵画史のなかでは異色の画家。こういうのを、鬼才、と言うのだと思う。
 レールモントフの同名の詩に傾倒し、デーモン(悪魔)のテーマをライフワークとした。世を憂える孤独な堕天使デーモンは、多分、ヴルーベリ自身なのだろう。彼はアカデミーの伝統を捨て、かと言って、同時代の移動派の社会意識とも交わらない、孤立した存在だった。
 
 早くから豊かな想像力と表現力を持ち、非凡な才能を示していた彼は、キエフの聖キリル教会の壁画とモザイク画の修復を依頼されて、ビザンティン美術とロシア・イコンを研究する。さらにヴェニスに赴き、中世モザイク画や初期ルネサンス絵画に接して、あの宝石の色彩を得、独自の様式を確立する。
 太くて粗くて短い筆致と、虹色に輝く飽和した色彩は、まるでモザイクのよう。メランコリックで謎めいたヴルーベリのテーマと、よくマッチしている。

 ヴルーベリは幼い頃から、絵画と音楽に秀でていたという。で、音楽は、彼の絵画人生のなかでも重要なモメント。
 絵画だけでなく、陶芸やステンドグラス、衣装・舞台デザインなども、幅広く手掛けていた彼は、あるとき、モスクワのオペラ歌手、ナジェジダ・ザベラの美声に一耳惚れする。公演後すぐに、画家は歌手と知己になり、半年後に結婚。ヴルーベリは、妻の衣装をデザインしたり、舞台を演じる妻を描いたりしている。その耽美的なことと言ったら!

 が、その後再び、デーモンのテーマに取り憑かれる。それを観る人々の度肝を抜くために、何度も何度もデーモンを描き直し、成功を収めたけれど、このときすでに精神のバランスを欠いていた。
 やがて精神障害の発作を起こして、以後、医師の監視下に置かれるようになる。急速に迫り来る失明にも関わらず、プーシキンの同名の詩にインスピレーションを得て、預言者をテーマに連作を描く。が、死までの4年間は、精神疾患と失明のため、やむなく筆を断った。

 天使と悪魔なら、私は悪魔に魅力を感じる。鉄腕アトムと写楽保介なら、写楽のほうが好きだし。

 画像は、ヴルーベリ「座せる悪魔」。
  ミハイル・ヴルーベリ(Mikhail Vrubel, 1856-1910, Russian)
 他、左から、
  「ライラック」
  「白鳥姫」
  「パン」
  「真珠貝」
  「画家の妻」

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