傲慢男のファム・ファタル

 

 ラファエル前派の絵は、今日でも根強い人気があるらしい。が、私は苦手。特にロセッティの描く女性は超苦手。
 彼女らはみんな同じような顔をしている。全体にしゃくれた、ごつい男顔で、狭い額、受け口気味の顎、間の開いた両眼、厚ぼったい肉感的な唇、そして、モジャッとした多すぎる髪の毛。
 これらの女性は、要するに、ロセッティの「ファム・ファタル」というわけ。

 「ファム・ファタル」とは「宿命の女」のこと。抗いがたいほど美しく、男を魅了し破滅させる。聖書の例で言えば、サロメやユディト。
 ロセッティは、美貌の女性に出会うたびに、彼女らをモデルに描き、かつ恋人とした。そうやって、理想の女性像を追い求めた。彼の絵は、露骨な女性讃美に満ちている。モデルとなった生身の美人たちがいるにも関わらず、彼女らが体現しているのは、生身さを超えた、永遠の美や崇高、愛、といった理想。みな優雅で耽美的だが、どこか物憂げで夢想的な、現実ならざる雰囲気を漂わせている。これ、ラファエル前派の美人の祖型(プロトタイプ)。
 でも、アカデミーにおける技術習得を怠ったためか、彼の人物はどれもデッサンに難がある。

 ダンテ・ゲイブリエル・ロセッティ(Dante Gabriel Rossetti)は、ヴィクトリア朝イギリスの、傑出して知的、芸術的天分に恵まれた一家に育った。ずば抜けた美男子で、いつでも気づけばその中心にいるような、他を惹きつけ圧倒するカリスマ性もあったとか。社会的因習を軽蔑し、そのくせ画商に対してはしっかりしたビジネスマン。こういう人物、一度ナマでお眼にかかりたい。
 W.H.ハントやミレイらとともにラファエル前派を結成するが、ロセッティだけはグループ名に「初期キリスト教」をしきりに入れたがったというから、最初の最初から、彼の目指す志向がハントやミレイとは異なっていたことが分かる。

 赤い髪で細身の美人、エリザベス・シダルと恋に落ちるが、彼女を理想化し偶像視するあまり、触れてはならない愛の対象として扱い、どうも妙ちくりんな関係だったらしい。
 が、リジーとの長い長い婚約のあいだに、のちにウィリアム・モリスの妻となる黒髪の美人、ジェーン・バーデンに出会う。繊細で病弱なリジーにとって、ジェーンの存在は心痛の種。結局、ロセッティはリジーと結婚するが、彼女は死産ののち、阿片を過剰服用して、自殺同然の死を遂げる。
 悲嘆と哀惜、悔恨と呵責の渦のなか、ロセッティは詩の草稿を妻リジーとともに埋葬する。けど、のちに、その詩を取り戻すため、妻の墓を暴いているのだから、物凄いエゴイスト。

 友人モリスの妻ジェーンへの思慕は募り、やがて二人は、道義にもとる関係とやらに到る。ちなみにモリスのほうは、同じラファエル前派の友人バーン=ジョーンズの妻、ジョージナ・マクドナルドに横恋慕しているのだから、ややこしい。

 自制心はないくせに良心はあるばっかりに、ロセッティは、亡き妻と人妻と友人とへの罪悪感にさいなまれ、次第に心身を病んでゆく。眼疾と不眠症にも悩まされて、酒と阿片を常用し、パラノイアの兆候も現われる。デブるわ、ハゲるわで、かつてのハンサムな面影は見る影もなくなったが、相変わらずカリスマ的ではあったという。
 で、旧交のほとんどを捨て去り、隠遁同然の奇矯な生活を送っていたところが、ある日突然、気力を失って死んでしまった。

 ロセッティって、奇人だけど、自由人ではない。恋多いけど、情熱的ではない。文化的素養はあるけど、理性的ではない。概ね、病的で、偏執的で、傲慢で、利己的で、自己満足に終始し、肝心なところで度胸がない。
 私の一番キライなタイプ。

 画像は、ロセッティ「マイ・レディ・グリーンスリーヴス」。
  ダンテ・ゲイブリエル・ロセッティ(Dante Gabriel Rossetti, 1828-1882, British)
 他、左から、
  「聖母マリアの少女時代」
  「ダンテの愛」
  「ベアータ・ベアトリクス」
  「モンナ・ヴァンナ」
  「スノードロップ」

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