今日は父の8回目の命日でした。
この時期は雪があったりして墓参りが出来ないことがありますが、今年は寒の時期とは思えないほど暖かでお参りすることができました。
「8年目の真実」などと書くと大袈裟なのですが、この8年間、私はずっと思い巡らしていたことがあるのです。
それは、父が最期の時を迎える1~2時間前のことでした。
閉じられた瞼にうっすらと涙が浮かんだのです。
あの涙は何だったのだろう?
死にたくないの涙か?
痛い、苦しいの涙か?
死を悟り、悲しいの涙なのか?
ありがとうの感謝の涙なのか?
それとも・・・
いつも堂々巡り。この答えは永遠に得られないだろうと思っていたのでした。
それが、先日、ネットを見ていて偶然答えが見つかったのです。
臨終が近い人は、瞳に涙を浮かべているように見えることがあります。
これは、筋肉が緩んで瞼を自力で閉じられなくなってしまい、目が乾燥することで涙が出る生理現象の一つです。
「悲しい」「つらい」などの感情による涙ではないのですが、瞼を開けたり閉じたりする元気もほぼ残っていないといえます。
ああ、あれはただの生理現象だったんだ。
そうよね。あの時、父は意識が無かった。
仮にあったとしても、もう脳の考える機能は失われていたと思う。
このことを知って、私は、なんだか物凄くホッとしました。
そっか。あの涙、悲しみでも痛みでもなかったんですね。
確かに目を開けたままにしておくと、目が乾燥してヒリヒリしてきて涙目になりますもんね。
脳が泣くことを命令しなくても、体はちゃんと反応して涙を出させるって、考えてみたらすごくないですか?私たちの体のしくみって。
今朝のニュースで知りましたが、深夜、今朝方の地震、大きかったようですが、被害はございませんでしたか?
さぞびっくりされたでしょうね、慣れなんて絶対無いと思います。
コメントありがとうございます。
ヒト(動物も直物もですが)の身体って、本当に不思議!よくできていると思います。
大きな怪我の時は痛みを感じないようにドーパミンとかアドレナリンを出すとかね。
亡くなる前の涙は、お別れを察して流しているのかと思ってしまいますけど、ただの生理現象とは拍子抜けというか・・・
でも、父があの時はもう何も感じていなかったんだと思うと、すごーく安堵しました。
ご心配ありがとうございます。
スマホのアラームで何事かと飛び起きましたが、福島市はほとんど揺れませんでした。
震源地は南会津で、栃木県との県境あたりですから福島市とは離れています。
でも、ここ数日、会津地方で地震が続いているので心配しています。
生理現象、、、とは
思いもつきませんでした、、
驚きです、、(@ ̄□ ̄@;)!!
感情ではなくて、生理現象、、、
そう考えると、逆に、、、
なおさら、感情がジーンと
響いて伝わってくるかねように
思えます、、
気付きを
有難う御座います(^.^)(-.-)(__)575
コメントありがとうございます。
生理現象とは、オドロキですよね。
言われてみると、しっくりきます。
最期の時、父は何も感じていなかったのだと思うと、ホッとしました。