チエちゃんは、テレビと並んでマンガも大好きでした。
マンガ本を買い始めたのは、小学校3年生の頃でしょうか。おばあちゃんやお母さんにおこづかいをもらっては、毎週買っていました。
きっかけは、少女フレンド連載中である うめずかずお先生の〝へび少女〟が読みたかったからです。"へび少女〟は、オカルト系で、他の作品より紙面が暗くて、とっても怖いお話でした。
現実にはへび少女なんていないと分かっていても、夜ひとりでお便所に行くのがコワくて、コワくて・・・。それでも、怖いもの見たさで購読を止めることができませんでした。
あの頃、少女マンガ雑誌は『
週刊少女フレンド』と『
週刊マーガレット』の2大誌が競っていました。チエちゃんは、その時その時でお気に入りのマンガが連載される度、交互に買い換えていました。
値段は、当時50円だったと記憶しています。
チエちゃんのお気に入り漫画家は、里中満智子先生、もりたじゅん先生(たぶん、『
りぼん』に書いていた)、庄司陽子先生などでした。
木村三四子先生の"奥様は18歳!〟も、テレビ化されたので憶えています。
やがて、バレーボールスポ根マンガ
〝アタックNo.1!〟が連載されると、チエちゃんは鮎川こずえちゃんに夢中になりました。(この作品は後にアニメ化された)
そして、同じバレーボールスポ根もの
〝サインはV!〟で、さらにバレーボール熱が上がってしまいました。朝岡ユミの稲妻おとしサーブや、混血児ジュン・サンダースとのコンビネーション・プレーX攻撃に、できるわけないよなあ~と思いながらもあこがれる毎日でした。(この作品もテレビで実写化された)
これらの大ヒットの背景には、やはり、東京オリンピック女子バレーボール 東洋の魔女チーム活躍の影響が大きかったのかもしれません。
チエちゃんと大親友の
ナオちゃんは放課後、学校の体育館でドッヂボールのボールを使い、バレーボールの練習をしました。稲妻おとしや回転レシーブにも挑戦しました。
そして、中学生になったら絶対
バレーボール部に入部しようと、固い約束を交わしたのでした。
それから、チエちゃんはある時期(中学生になる頃だったと思う)急に、少女マンガがつまらないものに思えてきました。好きだとか、嫌いだとか、愛してるなんてことがひどくバカバカしく思えて、少女マンガ誌を止め、少年マンガ誌を購読し始めたのです。これが、チエちゃんの少年マンガ史の幕開けです。
そのお話は、またいつかの日か。