元・副会長のCinema Days

映画の感想文を中心に、好き勝手なことを語っていきます。

「クヒオ大佐」

2009-11-02 06:50:31 | 映画の感想(か行)

 映画の時代設定を90年代初頭にしたことが本作の妙味になっており、同時に限界をも示していると思う。この映画は二部構成で、第一部の「血と砂と金」は湾岸戦争を含めた当時の世界情勢と、それに対する日本のスタンスをごく短い時間で紹介している。引き続き第二部の「クヒオ大佐」が始まるのだが、世界中がイラクを糾弾し多国籍軍を支持していた中で日本だけが“カネだけ出して汗は出さない”と論難された後ろ暗さが、クヒオ大佐の存在理由の一つになっている。

 いくら実話だと言っても、日本人なのにアメリカ軍人と名乗って女性を次々と騙した実在の結婚詐欺師を、現時点で違和感なくそのまま映画化するのは至難の業である(ちなみに、この事件が実際起こったのは80年代前半)。日本人がアメリカあるいはアメリカ的なものに対して特別な感情を抱いていたあの頃だからこそ、クヒオ大佐の出番があったのだろう。

 しかし、この設定ではクヒオ大佐の側にも湾岸戦争を初めとする国際情勢について、アメリカ人として何か言及しなければならない義務が生じる。事実、劇中ではペテンにかけようとした女の上司から“アメリカは戦争ばかりしている!”と非難されたのに対し、クヒオは“平和を守るために戦争しているのだ!”と言い返す場面がある。ところがそれが全くサマになっていないのだ。

 ケチな詐欺師の分際で、そんな大それたことを言える背景というのが描かれていないから違和感が付きまとう。一応彼の不幸な生い立ちというのが紹介されるが、それがどうしてアメリカ軍人を騙ることに繋がるのか、その理由が不明確である。もうちょっと彼がアメリカに抱く複雑な想いを活写しないと、話自体が絵空事になってしまう。

 それでも堺雅人の妙演は本作を見応えのあるものに押し上げている。彼は付け鼻と片言の日本語だけで、胡散臭いキャラクターをそのまんま演じきってしまう。ペテン師なのにロマンティスト、いい加減だけど彼なりの正義感もある。こういう人を食ったような男に簡単に成りきれるのは、堺以外には考え付かない。現在最も注目すべき俳優だろう。

 女優陣も万全で、恋愛に慣れていない弁当屋の女主人を演じる松雪泰子は、純情さと不貞不貞しさとを兼ね備えて絶品だ。彼女は年齢を重ねて本当に良い女優になったと思う。博物館の学芸員に扮する満島ひかりも素晴らしい。童顔の彼女にしては珍しく実年齢に近い役柄だが(笑)、若い女特有の頑なさだけではなく、その裏に潜む弱さを実に上手く表現している。

 吉田大八の演出は前作「腑抜けども、悲しみの愛を見せろ」よりもスムーズになっており、終盤近くの無手勝流の展開もあまり違和感がない。ただし、それだけに脚本にもう一つ工夫が欲しかった。
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする