元・副会長のCinema Days

映画の感想文を中心に、好き勝手なことを語っていきます。

「サントメール ある被告」

2023-08-28 06:12:26 | 映画の感想(さ行)
 (原題:SAINT OMER)見応えのあるリーガルスリラーであり、しかもアプローチが正攻法ではなく変化球で観る者の内面を絶妙に揺さぶっていく。考えてみれば、法廷劇といっても必ずしも全てが理詰めに進行するわけではない。裁く者、そして裁かれる者も生身の人間である以上、心情的なファクターが介在してくるのを排除することは出来ない。しかも本作ではジェンダーや民族性といった微妙な問題も絡めてくる。その重層的な構造には感心するしかない。

 ノンフィクションの書き手としてキャリアを積んでいる女性作家ラマは、フランス北部の町サントメールを訪れる。当地でおこなわれる、生後15カ月の娘を海辺に置き去りにして死亡させた容疑で逮捕された若い女ロランスの裁判を傍聴し、次作の題材とするためだ。ところが、被告本人や犠牲になった娘の父親などの証言は噛み合わず、裁判が続くほど真相がどこにあるのか分からなくなる。やがてラマは偶然にロランスの母親と知り合うが、そこでこの一件に被告の生い立ちが大きく影響していることを理解することになる。



 ロランスはセネガル出身で、フランスに留学した際に妻子ある白人男性と付き合うようになり、娘を産んだのだった。この男の所業はロクでもないのだが、これが単純な不倫話ではなくロランスのメンタルに深刻なダメージを与える一大事になったことを、なかなか裁判の関係者たちは分かろうとしない。さらに、ラマ自身もアフリカからの移民二世で現在の夫は白人。しかも妊娠しているという、ロランスの境遇とシンクロする部分が多く、それがラマの心にも大きくのし掛かってくる。

 これが劇映画デビュー作となったセネガル系フランス人監督アリス・ディオップの仕事ぶりは野心的で、トリッキィな作劇もとより、ロランスの屈折した心境をあらわすような変則的なカット割りは強い印象を残す。またパゾリーニの「王女メディア」が重要なモチーフとして採用されているのはインパクトが大きい。裁判官と弁護士が女性で、検察官が男性というのも幾分図式的だが納得出来るところである。

 観終わって、ヨーロッパ諸国での移民に対する拭いがたい差別構造を再認識した。エセ保守派の連中はよく“差別されるのがイヤならば移住するな!”などと口にするようだが、そんなことで片付けられるほど事態はシンプルではない。斯様な小賢しい決め付けなど、とうの昔に出番を失うほどに現実は複雑化している。

 2022年の第79回ヴェネツィア国際映画祭で銀獅子賞(審査員大賞)と新人監督賞を受賞。ラマ役のカイジ・カガメやロランスに扮するガスラジー・マランダをはじめ、ヴァレリー・ドレヴィル、オレリア・プティ、グザビエ・マリーらキャストの奮闘も評価出来る。「燃ゆる女の肖像」などのクレール・マトンのカメラによる清涼な映像も要チェックだ。
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「ドリーム 狙え、人生逆転ゴール!」

2023-08-27 06:51:10 | 映画の感想(た行)
 (英題:DREAM )2023年7月よりNetflixより配信された韓国製のスポ根ドラマ。お世辞にも垢抜けた出来とは言えないが、各キャラクターの濃さと強引に繰り出されるギャグのテンポの良さで、最後まで退屈せずに付き合えた。本国公開は同年4月で、その時点で年間韓国映画興行収入ランキング第3位を記録するヒットになっている。

 人気サッカー選手だったユン・ホンデは、その短気な性格が災いして横柄なマスコミのリポーターをシバくという不祥事を引き起こす。彼は謹慎を言い渡されるが、そこに目を付けたのが某テレビ局。彼をホームレスを寄せ集めた即席のホームレス・サッカーチームの韓国代表監督に就任させ、再起を図る姿をドキュメンタリー番組に仕立てて一発当てようと目論む。否応なくこの話に乗せられたホンテだが、若手女性ディレクターのイ・ソミンのわがままに振り回されながらも、何とかチームを作り上げてホームレス・ワールドカップの本大会を目指す。

 一応は2010年に開催されたホームレス・ワールドカップに韓国が初めて出場した事実を元にしているが、その際の会場はブラジルであったのに対し、本作ではなぜかハンガリーのブダペストになっている。現役のプロサッカー選手が監督を引き受けたことはなく、並み居る強豪相手に善戦した事実も無いらしい。だからこの映画は純然たるフィクションだと思った方が良い。

 思わぬ逆境に追い込まれたホンデの手前勝手な懊悩には苦笑するが、その彼と遠慮会釈無く“テレビ的演出”をゴリ押ししてくるソミンとの掛け合いは愉快だ。チームメンバーも実に個性豊かで、離婚して娘の親権を元嫁に取られたものの、娘に良いところを見せようとするオッサンや、キャンプで行方不明になった恋人を探すため加入した小心者のエース、元暴力団員のゴールキーパーなど、けっこう粒ぞろい。サッカーには縁の無さそうな連中が、やがて鍛練を積んで大舞台に臨むという筋立てはスポ根ものの王道で、多少のモタつきがあっても気分を害さず見ていられる。開催地のブダペストの風景も素敵だ。

 脚本も担当したイ・ビョンホン監督の仕事ぶりは幾分泥臭いが「エクストリーム・ジョブ」(2019年)の頃よりも手慣れている。主演のパク・ソジュンやIU(本名イ・ジウン)、キム・ジョンス、ホン・ワンピョ、イ・ヒョヌらキャストは健闘していると思う。それにしても、ホームレス・ワールドカップという大会の存在はこの映画を観るまで知らなかった。面白いイベントがあるものだ。
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「ミッション:インポッシブル デッドレコニング PART ONE」

2023-08-26 06:05:52 | 映画の感想(ま行)
 (原題:MISSION:IMPOSSIBLE DEAD RECKONING PART ONE)上映時間が2時間44分というのは、いくら何でも長すぎる。先日観た「インディ・ジョーンズと運命のダイヤル」も2時間34分という長尺だったが、大河ドラマでもアート系フィルムでもない活劇映画の分際で、これだけの上映時間を必要とすること自体おかしいと思う。しかも本作は「PART ONE」と銘打っていることからも分かる通り、前半部分に過ぎないのだ。

 もちろん、いくら尺が長くても中身が充実していれば許せるのだが、これがどうも弱体気味。ロシアが次世代潜水艦用の推測航法(デッドレコニング)のために開発した高度なAIシステムが突如として“自我”に目覚める。搭載された艦は沈没するが、その心臓部分は海底にて半永久的に作動。世界中のITデバイスを支配できるこのシステムを制御するには2つの鍵が必要だが、今回イーサン・ハントに課されたミッションは、この鍵がテロ分子に渡る前に見つけ出すことだ。



 ここ2,3作では“IMFが組織的活動を停止させられ、ハント及びその仲間が追われる身となる”という設定ばかりだったので、今回のネタは新鮮味はある。だが、最新のAIをコントロールするのが、アナログな鍵というのが何とも脱力する。しかもこの鍵の造形は安普請で存在感が希薄だ。こんな物のために大のオトナたちが右往左往する様子は、滑稽でしかない。

 敵の首魁はハントがIMFに入る前に出会って深い因縁があるというガブリエルという男だが、ハッキリ言ってシステムを手に入れて何をしたいのか分からない。まあ、その真相は続編で明かされるのかもしれないが、説明抜きでの狼藉ぶりは愉快になれない。それでも予告編の段階から何度も見せられた派手なアクションシーンが小気味良く展開されるのならばあまり文句は無いが、これが一つ一つが無駄に長くて飽きてしまう。このあたりが上映時間が引き延ばされた要因だろう。

 しかも、活劇場面はいずれも過去にどこかで観たような御膳立てであり、アイデア不足は否めない。ならばドラマ部分はスムーズなのかというと、これも違う。今回の重要なネタとして“ヒロインの交代”が挙げられるが、その顛末が冗長で観ていて面倒くさくなる。あと、交渉場所にわざわざ山岳列車のような不安定な場所を指定したり、仲間から案内された現場とのアクセスポイントが断崖絶壁だったりと、無理筋なモチーフの連続。

 これでシリーズ三回目の登板になるクリストファー・マッカリーの演出は相変わらずピリッとせず、シナリオを追うだけで手一杯の様子だ。トム・クルーズのパフォーマンスはいつもの通り。ヘイリー・アトウェルにビング・レイムス、サイモン・ペッグ、レベッカ・ファーガソンら他の面子も大したことは無い。敵役のイーサイ・モラレスは貫禄不足。印象に残ったのは前回に引き続いて登場のヴァネッサ・カービーと、女殺し屋役のポム・クレメンティエフぐらいだ。本編を観た関係上、パート2が公開された際も劇場に足を運ぶことになるが、期待はしていない。
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「バード・オン・ワイヤー」

2023-08-25 06:14:31 | 映画の感想(は行)
 (原題:Bird on a Wire)90年作品。当時すでに40歳を過ぎていたにも関わらず申し分のないプロポーションを維持していたゴールディ・ホーンと、その頃の「US」誌選出のセクシー男優のベストテンにランクインしたメル・ギブソンとの“セクシー共演”を鑑賞するシャシンだ(笑)。ハッキリ言って、それ以外にはあまり見どころは無い。ただし、ユニヴァーサル映画創立75周年記念作品ということで十分な予算はかけられており、チープさが無いのは救いである。

 弁護士のマリアンヌ・グレーヴスは、偶然立ち寄った自動車修理工場で15年前に事故でこの世を去った恋人リック・ジャーミンにそっくりの男と出会う。他人のそら似だと思ったマリアンヌだが、実は相手はリック本人だった。彼は15年前にメキシコの麻薬カルテルに関する事件の証言をするためにFBIの証人保護リストに登録されていて、名前も職業も変えてひっそりと暮らしていたのだ。



 彼女に勘付かれたと思ったリックはFBIの新しい担当者であるジョー・ウェイバーンに連絡するが、彼はすでにくだんの麻薬組織に買収されていた。ウェイバーンはリックの生存を組織に通報すると、早速殺し屋どもがリックを狙って押し寄せてくる。リックはマリアンヌを伴っての決死の逃避行を強いられる。

 マリアンヌは敏腕弁護士という触れ込みだが、G・ホーンが演じると少しもそうは見えない。こんなに浮ついたギャルっぽい女が法廷でシッカリと仕事が出来るとは思えないのだ。リックに扮するM・ギブソンはいつも通りだが、何となくG・ホーンに押されて存在感は薄い。少なくとも「マッドマックス」や「リーサル・ウェポン」のシリーズのようなキャラの濃さは見受けられない。ただ、セクシー男優のメンツからか、上半身の裸はもちろんのこと、お尻のヌードまでも披露して主演女優に対抗しているのは御愛敬だ。

 本作はコメディ仕立ての“トラプル巻き込まれ型サスペンス編”だが、お笑いが過ぎてサスペンスの方は盛り上がらない。しかも、筋書きは単純のようで無理筋であり、御都合主義が目立つ。クライマックスが動物園内の活劇という悪くないモチーフを提示はしているが、主要キャラであるはずの獣医のレイチェルがクローズアップされていないのも不満だ。

 監督のジョン・バダムは80年代半ばまでは意欲的な仕事を手掛けていたが、この時期には並のプログラム・ピクチュアの演出家として落ち着いてしまったようだ。デイヴィッド・キャラダインにビル・デューク、スティーヴン・トボロウスキー、ジョーン・セベランスといった他の面子は可も無く不可も無し。音楽はハンス・ジマーが担当しているが、大して印象に残らない。
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「ナチスに仕掛けたチェスゲーム」

2023-08-21 06:06:51 | 映画の感想(な行)
 (原題:SCHACHNOVELLE )この邦題は完全に間違っている(笑)。タイトルだけ見れば誰だって“チェスの達人である主人公がナチスの高官に対局を挑み、その裏でユダヤ人たちの脱出計画などが展開するドラマ”みたいな話だと思うだろう。しかし実際観てみると様相がまるで違っているので、この時点で敬遠してしまった観客も少なくないと想像する。だが、それらを割り引いて鑑賞してみれば、これは実に手の込んだ心理ドラマであり、見応えたっぷりだ。

 第二次大戦が終わり、かつてウィーンで公証人の仕事をしていたヨーゼフ・バルトークは妻アンナと共にロッテルダム港からアメリカへと向かう豪華客船に乗る。彼は戦時中にオーストリアを併合したナチスドイツに拘束され、顧客の貴族の資産の預金番号を教えるよう脅迫されたことがあった。その際に偶然覚えたのがチェスで、今ではかなりの腕前になっている。ちょうど船内では世界王者を招いてのチェス大会が催されており、ヨーゼフは王者と一騎打ちをする機会を得る。



 予約していた客室のグレードが違っていたり、一緒に乗船したはずのアンナがいつの間にか消えていたりと、ヨーゼフの周囲には奇妙なことが頻発する。並行して描かれるのが、ナチスに囚われていた時の辛い体験だ。強制収容所に収監されたわけではないが、彼はホテルの一室に閉じ込められて外界との接触を断たれる。しかも書物や新聞からは遠ざけられ、食事以外はタバコを与えられるのみで気晴らしになる物は一切無い。何とか手に入れられたのがチェスの入門書で、彼はそれを熟読してチェスをマスターしていくという筋書きだ。

 しかし、素人がガイドブックを読んだだけで世界チャンピオンと渡り合えるだけの棋力を得られるわけがない。そもそも、原作者であるオーストリアの作家シュテファン・ツバイクが元ネタの小説「チェスの話」を執筆したのは1942年で、彼は戦後の風景を知らない。だからこれは、リアリズムで押し切るべきシャシンではないのだ。すべては主人公の内面を追ったものであり、本当の“現実”らしきものはラストに示されるのみである。また、それによってナチスの非人間性と戦争の悲惨さが浮き彫りになってくる。

 フィリップ・シュテルツェルの演出はこの複雑な映画の構造を破綻なく表現しており、主役のオリバー・マスッチもニューロティックな妙演を見せている。そしてゲシュタポ将校に扮するアルブレヒト・シュッフのアクロバティックな役回りは凄い。ビルギット・ミニヒマイアーにアンドレアス・ルスト等、脇の面子も良好。

 なお、ヨーゼフが“チェスはゲルマン民族の遊びに過ぎない(だから嫌いだ)”という意味のセリフを吐くシーンがあるが、実際はそうでもない(起源は古代インド)。しかし、初代の世界王者のヴィルヘルム・シュタイニッツは確かにゲルマン系であり、しかもオーストリア帝国出身。そのことに関係したモチーフであると思われる。
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「風の又三郎 ガラスのマント」

2023-08-20 06:06:56 | 映画の感想(か行)
 89年作品。誰でも知っている宮澤賢治による童話の、1940年の島耕二監督作、1957年の村山新治監督作に続く実写版では三回目の映画化だ。本作が異彩を放っているのは、原作には存在しないキャラクターを重要な役柄として登場させていること。ひとつ間違えば宮澤賢治の世界そのものを瓦解させてしまうような“暴挙”とも言える試みなのだが、実際観てみると何とこれが成功している。製作陣の果敢なチャレンジには感心するしかない。

 夏も終わりに近付いた頃、東北の山間の村にある小さな分教場に転校してきた高田三郎という少年と、地元の子供たちとの関係性を描くという設定は原作通り。しかし、この映画の中で三郎と最初に接触するのは、病弱な母と二人で暮らす少女かりんである。かりんは原作には出てこない。彼女は三郎のスピリチュアルな側面を強調すると同時に、元ネタでは最後まで正体が分からない三郎を、映画では子供たちの“成長”のメタファーとして機能させるための媒体といえよう。



 見ようによっては、結局は村の子たちだけで結束して三郎を疎外してしまう原作の顛末とは異なるかもしれないが、母親が療養所に入る関係で村から離れるかもしれないかりんの存在もまた、三郎のキャラクターを補完するものと考えれば納得出来る。彼女は片耳が聞こえないという設定も、三郎とペアでの形而上的な佇まいを醸し出す。

 伊藤俊也の演出は闊達だが、何といっても観る者の度肝を抜くのは高間賢治によるカメラワークだ。冒頭のヘリコプターによる空からの撮影をはじめ、ステディ・カムやクレーンを多用した撮影は、まさしく映画全体を“風の目線”から捉えたような浮遊感と躍動感を達成している。東北の夏の、輝かしい美しさの表現も申し分なく、最初から最後までまさに夢見るような映像体験を味わえる。

 バックに流れる富田勲の音楽がまた最高で、特に原作の詩にメロディを付けた主題歌(島耕二監督版でも採用されている)が大胆なアレンジで鳴り響くシークエンスは鳥肌ものだ。早勢美里に小林悠、志賀淳一ら子役は皆達者なパフォーマンスを見せる。樹木希林に岸部一徳、内田朝雄、檀ふみ、すまけい、草刈正雄といった大人のキャストも有効に機能しており、幅広く奨められる良作といえよう。
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「658km、陽子の旅」

2023-08-19 06:16:50 | 映画の感想(英数)
 話自体はとても承服できない。あまりにも脚本がお粗末だ。熊切和嘉監督が2001年封切の秀作「空の穴」以来22年ぶりに菊地凛子を主役に据えて撮った作品ということで期待したのだが、このレベルで終わっているのは脱力するしかない。聞けば本作は、某エンタテインメント会社が主催した企画コンテストの入選作を原案にしているらしい。しかしながら受賞作が“この程度”であるならば、我が国のクリエーター全体の水準も“その程度”になりつつあるのではないかと、いらぬ心配もしてしまう。

 主人公の工藤陽子は42歳で独身。若い頃に家を飛び出して上京したものの、まともな就職先も見つけられず、今は引きこもりに近い状態で何となく日々を過ごしている。ある日、従兄の茂から20年以上疎遠になっていた父親の昭政が亡くなったことを知らされた陽子は、茂とその家族と一緒に故郷の青森県弘前市まで車で向かう。だが、途中のサービスエリアで彼女は茂たちと逸れてしまう。所持金も無い彼女は、仕方なくヒッチハイクで故郷を目指す。



 まず、昔いくら若かったとはいえ確たる目的もツテもなく東京に出てきたヒロインには共感できない。さらに、20年以上も実家に連絡を取っていない理由が示されないのも失当だ。そして何より、茂たちを見失った際の話の段取りが不合理に過ぎる。どう考えても、主人公が一人でフラフラと長旅に出かけなければならない状況ではないし、茂もコミュニケーション能力に難のある陽子を放置したまま勝手に青森までの行程を進めて良い立場ではない。まずは警察なり何なり、しかるべき機関に駆け込むべき案件だ。少なくとも、サービスエリアのスタッフに携帯電話を借りるぐらいのことは考え付きそうなものである。

 また、陽子が道中で出会う人々もまるで現実感が無い。そもそも、ここ日本においてヒッチハイクという“形態”が認知されているとは思えない。ましてや文無しで訳ありの彼女を見掛ければ、誰だって当局側の保護の対象だと判断するだろう。劇中では何度か若い頃の昭政が陽子の心象風景として出てくるが、その割にはこの親子の関係がどうであったのかハッキリしない。極めつけは、旅を終えた陽子を迎える茂の態度。何かの茶番としか思えなかった。

 主役の菊地の熱演は認めて良いし、竹原ピストルに黒沢あすか、浜野謙太、篠原篤、吉澤健、風吹ジュン、そしてオダギリジョーなど、演技が下手な者は一人も出ていないのだが、話の内容がこの有様なので印象が実に薄い。良かったのは小林拓のカメラによる映像とジム・オルークの音楽ぐらい。熊切監督も次回からはネタを吟味して仕事に取り掛かってほしい。
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「リバー、流れないでよ」

2023-08-18 06:12:10 | 映画の感想(ら行)
 巷では絶賛されているらしく、実際観ても最後まで飽きずに接することは出来たが、諸手を挙げて評価するほどではない。少なくとも、同じく劇団“ヨーロッパ企画”が提供したシャシンでは「サマータイムマシン・ブルース」(2005年)の方が数段楽しめる。さらには、似たような体裁の「MONDAYS このタイムループ、上司に気づかせないと終わらない」(2022年)が前年公開されたばかりなので、かなり分が悪いと言える。

 京都府貴船にある老舗の温泉旅館“ふじや”で働く仲居のミコトは、別館裏の貴船川のほとりで物思いに浸っていたところを女将に呼ばれて持ち場に戻るが、なぜか2分後に気が付くと元の場所に立っていた。しかも彼女だけではなく、他の従業員や宿泊客も同じ現象に遭遇している。どうやら時間が2分ごとにループしているらしく、かつ個々人の記憶は引き継がれていくので、彼らは次第にパニック状態に陥っていく。それでも人々は力を合わせてこの異常事態からの脱出を試みる。



 2分間というループ周期はドラマをスピーディに進める上で有効かと思われたが、短すぎて出来るごとが限られてしまう。さらに、2分間でやるべきことを実行しようとするため、全員早口でカメラワークも忙しない。おかげで1時間半ほどの尺ながら後半から単調さが目に付くようになる。このタイムループ現象は“ふじや”とその周辺だけで発生しているのだが、終盤明かされるその事情は何とも安直だ。また、劇中に何かドラマティックなネタが仕込まれているわけでもなく、せいぜいミコトの淡い色恋沙汰が挿入される程度。

 山口淳太の演出はギャグの振り出し方こそ非凡だが、骨太なドラマ性には欠ける(もっとも、そんなものは必要ないと割り切っているのかもしれないが ^^;)。ミコト役の藤谷理子をはじめ、鳥越裕貴に永野宗典、角田貴志、酒井善史、石田剛太といった“ヨーロッパ企画”の面々は、手堅いと言えば手堅い。本上まなみや近藤芳正、早織、久保史緒里(乃木坂46)などの外部キャストも悪くない。

 なお、舞台になった旅館は藤谷の実家らしいが風情はとても良い。タイムループが進むうちになぜか季節が変わって雪が降り出すあたりは突っ込むべき点だろうが、絵面としてキレイなので許そう(笑)。滝本晃司の音楽と“くるり”による主題歌も効果的だと思う。
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「ゼイ・クローン・タイローン 俺たちクローン?」

2023-08-14 06:07:53 | 映画の感想(さ行)

 (原題:THEY CLONED TYRONE)2023年7月よりNetflixより配信。奇妙なテイストが味わえるシャシンだ。とびきり面白いわけではないが、独特の世界観と気の利いた御膳立てにより最後まで楽しませてくれる。また表面的にはふざけているようでいて、けっこう硬派の社会派ネタも挿入されており、鑑賞後の印象は強い。

 時代設定はたぶん80年代後半から90年代初頭。ジョージア州アトランタのアップタウンに暮らすヤクの売人のフォンテーヌはその日も“仕事”に出かけるが、同業者との縄張り争いに巻き込まれ、銃弾を浴びて死亡する。ところが次の瞬間、時間は当日の朝へと逆戻りし、彼は自室で目を覚ます。そして似たようなことを繰り返すハメになるが、時間がループしているのではないかと疑ったフォンテーヌは、ポン引きのスリックと娼婦のヨーヨーと共に謎を追い始める。すると街の地下に怪しげな施設が存在していることが判明し、そこでは世の中をひっくり返すような陰謀が展開されていた。

 ハッキリ言ってこのタイトル自体がネタバレに近い(笑)。とはいえ、序盤は最近よくあるタイムループ物かと思わせて、実はハードSF寄りの話に収斂されるという仕掛けは悪くない。しかも、主人公たち3人をはじめ登場人物の大半が黒人。だから劇中での陰謀とはBLM(ブラック・ライヴズ・マター)に関するものかと思ったらその通りになる。もちろんその企み自体は荒唐無稽であるが、いかにも世にはびこるエセ保守層が夢想しそうなことで、観ていて苦笑してしまった。

 ジュエル・テイラーの演出はテンポの良さよりも各キャラクターを立たせることに腐心しているようで、主役3人の掛け合い漫才のようなセリフの応酬には“(無駄話はほどほどにして)早いところストーリーを進めろよ!”と心の中で突っ込みながらもニヤニヤしながら眺めていられる。レトロ風味を狙った粒子の粗いザラザラした画面も効果的だ。

 主演のジョン・ボイエガとジェイミー・フォックス、テヨナ・パリスは絶好調。特にボイエガの文字通り“多面的”な演技の幅の広さは強く印象付けられる。敵役のキーファー・サザーランドもイイ味を出している。使用楽曲はもちろんブラック・ミュージック中心。昔のナンバーも網羅されてはいるのだが、映像の建て付けとは一見マッチしていないような最近のR&Bも上手い具合にフィーチャーされている。
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「CLOSE/クロース」

2023-08-13 06:45:51 | 映画の感想(英数)
 (原題:CLOSE )まるでピンと来ない映画である。少なくとも個人的には共感する部分がまったく無かった。かなり世評は高いようだが、それらは作品の中身ではなく“別の要素”に対する興味によると思われる。何度も言うようで恐縮だが、最近の映画界は“内容よりも取り上げられた題材が重要視される”という傾向があるが、この作品もその流れにある一本だ。

 ベルギーとの国境に近いオランダ南部の田舎町に暮らす12歳のレオとレミは、学校でも地域でもいつも一緒の親友同士。ところが、中学校に進学すると2人の親密すぎる間柄を周りの生徒たちにからかわれたことで、レオはレミと距離を置こうとする。2人の関係は次第に気まずいものになり、ケンカもするようになる。そしてある日、突然レミは自ら命を絶ってしまう。ショック受けたレオはどうしていいか分からず、ただ悩むばかりだった。



 ハッキリ言って、レミがどうして自決したのか、その理由がまるで見えなかった。子供時代には、どんなに仲の良かった友人でも環境が変われば疎遠になっていくことは珍しくもない。言い換えれば、そんな経験の無い者はあまりいないのだ。だからこそ、紆余曲折があっても末永く良好な仲を維持出来た者が“親友”と呼ばれるのである。

 友人と距離が出来たぐらいで命を絶つというのは、レミがレオに対して同性愛的な想いを抱いていたからというのが一番しっくりくる事情だろうが、あいにく本作にはそういう描写は希薄だ。また、レオがレミにとっての唯一の理解者だったという筋立ても見出せない。ところが脚本も担当した監督のルーカス・ドンは、同性愛ネタが大々的に挿入されたかのような素振りを見せて話を進めてしまうのだ。

 その最たるものが、主人公たちを演じる子役2人が美少年であること。これが普通のルックスの子供たちならば映画自体が成立していたかどうかも怪しい。このあたりは先日観た是枝裕和監督の「怪物」にも通じるところがあるが、いくらかでも事の真相に言及しようとしていたあの映画よりも、本作はかなり後れを取っているように思う(注:何も「怪物」を評価しているわけではない。あの作品は他に欠点が多すぎる)。

 あと、カメラワークに登場人物に対する接写が目立つのも鬱陶しい。子供相手にクローズアップを多用する映画といえばジャン=ピエール&リュック・ダルデンヌ監督の諸作を思い出すが、本作にはダルデンヌ作品における切迫感などがあまりなく、単に少年たちの姿形を強調するだけに終わっている。

 エデン・ダンブリンとグスタフ・ドゥ・ワエルの子役2人は良く演じていたと思うし、エミリー・ドゥケンヌにレア・ドリュッケール、イゴール・ファン・デッセル、ケヴィン・ヤンセンスといった他のキャストも悪くはないのだが、作品コンセプト自体が面白いと思えないので評価は差し控える。
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