元・副会長のCinema Days

映画の感想文を中心に、好き勝手なことを語っていきます。

穏やかな気分で(?)選んでしまった2023年映画ベストテン。

2023-12-31 06:03:38 | 映画周辺のネタ
 性懲りも無く、2023年の個人的な映画ベストテンを勝手に発表したいと思う(^^;)。

日本映画の部

第一位 世界の終わりから
第二位 生きててごめんなさい
第三位 PERFECT DAYS
第四位 逃げきれた夢
第五位 アンダーカレント
第六位 ゴジラ-1.0
第七位 BLUE GIANT
第八位 愛にイナズマ
第九位 ハマのドン
第十位 恋のいばら



外国映画の部

第一位 エブリシング・エブリウェア・オール・アット・ワンス
第二位 SHE SAID シー・セッド その名を暴け
第三位 対峙
第四位 生きる LIVING
第五位 ジュリア(s)
第六位 アフターサン
第七位 To Leslie トゥ・レスリー
第八位 サントメール ある被告
第九位 シモーヌ フランスに最も愛された政治家
第十位 熊は、いない



 2023年の映画界のトレンドワードは、ズバリ言って“マルチバース”だろう。もっとも前年までもこの概念は多用されていた。しかし、それはあくまでもハリウッド製アメコミ作品などに限った話だったと思う。つまりは荒唐無稽な設定を追い求めた結果、この新奇なネタにたどり着いたのだ。しかし2023年には、マルチバース自体を重要なドラマのモチーフとして持ち出したり、あるいはマルチバースの在り方に迫った作品が目立ってきた。日本映画の一位作品や、外国映画の一位および五位にランクインさせた作品群はその典型。特に「エブリシング・エブリウェア・オール・アット・ワンス」は、アメリカ映画そのものがマルチバースに突入したかのような様相を呈しており、オスカーを獲得したのも当然かと思わせた。

 あと日本のエンタテインメント界で大きな話題を集めたのが、旧ジャニーズ事務所をめぐるスキャンダルだ。かなり重大な事件なのだが、この事務所の構成員は相変わらず映画やドラマに出まくっている。もしも欧米で同様なトラブルが持ち上がると、所属タレントはもちろんプロダクションごと抹消されてしまうだろう。このあたりが我が国の“後進性”を如実に示していると思う。

 なお、以下の通り各賞も私の独断と偏見で選んでみた。まずは邦画の部。

監督:紀里谷和明(世界の終わりから)
脚本:山崎貴(ゴジラ-1.0)
主演男優:役所広司(PERFECT DAYS)
主演女優:杉咲花(市子)
助演男優:井浦新(アンダーカレント)
助演女優:吉本実憂(逃げきれた夢)
音楽:上原ひろみ(BLUE GIANT)
撮影:フランツ・ラスティグ(PERFECT DAYS)
新人:東野絢香(正欲)

 次は洋画の部。

監督:ダン・クワン&ダニエル・シャイナート(エブリシング・エブリウェア・オール・アット・ワンス)
脚本:カズオ・イシグロ(生きる LIVING)
主演男優:ポール・メスカル(アフターサン)
主演女優:ダニエル・デッドワイラー(ティル)
助演男優:キー・ホイ・クァン(エブリシング・エブリウェア・オール・アット・ワンス)
助演女優:ジェイミー・リー・カーティス(エブリシング・エブリウェア・オール・アット・ワンス)
音楽:ロビー・ロバートソン(キラーズ・オブ・ザ・フラワームーン)
撮影:ロジャー・ディーキンス(エンパイア・オブ・ライト)
新人:サッシャ・ガジェ(ザ・フラッシュ)
   サラ・モンプチ(ファルコン・レイク)
   フラン・クランツ監督(対峙)

 毎度のことながら、ワーストテンも選んでみた(笑)。

邦画ワースト

1.月
2.銀河鉄道の父
3.首
4.アイスクリームフィーバー
5.BAD LANDS バッド・ランズ
6.春画先生
7.ほつれる
8.春に散る
9.658km、陽子の旅
10.高野豆腐店の春

洋画ワースト

1.TAR ター
2.インディ・ジョーンズと運命のダイヤル
3.キラーズ・オブ・ザ・フラワームーン
4.ウーマン・トーキング 私たちの選択
5.マーベルズ
6.アダマン号に乗って
7.フェイブルマンズ
8.バビロン
9.イニシェリン島の精霊
10.ミッション:インポッシブル デッドレコニング PART ONE

 邦画のワースト作品に関しては別にコメントすることは無い。とにかく例年通り“相変わらずの体たらく”である。洋画のワースト群は、やっぱり有名アワードを獲得したり、あるいは候補になった作品が必ずしも良い映画とは限らないということに尽きる。あと気になるのが、ハリウッド映画の上映時間が意味も無く長くなりつつあるということ。サブスク配信サービスに対する“配慮”なのかもしれないが、あまりホメられた話ではない。

 ローカルな話題としては、福岡コ・クリエイティブ国際映画祭の発足があげられる。もっとも私はこのイベントには足を運べなかったのだが(汗)、2021年に終了したアジアフォーカス福岡国際映画祭の後継として発展することを願いたい。2024年にも開催されれば、観に行くつもりである。
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「PERFECT DAYS」

2023-12-30 06:29:12 | 映画の感想(英数)

 良く出来た映画で、感心してしまった。正直に言うと、監督がヴィム・ヴェンダースだということで観る前は若干の危惧があった。何しろ彼は傑作「ベルリン・天使の詩」(87年)を撮り終えてから現在まで、ロクなシャシンを作ってこなかったのだ。80年代には才気溢れるタッチでコアな映画ファンを魅了していた演出家が、長らく才能が涸れたような状況に甘んじていたというのは何やら寂しくもあった。しかしこの新作では見違えるような仕事ぶりを披露している。やはり一度は高評価を獲得した作家は、近年は不調でも突然“化ける”可能性を持ち合わせているのだろう。

 主人公の平山は、東京スカイツリーの近くにある古いアパートで独り暮らしをする、初老の清掃作業員だ。彼の主な仕事は都内の公衆トイレの掃除で、決まった時間に起床し、身支度して“出勤”する。仕事帰りには銭湯に足を運び、その後は馴染みの安酒場で一杯引っかける。毎日がその繰り返しだ。そんなある日、若い姪のニコが彼のアパートに転がり込んでくる。親とケンカして家出したらしい。さらに、同僚のタカシが急に辞めたり、行きつけのスナックのママの様子が気になったりと、すべてが平穏無事とは言えないのも確かである。

 この作品に対し、主人公の造型が浮世離れしているとか、トイレ清掃員の仕事は凄まじく3Kで本作は綺麗事に終始しているとかいった批判をぶつけるのは容易い。しかし、この映画はそんな一種下世話(?)なネタを取り扱う次元には位置していないのだ。ここで描かれているのは、文字通り人生における“完璧な日々”である。それは決して得意の絶頂が続く賑々しい日々のことではない。地味なルーティンの中に散見される微妙な哀歓を見出し、それを味わうことである。これがまさしく人生の機微だろう。

 そんな意味で極端に抽象化された平山のキャラクターは、実に的確だと思う。彼はスマートフォンを持っておらず、部屋にはテレビも無い。だが、移動中に聞く古い洋楽のカセットテープや、古本屋で見つけた文庫本など、楽しむものはちゃんと持っている。フィルムカメラで撮る神社の境内の木漏れ日や、絶えず変化する空模様など、この“完璧な日々”は“単に平穏な日々”ではないことも表現される。

 そんな彼が思わず感情を露わにするスナックのママの境遇や、実の妹に対する複雑な思いも挿入されるのだが、それらも包括してやがて“完璧な日々”の中で消化されてゆく。その達観した視線が心地良い。映し出される東京の風景の、何と魅力的なことか。その即物的かつ深みのある捉え方は、やはり日本の映画作家とは一線を画するものがある。

 この映画で第76回カンヌ国際映画祭で優秀男優賞を獲得した役所広司のパフォーマンスは、前評判通り素晴らしい。本当は平山のような男は実在しないのかもしれないが、かなりの存在感を醸し出している。柄本時生に中野有紗、アオイヤマダ、麻生祐未、三浦友和、田中泯、甲本雅裕、犬山イヌコ、芹澤興人、安藤玉恵などの多彩なキャストを集め、さらに石川さゆりに歌わせたり、研ナオコやモロ師岡、あがた森魚といったワンポイント出演もあって本当に楽しませてもらった。パティ・スミス、ルー・リード、キンクス、ヴェルヴェット・アンダーグラウンド、ニーナ・シモンといった選曲もセンスが良い。
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「ナポレオン」

2023-12-29 06:36:01 | 映画の感想(な行)
 (原題:NAPOLEON)これは評価出来ない。とにかく何も描けていないのだ。こういう歴史上の超有名人物を取り上げる際は、史実を漫然と追うだけでは到底一本の映画としての枠に収まりきれない。もちろんテレビの大河ドラマか、または数本にわたってシリーズ物として誂えるのならば話は別だ。しかし、そうでなかったら何かしら主題を絞って深掘りするしかないだろう。ところがこの映画は中途半端にイベントを並べるだけで、そこにはドラマ的な興趣が無い。製作意図自体を疑いたくなるような内容だ。

 映画は18世紀末の革命後の混乱に揺れるフランスの様相から始まるが、どうして当時はロベスピエールらによる恐怖政治が台頭したのか、まったく言及されていない。そして、その中で若き軍人ナポレオン・ボナパルトがどのようにしてのし上がり、軍の総司令官にまで任命されたのか、その事情も明かされない。



 彼は夫を亡くした女性ジョゼフィーヌと恋に落ち結婚するが、なぜ浮気癖の直らなかった彼女にゾッコンだったのか、その説明は成されないままだ。そもそも、劇中ではジョゼフィーヌに対する熱い恋心を示す描写さえ見当たらない。

 映画は一応ナポレオンが一度は失脚してエルバ島に流されるものの後に脱出して皇帝に返り咲き、それからいわゆる“百日天下”の終焉と共にセントヘレナ島に送られるという事実を並べてはいるが、ナポレオンが躓いたトラファルガーの海戦はなぜか完全スルー。ロシア遠征の失敗も詳しく描かれず、果てはワーテルローの戦いの敗因も明示されない。

 だいたい、セリフが英語であるというのも噴飯物で、これは作り手が素材を咀嚼していない証左だ。ここで“ハリウッドで作っているのだから仕方が無い”と片付けるわけにはいかない。要するにナポレオンの所業を単なる娯楽大作のネタとしか思っていないのだろう。フランス革命の歴史的な意義を理解していないばかりか、どうして当時フランスが他国から目の敵にされたのかも説明されていない。こんな体たらくで時代劇を撮らないでもらいたい。

 リドリー・スコットの演出は戦闘シーンにこそ物量投入の大きさで見せ場を作るが、人間ドラマはまるで不在。主役のホアキン・フェニックスは終始冴えない表情で、国家的な英雄を演じているという覚悟が見受けられない。ヴァネッサ・カービーにタハール・ラヒム、ルパート・エベレット、ユーセフ・カーコアといった共演陣もパッとせず。救いは上映時間が158分と、そんなに長くないこと。まあ、別途4時間ぐらいの“完全版”も存在するのかもしれないが、昨今は無駄に尺が長い作品が目立つハリウッドの大作映画としては珍しいと言える。
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「ティル」

2023-12-25 06:04:15 | 映画の感想(た行)
 (原題:TILL)映画の内容はもとより、ここで取り上げられた史実の重大さに慄然としてしまう。恥ずかしながら私は本作で描かれた“エメット・ティル殺害事件”を知らなかった。そういえばボブ・ディランに“ザ・デス・オブ・エメット・ティル”というナンバーがあると聞いたことはあったが、その曲自体をチェックしたこともない。だが、この映画を観て人種差別問題は現在のアメリカ社会にも暗い影を落としていることを、改めて認識した。

 1955年、シカゴに住むメイミー・ティルは第二次大戦で夫を亡くし、戦後は空軍基地で唯一の黒人女性職員としての職を得て、14歳の一人息子エメットと暮らしていた。彼は夏休みを利用して、ミシシッピー州デルタ地区にある叔父のモーゼ・ライトを訪ねる。メイミーからは出発前に“南部はシカゴと違って差別が激しい。だから身の程をわきまえろ”との忠告を受けたエメットだったが、彼は飲食雑貨店で白人女性キャロリンに向けて口笛を吹いたことで白人たちの怒りを買ってしまう。そして拉致されたエメットは凄惨なリンチを受けて殺される。息子の死に衝撃を受けたメイミーは、泣き寝入りすることを断固拒否し、正義を貫くため裁判を起こす。



 この事件は、しばしば“棺を開けたままエメットの遺体を人目にさらして葬儀を執り行なった”というメイミーのイレギュラー過ぎる所業がクローズアップされるらしい。だがそれよりも私が驚いたのは、本件が切っ掛けとなって考案された“エメット・ティル、未解決の市民権犯罪行為に関する法律”が成立したのは、事件から半世紀以上も経過した2008年であることだ。その間、公民権運動が盛り上がるなどの出来事を経たにも関わらず、この問題の解決への動きは遅々として進まなかったと言えるだろう。それだけ米国社会に蔓延る差別意識は根強いのだ。

 映画はシカゴでの慎ましい母子の生活から、明るい陽光に満ちていながら人々の内面に暗い影を落とす“未開の地”の南部に舞台が移行する際のコントラストに、まず強い印象を受ける。そして不条理とも言える裁判の様子と、その結果を受けての登場人物たちの言動には、現代史のダイナミズムが鮮烈に感じられる。シノニエ・チュクウの演出は骨太でありながら、メイミーとエメットの親子関係を丁寧に描くなどメリハリの利いた仕事ぶりを展開する。

 そして特筆すべきはメイミーに扮するダニエル・デッドワイラーのパフォーマンスだ。どうして彼女がアカデミー賞候補にならなかったのか不思議に思えるほど、自然かつ深みのある演技である。エメット役のジェイリン・ホールはイイ味を出しているし、ショーン・パトリック・トーマスにジョン・ダグラス・トンプソン、そして製作にも関与しているウーピー・ゴールドバーグといった他の顔ぶれも申し分ない。あと特筆すべきはマーシ・ロジャーズによる衣装デザイン。時代色を出しながらも卓越したセンスの良さで、感心するしかなかった。この点を見届けるだけでも鑑賞する価値はある。
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「スイッチ 人生最高の贈り物」

2023-12-24 06:10:36 | 映画の感想(さ行)
 (英題:SWITCH)ストーリーは完全に一昔前のスタイルで、開巻当初はこのベタな設定には正直“引いて”しまいそうだと危惧したが、実際はかなり丁寧に作りこまれており、結果として気分を良くして劇場を後にすることができた。主題やコンセプトがどうあれ、語り口とキャストのパフォーマンスが良好ならば見応えのあるシャシンに仕上がるものなのだ。クリスマスの季節にぴったりの韓国製ハートウォーミングコメディである。

 売れっ子男優のパク・ガンはソウルの一等地にある高級マンションに居を構え、夜な夜な若手女優との情事を楽しむという優雅な独身生活を送っていた。12月24日の夜、歓楽街でマネージャーのチョ・ユンと遅くまで飲んだ後、乗り込んだタクシーの運転手から“別の人生を考えたことがあるか?”と聞かれる。テキトーに受け答えしていたパク・ガンだったが、翌朝、目が覚めるとそこは見知らぬ家だった。



 おまけに過去に別れた元恋人のスヒョンが妻として振舞っており、2人の幼い子供までいる。俳優であることは同じだったが、“元の世界”とは違って売れない舞台役者であり、たまにテレビの再現ドラマに出る程度。対してチョ・ユンは演技派俳優として脚光を浴びていた。パク・ガンは“この世界”でも自身が有名スターであることを皆に知らしめるため悪戦苦闘する。

 過去に幾度となく目にしたような、いわゆる“入れ替わりネタ”のバリエーションであり設定には新味は無い。ところが周到な作劇により高い訴求力を獲得している。まずパク・ガンとチョ・ユンが同じ劇団員出身で、共にメジャーな舞台を目指していたことが大きい。つまりは主人公の成功は失敗と紙一重の話だったのだ。

 だから“入れ替わり”の実質的な度合いが(確かに境遇は違うが)極端なものにはならず、ストーリーが絵空事になることを回避している。そして人生の価値は富でも地位でも名声でもなく、そばに誰がいるかで決まるという、普遍的ではあるが誰もが失念しがちなことを平易に表現ようとしているあたりが巧みだ。

 脚本も担当したマ・デユン監督の仕事ぶりは申し分なく、ドラマ運びはスムーズだしギャグの振り出し方も堂に入っている。主演のクォン・サンウは好調で、マッチョではあるがあまり上等とは言えない性格の男が、イレギュラーな事態に遭遇してみるみるうちに本来の実直さを取り戻していくあたりのパフォーマンスは感心する。

 チョ・ユン役のオ・ジョンセも良いのだが、特筆すべきはスヒョンに扮するイ・ミンジョンだ。かなりの美人で、演技力もある。聞けば彼女はイ・ビョンホンの嫁さんらしく、ビョンホンに関連したお笑いネタを繰り出すあたりはニヤついてしまった。子役2人も達者だ。くだんのタクシー運転手の“正体”が明らかになる幕切れは鮮やかで、まさしく“クリスマスの奇跡”を現出させてくれる。
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「市子」

2023-12-23 06:25:22 | 映画の感想(あ行)
 惜しい出来だ。序盤のドラマの“掴み”は万全で、登場するキャラクターたちも濃い。ミステリアスなモチーフが次々と現われ、物語はどう着地していくのかと期待しながらスクリーンと対峙していたのだが、終盤が物足りない。これでは何も解決していないのではないか。ヒロインの行く末も含めて、主要登場人物の身の振り方がハッキリしないままの結びでは納得出来ない。シナリオのもう一歩の練り上げが必要だったと思う。

 和歌山県の地方都市に住む川辺市子は、3年ごしの同棲相手である長谷川義則からプロポーズを受ける。平凡な幸福を望んでいた彼女は喜ぶのだが、その日義則が仕事に出ている間に身元不明の遺体が山中で発見されたというニュースをテレビで見た市子は、次の日忽然と姿を消してしまう。戸惑うばかりの義則の元に、市子を捜しているという刑事の後藤がやってくる。聞けば市子は複雑な生い立ちで各地を転々とし、しかも十代の頃には違う名前を名乗っていたらしい。やがて義則は部屋の中で1枚の写真を発見し、その裏に書かれていた住所を皮切りに、市子に関わった人々を訪ね歩く。



 義則と付き合っていた市子は気の良い若い女子といった雰囲気だが、中学生時代には暗くて気難しく、それから年を重ねるごとに挙動不審な態度が昂じてくる。彼女が使っていた“偽名”は、どうやら同居していた身体不自由な家族のものらしいが、具体的にどう振る舞っていたのか明示されない。このストーリーの持って行き方は巧みだ。

 中盤までは市子の屈託の多い半生が暗示され、このタッチで進めば野村芳太郎監督の代表作「砂の器」(74年)と同程度のヴォルテージの高さを達成するのではと思わせたが、残念ながら最後の詰めが甘い。それによって気が付けば伏線の多くが回収されず、どれも中途半端に終わっている感がある。監督は自ら劇団を率いている戸田彬弘で、原作も彼自身のものだ。ひょっとしたら舞台劇ならばキャストの配置次第で説得力が出てくるのかもしれないが、映画空間では作劇がまとめ切れていない印象を受ける。

 とはいえ、主役の杉咲花のパフォーマンスは見上げたものだ。かなり幅広い年齢層を演じているにも関わらず、どれもほとんど違和感が無い。表情によってヒロインの背負う懊悩を十二分に出す技量には感心するしかなく、間違いなく彼女は日本映画界を代表する若手女優の一人だと思う。相手役の若葉竜也をはじめ、森永悠希に倉悠貴、中田青渚、石川瑠華、渡辺大知、宇野祥平、中村ゆりなど、確かな演技力を持つ者ばかりが集められていて、その点は評価したい。春木康輔のカメラによる清涼な映像も要チェックだ。
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「モナ・リザ アンド ザ ブラッドムーン」

2023-12-22 06:03:57 | 映画の感想(ま行)
 (原題:MONA LISA AND THE BLOOD MOON)どこが良いのかさっぱり分からないが、なぜか世評は悪くない。つまりはオッサンである私の感性が、この新奇なニューウェイヴっぽい作劇に合わなかったのだろう(苦笑)。まあ、それ自体がケシカランと言うつもりはない。少なくとも、高邁な作家性とやらを無駄に長い上映時間をもって押しつけてくるどこぞのシャシンとは違い、重いタッチも無く106分でサクッと終わってくれるあたりは許せる。

 ルイジアナ州の精神病院に12年もの間隔離されていた少女モナ・リザは、突如として他人を操る特殊能力を身に付ける。そのパワーを駆使して施設から逃げ出した彼女は、やがて休むことを知らないナイトライフが展開するニューオーリンズにたどり着く。そこの歓楽街で偶然知り合ったポールダンサーのボニー・ベルは、モナ・リザの力を利用して自らの私腹を肥やすことを考える。一方、モナ・リザのパワーを察知したハロルド巡査は、単身彼女を追う。



 まず、モナ・リザがいつどうして超能力に目覚めたのか、そしてどのようなプロセスでそのパワーが発揮されるのか、そのあたりが説明されていないことが不満だ。これでは感情移入のしようがなく、当然のことながらスリリングな筋立てに持って行くことも出来ない。モナ・リザを演じるのは韓国人俳優チョン・ジョンソなのだが、どうしてアジア系なのか不明。別にアジア人ではいけないという話ではないが、あまり英語に堪能ではない彼女が長期間施設に軟禁されていたという設定は何らかの事情があって然るべきだと思う。しかし、映画は何も言及しない。

 また、このモナ・リザという危険人物を追うのが現場要員のハロルドを中心とした少人数だけで、別にサイキックパワーを狙った謎の組織が出てくるわけでもないというのは、何とも気勢が上がらない。ボニー・ベルの子供が大きくドラマに関わってくるのかと思ったら、終盤の追跡劇を除けば活躍の場が少ない。

 監督はイラン系アメリカ人のアナ・リリー・アミールポアーなる人物で、これが長編第3作だという。キッチュな舞台セットの多用において個性を出しているのかもしれないが、あまりピンと来ない作風だ。エクステリアで観る者を捻じ伏せるというタイプではなく、分かる人だけ分かれば良いといったノンシャランなスタンスが身上なのだろう。言い換えれば、このスタイルに乗れない観客(私もその一人)はお呼びではない。ケイト・ハドソンにエド・スクレイン、エヴァン・ウィッテン、クレイグ・ロビンソンといった顔ぶれも特筆すべき点は見当たらない。
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「女優は泣かない」

2023-12-18 06:08:37 | 映画の感想(さ行)

 元々はCMやテレビドラマのディレクターである30歳代の監督による作品なので、観る前は軽佻浮薄で底の浅いシャシンなのかという危惧もあったが、そうでもなかったので一先ず安心した。もっとも、正攻法の作劇ではなく多分に狂騒的なテイストもある。だが、ドラマの根幹はけっこう古風で万人にアピールできる。あまり気分を害さずに劇場を後にした。

 スキャンダルで業界から“干されて”しまった女優の園田梨枝は、彼女の人間像と再起に迫るという触れ込みのドキュメンタリー番組に出ることになり、撮影のために故郷の熊本県荒尾市に10年ぶりに帰ってきた。ところが現地に派遣されたスタッフは、テレビ局のバラエティ班ADである瀬野咲だけ。どうやら落ち目の女優のために予算は割けないらしい。

 しかも咲はテレビ的なウケを優先し、事実は二の次三の次のヤラセ演出を強行する。そんな彼女に辟易した梨枝を迎えたのが、疎遠になっていた家族と幼なじみの猿渡拓郎。家出同然に上京した梨枝を、姉も弟も歓迎はしない。加えて父親は難病で入院中。咲はそんな状況も、何とかドキュメンタリーのネタにしようと画策する。

 咲のキャラクターは、ハッキリ言って鬱陶しい。確かにテレビ屋らしい調子の良さを強調した造形ではあるのだが、長く見ているとウンザリする。ところが実は彼女は映画監督志望で、この仕事をこなせばデビューの機会が与えられる(かもしれない)という事情があり、必要以上に力んでいたのだ。

 梨枝は身勝手な女に見えながら、本当は家族と地元のことを気に掛けている。家族の側も梨枝に冷たいようで内実は思い遣っている。この“一見○○だが、実は○○”というパターンが脚本も担当した有働佳史の得意技らしいが、その“実は○○”の部分がプラス案件であるのが好ましい。もちろん逆のケースもあり得るが、本作みたいな内容ではこれで良いと思う。

 後半は人情話が中心になるものの、前半とのコントラストが利いていて大して違和感もなく見せ切っている。梨枝に扮する蓮佛美沙子は快調で、不貞腐れていながらも純情ぶりを垣間見せるあたりは感心する。咲役の伊藤万里華は「サマーフィルムにのって」(2021年)の頃よりは大分演技がこなれてきた(とはいえ、まだ精進は必要。今後に期待したい)。

 上川周作に吉田仁人、三倉茉奈、浜野謙太、宮崎美子、升毅といったキャストも悪くない。そういえば、私は熊本市には住んだことはあるが、荒尾市には縁がない。何となく“福岡県大牟田市の隣町”といった印象しかない。ならば本作は地元の魅力がフィーチャーされているのかという、そうでもないのが残念だ。ただし、方言の扱いは手慣れていると思った。
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「正欲」

2023-12-17 06:03:23 | 映画の感想(さ行)
 観終わってみれば、共感を覚えたのは男性恐怖症の女子大生に関する箇所のみ。あとは完全に絵空事の展開で、気分を悪くした。世評は高いようだが、リアリティが希薄な案件をデッチ上げて勝手に深刻ぶっているだけの、何ともやり切れないシャシンだと個人的には思う。特に“多様性”に対する認識の浅さには脱力するしかない。

 横浜市在住の検察官の寺井啓喜は、小学生の息子が不登校になったことに悩んでいた。広島県福山市のショッピングモールで働く桐生夏月は、冴えない日々を送りつつも中学生時代に転校していった佐々木佳道が地元に戻ってきたことを知り、密かに心をときめかせる。神奈川県の大学に通う神戸八重子は、学園祭実行委員としてダイバーシティフェスを企画しており、諸橋大也率いるダンスサークルにアトラクション出演を依頼する。映画はこれら複数のパートが平行して進む。



 寺井の息子が元気を取り戻す切っ掛けになるのが動画配信であるのは良いとして、その内容はとても不登校の処方箋になるものとは思えず、しかもそれが高再生数を記録するのもあり得ない。さらに妻の由美は教育方針をめぐり夫と対立し、果ては動画指南役の若い男を家に入れる始末。夏月は極度に人付き合いが下手で、陰気な両親(祖父母?)と陰気な家で暮らしている。佳道は水しぶきを浴びることに執着する“水フェチ”で、そのため周囲と上手く折り合えないが、同じく人見知りが強い夏月とは連帯感を持っていたようだ。大也は容姿端麗ながら、誰にも心を開かない。

 その“水フェチ”というのが映画内での重要なモチーフの一つらしいのだが、そんなに水が好きならば一人で休みの日にでも水浴びしてれば良い話。もちろん地方に住んでいれば近所の目が気になるかもしれないが、転校先あるいは就職先では(犯罪行為にでも手を染めない限り)大した問題ではないはず。寺井の妻子の言動は常軌を逸しているとしか思えず、現実感はゼロ。大也のバックグラウンドも判然としない。

 唯一、八重子は過去にトラウマになるような辛い経験をした結果男性を避けるようになり、それを克服しようとしているという、平易な造形が成されている。映画の素材として相応しいのは彼女だけであり、あとは不要だ。また監督の岸善幸の腕前は大したことがなく、ヤマもオチもない作劇に終始。終盤は幾分ドラマティックな展開にしようとしているが、明らかに筋の通らない結末には呆れるしかなかった。

 稲垣吾郎に磯村勇斗、佐藤寛太、山田真歩、宇野祥平、徳永えりなど多彩なキャストを集めてはいるものの、うまく機能していない。特に夏月に扮した新垣結衣は彼女としては“新境地”なのかもしれないが、見た目および演技力と役柄がまるで合っていない。対して八重子を演じる映画初出演の東野絢香は存在感に優れ、今後も要チェックの人材だと思う。なお、朝井リョウによる原作は読んでいないし読む予定もない。だから小説版と比較しての感想は差し控えたい。悪しからず。
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「ヴォルーズ」

2023-12-16 06:06:30 | 映画の感想(あ行)
 (原題:VOLEUSES)2023年11月よりNetflixより配信されたフランス製の活劇編。最初の10数分間はかなり良かった。主人公たちが殺傷能力のあるドローン群から逃れるため、バギーを駆って山道を猛スピードで走り抜けるシークエンスは、まるで「007」シリーズの導入部のような高揚感が横溢している。さらに、終盤にはウイングスーツで山の頂上から滑空して退場。否が応でも本編への期待が高まるが、あいにく本作で面白かったのはこのプロローグ部分だけなのだ。

 凄腕の女泥棒であるキャロルとアレックスはこれまでかなりの“実績”を残してきたが、いい加減逃亡生活に疲れてきた。そこで引退を考えるのだが、元締めの“ゴッドマザー”から最後の仕事として高価な絵画の強奪を命じられる。新たに女流バイクレーサーのサムを仲間に加えて仕事に挑むのだが、予期せぬトラブルが頻発して上手くいかない。ついには彼女らは絶体絶命のピンチに陥る。



 本作はラストに主要キャストとスタッフが表示されるのだが、何と監督がキャロルに扮するメラニー・ロランであったことに驚いた。彼女が演出家としての仕事をしていたことは知らなかったし、調べてみるとこの映画の前にも何本か手掛けていて、決してズブの素人ではないようだ。しかし、本作に限って言えばとても及第点に達するような内容ではない。

 確かに活劇場面は達者。しかしそれ以外が弱体気味である。つまりはストーリーテリングに難があるのだ。しかもロランは脚本にも参画しており、語り口の拙さがより一層強調される結果になってしまった。そもそも、キャロルたちを雇っている“ゴッドマザー”の正体が掴めないし、いくらミッションに運転手が必要だといっても、荒仕事の経験が無いに等しいサムを雇う必然性は小さい。

 主人公2人は泥棒稼業に専念しているのかと思ったら、けっこう情け容赦ない狼藉ぶりを見せて感情移入がしにくい(これでよく今まで警察に捕まらなかったものだ)。挙げ句の果てにラストの処理は説明もなく唐突で、観た後呆気に取られるばかり。

 アデル・エグザルコプロスにマノン・ブレシュ、フェリックス・モアティ、フィリップ・カトリーヌといった顔ぶれもパッとせず、参ったのは“ゴッドマザー”をイザベル・アジャーニが演じていること。仏映画界の大御所であるはずの彼女が、よくこんなどうでも良い役を引き受けたものだ。既成曲中心の音楽もワザとらしくてシラける。ただし、風光明媚なスポット主体にロケされた映像は美しく、観光気分は存分に味わえる。
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