(原題:SEPTEMBER 5 )実録物らしい緊迫感はあり、最後まで引き込まれることは確かである。ただし、鑑賞後の満足度はそれほど高くはない。これはひとえに、扱われている事件は広く知られており、その“結末”も皆が分かっているからに他ならない。主題や各モチーフは骨太ではあるのだが、本作ならではのインパクトには欠ける。このあたりが、各賞レースでは今ひとつ振るわない理由かもしれない。
1972年9月5日、開催中のミュンヘンオリンピックの選手村で、パレスチナ武装組織がイスラエル選手団を人質に立てこもる事件が発生。当大会のテレビ中継を担当していたのは米ABCだったが、現地にいたのは報道番組とは無縁のスポーツ専門の放送クルーたちだった。しかし、他セクションからの応援をアテにする余裕など無い。テロリストの要求はエスカレートするばかりで、状況が逼迫する中、彼らは徒手空拳でこの難局に立ち向かう。
突発的な非常事態が起きた際の、マスコミの対応はどうあるべきかは過不足無く描かれているとは思う。畑違いの業務を強いられながら、知恵と工夫で一つ一つ難題を解決していくスタッフたちの苦労は理解出来る。しかもそれらが次々と切羽詰まったタイミングでクリアされていく様子は、映画的興趣は十分喚起される。
しかし、ここで描かれているのはあくまでも“マスコミの対応”に過ぎないのだ。この事件の背景になっている中東情勢や、肝心のテロリストと当局側との交渉の状況、そして警察の動きといった、本質的なエリアには踏み込んでいない。テレビ局の苦労話ばかりをドラマティックに前面に出しても、何か違うという気がする。
それでもティム・フェールバウムの演出は上手く機能しており、作劇に弛緩した部分は無い。ピーター・サースガードにジョン・マガロ、レオニー・ベネシュ、ジネディーヌ・スアレム、そしてベンジャミン・ウォーカーなどのキャストは達者だが地味だ。もっとも、それがまたリアリティを醸し出している。
なお、本作を観て思い出したのがスティーヴン・スピルバーグ監督の「ミュンヘン」(2005年)である。あの映画はミュンヘンの人質テロ事件の“後日談”をイスラエル諜報特務庁の立場で描いた作品だったが、題材自体の求心力が高く、感心したことを覚えている。やはり実際に起きた事件を劇映画として扱うには、作家性を上手く織り込まなければ印象が薄くなるのは仕方が無いことなのだろう。