元・副会長のCinema Days

映画の感想文を中心に、好き勝手なことを語っていきます。

「パーフェクト・ファインド」

2024-06-30 06:24:50 | 映画の感想(は行)

 (原題:THE PERFECT FIND)2024年6月よりNetflixから配信された黒人キャスト中心のラブコメ編。率直に言って、映画の内容は少しも面白くない。気合いの入らない筋書きが、メリハリの無い演出に乗って漫然と流れるだけ。しかし、観て損したかというと、断じてそうではない。本作の“外観”は、中身の密度の低さを補って余りあるほど魅力的だ。こういう映画の楽しみ方も、たまには良いものである。

 ニューヨークのファッション業界で腕を振るっていたジェナは、事情があって長らく一線を退いていた。そのブランクを経て、やっとファッション編集者として復帰した彼女はある日、パーティーで出会った年下の青年エリクと仲良くなる。ところが後日、その彼は新しい職場の同僚であることが判明。しかもエリクは上司であるダーシーの息子だった。途端に上役との関係はぎこちないものになり、ジェナの復帰計画に暗雲が立ち込める。

 そもそも、いくらジェナが年齢の割にチャーミングでナイスなルックスの持ち主とはいえ、エリクみたいな若い男と簡単に懇ろになるとは思えない。実際、ジェナに扮するガブリエル・ユニオンとエリク役のキース・パワーズも、30歳以上もの年齢差がある。しかも終盤にはジェナが妊娠してどうのこうのというネタまで用意されており、さすがにそれは無理があろう。

 また、エリクがダーシーの息子だという取って付けたようなモチーフには我慢できても、そこからドラマティックな展開に繋がるわけでもなく、何やら微温的なハナシが漫然と続くのみ。ジェナには個性が強そうな友人が複数いるが、それらが本筋に大きく絡んでくることも無い。ラストなんて、観ている側は“いつの間にそうなったんだ?”と呟くしかない状態だ。ヌーマ・ペリエの演出はどうもピリッとしない。

 しかし、アミット・ガジワニによる衣装デザインと、美術担当のサリー・レビの仕事ぶりは目を見張るほどヴォルテージが高いのだ。センス抜群のオープニング・タイトルから始まり、カラフルな街中の風景、そして登場人物たちが身に纏う服のクォリティの高さには感心するしかない。結果、あまり気を悪くせずに鑑賞を終えることが出来た。

 まあ、映画館でカネを払って観るのは厳しいレベルだが、配信による視聴ならば許せる。主演のユニオンとパワーズの他にも、アイシャ・ハインズにD・B・ウッドサイド、ラ・ラ・アンソニー、ジーナ・トーレスと、馴染みは無いが“絵になる”キャストが揃っている。アマンダ・ジョーンズによる音楽と既成曲の扱いも万全だ。
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「マッドマックス:フュリオサ」

2024-06-29 06:26:05 | 映画の感想(ま行)

 (原題:FURIOSA: A MAD MAX SAGA )世評が極めて高かった前作の「マッドマックス 怒りのデス・ロード」(2015年)を、個人的にはまったく評価していない。どこをどう見てもホメるポイントが存在せず、落第点しか付けられないシャシンである。しかし、その中でシャーリーズ・セロン扮する女戦士フュリオサの出自だけは気になった。どうしてああいう出で立ちなのか、詳しく知りたいと思ったものだ。今回、彼女の若き日の物語が“番外編”みたいに映画化されるということで興味を持って鑑賞し、結果、かなり楽しめた。

 世界の崩壊から45年が経ち、生き残った人類は価値観を共有した者たちごとに各地で集団生活を送っていた。森林地帯に住んでいた少女フュリオサは、ある日突然暴君ディメンタス将軍が率いるバイカー軍団に拉致される。救出に向かった母親も殺され、失意のうちにディメンタスが支配する“帝国”で暮らすことになった彼女は、それから数年後、今度は鉄壁の要塞を牛耳る怪人イモータン・ジョーの元に身を寄せるハメになる。

 話は少々入り組んでいて、単純明快な活劇編を期待していると肩透かしを食らうかもしれない。そもそも、悪の首魁がディメンタスとイモータン・ジョーの2つに設定されていて、それぞれの手下共も一枚岩ではないという状況は、こういうエクステリアの作品に相応しくないと思う観客もいるだろう。

 しかしよく考えてみれば、前作までのマックス(マクシミリアン)・ロカタンスキーのようなヒーロー然とした者が全てを解決していくような筋書きの方が、よっぽど無理がある。斯様なディストピアの中では、フュリオサのように各勢力に対して付かず離れずのスタンスで身を処する方が、けっこう“現実的”だと思ったりする(笑)。

 ジョージ・ミラーの演出は前作の不調ぶりがウソのような闊達なパフォーマンスを見せ、特にアクション場面は本当に素晴らしく、ここだけで入場料のモトは取れるだろう。そして、主演のアニャ・テイラー=ジョイの魅力も大いに作品を支えている。若くて華奢な彼女が歯を食いしばって困難に立ち向かう様子を見せるだけで、映画のヴォルテージは上がる。マックスの不在をカバーして余りある仕事ぶりだ。

 クリス・ヘムズワースは楽しそうに悪役を演じ、トム・バークにチャーリー・フレイザー、ラッキー・ヒューム、ジョン・ハワード、そして少女時代のフュリオサに扮するアリーラ・ブラウンなど、役者は揃っている。サイモン・ダガンのカメラによる荒涼とした風景も印象的で、トム・ホルケンボルフの先鋭的な音楽は場を盛り上げる。
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「人間の約束」

2024-06-28 06:26:38 | 映画の感想(な行)
 86年作品。鬼才・吉田喜重監督の、端倪すべからざる実力を十分に堪能できるシャシンだ。題材としては高齢化問題を取り上げているが、そこに留まらず普遍的な人間性や社会性の深いところを突いてくる。決して観て楽しい作品ではないものの、世の中の在り方に関して考察を加えたくなる訴求力を備えた重量級の映画であることは確かだ。

 多摩市の新興住宅地で、寝たきりの老婦人である森本タツが死んでいるのが発見される。現場に向かった警視庁の田上刑事と吉川刑事は、他殺であると断定。するとタツの夫の亮作が、自分が絞殺したと自首する。だが、亮作自身も認知症に罹患していた。元々森本家は家長の依志男と妻の律子、子供の鷹男と直子、そして亮作とタツの6人家族だった。一応は平穏な生活が続いていたらしいが、タツに認知症の兆候が現われてから一気に家の中の雰囲気は暗くなる。佐江衆一の小説「老熟家族」の映画化だ。



 本作の非凡なところは、老夫婦の認知症によって普通の家庭が崩壊してゆくという、お決まりの図式を採用していないことだ。森本家は一見裕福に思えるし、夫も妻も子供たちも健康そうで何も問題が無いようだが、実は認知症を患った老人たちを抱え込むだけの度量の大きさなど、最初から微塵も持ち合わせていなかったのだ。むしろ、そちらの方が深刻であることをこの映画のイメージが無言で語っている。

 真面目そうに見える依志男は、かつて浮気に走っていた。律子に気付かれて一度は愛人との仲を清算するように思えたが、本当は今でも懇ろな仲だ。律子はそれを関知しており、夫を信用していない。子供たちに至っては、できるだけこの問題から距離を置きたいようだ。映像面もそれらを強調する。この映画はモノトーンに近い寒色系に統一され、温かみは無い。

 家の中はもちろんのこと、依志男が勤務する職場や、タツが一時身を寄せる介護施設も同様に暗鬱だ。それどころか、住宅地全体も沈んだカラーリングで捉えられている。極めつけはの依志男の愛人宅で、雰囲気はまるで刑務所だ。登場人物のほとんどが、この無機質な牢獄に閉じ込められているような描き方で、すなわちこれが現代社会の暗喩として示されている。

 だが、亮作だけが唯一人間性を喪失していない存在だ。もちろん認知症を患ってはいるが、症状はタツよりも軽い。彼は妻を必死で守ろうとするのである。そして、もし自分が限界に達したら、彼女を安楽死させようと心に決める。老妻を病院から助け出そうとしたり、故郷の菩提寺の先祖代々の墓の前に穴を掘って自ら生き埋めになろうとしたり、その行動はまるでヒーローだ。

 このモノクロームの世界で自己表現を試みようとすると、彼のような突出したパフォーマンスに走らざるを得ないという、不条理極まりない図式。その有様を見せつけられると、観ているこちらは為す術も無く立ち尽くすだけだ。

 吉田の演出は一点の緩みも無い硬質なもので、観る側に逃げ場を与えない。亮作に扮する三國連太郎は渾身の演技で、彼の生涯を通じての代表作の一つだと思う。村瀬幸子に河原崎長一郎、佐藤オリエ、杉本哲太、武田久美子、佐藤浩市、米倉斉加年、田島令子、若山富三郎など、隙の無いキャスティングも要チェックだ。山崎善弘によるカメラワークは見事の一言。そしして注目すべきは音楽を細野晴臣が担当していることで、普段の彼とは一線を画した現代音楽的なアプローチで観る者を驚かせる。
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「泣かないで」

2024-06-24 06:29:01 | 映画の感想(な行)
 (原題:ONLY WHEN I LAUGH )81年作品。あまりにもメロドラマっぽい邦題に腰が引けてしまうが、80年代の演劇界および映画界において活躍したニール・サイモンのシナリオによるシャシンで、この作家が得意とする非凡なキャラクターの造型とハートウォーミングな筋書きが冴えている。第54回アカデミー賞にて3部門でノミネートされ、第39回ゴールデングローブ賞では最優秀助演女優賞を獲得している。

 アルコール依存症のためでロングアイランドの療養施設に入所していた舞台女優のジョージアは、6年の入院を終え退所した。出迎えたのは10年来の友人であるジミーとトビーだ。その夜、別れた夫のデイヴィッドから電話があり、彼と共に家を出ていた娘のポリーが1年間ジョージアと同居したいというのだ。



 また、脚本家でもあるデイヴィッドは新作舞台の「笑う時だけ」(←これが本作の原題)への出演を彼女に依頼する。久しぶりに娘との生活を送ることになったジョージアだが、仕事に臨む不安によって酒に手を出そうとするたびに、しっかり者のポリーから一喝される毎日だ。やがて迎えたトビーの誕生日パーティーの席で、ジョージアは思いがけないニュースを知ることになる。

 普通、アルコール依存症というのは自分の苦しみを和らげるために飲酒頻度が高くなる状態を指すらしいが、ジョージアの場合は他人の悩みを共有するために24時間ずっと飲み続けてきたという設定が面白い。つまりは、飲酒によって人格は損なわれておらず、実はとても好ましい人物なのだ。

 オードリー・ヘップバーンの首筋に憧れているという同性愛者のジミーや、元ミスなんとかで、いつも自分の美貌の衰えだけを気にしているトビーのキャラクターも面白い。そして何といっても、イマドキの女子ながら本当は両親のことを誰よりも気に掛けているポリーの描き方が秀逸だ。映画は後半から二転三転するが、いつも他人の苦しみばかりに気を遣ってきたジョージアが、彼女なりに人生の転機を迎えるという幕切れは、大いに共感できる。

 グレン・ジョーダンの演出は派手さは無いが堅実で、ドラマは最後まで弛緩することはない。主演のマーシャ・メイスンはいつもながら横綱相撲的な安定感で、この気の良いヒロインを十分に表現している。ジェームズ・ココにジョーン・ハケット、デイヴィッド・デュークスら脇の面子も申し分なく、ポリーに扮するクリスティ・マクニコルの存在感はかなりのものだ。デイヴィッド・M・ウォルシュのカメラによるニューヨークの下町風景と、デイヴィッド・シャイアの音楽も及第点である。
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「ありふれた教室」

2024-06-23 06:27:56 | 映画の感想(あ行)

 (原題:DAS LEHRERZIMMER)近年、我が国では教職員志望者の減少が顕著である。原因としては長時間労働と担当職務の野放図な増加などが挙げられ、要するに教育現場のブラック化が進んでいるということだろう。これは日本に限った話ではなく、2016年にはユネスコ(国際連合教育科学文化機関)が、初めて発展途上国に限らず世界レベルで教員不足に直面していると言及している。この映画の製作国であるドイツも例外ではないようだ。

 ハンブルグの中学校に赴任した若手教師のカーラは、熱心な仕事ぶりを見せて、受け持った1年生のクラスの生徒たちや同僚の信頼を得ていく。そんな中、校内で盗難事件が相次いで発生。カーラの教え子の中に犯人がいるのではないかという噂が立つ。徹底的な調査を進めようとする校長に反発したカーラは、独自に犯人を捜すべく職員室に隠しカメラを設置する。すると、学校事務員らしき人物が椅子に掛けてあった職員の上着から財布を抜き取っている動画が記録されていた。早速当事者に事情を聞くカーラだが、その事務員の息子はカーラのクラスの生徒でもあったのだ。居辛くなった生徒は登校拒否になり、カーラの立場も危ういものになっていく。

 そもそも、学内での盗難事件の捜査に現場の担任教師に過ぎない主人公が首を突っ込むこと自体がおかしい。しかも、記録された動画には犯人(らしき者)の顔さえ映っておらず、確証も無いままに向こう見ずな行動に走るカーラにはとても共感できない。しかし、彼女が捜査に乗り出さなければ事件はスムーズに解決したのかというと、それも極めて怪しいのだ。

 事実解明のためには警察当局の介入が必要になるだろう。だが、そのためには被害額と個々の犯行状況の確定が必要になる。それはハッキリ言って不可能ではないのか。ましてやヨーロッパでは複数の民族の子供が同じ学校で席を並べることが多くなっており、ヘタに動けば人種問題に発展する。それでなくてもモンスターペアレントなど、頭の痛い案件が山積している。こんな状況では、教職員のなり手が少なくなるのも当然だ。

 イルケル・チャタクの演出は冷徹でありながら、ラストに救い(のようなもの)を用意するなど、達者なところを見せる。主演のレオニー・ベネシュは、熱意が空回りして窮地に追い込まれていくヒロイン像を上手く体現していた。レオナルト・シュテットニッシュやエーファ・レーバウ、ミヒャエル・クラマー、ラファエル・シュタホビアクといった他のキャストは馴染みは無いが、皆良好なパフォーマンスを見せている。
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「ミッシング」

2024-06-22 06:31:22 | 映画の感想(ま行)

 題材はシビアなものだし、主演女優の大奮闘は印象に残る。しかし、作品自体の訴求力はそれほどでもない。これはひとえに、物語の焦点になるべきキャラクターよりも、脇の面子や付随するエピソードの方が数段興味深いからだ。それが却って主人公の存在感を希薄なものにしている。脚本の練り上げが足りていないか、あるいは作り手の狙いがドラマツルギーの常道と外れた地点にあったからだと思われる。

 静岡県沼津市に住む森下沙織里の幼い娘である美羽が突然行方不明になり、懸命な捜索も虚しく3カ月が経過。当初は地元でセンセーショナルに報道されたが、世間の関心は次第に薄れていく。形振り構わずビラ配りなどの活動に没頭する沙織里に対し、夫の豊は距離を置いているように見え、夫婦ゲンカは絶えない。

 そんな中、沙織里が娘が失踪した時間帯にアイドルのコンサートに行っていたことが明らかになり、彼女はますます窮地に追いやられる。一方、事件を発生当時から取材していた地元テレビ局の記者の砂田は、上司から挙動不審な沙織里の弟の圭吾にスポットを当てろという命を受ける。視聴率アップのためには、圭吾のようなキャラクターは実に“オイシイ”らしいのだ。やがて別の幼女失踪事件が発生する。

 沙織里の言動は、ハッキリ言って“想定の範囲内”である。たぶんこんな状況に追い込まれたら斯くの如き振る舞いをするのだろうなという、その既定路線から一歩も出ることがない。それよりも夫の豊の態度の方が印象的だ。妻と一緒になって取り乱すことも出来たのだろうが、そこは社会人としての矜持を頑なに守っており、その点が共感度が高い。

 砂田の立ち位置もけっこう説得力がある。本当は素材に真っ直ぐに切り込みたいのだが、視聴率優先の局の方針には逆らえない。そんなディレンマに苦悩する。さらに面白いのは、圭吾の造型だ。見るからにオタクっぽい風貌で事件当日の足取りも明確ではない。誰もが疑いたくなる存在なのだが、そこに振り回されて状況は紛糾するばかり。昔から取り上げられてきたマスコミの独善ぶりと、SNSの暴走というアップ・トゥ・デートなネタを上手くブレンドしていると感じる。

 だが、ドラマは事件の解決にはなかなか近付かず、新たに起こった事件の顛末も気勢が上がらないものに終わった。結果として、ヒロインの無鉄砲なアクションだけが目立つばかりのシャシンに終わっている。脚本も担当した吉田恵輔の演出は、パワフルではあるが若干空回りしているように感じる。沙織里に扮する石原さとみは大熱演で、今までのイメージを覆してみせるという気迫は伝わってくる。しかし、どうもこれは“絵に描いたような力演”の域を出るものではない。

 対して青木崇高や森優作、小野花梨、美保純、そして中村倫也といった脇のキャストの方が良い案配に肩の力が抜けていて好感度が高いのだ。エンディングに関しては賛否両論あるだろうが、個人的にはもっとビシッとした決着が見たかったというのが本音だ。志田貴之のカメラによる撮影と、世武裕子の音楽はしっかりと及第点に達している。
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「関心領域」

2024-06-21 06:22:22 | 映画の感想(か行)
 (原題:THE ZONE OF INTEREST)かなりの高評価を得ている作品で、私もこの非凡すぎる設定に大いに興味を惹かれ、期待して鑑賞に臨んだのだが、どうにも気勢の上がらない結果に終わってしまった。端的に言って、これは“策に溺れた”ような印象を受ける。題材は良いのだから、もう少し訴求力のあるモチーフを繰り出すべきだったと思う。

 第二次大戦中、ホロコーストや強制労働によりユダヤ人を中心に多くの人々を死に至らしめたアウシュビッツ強制収容所の隣で、平和な生活を送るルドルフ・フランツ・フェルディナント・ヘス所長一家の日常を描く。イギリスの作家マーティン・エイミスの小説を原案にした作品だ。



 まず困惑したのが、冒頭のタイトルバックに不穏なサウンドが鳴り響き、スクリーンが数分ブラックアウトしたこと。スタンリー・キューブリック監督の「2001年宇宙の旅」(68年)の、エンドタイトル後の真っ暗な画面に音楽だけが流れるパートを思い出してしまったが、あれは映画の余韻を深めるという意味で効果はあった。対してこの映画は、確かに不穏な空気感は醸成されたのかもしれないが、放送事故に無理矢理付き合わされたような不快感だけが残ってしまう。

 本編は複数の隠し撮りに近い状態に置かれた固定カメラが捉えた映像を繋げたようなものが中心に進むが、確かにドキュメンタリータッチは強調されるものの、プラスアルファの効果があったとは思えない。塀を隔てた場所では惨劇が展開されてはいるが、ヘス邸では平穏無事な時間が流れていく。なるほどそれは大いなる戦争の不条理であるし、糾弾されるべきだとは思うが、映画自体はその構図から動くことは無い。

 主人公の親戚が訪ねてくるが、ただならぬ雰囲気を感じて一泊だけして去って行ったり、収容者を物扱いして効率的な“処理”を話し合ったりするナチスの連中の描写など、いろいろとネタを繰り出しては来るのだが、いずれも在り来たりで不発。果ては終盤に突然“現代の場面”を挿入してヘス所長の当惑を象徴的に扱ったりと、何やら“底が割れる”ような組み立て方で、あまり良い気持ちはしない。

 監督のジョナサン・グレイザーの作品は初めて観るが、元々はCM作成やミュージック・ビデオのディレクターとして名を馳せた人物らしい。そのせいか、主題よりも映像的ギミックを優先させたようにも思われる。とはいえヘス役のクリスティアン・フリーデルは好演だし、妻のヘートヴィヒに扮するサンドラ・ヒュラーは「落下の解剖学」(2023年)よりも存在感はあった。それらは評価したい。
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「シティーハンター」

2024-06-17 06:25:31 | 映画の感想(さ行)

 2024年4月よりNetflixから配信。けっこう楽しめた。実は私は週刊少年ジャンプに連載されていた北条司による原作を、すべてリアルタイムで読んでいる。だからこのネタの面白さを少しは分かっているつもりだ。その観点からも、本作はかなり健闘している方ではないかと思う。1時間44分という長すぎない尺も、この手のシャシンとしては的確だ。

 新宿で相棒の槇村秀幸と共に、あらゆるトラブル処理を請け負う超一流のスイーパーの冴羽リョウは、有名コスプレイヤーのくるみの捜索を請け負う。折しも新宿では常人離れしたパワーを持つ者たちによる謎の暴力事件が多発しており、警視庁刑事の野上冴子も対応に苦慮していた。リョウと槇村はターゲットを追いかけるが、事件に巻き込まれて槇村は死亡。現場に居合わせた秀幸の妹の槇村香は、事の真相の解明をリョウに依頼する。

 このシリーズの魅力は、何といっても主人公の造型にある。凄腕の仕事人でありながら、救いようのないドスケベで下ネタが満載。この映画化作品もそこをしっかりカバーしており、お馴染みの“もっこり”シーンも大々的にフィーチャーされる。特に歌舞伎町の歓楽街を舞台に展開される前半のチェイスシーンは最高で、次から次と繰り出されるお下劣なギャグと、アイデア豊富なアクションの釣瓶打ちには思わず身を乗り出してしまった(笑)。

 中盤以降は香の生い立ちとか敵のシンジケートの概要などの説明的シークエンスが目立ってきて、テンポは悪くなる。さらに言えば“エンジェル・ダスト”に関するエピソードは連載開始時(80年代後半)のモチーフであり、現時点では証文の出し遅れのような感じは否めない。それでも、香と一緒に敵方のアジトに殴り込むクライマックスは、時折“そんなアホな!”と突っ込みを入れつつも盛り上がる。佐藤祐市の演出は調子が良く、画面造型はハリウッド作品などに比べれるとキビしいが、あまり気にならない。

 主演の鈴木亮平はまさに快演で、しなやかな身のこなしと羞恥心を忘れたようなワイセツ表現で観る者を圧倒。香に扮する森田望智は原作ファンからは異論が出るのかもしれないが、かなり頑張っていたのは確かだ。安藤政信に木村文乃、華村あすか、水崎綾女、杉本哲太、迫田孝也、そして橋爪功といった面子も好調だ。かなり評判は良いようなので、たぶんパート2は作られるのだろう。その際はまたチェックしたい。
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「新しい家族」

2024-06-16 06:23:58 | 映画の感想(あ行)
 (英題:PEASANTS)82年ソビエト作品。女流監督の手による映画にも関わらず、主に男性側の視点からドラマが綴られるという、玄妙な味わいを持つシャシンだ。同年のベルリン国際映画祭にて審査員奨励賞を獲得しており、丁寧に作られたホームドラマの佳作であると思う。本作に限らず旧ソ連時代には見応えのある映画が少なからず作られていたが、近年はロシア映画界のめぼしいニュースは無い。国際情勢が関係しているのは当然ながら、この状況はいつか好転して欲しいものである。

 ムルマンスク州の鉱山都市ニッケルに住む中年男パーヴェルは、父親からの急な電報で故郷に呼び戻される。何でも、パーヴェルのかつての婚約者ナースチャが亡くなったらしく、残された14歳の娘ポリーナはパーヴェルとの子だという。さらに、その後のナースチャの交際相手の間に出来たパーヴリクと、彼女に引き取られた孤児ステパンという2人の息子もいた。父親から3人の養育を託されたパーヴェルはニッケル市に戻るが、恋人ポリーナは愛想を尽かして出て行ってしまい、彼は仕方なく3人を男手一つで面倒を見るハメになる。



 家族を作るということにまるで関心の無かったマッチョな男が、思いがけず子持ちになり家庭の味を知るようになるという筋書きは、まあ誰でも予想が付くだろう。事実、本作はその通りに話は進んでいくのだが、この“男の自立”の裏には映画には出てこない“もう一人の主役”が存在するというのが面白い。それは、パーヴェルのかつての恋人ナースチャだ。

 ナースチャはポリーナを一人で育てただけではなく、次の男とも別れて子供を引き取り、加えて生活が苦しいにも関わらず言語障害気味の子を養子として迎え入れ、3人とも良い子に育ててきた。こういう彼女の健気なはたらきがあったおかげで、パーヴェルの成長があるのだ。徹底した男親の話でありながら、その裏に女性の影響力の大きさを組み入れるという、かなり巧妙な“手口”である。

 イスクラ・バービッチの演出は派手さは無いが堅実で、各キャラクターの内面を丹念に綴っていく。主演のアレクサンドル・ミハイロフは、見かけは偉丈夫ながら優柔不断な性格の主人公をうまく表現していた。イリーナ・イワーノワにミハイル・ブズイリョフ・クレツォ、ピョートル・クルイロフの3人の子役も達者なところを見せる。終盤の、思いがけない子供たちの窮地をパーヴェルが身を挺して救うという展開も秀逸で、それに続くハートウォーミングな幕切れも印象的だ。
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「碁盤斬り」

2024-06-15 06:25:27 | 映画の感想(か行)
 本格時代劇らしい雰囲気は良く出ていた。各キャストのパフォーマンスも申し分ない。しかし、脚本の練り上げが足りない。加えて、この監督の持ち味が十分に発揮されたとも思えない。全体的に、TVシリーズの総集編のような印象を受ける。ただ客の入りは悪くないようで、多くの観客が日本映画に対して抱く期待感は“この程度”でクリアされるのだろう。

 江戸の貧乏長屋で娘のお絹と暮らす浪人の柳田格之進は、実は以前は近江彦根藩の藩士だった。それが身に覚えのない罪を着せられて妻も失い、江戸まで落ち延びてきたのだ。彼は囲碁の達人でもあり、豪商の萬屋源兵衛とは囲碁仲間である。そんなある日、旧知の藩士から冤罪事件の真相を知らされた格之進は復讐を決意し、真犯人を捜すための旅に出る。一方、源兵衛の屋敷から大金が紛失する事件が発生。格之進が疑われることになり、お絹はその金を立て替えるために、自らが犠牲になる道を選ぶ。古典落語の演目「柳田格之進」を基にしたドラマだ。



 温厚で堅実な性格の格之進が、彦根での出来事の顛末を知るに及び、たちまち鬼神の如き様相に変わるあたりは上手いと思う。殺陣の場面は尺は短いものの、けっこう切れ味がある。しかし、どうも筋書きが弱体気味だ。そもそも、商人として抜け目のない源兵衛が、簡単に大金の在処を失念するわけがない。お絹に大金を用立てる女郎屋の主人のお庚も、随分と甘ちゃんな造型だ。さらに言えば、彦根での一件の全貌が明確に説明されていないし、格之進の妻が世を去った背景も曖昧だ。

 監督は白石和彌なので、もっと直裁的でエゲツない描写を繰り出してもおかしくないのだが、どうも及び腰だ。極めつけはラストの処理で、これでは何がどうなったのかも分からない。この続きを連続TVドラマにでもするつもりだろうか。

 ただし、囲碁が重要なモチーフになっているあたりは評価して良い。プロ棋士が監修を務めているだけあって、対局シーンに違和感は無い。特に堅実な棋風の格之進に対し、俗なスタイル連発の源兵衛、そして敵役の柴田兵庫が繰り出す三連星の布石(当時は見かけなかったであろう、攻撃的な戦法)など、よく考えられている。福本淳のカメラによる陰影の濃い画面造型は見応えがあり、主演の草なぎ剛は好演だ。清原果耶に中川大志、市村正親、奥野瑛太、斎藤工、小泉今日子、國村隼など、面子は揃っている。ただ出来の方が斯くの如しなので、手放しの賞賛とは程遠い。
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