元・副会長のCinema Days

映画の感想文を中心に、好き勝手なことを語っていきます。

「パンドラの匣」

2009-11-26 06:29:10 | 映画の感想(は行)

 原作を十分に精査することなく、及び腰で映画化したような感じだ。元ネタは太宰治の同名小説。敗戦直後、山奥の結核療養所「健康道場」に入った年若い主人公「ひばり」の療養の日々を描いているが、どうにも面白くないのは「ひばり」がどういう人間かよく分からないためだ。

 身体が弱く戦時中は兵隊に取られることもなかった彼だが、それだけに引け目を感じており、戦争が終わったのを契機に“新しい男”に生まれ変わろうとするのだが、その“新しい男”とは一体何であるか分からずに悩むという、太宰作品らしい気弱なインテリの造型であることは分かる。だが、そんな彼がどうやって周囲と折り合いを付け、新しい時代に一歩を踏み出すようになるのか、そのあたりが描かれていない。

 人里離れた療養所は戦後の混乱が続く世の中とは隔絶された環境であり、限定された人間関係の中でどのように自己のアイデンティティを照射していくかが作品の重要ポイントであるはずだが、本作では捉え方が表面的に過ぎる。主人公と個性的な塾生(患者)たち、あるいは新任の色っぽい婦長や若い看護婦との付き合い方は、濃密になると思わせて実は淡泊な展開に終始する。

 ただし、これは作者が意図したものではなく、描写不足によってそのように見えるに過ぎない。思わせぶりな小細工に終始し、登場人物の内面なんかちっとも浮き彫りになってはいないのだ。主人公の書簡によって心情が綿々と語られる原作との折り合いが付けられなかった結果であり、ラストには何のカタルシスもない。これでは失敗作と言われても仕方がないだろう。

 冨永昌敬の演出は目に余る破綻もない代わりに、さほどのインパクトもない。せいぜいが、川上未映子扮する婦長に“床を雑巾がけする四つん這い姿”をさせて劣情を誘う程度である(爆)。主演の染谷将太はナイーヴな持ち味を出して悪くないし、友人役の窪塚洋介は飄々とした雰囲気を漂わせて久々に良かった。残念ながら婦長役の川上は演技が硬くて感心しなかったが、若いナースを演じる仲里依紗は奔放な魅力で観る者の目を釘付けにする。

 小林基己のカメラによる淡い暖色系の画調も見事だ。そして何と言っても菊地成孔の音楽が素晴らしい。このジャズ畑の異才は映画音楽を担当することは珍しいが、ここではクールかつ柔らかいメロディ・ラインを連発させて単調な作劇をカバーしていたと思う。

 とはいえ作品自体は“若者フィーリング映画(謎 ^^;)”の域を出るものではなく、少なくとも太宰治のファンからは敬遠されること間違いなしだ。いわば「やっとるか?」と聞かれて「(まあまあ)やっとるぞ」とは答えるが、「がんばれよ!」と声を掛けても「よしきた!」と言えるほどの気合いはなかったという映画だろうか(暗然)。
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする