元・副会長のCinema Days

映画の感想文を中心に、好き勝手なことを語っていきます。

「正義のゆくえ I.C.E.特別捜査官」

2009-11-04 06:32:56 | 映画の感想(さ行)

 (原題:Crossing Over )どうも愉快になれないのは、この映画の製作元がユダヤ系だからかもしれない。ICEとはアメリカの移民関税執行局のこと。そこには不法移民を取り締まる立場から警察と同様の捜査権が付与されており、特に9.11以降は権限が大きくなっている。映画はハリソン・フォード扮するベテラン捜査官を狂言回しの役割にして、アメリカに何とか入国しようとするさまざまな民族のシビアな現状を追うのだが、どうもユダヤ人だけ描き方が甘いのだ。

 娘が高校でテロリストに理解を示すような発言をしたばかりに、一家離散の憂き目に遭うサウジアラビア人。国境を越えて危険な目に遭いながらも、まったく報われないメキシコ人。入国監査官と懇ろになってニセの履歴書をデッチあげようとするオーストラリア娘。裕福でありながら政治的理由で亡命してきたイラン人の一族は、つまらないプライドをめぐって内ゲバを起こす。韓国から来た少年に至っては、アメリカ国籍を得る前日に強盗団の一員となって不祥事に荷担する始末だ。

 対してユダヤ人はどうか。アメリカ人として小学校の教員の職を得たいイスラエルの若者は、ユダヤ教の僧侶を騙ろうとするが、入管で本物のラビ(ユダヤ教の教師)から“資格試験”を受けるハメになる。ところが元より気の良い好青年であるためか、デタラメな祈りの言葉を披露してもラビは笑って許してしまうのである。この意図的な“格差の図式”には呆れてしまうしかない。

 セルジオ・レオーネ監督の「ワンス・イン・ア・タイム・イン・アメリカ」を参照するまでもなく、ユダヤ人だろうと何だろうと外からアメリカに入国してくる連中が味わう苦労は一緒のはずだ。ユダヤ人だけを特別扱いする道理はなく、これでは送り手の夜郎自大ぶりばかりが印象付けられることになる。

 とはいえ、せっかくアメリカに移住してもこの国にはあまり明るい将来が開けていないのも確かだ。産業の空洞化が進行し、ドルの基軸通貨としての地位も危うくなっている。オバマ政権は何とか立て直そうとしているが、長らく新自由主義にウツツを抜かしていた代償はあまりにも重い。それだけに、終盤で紹介される米国籍を取得した人々の晴れやかな顔も、観る側にとっては白々しく映ってしまう。

 ウェイン・クラマーの演出は可もなく不可も無し。レイ・リオッタ、アシュレイ・ジャッドらの脇の面子も今回は大した仕事をしていない。全体的に、現状に映画が追いついていない感じで、製作する価値があったのかどうか怪しく思える。
コメント
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