元・副会長のCinema Days

映画の感想文を中心に、好き勝手なことを語っていきます。

最近購入したCD(その13)。

2008-02-09 07:00:02 | 音楽ネタ
 アメリカのミクスチャー系バンドの大物、リンキン・パークの3枚目のアルバム「ミニッツ・トゥ・ミッドナイト」は、同グループのファンにとっていろいろと議論を巻き起こした内容だ。私はファースト・アルバムの「ハイブリッド・セオリー」は聴いていないが、セカンドの「メテオラ」は以前は我が家のヘヴィ・ローテーションだった。「メテオラ」と比べれば確かに音の“トンガリ具合”は不足。ラップのパートも減り、全体的にキャッチーでソフィスティケートされた印象。これがハード路線好きの従来のコアな支持者から敬遠された理由だ。



 しかし、個人的にはこの路線転換は成功だったと思う。一時はさんざん聴いていた「メテオラ」が、今ではCDラックの隅で眠っているように、ああいう(飽きるのも早い)ヘヴィな音だけではギンギラ好きの年少リスナーは満足しても広範囲なファンの獲得は無理だ。早晩行き詰まっていたはずである。だから人気のあるうちにバンドの別の面を見せて懐の深いところを印象づける作戦は、当然あって良い。いくら“大人しくなった”と言っても、アダルト・コンテンポラリー的な軟弱さを披露しているわけではなく(笑)、しっかりと骨太のロック・テイストは維持されているし、大方の音楽ファンは満足出来るパフォーマンスだ。歌詞もなかなか磨き上げられている。

 次に紹介するのは、ニッキ・パロットの「ムーン・リバー」というジャズ・アルバム。このディスクをリリースしているヴィーナス・レコードは、ジャケットに特徴がある。とにかく女性モデルのエロい写真を載せまくり、男性客に対する“店頭効果”を狙おうという作戦だ(笑)。本ディスクもウッドベースに絡み付く美女の艶姿がジャケットを飾っているが、実は写真の彼女はモデルなんかではなく、このCDの主役であるN・パロットその人である。伝説のギタリスト、レス・ポールのバンドのレギュラーでもあるオーストラリア出身の女性ベーシスト。しかも弾きながらマイク・スタンドで歌声を披露するという、かなりユニークな人材なのだ。



 曲はスタンダード中心。声量はそれほどでもないが、伸びた高音を活かした甘くキュートな歌声はリスナーを一聴して引き込んでしまう。余分な力みも見られず、小気味よい節回しと終始リラックスした雰囲気で「ユード・ビー・ソー・ナイス・トゥ・カム・ホーム・トゥ」「クライ・ミー・ア・リバー」などのお馴染み曲の旋律美を際立たせる。ルーファス・リードの手ほどきを受けたというベースの腕前もなかなかのもので、奇を衒わない正統派のスタンスをキープしている。録音には定評のあるヴィーナス・レコードだが、このディスクも骨太のサウンド・デザインを展開。弾き語りでのプレイだけにヴォーカルがベースの方向に定位するのも納得だ。確かな実力と上質のルックスを持った注目株といえよう。

 久々に交響曲のディスクを買ってみた。ブルックナーの8番である。指揮はスタニスラフ・スクロヴァチェフスキ、オーケストラはザールブリュッケン放送交響楽団という、一般にはあまり馴染みのない顔ぶれだが、これが意外とイケる(93年録音)。この曲の代表盤といえばクナッパーツブッシュ&ミュンヘン・フィルの往年の録音をはじめ、ヨッフム&ベルリン・フィルやデジタル録音時代に入ってのジュリーニ&ウィーン・フィルなどが挙げられるが、それらと比べてもあまり遜色はない。



 ブルックナーは楽譜をいろいろと手直しする作曲家だったらしく、同じ曲でも複数のヴァージョンがある。通常は一つのスコアを元に全曲を仕上げるのだろうが、このディスクはノヴァーク版第2稿を基本としていながら第4楽章のみハース版を取り入れるという独自路線だ。そういった指揮者の確固としたポリシーがあるためか、なかなか求心力の高い演奏である。第一楽章から直球勝負でグイグイ押してくる感じ。それでいて余分なケレン味もなく、この曲の巨大さに足を取られることもなく聴感上ではスマートだ。決して一流の楽団ではないが、スクロヴァチェフスキの見事な制動力により決して荒さを見せない。録音もフラットでヘンな強調感がないのも良い。クラシックの初心者からマニアまで幅広く奨められるCDである。
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする