(原題:秋菊打官司)92年作品。舞台は中国・陝西省の山奥の小さな村。急所を蹴られた夫のため、“犯人”である村長の謝罪をとりつけようと東奔西走する若い妻・秋菊の物語。まず彼女は郡の巡査に相談するが、和解案に応じた村長にはしかし、反省の態度が全然見られない。さらに県の公安担当に相談するも同じこと。市の公安局が提示した調停案をも不服とした彼女は、ついに訴訟に踏み切る。
監督は張藝謀だが、それまでの「紅いコーリャン」(87年)「菊豆」(90年)「紅夢」(91年)といった映画と比べてあまりの違いに驚かされる。赤を基調とした強烈な色彩、ドラマティックなストーリー展開、観る者を圧倒する様式美の極致etc.はまったく見られない。さらに、徐々に密室劇の様相を呈してきた作風とも無縁だ。
この映画に社会的な風刺劇の匂いを感じることは簡単で、単に村長に謝ってほしいだけなのに、膠着した制度により話が段々と大きくなっていくこの不条理。目的を達するには今まで親切にしてもらった公安局の局長を“被告”として告発しなければならない不自然さ。村長が怒った原因の一つでもある中国政府の“一家一子政策”の不合理さ。西洋的な大都会と情報不足に悩む寒村との対比。そして皮肉なラストは主人公と同じように呆然と立ち尽くすほかない。
しかし、そんなことが映画の骨子ではないことは明白だ。これは文字通りヒロインの物語なのである。秋菊を演じるのはコン・リー。張藝謀の作品ではおなじみの人気女優が、ここではスッピンの顔に超ダサい服装、無学で方言丸だし(資料にはそうある)でしかも身重という垢抜けない役に挑戦している。これがなかなかいいのだ。彼女が義妹と連れだって大都会を歩く姿は特によく、まるで大昔のサイレント喜劇に出てくる“○○コンビ”みたいで笑いを誘う。
全体的にのんびりしたコメディ・タッチが印象的で、作者がひたむきなヒロインを心から愛していることが伝わってくる。望遠を主体としたドキュメンタリー風の映像(しかも35ミリではなくスーパー16ミリを使用)も効果的だ。
監督は張藝謀だが、それまでの「紅いコーリャン」(87年)「菊豆」(90年)「紅夢」(91年)といった映画と比べてあまりの違いに驚かされる。赤を基調とした強烈な色彩、ドラマティックなストーリー展開、観る者を圧倒する様式美の極致etc.はまったく見られない。さらに、徐々に密室劇の様相を呈してきた作風とも無縁だ。
この映画に社会的な風刺劇の匂いを感じることは簡単で、単に村長に謝ってほしいだけなのに、膠着した制度により話が段々と大きくなっていくこの不条理。目的を達するには今まで親切にしてもらった公安局の局長を“被告”として告発しなければならない不自然さ。村長が怒った原因の一つでもある中国政府の“一家一子政策”の不合理さ。西洋的な大都会と情報不足に悩む寒村との対比。そして皮肉なラストは主人公と同じように呆然と立ち尽くすほかない。
しかし、そんなことが映画の骨子ではないことは明白だ。これは文字通りヒロインの物語なのである。秋菊を演じるのはコン・リー。張藝謀の作品ではおなじみの人気女優が、ここではスッピンの顔に超ダサい服装、無学で方言丸だし(資料にはそうある)でしかも身重という垢抜けない役に挑戦している。これがなかなかいいのだ。彼女が義妹と連れだって大都会を歩く姿は特によく、まるで大昔のサイレント喜劇に出てくる“○○コンビ”みたいで笑いを誘う。
全体的にのんびりしたコメディ・タッチが印象的で、作者がひたむきなヒロインを心から愛していることが伝わってくる。望遠を主体としたドキュメンタリー風の映像(しかも35ミリではなくスーパー16ミリを使用)も効果的だ。


