その後の『ロンドン テムズ川便り』

ことの起こりはロンドン滞在記。帰国後の今は音楽、美術、本、旅行などについての個人的覚書。Since 2008

週末弾丸奈良・京都旅(3):圧巻の「空海展」@奈良国立博物館

2024-05-30 08:49:42 | 旅行 日本

奈良は9時を境に表情が大きく変わる。

外国人観光客・修学旅行生・一般観光客などなど、様々な人々が寺社をバックに写真を撮り、鹿と戯れ、一大観光地の本領が発揮され始める。これはこれで、(オーバーツーリズムにならない限り)悪いことではないし、有名観光地を楽しむ観光客を眺めるのも私はとっても好きだ。昔の話になるが、ロンドン駐在時に通勤路で毎日タワーブリッジを渡っていたのだが、訪れる観光客の顔がすべからく本当に楽しそうなのを見て、自分まで嬉しくなった。橋と言う建造物一つに、こんなに人々を明るい笑顔にする力があるなんて、なんて素晴らしい事だろう。と心から思った。奈良公園を闊歩する観光客も嬉しい顔であふれている。

本題からずれたが、いよいよ今旅行のハイライトである「空海展」である。開館が9時半なので10分前に到着したら、既に長蛇の列ができていて焦った。X(旧ツイッター)には「空いている」というポストが多かったからだ。入場券を持っている列と持ってない列に分かれ、夫々が50m近い長さになっていたので、あわててスマフォで入場券を購入し列に並ぶ。幸い、開館時間になると順次入場となり、10分程度で会場入りできた。

噂には聞いていたが、素晴らしい量と質の展示である。曼荼羅の世界、空海の生涯、空海ゆかりの寺社について、これでもかというばかりにお宝のオンパレードだ。開館とともに、多数の訪問者が一気に入場したので、落ち着いて鑑賞どころではなくなるのを恐れたが、会場広く、導線も緩く設計されていたので、思いのほか人の多さは気にならない。

圧倒されっ放しの展示だったのだが、私が特に印象的だったのは、曼荼羅の世界が詳しく、最大限わかりやすく説明されていたことだった。空海は、「密教は奥深く文筆で表し尽くすことが難しい。そこで図や絵を使って悟らない者に開き示すのだ」と述べたと解説されていたが、それでも難しい。今回、訪問に当たって、空海の『三教指帰』も読んでみたが、文章そのものは平易な物語調であるが、どこまで理解できたかは全く自信なかった。そんな空海の思想や教えを、展示は少しでも鑑賞者がこの世界を近づけられる工夫がされている。

特に感心したのは、曼荼羅の「絵解き」図。曼荼羅の夫々の絵のパートが何を書いているのかが解説してある。この「絵解き図」とリアル曼荼羅図を比べながら、まじまじと見つめた。今まで、さほど気に留めてなかったが、実にいろんな仏様達が描かれているのだ。


(曼荼羅の解説図。「空海」展のWebより転載)

京都・安祥寺の五智如来坐像(国宝)が堂々と第1会場の中央に座して、立体曼荼羅を形成していたのも存在感抜群だった。大日如来を中心に4人の仏さまが周りを固める。私になじみがある阿弥陀如来さまは大日如来の真後ろが定位置であることを確認。


(上の写真のパネルに映っているのが、京都・安祥寺の五智如来坐像)

もう一つ、本展で良かったのは、人間・空海により近づけた気になれたこと。以前、司馬遼太郎の『空海の風景』を読んで、小説ではあるが、空海の生涯について知った。今回、様々な空海ゆかりの品々はよりリアリティをもって、空海と私との距離を縮めてくれるものだった。例えば、遣唐使の一員として唐に渡った空海の帰朝報告である「弘法大師請来目録」。経典の数々を始めとして、唐から持ち帰ったものとかが自筆で記されている。当時の遣唐使は現代人が月に行くよりも危険度高いと思われるが、当地での師・恵果との出会いを通じて、密教の教えを持ち帰った空海が、今そこにいるような気になる。


(一級文物 文殊菩薩坐像 中国・唐(8世紀)中国・西安碑林博物館。なぜか、本品だけ撮影可)

展示の最後に空海像が展示してある。多くの訪問者がそこで手を合わせて祈りを捧げているのも印象的だった。空海は密教の難しい教えを世界を曼荼羅を通じて人々に紹介し、国家権力との関係もしっかり築きつつ、影響力を拡大したことに加えて、弘法大師として死後も多くの人から慕われていた。非常に不思議な魅力を持った人物だ。

奈良まで来た甲斐あったと十分に思わせてくれる、重量級の特別展であった。


〈構成〉
第1章 密教とは ― 空海の伝えたマンダラ世界
第2章 密教の源流 ― 陸と海のシルクロード
第3章 空海入唐 ― 恵果との出会いと胎蔵界・金剛界の融合
第4章 神護寺と東寺 ― 密教流布と護国
第5章 金剛峯寺と弘法大師信仰


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