その後の『ロンドン テムズ川便り』

ことの起こりはロンドン滞在記。帰国後の今は音楽、美術、本、旅行などについての個人的覚書。Since 2008

小谷野 敦 『日本人のための世界史入門』 (新潮新書)

2013-02-26 00:43:45 | 


 新潮新書の新刊。書店に並び始めだが、きっと評価が分かれる本(どちらかと言えばネガティブ)になると思う。

「日本人のための世界史入門」とあるが、明らかに入門書ではない。筆者がかなりの独断で、好きなように世界史の事実を抜粋し並べ、作者の感想と雑学をごちゃごちゃに混ぜ合わせた内容なので、世界史を学びたいと思った人がこの本を読んでも、きっと何も分からないと思う。著名人が講演会で好き勝手にしゃべり倒した内容をそのまままとめたような本である。

 ただ、私自身は、「極端に言い切っているなあ~」と苦笑いしつつも、結構、楽しめて読めた。筆者は「歴史に発展の必然性もないし、法則性もないというカール・ポパーの立場をとる」として、「歴史は単にあった事実だけを確定すればよい」と言い、その事実がおこったのは「偶然」として説明しまう。歴史家が聞いたら目をひんむいて怒りだしそうな記述に満ちあふれている。

 その毒が面白い。私も随分前から読み始めているがなかなかページが進まないダイアモンドの『銃・病原菌・鉄』(草思社)をその結論は「拍子抜け」し、「分かりきったことを書いただけの本なのではないか、という疑念を起こさせるのに十分」と書いている。また、「歴史の勉強は、現代を考察する参考になるといったことが言われるが、だから歴史を勉強しろと言えるほど役に立つかは疑問で、『面白いから勉強する、でいいではないか』」とまさに本音トーク全開だ。歴史学者でないから書ける内容ばかりである。

 ただ、「古代ギリシャから現代までは一冊でおおずかみ」と帯にはマーケティングコピーが書いてあるが、信じない方がいい。脱線しまくりだし、事実(とされているもの)を並べて、筆者の感想を付け加えているので、ある程度、歴史的流れを知っている人でないと、とても筆者の歴史記述にはついていけないはずだ。

 週刊誌のエッセイ集を読むイメージで、読めば面白く読めるし、世界史に関するいろんな本(それもあまり難しくない本)や映画が紹介されているので、ブックガイド、映画ガイドとしても使える。
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エル・グレコ展 @東京都立美術館

2013-02-23 15:41:14 | 美術展(2012.8~)


 エル・グレコ展を観に東京都立美術館を訪れました。エル・グレコは、取り立てて個人的好みという訳ではないのですが、絵の前に立つとぐーっと引きつけられてしまう不思議な絵です。ロンドン滞在中はナショナル・ギャラリーにも何枚かありましたので良く見ていましたし、大陸ではお膝元のプラド美術館に多く展示されていました。今回は、「日本で開かれたエル・グレコの個展で過去最大の規模」(展覧会HP→)ということですので、大変楽しみにしていました。

 3連休最終日の月曜日ということで、通勤列車並みの館内混雑を覚悟していたのですが、この手の大型展覧会としては混雑は控えめでした。待ち時間無しで入館できましたし、ゆっくりとマイペースでというまでにはいきませんが、人込みで不愉快な思いをすることなく鑑賞できました。

 会場は、エル・グレコによる肖像画や宗教画が約50点展示されています。大型の絵は少なく、作品数も大量と言う程ではないのですが、なんせ1枚1枚の絵がものすごく強いエネルギーを発していますから、正直、終盤に差し掛かるころになると、「絵のエネルギー」対「自分のスタミナ」の対決になります。私自身、後半はややバテ気味。


《枢機卿としての聖ヒエロニムス》ロンドン・ナショナルギャラリー


《神殿から商人を追いだすキリスト》
※展示品はバレス・フィサ・コレクション、マドリードのものでしたが、この画像ファイルはロンドン・ナショナルギャラリー蔵の絵のものです

 いつもながらですが、一目でエル・グレコの絵と分かる細長い人物の顔や独特の筆遣い、色使いが特徴的です。細長く、彫の深い人物顔はなんか漫画っぽく見えてしまうところもありますが、教会の祭壇画としても描かれたエル・グレコの絵は、一度、教会の中で見てみたいと思いました。

 圧巻は本展の最大の目玉でもある「無原罪のお宿り」(冒頭のチラシの絵)です。縦3メートル以上ある、この絵を眺めていると、自分自身が神に召されて天上に昇るような気持ちにさせられます。多くの観覧者がやっていましたが、この絵は是非、絵の前で膝をつき、祭壇画を崇めるように鑑賞するのが良いと思います。周囲の人々が消え、自分が美術館に居ることすら忘れ、ヨーロッパの人気のない教会に礼拝に来ているような感覚になります。

 エル・グレコの絵は、半生を過ごしたトレドに多く残されているそうです。会場にはトレドの写真も掲示されていました。マドリッドから電車で近いということすら知らなかったので、マドリッドを訪れた時に足を延ばさなかったことが悔やまれます。

 美術史に残る画家の引力に引きつけられっぱなしの2時間弱でした。

 2012年2月11日
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METライブ・ビューイング/ 「マリア・ストゥアルダ」(ドニゼッティ)

2013-02-19 00:39:53 | 演奏会・オペラ・バレエ・演劇(2012.8~)

<METライブビューイング最新情報サイトより http://met-live.blogspot.jp/2013/02/ny.html>

 「愛の妙薬」に続く、今シーズン2回目のMetライブビューイング。大ファンであるジョイス・ディドナートが主演であることと、ツイッタ―上の評判が良かったので、何とか最終日に駆け込みました。ディドナートは、ロイヤルオペラで「セビリアの理髪師」を見て以来、大ファンになりました。公演中に足を怪我をし、その後の公演を車椅子でロジーナを歌い切った「(私の中の)伝説の公演」(こちら→)で、彼女のプロ魂に惚れ込んだのです。

 ドニゼッティのこのオペラ、なんとメトロポリタンオペラ初演とのことです。スコットランド女王マリア(メアリー女王)とイングランド女王エリザベッタ(エリザベス1世)の確執を描いた歴史オペラです。

 どの歌手陣もよかったのですが、やはりマリア役のジョイス・ディドナートは出色でした。迫力の声量だけでなく、艶のある歌声は本当に素晴らしいです。加えて、体全体から「気」がにじみでる迫真の演技で、舞台上の緊張感がスクリーンからひしひしと伝わってきます。ディドナートに始まり、ディドナートに終わる公演と言っても過言ではありません。


<ジョイス・ディドナート:METライブビューイング最新情報サイトより>

 エリザベッタを歌ったエルザ・ヴァン・デン・ヒーヴァーは美しいソプラノ、レスター伯爵役のマシュー・ポレンザーニは柔らかいテノールで、楽しませてくれました。

 イタリアものには定番のベリーニおじさんの指揮で、オーケストラも色彩豊かかつドラマティックな音楽を奏でていました。デイヴィッド・マクヴィカー(David McVicar)の演出は、歴史的な重みとスタイリッシュさが組み合わされてセンスの良さを感じます。

 このMETライブ・ビューイングの面白さの一つは、出演者やスタッフのインタビューが幕前、幕間に放映されることです。今回はアメリカ人ソプラノのデボラ・ヴォイトがMC役でしたが、彼女のインタビューや進行はプロのアナウンサー張りに上手なもので、オペラの見所や歌手陣の魅力を引き出してくれます。 

 なぜ、このオペラがこれまでMETで上演されなかったのが不思議なぐらい、良くできたオペラでした。



指揮:マウリツィオ・ベニーニ 演出:デイヴィッド・マクヴィカー

出演:ジョイス・ディドナート(マリア)、エルザ・ヴァン・デン・ヒーヴァー(エリザベッタ)、マシュー・ポレンザーニ(レスター伯爵)、ジョシュア・ホプキンス(セシル)、マシュー・ローズ(タルボ)
※フランチェスコ・メーリは降板し、マシュー・ポレンザーニが出演します。

上映期間:2013年2月9日(土)~2月15日(金).上映時間(予定):3時間15分(休憩1回)[ MET上演日 2013年1月19日 ].
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N響/ 準・メルクル指揮/ バレエ音楽「ダフニスとクロエ」(ラヴェル)ほか

2013-02-16 21:59:02 | 演奏会・オペラ・バレエ・演劇(2012.8~)


 今日も冷たい風が吹き付けるものの、抜けるような青空でした。午前中出勤し一仕事した後、NHKホールへ。N響とはたびたび共演している準・メルクルさんが指揮です。

 メルクルさんは最近どうなんでしょう?十数年前、N響に登場したての頃は、若手の星的なイメージで、これから世界的に大ブレイクするのでは?と期待されました。最近はちょっと目立ち度が低い感じがするのですが、私のフォロー不足でしょうか?メルクルさんの指揮は、私は2009年手兵リオン管弦楽団と諏訪内晶子さんとBBCプロムスへの出演以来です。今回は、フランスもののプログラムです。

 メルクル人気でしょうか?アクセルロッドさん、ウルフさんの時は、結構空きが目立った3階自由席も今日はかなり埋まっていました。

 1曲目はサン・サーンスのチェロ協奏曲第1番。生で聴くのは初めてですが、耳に優しい美しいメロディで、すんなり入って行けます。ただ、それが裏目に・・・。冷たい風で冷えた体が暖かいホールで弛緩し、このチェロの調べ。曲が始まって5分も経たずに撃沈してました。ダニエル君、ゴメンナサイ。

 ダニエル君はイケメン風の若手チェリスト。今日はオペラグラスを忘れてしまったので、3階席からだと顔や表情まではわかりません。ウトウトの中で聴くチェロは美しく、深い。こんな贅沢な時間はないと断言できます。アンコールではブリテンの無伴奏チェロ組曲第2番から第一楽章を弾いてくれました。

 休憩後はラヴェルの「ダフニスとクロエ」の全曲版。全曲版は2009年にゲルギエフ指揮のロンドン交響楽団、2011年にプロムスでドナルド・ラニクルズ指揮のBBCスコティッシュ管弦楽団で聴いて以来、3回目です。

 正直言うと、最初はちょっとエンジンのかかりが悪いような気がしました。曲の持つ緊張感や色彩感があまり感じ取れなかったからです。でも、曲が進むにつれて、暖まってきたのか、調子が出て、第3部に入ると聴き応えのある素晴らしい演奏だったと思います。弦のアンサンブルはいつもながら美しいし、フルートの独奏も聴き惚れます。フィナーレの(酒神バッカスの踊り)で最高潮に達して、爽快なエンディングでした。国立音大の合唱陣は美しかったですが、ちょっと平板だったかなあ~。

 バレエ音楽を聴くとやっぱりバレエが観たくなりますね。プログラムの「フィルハーモニー」で詳しめに物語と音楽を解説してくれたおかげで、バレエシーンを想像しながら音楽を聴くと言う楽しみが体験できましたが、一度バレエも観たいです。

 終演後の拍手は熱狂的というものでは無かったですが、大きく暖かい拍手でした。メルクルさんが聴衆からも好かれているのが伝わって来ます。誠実で、大らかなメルクルさんの指揮ぶりは、N響のスタイルにもあってる気がします。むしろ、ちょっと合いすぎて、刺激度が少ないかなあ。

 ホールを出てもまだ明るく、陽がコンサートごとに長くなっていくのが、季節が春に向かっていることを感じさせます。晴れやかな気分で渋谷の雑踏に踏みこんでいきました。


<アンコール曲>


第1749回 定期公演 Cプログラム
2013年2月16日(土) 開場 2:00pm 開演 3:00pm

NHKホール

サン・サーンス/チェロ協奏曲 第1番 イ短調 作品33
ラヴェル/バレエ音楽「ダフニスとクロエ」

指揮:準・メルクル
チェロ:ダニエル・ミュラー・ショット
合唱:国立音楽大学
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野村総合研究所イノベーション開発部 『ITロードマップ〈2013年版〉 』東洋経済新報社

2013-02-15 00:08:29 | 


 仕事柄、IT関係のトレンドは抑えておく必要があるので、とりあえず読んだ一冊。5年後の重要IT技術とその発展過程(ロードマップ)、現在のITトレンド(情報技術マップ)について解説してくれている。

 野村総研のリサーチャーの人達が専門分野について分担して書いた本なので、各技術分野の概説的な説明に留まっており、読んでいて面白い本とは言えない。というか、つまらない。それでも、世の中でどういう技術が有望と考えられているのかを、何となく知るのには良い一冊。例えば、本書で5年後の重要技術として取り上げらているのは、「ビッグデータ」「スマートデバイス」「プライバシー」「M2M」「ダイナミック・ケース・マネジメント」であるが、私自身はダイナミック・ケース・マネジメントという「短いサイクルでの仮設&検証を実現する新たなプラットフォーム」については初めて知った。


※ダイナミック・ケース・マネジメントのロードマップ(出典:NRIニュースリリース

 ただ、実際の5年後には、本書に書いてある技術とは全く似ても似つかぬようなイノベーションが起きているに違いないのだろう。5年前に今のようにタブレット端末が爆発的に普及することを、この手の本が予測しただろうか?

 将来を知るためと言うよりも、今を知るために、読むと言うより目を通しておく本。

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テレビ60年記念ドラマ 「メイドインジャパン」

2013-02-12 23:47:32 | 映画


 いささか時機に遅れた感がありますが、NHKの経済ドラマ「メイドインジャパン」の最終回の感想を。

 「テレビ60年記念ドラマ」と銘打ったこのドラマは、戦後日本の成長をけん引してきた家電メーカータクミの再生に賭ける企業戦士たちの物語です。パナソニック、シャープ、ソニーなど日本を代表する家電メーカーが軒並み経営不振に陥っている日本には、ドンピシャのタイミングでの旬なドラマでした。圧倒的な規模の経済で成長する中国メーカーとの競争、知的財産の流出、日本のものづくりの価値、考えさせられるテーマが満載です。

 しかし、第3回となる最終回は少々がっかり。1,2回とリアリティ溢れる状況設定、人物描写だったのですが、クライマックスへのストーリー展開があまりにも現実離れかつナイーブすぎました。例えば、タクミからの技術盗用を疑われる中国のメーカー・ライシェの記者会見シーン。ライシェの技術トップに転身した迫田の対応は、自己の説明でありこそすれ、会社としての会見になっておらず、プロフェッショナルな企業人の対応としてはありえないです。

 また、日本に帰国する迫田が中国の工場で中国人従業員と別れを告げるものの、迫田を裏切りもの扱いする中国人従業員に向かって、主人公矢作が迫田をかばうシーン。「彼は技術は裏切っていない。技術を裏切らないということは、国に関係なく必要なものです」という訴えですが、日本に追いつき追い越せの中国の人たちにこのメッセージが伝わると思っているのでしょうか?日本人の私でさえ、白けてしまうのに。

 ついでに、ドラマの最後を結ぶ科白「・・・私たち日本人そのものがメイドインジャパンなのだから」は全く意味不明でした。  

 所詮はドラマだから「あり得ない!」といきり立つのは大人げないので、この程度にしておきますが、私が感じた一番の違和感は、ドラマのメインテーマである「技術」「ものつくり」です。

 デジタル化が進んだ今の世界では、「技術」や「ものづくり」の捉え方、定義そのものが変って来ています。しかしながら、このドラマで登場人物がこだわる技術は、アナログの技術そのものです。「デジタル化の中での、メイドインジャパンの技術とは?ものつくりとは?」が問われないこのドラマは、最新のトピックを扱いつつ、「3丁目の夕日」のような昔は良かった的なノスタルジックで中途半端なドラマに終わっていたのが、残念です。

 実力俳優陣の熱演でドラマとしては、迫力満点で良くできています。私としては、唐沢寿明のスーツ、シャツの着こなしが気になってしょうがありませんでした。あんな風にスーツを着てみたい・・・



テレビ60年記念ドラマ 「メイドインジャパン」

【放送】2013年1月26日(土)スタート [連続3回]
 総合 土曜 午後9時00分〜10時13分
【作】  井上由美子
【音楽】島邦明
【出演】唐沢寿明   高橋克実   吉岡秀隆   國村 隼  
     平田 満  マイコ  斎藤 歩  中村靖日  金井勇太
     大塚寧々  酒井美紀  キムラ緑子 刈谷友衣子
     及川光博  岸部一徳  ほか


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N響/ ヒュー・ウルフ指揮/ 「ロメオとジュリエット」組曲 第1、2番(抜粋)(プロコフィエフ)ほか

2013-02-10 19:27:14 | 演奏会・オペラ・バレエ・演劇(2012.8~)


 東京の冬の空は、抜けるような雲ひとつない青空。コンサートに行くというより、Walkingにでも出かけたくなるような暖かい気候のなか、N響の定期演奏会へ行きました。今日は、N響に初登場のアメリカ人指揮者ヒュー・ウルフ。私も初めて聴く指揮者です。席はいつもの3階自由席1500円(貧民席)です。

 1曲目はルイスによるベートーヴェンのピアノ協奏曲第5番「皇帝」。プログラムによるとプロムスでベートーヴェンのピアノ協奏曲全曲を演奏したというポール・ルイスのピアノは十八番という言葉どおりの、堂々たる演奏でした。クリアで力強い打鍵で、音に曇りがありません。今日の青空のように、明快で見通しの良い演奏です。聴いていて、音がダイレクトに胸に響き、痺れます。この曲は体の一部とでも言わんばかりの慣れた演奏ぶり。オーケストラも熱演で、ピアノ独奏としっかりかみ合っていました。重層的でうねりのある演奏で、「皇帝」の王道を行くとでも言わんばかりです。久しぶりに生で聴く5番ですが、大満足でした。

 休憩をはさんで2曲。1曲目は、イギリス人作曲家トーマス・アデスという作曲家のオペラ「パウダー・ハー・フェイス」から「ダンス」。日本初演です。現代音楽にしては聴きやすく、変化のあるリズムと描写的な音楽はいかにもオペラの音楽。プロコフィエフのオペラ音楽に多少似たところもあり、私的には好みでした。オペラも観てみたい。

 そして、最後は、プロコフィエフの「ロメオとジュリエット」からの抜粋版。これが素晴らしい劇的な熱演でした。ウルフは暗譜で、オーケストラを煽ります。丁度、同日同じ時間帯で東京芸術劇場でフィルハーモニア管を指揮しているサロネンにも似たスマートで理知的な指揮ぶりですが、サロネンよりも情熱的な気がします。そして、N響は見事にウルフの棒に応えます。強弱のメリハリがはっきりしていて、音楽が立体的で美しく、ドラマティック。「ロメオとジュリエット」のバレエは見たことない私ですが、バレエシーンが目に浮かぶほどの表現です。コクとキレのある演奏で、弦と管のバランスも抜群。3階席まで音圧を感じるほどの金管の大音量は久しぶりに聴いた気がしました。

 馴染のないウルフだったのですが、前回のアクセルロッドに続き、嬉しい大誤算。感動というよりも、すかっと爽やかに大満足の演奏会でした。


※ポール・ルイスのアンコール曲

第1748回 定期公演 Aプログラム
2013年2月10日(日) 開場 2:00pm 開演 3:00pm

NHKホール

ベートーヴェン/ピアノ協奏曲 第5番 変ホ長調 作品73「皇帝」
アデス/歌劇「パウダー・ハー・フェイス」(1995)から「ダンス」(2007)[日本初演]
プロコフィエフ/「ロメオとジュリエット」組曲 第1、2番(抜粋)

指揮:ヒュー・ウルフ
ピアノ:ポール・ルイス
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映画 『クィーン』

2013-02-07 19:21:07 | 映画


 2006年製作のイギリス映画。1997年8月交通事故で帰らぬ人となったダイアナ妃の死後7日間におけるエリザベス女王の苦悩が描かれます。

 当時、日本のニュースで、イギリス人の悲しみぶりとロイヤルファミリーへの風当たりの強さはある程度知ってはいたものの、ここまでのものだったということが、映画を観ての新鮮な驚きでした。また、ブレア首相が、ロイヤルファミリーと国民の溝を埋めようと努力していたとは初めて知りました。私がロンドンに滞在していた時は、ウイリアム王子とケイトさんの結婚、エリザベス女王在位60周年(ダイヤモンド・ジュビリー)と、ロイヤルファミリー万歳の空気がみなぎっていた頃だったので、当時のここまでの国民の厳しい対王室感情は意外でした。

 映画自体は、これでアカデミー主演女優賞を受賞したエリザベス女王役のヘレン・ミレンの演技が光ります。女王としての威厳を示しつつ、人としての感情も表現する難しい役柄を上手く演じていました。現存する人、それもバリバリの現役の女王を演ずると言うのは、観る人もイメージが明確にある分、とても難しいと思うのですが、全く違和感なくこなしていました。

 現役の女王をネタにこんな映画が作れてしまうイギリスってやっぱり大人の国。と、妙に感心してしまった次第です。
 


出演 ヘレン・ミレン (The Queen)
ジェームズ・クロムウェル (Prince Philip)
アレックス・ジェニングス (Prince Charles)
ロジャー・アラム (Robin Janvrin)
シルヴィア・シムズ (Queen Mother)
ティム・マクマラン (Stephen Lamport)
ロビン・ソーンズ (Equerry)
ジェイク・テイラー・シャントス (Prince William)
ダッシュ・バーバー (Prince Harry)
マイケル・シーン (Tony Blair)
ヘレン・マクロリー (Cherie Blair)
マーク・ベーズリー (Alastair Campbell)
ローレンス・バーグ (Princess Diana)
ミシェル・ゲイ (Dodi Fayed)

スタッフ - クィーン
監督 スティーブン・フリアーズ
脚本 ピーター・モーガン
製作総指揮 フランソワ・イヴェルネル
キャメロン・マクラッケン
スコット・ルーディン
製作 アンディ・ハリース
クリスティーン・ランガン
トレイシー・シーウォード
撮影監督 アフォンソ・ビート
プロダクション・デザイン アラン・マクドナルド
音楽 アレクサンドル・デスプラ
編集 ルシア・ズチェッティ
キャスティング レオ・デイヴィス

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猿谷 要 『物語アメリカの歴史―超大国の行方』 (中公新書)

2013-02-05 20:14:03 | 


 アメリカ研究の大家、故・猿谷要氏によるアメリカ史についての覚書き(筆者は「アメリカの歴史についてのプライベートなノート」とあとがきで書いてます)です。1991年初版ですので、一昔前の本ですが、建国から20世紀後半に至るアメリカ史を、時代ごとの主要トピックスを追いながら、分かりやすく時代の空気を伝えてくれます。

 読み物として気軽に読めます(失礼ながら、私はトイレにおいてゆっくり気ままに読み進めてました)。アメリカ研究家としての筆者の裾野の広さを感じます。全編を通じて、筆者のアメリカへの愛情が満ち溢れていて、歴史を書いているのですが、筆者の思いが良く伝わってくる本になっています。

 その一方で、そのアメリカ愛ゆえにもう少し厳しい突っ込みがあっても良いのでは思ったところはありました。例えば、「第2次大戦期に収容所に強制的に入れさせられた日系人への差別的待遇」や「何故アメリカは日本に原爆を2度落したか?」と言った点について書かれているのですが、軽く触れたという程度で、批判的な検討や記述は見られません。このあたりはちょっと物足りなかった・・・

 ただ、こうした点は差し引いても、アメリカ史の全体像を新書300ページ程度で俯瞰できる本書は、これからアメリカ史を学ぼうとする人や教養として知っておきたいという人に良い本だと思います。

 2013年1月31日読了

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映画 『THIS IS ENGLAND』

2013-02-03 06:57:07 | 映画


 英ガーディアン紙の1964年以降「イギリス映画トップ25」(こちら→)の17位にランクインしている映画ということで、TSUTAYAで借りてきました。2006年のイギリス映画です。

 あらすじは・・・
「トゥエンティーフォー・セブン」のシェーン・メドウス監督が、自身の体験をもとにサッチャー政権下のイギリス郊外に住む若者たちを描いた青春映画。1983年のイギリス中北部、父親をフォークランド紛争で亡くした少年ショーンは町にたむろするスキンヘッズの不良たちと出会う。友達のいなかったショーンは彼らと心を通わせていくが、やがて過激な愛国主義の男コンボの登場で仲間たちは分裂していく……。」(映画.comから引用)

 非常に印象的な映画でした。映像はドキュメンタリー映画のように、若者たちの行動がロングショットで淡々と描かれます。カットによる誇張が少ないので、映像からのリアリティが抜群です。

 その抑制された映像のせいか、描かれる不良グループの中の少年、若者達に下手な感情移入が抑えられているのも、リアリティを増しています。嫌悪感も湧かなければ、安っぽい同情心や共感も湧きません。ただ、ただ、ある時代の、ある地方に、こんな若者たちがこんな生活をしていたというのを切り取ったという感覚です。

 1980年代の不況に苦しむイギリスの空気を知ることもできます。やり場のない若者たちのエネルギー、不況が生む排外的ナショナリズム、フォークランド紛争の受け止め。同じ時代を描いた『リトル・ダンサー(ビリー・エリオット)』や最近では『マーガレット・サッチャー 鉄の女の涙(The Iron Lady)』とは違った社会集団からの視点から見る、サッチャー政権時の英国社会のリアリティです。

 主人公の少年ショーンを演じたトーマス・ターグーズが素晴らしい。不良グループとの出会いから仲間入りのプロセスを通じて、一人の少年の精神的、行動的な発達過程をうまく表現しています。彼が可愛らしいのが、この映画の救いと言えば救いです。他の俳優陣も好演で、いわゆる有名俳優はいなさそうなのですが、それも却って映画のリアリティを高めます。

 また音楽(歌)が映画の雰囲気と100%マッチしていて、印象に残ります。80年代のストリートミュージックからの構成とのことですが、音楽が映画の雰囲気を支えています。

 スキンヘッドの若者たち、暴力的なシーンなど、万人受けする映画ではありませんが、私には、ずっしりと心に残る映画でした。


 ※必ずしも映画の雰囲気をうまく表わしているとは言えませんが、予告編はこちら→


キャスト - THIS IS ENGLAND
出演 トーマス・ターグーズ (Shaun)
スティーブン・グラハム (Combo)
ジョー・ハートリー (Cynth)
アンドリュー・シム (Milky)
ヴィッキー・マクルア (Lol)
ジョセフ・ギルガン (Woody)
ロザムンド・ハンソン (Smell)
アンドリュー・エリス (Gadget)
ペリー・ベンソン (Meggy)
ジョージ・ニュートン (Banjo)
フランク・ハーパー (Lenny)

スタッフ - THIS IS ENGLAND
監督 シェーン・メドウズ
脚本 シェーン・メドウズ
製作 マーク・ハーバード
撮影 ダニエル・コーエン
プロダクション・デザイン マーク・リーズ
音楽 ルドヴィコ・エイナウディ
編集 クリス・ワイアット
衣裳デザイン ジョー・トンプソン
キャスティング デズ・ハミルトン
ルイーズ・メドウズ

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ロッテルダム・フィルハーモニー管弦楽団/ ヤニック・ネゼ=セガン指揮/ ブラームス交響曲第4番 ほか

2013-02-01 00:34:11 | 演奏会・オペラ・バレエ・演劇(2012.8~)
 帰国以来、初の外オケです。外オケは高くてとても手が出ないのですが、そんな中、今回のロッテルダム・フィルは比較的お手頃価格(それでも残っていた最安値のC席を購入したのですが、7000円ですので決して安くはありません。しかも、行ってみたらステージ後ろのP席でした)。そして指揮は、ロンドン・フィルの首席客演指揮者としていつも情熱的な音楽を聞かせてくれたヤニック・ネゼ=セガンの登場。(ネゼ=セガンは日本ではまだ知名度はさほどではないかもしれませんが、凄いんです)ですので、購入後、今日のこの日を指折りに待っていました。


(5年ぶりのサントリーホール)



 この日は日本ツアー初日。ネゼ=セガンさんはいつもどおり、颯爽と笑顔で現れました。(私の記憶では、もう少し後頭部の髪が薄かった記憶があるのですが、なんか殖えた感じ。何か良い育毛剤があるなら教えて欲しい・・・)そしてコンサート終了まで、以前と変わらぬ情熱的な指揮ぶりで、期待通り素晴らしい演奏を聴かせてくれました。

 やはり一番は、休憩後のブラームス交響曲4番でしょうか。第一楽章、夏の山小屋で感じる朝の空気のような透き通った音楽がスーッとゆっくりと体の中に入ってきます。そして、第2楽章の演奏の美しさは私の筆力ではとても記述不能。装飾があるわけでなく、楽譜にある音楽そのものが再現されている感覚です。あまりの透明感ある美しさに涙が出そうになりました、そして、第3楽章から間断なく入った第4楽章は木管陣(特にフルート)の美しい調べが胸を打ちます。そして、最高潮で迎えるフィナーレ。もう、「聴かせてくれて、ありがとう」としか言いようがないです。

 前半の花は、庄司紗矢香さんをソリストに迎えて、プロコフィエフのヴァイオリン協奏曲第2番。これも良かったです。庄司さんのヴァイオリンは何度か聴いていますが、これまでの印象は、上手だけど感情があまり高ぶらない演奏というイメージだったのですが、今日は非常に情感あふれる音楽に聴こえました。特に第2楽章の美しさは格別。真っ赤なドレスに身を包んで演奏した庄司さんでしたが、残念ながら私のP席からだと、むき出しの細い肩と背中しか見えません。この体格から良くこれだけ会場一杯に響く演奏ができるものだと感心します。熱烈拍手にこたえて、アンコールでバッハの無伴奏ヴァイオリン・ソナタ第1番ト短調アダージョを弾いてくれましたが、これがまた天上に昇るような美しさ。私としては、プロコフィエフよりも良かったぐらいです。

 私にとってはサントリーホールも5年ぶりぐらい。改めてこのホールの音響の良さに痺れました。これだけの音響のホールは、正直、ヨーロッパにもあまりないと思います。在ロンドン中、ロンドン交響楽団の人と話す機会があったのですが、「団員は、日本に行くとサントリーホールで演奏するのが楽しみなんだ」と言っていたのも良く分かります。今日のロッテルダムフィルの人もそう思ってくれたに違いありません。

 ただ、今日の私の席はP席(ステージ後ろ)の一列目。ホルン舞台の直後ろで、生音がダイレクトに飛び込んできます。それはライブならではの快感である一方で、ホルンの音だけが必要以上に直撃。正直、ホルンの伴奏で、弦の音が聞こえにくく、オケ全体をバランス良く聴くことは叶いませんでした。

ロッテルダム・フィルはロイヤル・コンセルト・へボウの影に隠れて、欧州の中ではメジャーとは言えませんが、しっかりと低く安定したアンサンブルで欧州オケの実力を見せてくれました。それなのに、聴衆の入りが8割5分程度で空席がけっこうあったのと、素晴らしい演奏の割に拍手が思いのほかおとなしく感じたのは残念でした。拍手自体は大きく、長かったのですが、もっと熱烈拍手であっても良いのではと思った次第です。

ネゼ=セガンさんは昨年からフィラデルフィア管弦楽団の音楽監督を務めてますが、彼の明るいオーラはアメリカ人には間違いなく受けるでしょうね。ホントは、ロンドンフィルの音楽監督になって欲しかったんだけどなあ~


(アンコール曲)



日時 2013年1月31日(木) 開演/19:00
会場 サントリーホール
出演 管弦楽 :ロッテルダム・フィルハーモニー管弦楽団
指揮 :ヤニック・ネゼ=セガン
ソリスト:庄司紗矢香(ヴァイオリン)
演奏曲目 シューマン:歌劇『ゲノフェーファ』序曲 Op.81
プロコフィエフ:ヴァイオリン協奏曲 第2番 ト短調 Op.63 <ヴァイオリン:庄司紗矢香>
ブラームス:交響曲 第4番 ホ短調 Op.98
コメント (4)
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