不適切な表現に該当する恐れがある内容を一部非表示にしています

その後の『ロンドン テムズ川便り』

ことの起こりはロンドン滞在記。帰国後の今は音楽、美術、本、旅行などについての個人的覚書。Since 2008

ロンドン地下鉄のトラブル

2009-09-30 05:20:34 | ロンドン日記 (日常)
 今日は帰宅途中の地下鉄が途中で20分余り止まってしまい、車両の中に閉じ込められた。理由は信号機故障とのこと。あまり珍しいことではないので、今更驚いたり、腹が立ったりもしないが、社内で暇だったので、今まで経験した地下鉄トラブルについて思い起こしてみた。

①ストライキ
 これは以前本ブログでも紹介したが、2日間に渡って地下鉄がストップ。今時、ストライキでこれだけの大都心の交通機能が麻痺するところは珍しい。

②週末の工事運休
 信じられないかもしれないが、私の最寄路線の地下鉄はこの2ヶ月くらいは週末は殆ど運休。改良工事のためらしいが、ここ最近以前も1ヶ月に2度は週末運休していたので、何の工事をやっているのか皆目見当つかず。何とかバスで移動しているが、不便なことおびただし。

③途中の行き先変更
 途中で行き先が突然別の支線に変わったり、終点まで行かず途中駅でストップになる。リッチモンド行きに乗ったはずなのに、いつの間にかウインブルドン行きに変わっていた。

④駅飛ばし
 ダイヤの関係か何か良く分からないが、突然、止まるはずの駅を通過し、次の駅まで行ってしまった。また、止まるはずの地下鉄が素通りしていき、乗車できないまま、唖然と見送り。にこんなのありか?

⑤信号機故障による遅延
 これは日常茶飯事。遅延があるのは許せるにしても、こんなにいつも、信号機が故障する列車って大丈夫なのだろうか?

(番外)運転士が突発年休のため運休
 これは地下鉄ではないが、先週末の日曜日朝にブライトンで遭遇。15分後発車予定の列車がいきなり運休。理由は「運転手が不測の休みを取った為・・・」。ありえないでしょ。

 ほんと、楽しませてくれます。ロンドンの地下鉄。
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

今朝、ちょっと嬉しかったこと

2009-09-30 04:54:19 | ロンドン日記 (日常)
 ロンドンの新聞を読んでいて凄いと思うのは、批評文化です。毎日、オペラ、クラッシック、ダンス、バレエ、演劇などなどの舞台芸術が行われているロンドンでは、日刊新聞の芸能欄に3つ、4つのコンサートや舞台の批評と格付け(5つ星評価)がされます。日本では、週数回夕刊に載るぐらいでしたから、その量と質の高さに驚かされます。

 「まあ、芸術なんて、本人の感じ方しだいさ」とは思ってはいるものの、どうしても自分が出かけたコンサートの批評は気になり、新聞をめくる際に気になります。自分が良かったと思ったコンサートが高く評価されていれば何となく嬉しいし、逆に、評価が悪かったりすると、機嫌が悪くなります。殆ど前日のプロ野球のご贔屓チームの結果を見るような気分です。

 今朝、ちょっと嬉しかったのは、今日のTimes紙で、先週土曜日に出かけたロンドン・フィルハーモニックのコンサートの批評が何んと5つ星でべた褒めされていたこと。「そうだろ、そうだろ。最高に良かったもんなー」と何か非常に嬉しい気分になりました。

 Webにも掲載されたら、転載します。

 2009年9月29日



From The Times
September 29, 2009
London Philharmonic Orchestra/Jurowski at the Festival Hall, SE1
Geoff Brown

*****

The attraction of Mahler’s Resurrection Symphony seems without end. Every week one major orchestra or another throws itself into trudging death, shrieking anguish and life’s memories bitter and fond, before resurrection trumpets, choir and soprano soloists waft everyone into immortality. The result is always a full house: in this fretful age we’d all like to be transfigured.
Performances, though, don’t always match aspirations. That wasn’t the case with Vladimir Jurowski’s spellbinding concert on Saturday with the London Philharmonic. First, he cleared the ears with György Kurtág’s Stele, a compressed, elegiac miracle of juddering chords, microtonal haze and questioning phrases, very precisely steered. Then we jumped back 100 years, to Mahler’s own elegies and modernities. Jurowski’s handling of the opening funeral march brushed against the ordinary, but the fluid transitions from mood to mood, the clarity of the orchestra’s textures, still made the ears stand up.
The wonders quickly intensified after Mahler’s proscribed lengthy pause, when the London Philharmonic Choir filed on as though rehearsing the Dead March from Saul. This gave a clue about what was to follow, for Jurowski pondered the andante’s bittersweet recollections at a speed slow enough to be daring. Even so, the drowsy strings still kept their lilt, while the theme’s final reprise sweetly suggested old age amused by love’s young dreams.
One drum thwack, and the balloon was pricked. Time for that disturbed, merry-go-roundLondon Philharmonis Orchestra/Jurowski scherzo: another movement lifted far from the routine by Jurowski’s freshly considered pacing and phrasing and the LPO’s gleaming colours. Chistianne Stotijn’s milky mezzo brought its own beauties in her Urlicht movement. Then it was resurrection time. Jurowski wasn’t one for the quick fix. Once again pace slowed, with an unusually measured choral delivery of Klopstock’s lines, brightly decorated by Adriana Kucerová’s golden soprano. It’s not easy for any large amateur choir to maintain radiance and pitch in hushed tones for minutes on end; but Neville Creed’s forces triumphed. Were we transfigured? Definitely.

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

イギリスにおける愛国心

2009-09-29 06:40:27 | ロンドン日記 (日常)
 今日、お昼の休憩時間にイギリス人の同僚とイギリスにおける愛国心について、興味深い話をしました。

 「イギリスは、プレミアリーグの試合前も国歌の演奏は無いけど、イギリスではいつ国歌を演奏する?アメリカじゃ、スポーツの試合前はもちろん、オーケストラのシーズン・オープニング・コンサートでもプログラムの前に国歌を演奏してたよ」と聞いたところ、

 同僚曰く、「昔はTVでも夜の番組終了前に放送したし(そう言えばNHKもやってたなあ~)、卒業式とかにもやったけど、行き過ぎということで、今は殆どやっていない。今やるのはプロムスの最終日ぐらい。滅多にやらないから、あんなにおじさん、おばさんはプロムスの最終日は盛り上がるんだよ。移民が増えたイギリスでは愛国心はいつも論争の種さ」とのこと。

 アメリカと違い、イギリスは外国人在住者にイギリス、イギリスと押し付けることが全く無いのが、外国人の私たちにとってはとっても気楽で住みやすいところであります。米国はどこへ行っても星条旗と国家だから、なんかアメリカ人になることを洗脳されているような気がしたからです。そんなイギリスは、「さすが大人の国。寛容の精神を持ち合わせていると」と感じていました。

 ただ、今日同僚と世間話の中で一面を見せてくれたように、イギリスも多民族化が進むなかで、国歌としてのアイデンティティをどう作っていくのかというのが、論点の一つというのは興味深い発見でした。

2009年9月28日
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

Firleハーフマラソン大会

2009-09-28 02:54:24 | ロードレース参戦 (in 欧州、日本)
 来月のアムステルダム・マラソンに向けての最後のレース・トレーニング。ロンドンの南100k近くも下ったFirleというところまで行きました。5時半起床、ロンドンブリッジ駅からビーチリゾートで有名なブライトンまで行って、そこで乗り換え、Glyndeという駅で降り、更に徒歩で20分ちょっと歩いて、やっと到着。とにかく、丘と草原が広がるだけの、何も無いところです。

 ギリギリに到着したので、参加者は結構もうアップ済み。


 今日は天気も良く、朝日と草の緑が綺麗に輝いていました。


 いよいよスタート。7キロ地点までは、こんな砂利道の平地を走ります。しかしこの後、正面左前方に見える丘を登ります。


 1キロで標高200メールを駆け上がる難所です。あまりの急勾配に、途中、ちょっと早歩きに変更。


 周りには羊が放牧されています。のどかだなあ~


 事前の予測を遥かに上回る丘の急勾配でしたが、登った後は最高の展望が開けます。丘の尾根から北側の眺め。標高の高さは大きく異なりますが、雰囲気としては日本の信州車山高原とかと似ています。


 南側。イギリス海峡がぼんやり見えます。上った後は、丘の背にそって、10キロ近く小さな上り下りが繰り返されます。なかなかタフなコースでした。


 羊の放牧のあとは、牛の放牧。


 「お休みのところお邪魔してます・・・」という感じでした。これは決して望遠で撮っているわけではありません。牛の横を走るのです。


 18キロから丘を下り、やっとゴール。タイムは手持ちの時計で2時間5分前後。今日のコースはホントつらかった。


 今日の参加賞はカバン。Tシャツのが良いんだけどなあ~。


こんな田舎ですが、駅前にはきちっとパブがありました。


 電車は1時間に1本なので、自分へのご褒美にご当地エールを一杯。


 いよいよ本番まで4週間です。

2009.9.27

※9.29追記 公式記録 2時間4分4秒 202位 完走者303名
コメント (2)
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

ユロフスキ指揮 ロンドン・フィルハーモニック・オーケストラ マーラー交響曲第2番

2009-09-27 07:27:25 | コンサート (in 欧州)
 たった今、ユロフスキ指揮のロンドン・フィルハーモーニック・オーケストラのシーズン・オープニング・コンサートから帰ってきた。

 素晴らしい演奏会だった。既に終了後、1時間半が経過しているが、未だ高ぶった気持ちと心臓の鼓動が収まらない。

 良い演奏会になる予感はあった。今日のメインのマーラーの交響曲第2番だが、今年6月にこのコンビで、Todtenfeierというこの交響曲第2番の第一楽章の元となった曲を演奏しているが、それが素晴らしかったからである。

 しかし、実際はその期待を遥かに上回るものであった。ユロフスキのメリハリののつけかた、スロー・ハイを織り交ぜた絶妙のテンポ、気合の入った弦、ホールに響き渡る管、打楽器の爆発、コーラスの清らかさ、独唱の深み、全てが絶妙に組み合わさったケミストリーを構成していた。聴いていて、胸が高鳴り、背筋が伸び、時には涙が出てくる。生と死をテーマにする、マーラーの音楽の精神性が高く表現されていたと思う。

 今日は団員の気合の入り方が本当にひしひしと伝わってきた。楽譜も読めない私が、コンサートで注目しているのは、団員の気合の入り方。演奏中はもちろんだがが、団員の気合は演奏していない時の目つき、態度に表れると思って、いつも注目している。今日の、LPOの団員は誰もが、次の出番を待つ緊張感と集中力に溢れていた。プロといえども、姿勢や態度は本当に正直に「気」を表すのである。(ベンチでのイチローと清原の違いを見れば一目瞭然)

 そういった意味で一つだけ残念だったこと。ソプラノのAdriana Kucerova。プロムスのフィデリオにも出ていて、美人だし、歌唱力も素晴らしい。しかし、出番を待つときの態度が最低だ。足を組み、時に周りを見渡し、不敵な笑みを浮かべたりして、いかにも「私がこの舞台の主役よ」と言わんばかりの高慢な態度。隣のメゾソプラノ氏が両膝をしっかりそろえて、視点を一点に見つめ出番を真摯に待っていたので、なおさらその態度のでかさが鼻につく。無視したいのだが、ユロフスキのすぐ前に座っているので、いやでも見えてしまう。あの態度だけは本当に改めたほうが良いと思う。

 人の悪口をこれ以上書くと、語るに落ちるのでやめておくが、とにかくコンサートは素晴らしかった。こちらに来てから、これまでにないペースで演奏会に出かけているが、間違いなくトップ3に入るような記憶に残る演奏だった。

 写真等はまた後日アップしたい。明日はハーフマラソンに出走するが、このまま寝られるのだろうか?

 2009年9月26日 23:38記

26 September 2009 7:30pm
Opening of the season in the Royal Festival Hall

Vladimir Jurowski conductor
Adriana Kucerova soprano
Christianne Stotijn mezzo soprano
London Philharmonic Choir

Kurtág Stele
Mahler Symphony 2

※9月27日写真追加
1曲目のKurtágが終わった後。私は結構良かったかと思ったけど、会場は惑いの拍手で、残念ながらカーテンコールもなし。皆、次の「復活」が待ち遠しい様子。


「復活」終了後のカーテンコール。大拍手の前に左から合唱指揮の人、ユロフスキ、Stotijn、Kucerova。


 後ろに写っているコーラスも素晴らしかったです。


 コンサート終了後のイベント。ユロフスキとのインフォーマル・ディスカッション。100名を超える人が集まり、マーラーについてや今日の演奏について質疑応答が行われました。



From The Times
September 29, 2009
London Philharmonic Orchestra/Jurowski at the Festival Hall, SE1
Geoff Brown

*****

The attraction of Mahler’s Resurrection Symphony seems without end. Every week one major orchestra or another throws itself into trudging death, shrieking anguish and life’s memories bitter and fond, before resurrection trumpets, choir and soprano soloists waft everyone into immortality. The result is always a full house: in this fretful age we’d all like to be transfigured.

Performances, though, don’t always match aspirations. That wasn’t the case with Vladimir Jurowski’s spellbinding concert on Saturday with the London Philharmonic. First, he cleared the ears with György Kurtág’s Stele, a compressed, elegiac miracle of juddering chords, microtonal haze and questioning phrases, very precisely steered. Then we jumped back 100 years, to Mahler’s own elegies and modernities. Jurowski’s handling of the opening funeral march brushed against the ordinary, but the fluid transitions from mood to mood, the clarity of the orchestra’s textures, still made the ears stand up.

The wonders quickly intensified after Mahler’s proscribed lengthy pause, when the London Philharmonic Choir filed on as though rehearsing the Dead March from Saul. This gave a clue about what was to follow, for Jurowski pondered the andante’s bittersweet recollections at a speed slow enough to be daring. Even so, the drowsy strings still kept their lilt, while the theme’s final reprise sweetly suggested old age amused by love’s young dreams.

One drum thwack, and the balloon was pricked. Time for that disturbed, merry-go-roundLondon Philharmonis Orchestra/Jurowski scherzo: another movement lifted far from the routine by Jurowski’s freshly considered pacing and phrasing and the LPO’s gleaming colours. Chistianne Stotijn’s milky mezzo brought its own beauties in her Urlicht movement. Then it was resurrection time. Jurowski wasn’t one for the quick fix. Once again pace slowed, with an unusually measured choral delivery of Klopstock’s lines, brightly decorated by Adriana Kucerová’s golden soprano. It’s not easy for any large amateur choir to maintain radiance and pitch in hushed tones for minutes on end; but Neville Creed’s forces triumphed. Were we transfigured? Definitely.


コメント (2)
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

災難続き

2009-09-27 00:47:03 | ロンドン日記 (日常)
 やっと、バスのお湯が使えるようになったと思ったら、今度は再び不幸の手紙が・・・

 「大家が本物件を売りに出すことにしたので、XX月XX日までに出て行ってください。・・・」

 前回同じような、間違い手紙があったので、「またか!」と思い、不動産屋さんに確認したところ、「残念ながら、今回は本当らしいです・・・」とのこと。

 また、物件探しから始まって、荷物のまとめ、引越し、立ち上げを考えると、頭が痛いし、何より面倒。気が重いなあ~。

 2009年9月25日
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

ハイティンク指揮 シカゴ交響楽団 ブルックナー交響曲第7番他

2009-09-26 05:01:58 | コンサート (in 欧州)
 楽しみにしていたハイティンクとCSOのコンサートに行ってきました。

 CSOは1994年9月に本拠地シカゴでシーズン・オープニング・コンサートに訪れてから、なんと15年ぶりです。その時はそのド迫力の音量にただただ圧倒されたことが強く印象に残っています。

 一曲目はハイドンの交響曲101番「時計」。何故かハイドンを生で聴いた覚えがほとんどありません。軽快なテンポで、美しいメロディが流れます。圧倒された昔のCSOとは全く異なる、美しいアンサンブルを聴かせてくれました。ただ、あまりの優雅で柔らかい音楽に、日中の仕事の疲れが一気に噴出し、第3楽章はかなりうとうと。幸せな眠りでした。

 休憩をはさんで2曲目はブルックナーの交響曲7番。ブルックナーの交響曲はそれほど聴いているわけではないのですが、7番は中では一番好きな曲です。この曲は自分の中でも思い出深い曲で、まだクラシック音楽を聴き始めたころ(なんと1988年)にフィラデルフィア管弦楽団で今は亡きクラウス・テンシュテットが振るのを当地で聴いて、岩をくだく波のような、荒々しいくも迫力満点の音楽に鳥肌が立つ興奮を覚えた曲です。

 今日のハイティンクのブルックナーはそれとは全く異なる優雅で大らかな7番でした。まず、テンポがやたらスローに感じられました。非常に丁寧に音楽を作っていくという感じで、豪快なブルックナーというよりは、全体を包み込むような音楽でした。CSOの個々のプレイヤーの実力の高さ、アンサンブルの美しさは格別で、言葉では表現しにくいのですが、LSOから感じる「切れ」とか、ウィーンフィルの優雅さとも違います。

 ただ、自分の好みかというと、この7番は正直違いました。22年前の印象をまだ引きずっていて、7番は聴いていて、打ちのめされるような音楽であってほしいと思っているからです。アンサンブルの美しさには感服しつつも、何かが物足りないような違和感があったのは事実です。うまく表現できませんが、「確かにうまいラーメンだが、自分の好みじゃないな」そんな感じです。

 会場は大拍手。過去にロイヤルオペラハウスやロンドンフィルの音楽監督も勤め、ロンドンとも馴染みの深い巨匠に暖かい拍手を送っていました。もちろん、自分にベストフィットの音楽ではなかったものの、美しい音楽を味あわせてくれたハイティンクとCSOに、私も周りに負けずに拍手を送りました。

Royal Festival Hall
Bernard Haitink with Chicago Symphony Orchestra
Thursday 24 September 2009, 7.30pm
Joseph Haydn: Symphony No.101 in D (Clock)
Anton Bruckner: Symphony No.7
Bernard Haitink conductor

 この日は碌な写真が取れなかったので、1枚だけ。


 Intermessoサイトから無断借用(一応、「無断借用可」とのことですので・・・)






コメント (2)
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

バスのお湯復活

2009-09-25 02:07:21 | ロンドン日記 (日常)
 のっけから汚い話で恐縮ですが、実は、この10日あまりも風呂に入っていませんでした。

 というのは、バスのお湯が出なくなり、シャワーも使えなかったからです。仕方がないので、洗面所でバケツにお湯をためて、タオルを浸して、それで体を拭くという昭和初期のようなやり方で凌いできました。

 イギリスのスローなサービスやオペレーションには相当慣れて、「まあ効率一辺倒よりも人間的だよね」と開き直ったような印象を持ち始めていたのですが、今回は、改めてそのイギリスのスローなサービスに泣かされました。

 お湯が出なくなって、不動産屋に修理手配を依頼して以来、今日まで配管屋さんが来たのは3回目

 1回目:見に来ただけ。「タップ(蛇口)を交換しないと駄目だね」の一言で去る。

 2回目:新しいタップを持ってきた修理屋さん。「タップの交換の前に、お湯の元栓を止めなきゃいかねいが、場所がわからない。俺はタップの交換に来ただけで、お湯の配管はわからないから、大家に確認してくれ」でさようなら。

 不動産屋に怒りの電話をしても、マンションの管理会社も扱っている物件の数が多すぎで、「当該物件の配管図が見当たらない」らしいとかで、「申し訳ないが、テナントさんが探し当ててください」「分かるわけないでしょ」と会話にならない。しかし、なんとか管理会社の人間と修理屋をセットでアレンジして貰い、今日の3回目へ。

 3回目:そう対して広くもないアパートの部屋のハスルームや押入れ等を探した挙句、きっとここだろうということで、バスシンクの下をこじ開けて、ついにお湯の元栓発見!無事、タップの交換も終了。

 さすがに直ったときは嬉しかったけど、これだけで何で、会社も3日も短時間の年休を取って、10日も苦労しなきゃいけないの?と最後までうなずけない自分でした。
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

BBCドキュメント ナチ残党を追う

2009-09-24 05:28:32 | ロンドン日記 (日常)
 先々週から土曜日にBBC2で、ナチの残党を追うドキュメンタリーをシリーズでやっているが、なかなか見ごたえがある。

 1回目はユダヤ人収容所で人体実験を繰り返した軍医、2回目の先週はナチに協力したクロアチアやハンガリーの将校たち。1回目は結局探し当てることはできなかったが、2回目は実際に彼らを訪れてインタビューをする。既に90歳を超える彼らのとのインタビューはなかなか圧巻。彼らの戦争責任とは何か?組織の命令に従っただけなのか、積極的に協力したのか?それは今から立証できるのか?戦後60年以上が経過した現在、そこまで行う意味は何のか?

 いろんな問題を投げかけられ、考えさせられる。

 ※BBCのホームページから見ることができますから、この手のテーマが好きな方は是非ご覧ください。http://www.bbc.co.uk/iplayer/episode/b00mzrnr/The_Last_Nazis_Most_Wanted/
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

イギリスの休日

2009-09-23 05:16:38 | ロンドン日記 (日常)
 今週は、日本は何んと5連休のシルバーウィーク中ということで、日本からのいろんなオーダーがありません。結果として、仕事量が2割くらい減って、本来の(?)仕事に集中できるので、かなり働きやすい週です(その分、休み明けに、どーっと来るんでしょうけど)。

 日本は年間の休日が15日もあるらしいですが、イギリスではその半分の8日しかない!8月31日の最終月曜日の休日が過ぎると、あとは12月25日のクリスマスまでなし。これは、結構、疲れるし、精神的な楽しみがない。

 こっちの人は、「ホリデー」といっては年に2回ぐらい平気で2週間ぐらいの休みを取るので、休日など無くてもよいようですが、我々日本人は本当に休むのが下手です。ローカル社員が休みを取るのを横目で、シコシコと働き続けます。彼らから見ると、「休めるのに休まない日本人は本当に理解できない」一方で、日本人から見れば、仕事があるのに平気で「明日からホリデーだから、やるのは2週間先です」と正々堂々とのたまう人には絶対なりたくない。

 日本の休日の多さは本当に羨ましい限りです。休んで、温泉入りてえ~。
コメント (2)
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

ゲルギエフ指揮 ロンドン交響楽団 シーズン・オープニング・コンサート

2009-09-22 05:09:31 | コンサート (in 欧州)
 いよいよ2009-2010のシーズン開幕ということで、ロンドン交響楽団のオープニング・コンサートに行きました。この日曜日は、朝、ジョギングした以外は、自宅にこもって残務処理をしたり、仕事関係の本を読んだりでしたので、コンディションはバッチシで望めました。

 プログラムはフランスものの3本立て。日曜の夜のせいか、残念ながら、チラホラまとまった空席もあり、満員というわけではありませんでした。

 一曲目はドビッシーの海。何故だかロンドンに着てから、この曲にはやたらぶつかります。とても好きな曲ですが、これが聴きたくて行ったコンサートは1回もないのですが、今日で何んと5回目。
 ※4回目 準・メルクル指揮 リオン国立管弦楽団
 ※3回目 クラウディオ・アバド指揮 ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団
 ※2回目 Yoel Levi指揮 フランス国立管弦楽団
 ※1回目 ベルナルト・ハイティンク指揮 ロイヤル・コンセルトヘボウ管弦楽団

 ただ、この曲は本当に聴くたびに印象が異なるのが面白いです。残念ながら、今日は私にはイマイチ。何が悪かったのか専門的には良く分かりませんが、LSOの乾いた感じだが切れのある音がもう一つ曲とマッチせず、私には「海」特有の音の色彩が浮かんで来ませんでした。「おいおい、LSOどうしちゃったの?」とかなり不安になる滑り出し。

 しかし、2曲目以降はLSOらしさが炸裂しました。2曲目は、まったく初めて聞く曲で、アンリ・デュティユーのヴァイオリン協奏曲 「夢の樹」 L'arbre des Songes(1985年)。現代曲らしい緊張感もありますが、全体的には聴き易く、ヴァイオリンのソロのみならず、いろんな楽器が活躍し聴いていて面白い曲です。ヴァイオリンソロのレオニダス・カヴァコスは、地味でパフォーマンス的な要素は全くありませんが、繊細で優しいバイオリンを聴かせてくれました。


 私の2階席からは見えませんでしたが、1階に作曲者のデュティユーさんがいらしたようで、ゲルギエフが舞台から拍手。


 最後は、ラヴェルの「ダフニスとクロエ」。ラヴェルのオーケストレーション全開で、コーラスとも見事に噛み合い、メリハリの利いた緊張感あふれる演奏を展開してくれました。組曲版はN響のコンサートで聴いたことがありますが、全曲は初めて。50分近く休みなしで、ズーっとこの緊張感溢れる音楽を聴き続けるのは、演奏者も大変と思いますが、聴くほうもかなり大変。終わった時には、心臓の鼓動が止まらず、ただでさえ高い血圧が更に相当上がった感じ。




 LSOには、今シーズンも大いに期待したいです。


London Symphony Orchestra / Valery Gergiev
2009/10 season opening concert
20 September 2009 / 19:30
Barbican Hall

Debussy La mer
Henri Dutilleux L'Arbre des Songes
Ravel Daphnis and Chloé

London Symphony Orchestra
Valery Gergiev conductor
Leonidas Kavakos violin
London Symphony Chorus

※9月23日追記 9/23のTimesに批評が出ていたので無断転載します。かなり高い評価です。「海」のポジティブコメントはちょっと私の印象と違いましたが・・・

September 23, 2009

LSO/Gergiev at the Barbican WC2
Hilary Finch

★★★★☆

The London Symphony Orchestra packed as many people and instruments onstage as was humanly possible for the start of their new season. Yet, in each of the three pieces of their programme, sound seemed to creep almost imperceptibly out of nowhere. The Gallic muse presided over an orchestra whose virtuoso attention to detail and stylistic élan was on show from the start in a pungent performance of Debussy’s three symphonic sketches, La Mer.

Attention was focused above all, though, on a stooped figure sitting near the front and clearly enjoying every moment. This was the 93-year-old Henri Dutilleux whose violin concerto, L’arbre des songes, was the evening’s centrepiece. This “Tree of Dreams”, a musical trunk of organic growth with its top branches floating in the kingdom of the imagination, was as long in the making as a mighty oak. And sometimes it sounds like it.

Dutilleux’s meticulous and sometimes contrived soundworld is one of shadows and half-lights, of sudden, spiky energies, of blinding flashes of pitched percussion, and of the strange, coppery twangings of a cimbalom.

“Where should this music be? I’ th’ air or th’ earth?” Ferdinand's bewildered words from The Tempest spring irresistibly to mind as the violin, as wandering soul, makes his way through an enchanted space. Leonidas Kavakos gave a fiercely concentrated performance, providing welcome focus in what sometimes seemed an over-indulgent and under-rehearsed score.

The entire evening seemed to be leading towards its grand finale, Ravel’s complete ballet music for Daphnis and Chloe. Again, Valery Gergiev was somewhat score-bound: he must count himself fortunate in having a Rolls-Royce of an orchestra, with a well-nigh infallible inner energy, as his plaything. It was a pity that the London Symphony Chorus, having waited onstage all evening for their chance to evoke the great god Pan, didn’t seem able to colour their voices to the entirely Gallic palette of this piece.

But the sun rose as gloriously as ever, and Gergiev leapt high as dawn swung into the final exuberant Danse générale.

The concert will be broadcast on Thursday on Radio 3 (7pm)
コメント (2)
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

コッツウォルズ 一日バスツアー (2/2)

2009-09-21 00:14:40 | 旅行 海外
 続いて、ボートン・オン・ザ・ウォーターへ。ガイドブックによると「コッツウォルズのべネティァ」と呼ばれているそうですが、ロンドンの「リトル・ベニス」も確かに運河はあるものの、べネティァには程遠いので、過大な期待は抱かずに。

 街の中心部外れでバスを降りて、石垣の道を通って中心部へ向かいます。


 バイブリーはでしたが、ここは小さいながら町でした。コッツウォルズの町の中でも、かなり有名どころなので、観光客と思われる人たちであふれるています。ウインドライッシュ川沿いにレストランやアクセサリーなどのお店が並び、観光地な雰囲気(下手をすると軽井沢銀座とも言えなくもない)と、落ち着いた町並みが微妙なバランスです。人気のない時のほうが良いかもしれません。


 ランチ休憩も兼ねているのでここでは1時間半の自由時間。どのレストランも観光客で一杯だし、マナーハウスで食べた2個のスコーンのおかげでお腹も減っていない。買い物をする気は毛頭無いので、どうしたものかと思っていたところに、見つけました。はい、パブです。


 パブでご当地エールとポテトチップスを買って、川辺で、子供が遊ぶのを見ながら、のんびり1時間あまりを過ごしました。


 紅葉した葉とランプと建物の壁の色がマッチしていてきれいだったので、なんとなく撮った一枚。


 ツアーの旅程表では、ここを最後にロンドンに変える予定なのですが、「今日は道路も空いていて、予定より早いので、帰り途中にもう一つ町に立ち寄りましょう。」とガイドさんからご提案があり、バーフォード(Burford)という町によることになりました。

 車窓から見るコッツウォルズは、北海道の富良野近辺をドライブした風景と似ている気がします。


 バーフォードもこじんまりした美しい町です。ただ、ここもどちらかと言うと買い物、主体の町のようでしたので、そそくさとパブを見つけ、ビール休憩。今日は一日暖かく(とはいっても20度前後ですが)、野外で飲む生暖かいイギリスのエールは格別です。


 初めてのコッツウォルズは期待通りの田舎でした。ただ、ちょっと1日、それも1時間や1時間半で通り過ぎるのはもったいない感じがしました。どこか気に入った村を拠点に、ゆっくりとした時間を過ごした方が、このエリアの良さと言うのは更に実感できると思います。
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

コッツウォルズ 一日バスツアー (1/2)

2009-09-20 04:43:30 | 旅行 海外
 イングランドの代表的な田舎とされるコッツウォルズ地方。まだ、こちらの方には行ったことがなかったので、日本語ガイド付の一日バス旅行に参加しました。

 朝、8時過ぎにロンドンを出発。まずは、バイブリーへ。ロンドンからバスで2時間ほどの道のりです。バイブリーは、芸術家のウイリアム・モリスが「イングランドで最も美しい村」と評した村だそうです。

 バスを降りて、そののどかな風景に感動。村(というよりに近い)の中心を綺麗な川が流れています。


 マスでしょうか、水が透き通るようにきれいで、魚が泳ぐ姿も美しい。


 日本にも似たような田舎の風景はあると言えばありますが、家が石作りのところが違います。写真では伝えられませんが、鳥の声が響き、いわゆる田舎の雰囲気で一杯です。




 曇り空だったのが、丁度、陽が覗き始め、美しさが更に輝きます。


 もちろん人が住んでいる活きた村です。


 村の中心にあるホテル。一度、泊まってゆっくりしたいものです。


 滞在は1時間弱。続いて、バスに乗ること40分ほど、チッピング・カムデン近くのチャリングウォース(Charingworth)マナーハウスへ。14世紀に建てられた貴族の屋敷を、今ではホテル兼レストランとして使っています。敷地がとにかく大きい。ゲートを入ってから、建物まで500mはあったと思います。


 ツアーはここでクリームティを食すという企画です。熟年のご夫婦に同席させて貰いました。紅茶にはスコーンがつきます。(余談ですが、日本人観光客の皆さんが皆ウエットティッシュを持って、手を拭いているのは流石でした。・・・反省・・・)


 スコーンは出来立てで暖かい。あまり甘くなく、紅茶にぴったりです。 


 食後は、庭を散策。


 花も美しいです。


 ちょっとした丘の上に立っているので、見晴らしが良いです。写真では分からないかもしれませんが、前方の草地は羊牧場で、沢山の羊が草を食べていました。


 「半日ここに居ますから置いていってください」という気分だったのですが、わがままも言えないので、ここも1時間足らずで、次の村へ移動します。 
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

求む、ボランティア警察官!

2009-09-19 05:13:50 | ロンドン日記 (日常)
 地下鉄で見かけた貼り広告。


 警察官をボランティアを募集するというのには驚きですが、イギリスの警察は市民警察から発展したということを聞きました。日本は明治時代に、いろいろな統治手法をイギリスから取り入れましたが、警察制度はその市民警察という概念が日本には受け入れられず、官製の警察制度ができたとか。その時は「だから、イギリスの警察をあてにしてはいけない」というオチでしたが・・・

 職場の同僚のイギリス人も実はこのボランティア警察官がいます。彼は毎週金曜日に夜9時から翌日の朝方までピカデリーサーカスの交番で、酔っ払い騒ぎの取り締まりをしています。その話を聞いた時は、その社会貢献マインドに感心していましたが、こういうところで募集をかけているのかと改めて確認。

 面白い英国社会の一面でした。
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

ロンドン コートルード美術館

2009-09-18 06:56:12 | ロンドン日記(イベント、観光、スポーツ)
 友人から「是非、良いので一度行ってみては」と強く勧められたコートルード美術館を訪ねました。ここはロンドン大学の付属美術館ですので、ロンドンの美術館としては珍しく有料(5ポンド)!無料の鑑賞に慣れてしまった私には、否が応でも気合が入ります。


 ここは印象派のコレクションで有名なのですが、まさに簡単に近代絵画史の歩みを通して見る事ができます。

 たとえば、ゴッホの自画像。


 マネのフォリ・ベルジェールのバー


 このほかにもセザンヌ、モネ、ピサロ、ドガ、スーラ・・・とそしてカンディンスキーまで、どこかで見たことのある絵で一杯でした。

 また、有料ということもあってか、とにかく空いている!一枚一枚を自分のペースでゆっくり鑑賞できるのが嬉しいです。(来ている人の1/3は日本人の観光客でした。日本人は本当に絵が好きですね)


 建物も落ち着いていたイギリスらしい建物です。(3階から螺旋階段を見下ろした写真です)


 5ポンドで十分おつりが来る感覚です。

 ※美術館のホームページはこちらから

 2009年9月13日
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする