南無煩悩大菩薩

今日是好日也

蝙蝠、猫になめられる。

2019-03-19 | 世界の写窓から
(gif/source)

(*なめる:とは相手やある物事を馬鹿にしたり、みくびったり、軽んじる、蔑むといった行為で、戦国時代には既にこうした意味で使われている。なめるは主に敵・ライバルといった人(グループ)を対象とする他、武器や商品、案件など様々なものを対象とする。「なめてかかる」「なめくさる」「なめた面(ツラ)」「なめたまね(=なめた行動・行為)」のナメはこのなめるからきたものである。)

人が人をなめるというのは生得的な本能である。なぜなら未熟な自尊心はそれによって守られることもままあるからである。

人をなめてかかる場合、そこにはおおむね二種類の「なめかた心理」があるのではないか。

自己承認欲求のため相手の劣等性にのみ注目し自己優位性を希求するなめかたと、絶対的優位性を自覚しながらそれを隠す自己弁護的かつ自己陶酔型のなめかたである。

前者は人をみくびったなめかた、後者は自分をかいかぶったなめかた。と言えなくもない。

誰でもひとは皆自尊心を糧に精神を守っている。尊重し尊重されることではじめてひとは己の存在に意味を見出し自信を育み経験による豊かな個性を積み上げていく。

だからわれわれは自尊心をより成熟させていく必要がある。つまりなめかた、なめられかたにおいて、もっと「粋」にならなければならない。

成熟した自尊心とは、それは「ああ、なめられているな」と確認した後においてなお、許容と寛容の美味をテイスティングできるようになることだ。

知らんけど。

“On your lips I read the monologue of goddesses,”

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