南無煩悩大菩薩

今日是好日也

共感するということ。

2011-03-28 | つれづれの風景。

「共感覚」は、自動的に生じる一種の感覚の連合である。
こうした感覚を持つ人は、2千人に少なくても一人の割合でいる。
共感覚を持つ人は、例えば「母音に色がついて」聞こえる。
1871年にランボーが書いた「母音」と言う詩は、「A(ア)は黒、E(ウ)は白、I(イ)は赤・・」で始まるが、彼らにこれがそのまま当てはまる。
この現象は、女性では男性の6倍の頻度で見られ、遺伝的に受け継がれ、その現れ方も様々である。
人によっては、文字や数字、あるいは単語によって色が喚起され、音楽によって色が喚起される場合もあれば、触覚や味覚によって色が呼び起こされる人もいる。
また、視覚や聴覚の刺激が触覚の感覚を引き起こす場合や、ニオイが身体の感覚運動を引き起こす場合もある。-ジャック・ニニオ-


江戸末期・明治以降の新興宗教の教祖や占い師等に女性が圧倒的に多いのはなぜかと思っていたのですが、何かから別の何かを感じたり見えたりするという、こういった人間性の原初的な共感覚、つまり2千人に一人の特異さと、それが男性の6倍の頻度で現れるという女性性からきているようにも思えます。

芸術家や宗教家のみならず、常人とは違う感性を持つ人たちは少なからずそういう人並みではない共感覚をもっていそうですが、
人と違うということは、勘違いせず上手く使わなければ違う意味で「えらいことになる」可能性も含んでいそうです。
コメント
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