いわき鹿島の極楽蜻蛉庵

いわき市鹿島町の歴史と情報。
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鹿島通った田村麻呂将軍

2018-05-20 06:39:08 | Weblog

                                                          分類:観                                  鹿島町を見て歩こう(76)      
                いわき市常磐上矢田町花木下(旧・鹿島村)                      
  七本の松を植え、矢の根4本を献上                                           坂上田村麻呂将軍は、宝亀5年(775)に始まり延暦年間の全期間、そして弘仁2年(811)に至るまでの東北38年間戦争の過程で登場してきます。                                                                         大別して6回の出兵が行われている中の第5次(延暦16年~)将軍として、動員兵力約4万を率いて東夷征途の指揮を執りました。                                                                                                                                 坂上田村麻呂将軍像と、鹿島神社に残る矢の根


 坂上田村麻呂は、その延暦年間に現在の鹿島町走熊地内を通り掛かった折りに記録を残しています。具体的に例を挙げてみると、                                             ①延暦23年(804)正月に、蝦夷征討に際し下蔵持にある熊野神社に勧請したと伝わっ               ています。                                                        ②走熊地内の三叉路(西に丸山を背負い、東に折れれば江名の浜にも抜けられる場所)で、               休憩をとると戦勝を祈願しながら道端の一角に七本の松を手植えしました。                         ※走熊のその場所は、昔から土地名ではなく「七本の松」と呼ばれる所以です。                                            ③鹿島神社には、坂上田村麻呂将軍が武運長久を祈願し御供田すると共に、矢の根(写真)                        が献上され宝物として現存しています。                                                                           
《矢の根が献上されている鹿島神社》 


 この地は古くは岩崎東郷と称し、後に大矢田と呼ばれていましたが、田村将軍が矢の根を此処に納めた際に「げる」と記したことから「上矢田」の地名が付いたとの説があります。


                                                           《昭和30年頃の二代目の七本松》


 ※二代目の松は道路拡張工事のため伐採されてしまいましたが、三代目の七本松(若木)が鹿島公民館の敷地内に石碑と共に植栽されています。                                                     

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