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松美の言絵(いえ)

私は誤解されるのが好きだ。言い訳する手間が省けるから。

民謡が、廃れたわけ。

2015-02-23 08:18:38 | 日記・エッセイ・コラム

 きのう行われた東北民謡コンクールで、秋田県から一人も入賞者を出せなかったらしい。賞をもらった6人はすべて県外の方だった。

 その前にBS民放で「にっぽん民謡紀行」があって、聴いているとまず、「こきりこ節」が流れた。それにまつわる人々の生活も一緒だった。それは2時間番組で、30分ごとに一つの民謡とそれに関係した人々の暮らしを描く内容のようだった。次の民謡に注目した。2番目は「安来節」だった。なるほど、ドジョウすくいか、小学生の男の子二人が競って演じていた。3位に甘んじた一人は悔しくて今でも涙を流す。毎日、腰を落として歩く練習を家でしている。

 そろそろ秋田県の民謡が出るだろう。なんたって民謡王国と言われた秋田だ。ドンパン節でもいい。秋田音頭でも勝負できる。秋田船方節、秋田おばこ、長者の山、本荘追分、秋田長持唄、どれでも勝負できるぞ。しかし3番目は「谷茶目」だった。沖縄の独特の音階による「たんちゃめ」それとそれにまつわる人々の暮らし。ここまで来て考えた。何が足りないのか、分かってきた。民謡と、それを支える人々だ。それがまったく盛り上がっていないのが秋田県なのだろう。団塊の世代とその下の我々の責任だ。就職したての頃、宴会に呼ぶのは民謡一座だった。それが嫌いだったわけではない。しかしそれより盛り上がる、楽しいジャンルの出し物があるだろう、と思っていた。あの頃、伝統の音楽など頭になかった。心は洋楽に向いていた。今考えると、一芸を持っていた先輩たちがうらやましい。皆、何かしらの民謡を歌い、座布団を丸めて、男性のシンボルと女性のシンボルを作って、二人で掛け合いをしながら踊っていた。見ているオレより、踊っている方が楽しそうだった。あれは秋田大黒舞だったろうか。

 最後は北海道民謡かな、と考えた。ソーラン節はあるし、私が日本のレクイエムと仰ぐ「江差追分」がある。最後の4番目は「会津磐梯山」だった。やられた。昨年の国文祭では男鹿から若い後継者が歌う様子が流れた。由利高校では民謡部が活動している。しかし県民の間に根付いているとは言い難い。カラオケを始めたきっかけは、歌がうまくなりたいからだった。こぶしを利かせて演歌を歌い、ゆくゆくは民謡も唄えたら、と思っていた。初心忘るべからず。すっかり忘れていた。

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角館・雛めぐり、渡部なると餅店の巻。

2015-02-22 14:03:40 | 日記・エッセイ・コラム

 去年も行った渡部なると餅店に、真っ直ぐ向かった。世相を反映したソチオリンピックのお雛様が印象深く、今年は何をアレンジしたのだろうという興味が強かった。去年、琴を弾いていたお姫様は、今年は和歌を詠んでいる。

 ここの「ひな餅」は、この時期限定のカラフルな色付けの餅だ。しかしなぜか私は普通の「なると餅」を買う。

 きちんと経木で包んだ、笹の葉も本物だ。だから、「何枚にしますか?」と聞く。2個で1枚と数える。

 この人は去年、琵琶を弾いていた。今年はなんか書いている。

 つるし雛。縁起の良い物を題材にしている。赤子は、子供が授かりますように。カメは長生き出来ますように。米俵はたくさん米が獲れますように。カブは何だろう。まさか、株が値上がりしますように? ここのおばあちゃんが作るそうだから、それはないな。

 ご主人のお気に入りで、今年もマージャンがある。

 意外と周りにあるものを使って作るので、経済的な負担は少ないらしい。割りばしとか、つまようじとか、ティッシュの空き箱とかで、できるそうだ。それで同じ人形でも、違うことをしているのだ。

 ご主人は手先が器用なんだろう。

 

 

 なると餅は、もちごめの感触と甘さが、何とも言えず、懐かしい味がする。

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八郎湖のネコ

2015-02-21 15:30:56 | 日記・エッセイ・コラム

 妻にネコの話をしたら、行きたいと言う。エサを持って出かけた。凍った港、というより船寄せ場みたいな所からブイーンとエンジン鳴らして、氷を砕いていく、勇ましい人を見た。

 かなりの間、「しらせ」のように、行ったり来たりしていたが、あきらめたようだった。同じ八郎湖だから、北の承水路も氷が緩んでいるはずだ。ワカサギ釣りで三人のうち、二人が落ち、一人は助け出され、一人は亡くなり、一人は氷の上で動けなかったそうだ。

 持って行ったキャットフード缶は、缶切りが必要で、ネコたちは御馳走にありつけなかった。

 一人だけ(1匹だけ)なつくのがいて、この子と遊んだ。

 ここは、前の場所より近い。やはり5匹が出てきて、一番かわいいのが一番警戒心が強かった。

 船のある所、小屋のある所には必ずと言っていい程、ネコはいる。漁師さんとは、お互い、持ちつ持たれつの関係なんだろう。

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男鹿の海から、鵜ノ崎海岸。

2015-02-20 15:40:37 | 日記・エッセイ・コラム

 「夢のカリフォルニア」という歌がある。ママス&パパス。1966年くらいに米国でヒットした曲だ。この歌で、カリフォルニアに夢を求め、当時かなりの人たちが移住してきたらしい。きれいなビーチ、降り注ぐ太陽。山に行きたきゃ山があり、何でも叶いそうな町。キャリフォルニアドリーム。

 「人生の楽園」みたいな番組で、引退したご夫婦が田舎暮らしを始める。たいがい畑なんかがある、山の方だ。すると毎回妻は、「海のないところには、一生住めないわ」と言う。と言ったって、海が見たきゃ車で行ける距離だろう。日本はどこでも、日帰りで海が眺められる。せまいと、いいこともあるんだなあと思う。

 10時40分の干潮に合わせて、鵜ノ崎海岸へ行った。するとプロは、その前に目的を果たし、帰ってくる。みやげは、「したなみ」 ニシガイの、イボイボのないヤツだと思う。

 ウミウシと遊ぶ。きょうはブーツを持ってきたから、多少の海水だまりは大丈夫。

 斜め歩きは、しんどい。

 一見穏やかそうだが、実は風が冷たい。

 船川に戻る。男鹿海洋高校の実習船「真山丸」の艇庫を対岸から眺める。船は実習に出ているようだ。

 「アオサ」がもう生えていた。

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かなりの問題作「〇〇妻」

2015-02-19 11:06:29 | 日記・エッセイ・コラム

 「〇〇妻」は難解なドラマだ。見ている方に強い忍耐力を必要とする。柴咲コウに感情移入するのは、非常に難しい。それでも見るのは、その前の「家政婦のミタ」があったからだ。あれの続編として捉えているから、我慢して見ることが、かろうじてできる。あれがなければ、ここまで見続けることはなかったろう。あと脇役で評判になっている蓮佛美沙子だが、主役の強烈な個性で浮かび上がっている標高差が、支えていることを割り引いて評価する必要がある。それほど柴咲コウは稀に見る本物の女優だということもできる。

 日本には人種差別はない。身分制度もない。偏見もない。まわりで家政婦を見たことがないので、ピンとこない面もあるが、ドラマで比較する限り、家政婦には職業として一定の敬意を払っているように思う。所変わってアメリカのトレンディードラマも見ているが、メイドという職業は今でもドラマになるほど格好の材料になっている。同じ家に身分の違う人間が暮らしている。その間に恋愛感情が芽生えたりするからドラマとして成立する。韓ドラには「(ぬひ)」という身分が登場する。何年もご覧になっている妻が、この身分を理解していないようだ。歴史か社会の授業だったか忘れたが、「蝦夷(えみし・エゾ)」というのが出てくる。中央に対する私の「反骨精神」は、おそらくその蔑称から来ているのではないかと思う。これはもしかすると遺伝子レベルで深く刻まれたものかも知れない。

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