松美の言絵(いえ)

私は誤解されるのが好きだ。言い訳する手間が省けるから。

和のテイスト

2015-02-10 10:46:06 | 日記・エッセイ・コラム

 SAPIOの「日本人のホコロビ」で深川峻太郎が言う「和風ツナマヨおにぎり問題」を読んで、自分が持っていた違和感の正体が分かった。この頃、耳に付き過ぎている、「和のテイスト」とか「和の~(何とか)」というフレーズが気に入らない。それは「日本人だから」。それが答えだった。

 日本人がなぜ、わざわざ「和風の」と言わなければならないのか。それはすっかり洋風化してしまった日本列島に住んでいるからなのだ。あえて和風と言いたければ、「伝統の」と言えばいいだけだ。そう、日本人は「個」に戻った場合、純粋日本人ではなくなるのだ。だから一歩引いたような表現の「和風」になってしまうのだ。その立ち位置は非常に危うい。自分が「無国籍人」になってしまっているからだ。だから「洋風」と「和風」を使い分ける。

 本来「おにぎり」は、伝統的食物だった。ツナマヨが登場して、洋風になり、おにぎりは多国籍化していった。その洋風伝統的食物に「醤油」を垂らして、再び和風に先祖返りした食物が「和風ツナマヨおにぎり」というわけだ。深川氏の苛立ちは良く分かる。日本人が日本語で「酒」と言ったら、日本酒に決まってんだろ! ごもっとも。

 「日本を取り戻す」と言った人がいる。でも、グローバリズムを推進しながら取り戻せる「日本」など、ありはしない。ごもっとも。

 「和風日本国憲法」それは「和風ツナマヨおにぎり」に似ているのだろうか。それとも「洋風日の丸弁当」に似ているのだろうか。手厳しいお言葉!。

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