「西の谷緑地公園」を美しく!

「公園都市水戸」の街造りを考える人達と協働したいと思っています。

安土城跡@近江八幡市安土町下豊浦

2016年08月30日 18時53分44秒 | 
安土城跡@近江八幡市安土町下豊浦
湖北の観音様を訪ねる 其の4






安土城は織田信長(1534-1582)が天下統一の拠点とした城で、天正4年(1576年)から約3年の歳月をかけ、五層七重の豪華絢爛な城として完成した。
天守内部は吹き抜けとなっていたと言われ、イエズス会の宣教師は「その構造と堅固さ、財宝と華麗さにおいて、ヨーロッパの最も壮大な城に比肩しうるものである」と母国に驚嘆の手紙を送っている。
安土・桃山時代の幕開けとして築城されたが、織田信長が倒れた本能寺の変後、焼失し埋もれた。

平成元年より学術調査と整備事業が行われ、時折、発掘の情報が伝えられる。
天守閣への大手道の石垣。

1992年(平成4年) セビリア万国博に、「天主指図」を基に復元された安土城天主の一部(5・6階部分)が出展された、こと等々。



(この写真は駐車場脇の待合所に展示された模型)
NHK の特集番組でCGを利用した画面も放送されたこともある。

織田信長という類い稀な強烈な個性の持ち主が造った、朱色・青色・あるいは白色、そして最上層は金色と言う絢爛豪華な城も、残るは石垣のみ。

近江八幡市の郊外、標高199mの安土山の全山丸ごとが城跡。





明治頃までは琵琶湖が城を取り巻いていたが、その後、徐々に干拓され湖は後退してしまった。彦根城や長浜城も同様で、道路や田圃となった面積は可なりに思える。

上・下の地図を見比べて場一目瞭然だ。




安土城を400年にわたり管理してきたのが織田信長の菩提寺・臨済宗妙心寺派の摠見寺で、全山全てが摠見寺の寺域。
ここで入場券を買って入山する。



降りてきた女性に上まで登って戻ってくるまで時間を訊くと、1時間以上は必要らしい、
同行の仲間は、上まで行く気はないらしい。
1人で行って、1時間以上待たせるのも申し訳なく、残念だが断念した。
機会を改め、一人でも訪ねてみたい。

大手門址近くに居た、犬を連れた近所の方は「つい最近まで、何もなくて自由に散歩が出来た」と話していた。(調べてみると、2006年9月から城跡への有料入場になった)

その頃から発掘・復元が始まったのだろう。



あちこちに石垣が散見できる。
コメント
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